噂
古来から人々を脅かす怪物の伝説はどこにも転がっているものだ。それは見間違いや錯覚、はたは危険のないモンスター相手を勘違いした──と蓋を開けてみればつまらない場合が多い。
無論、本物の災厄や危険な怪物が元となり、無知な人々が手を出さないように残された話も数多く存在する。
だがミステリーやらは解明すると「ああ、こんなものか」と思わせるものばかりだ。
人間の脳はパニックになった時は、冷静な人には想像もつかぬような変な方向へ動いてしまうものだ。人は完璧な生き物では無い、それは仕方がない事だ。
噂というものは内容が事実かどうか確証もなく人々の間で言い交わされていくものだ。そして大抵は元の噂から飛躍するもの珍しい話ではない。
バジリスクというかつては蛇竜種の王に君臨したモンスターがいる。
王冠にも似たトサカを持つ巨大な蛇の姿をしている、とても貫禄のある悲劇のモンスターだ。
移動している音を聞くだけで周囲のモンスターが逃げ出し、石化の魔眼や猛毒の体液を持ち、火まで吹くというまさしく蛇竜種の王…と勘違いされていたかわいそうなモンスターである。
誤解されていた当時は、バジリスクが出現するたびに近隣住民の救助という理由で王都から騎士団が出撃したほどだ。
むろんバジリスクは上の様な能力は無く、実はただの大きい蛇なので人の前に姿を見せるたびに消し炭にされるという事態に見舞われた。
大きな体格以外際立った点の無い蛇竜種なのに、噂のせいでとんでもない怪物に仕立て上げられたせいだ。
噂の力というのは馬鹿にならない。んな誤解ですらも長い間解かれなかったのだから。
──今回はそういう話である。
「カレル、この子は誰?」
カレルの友人だという王国騎士の一人からそんな質問をされる。アデーレとエルケという名前だったけな。まだ自己紹介してもらっていないので、どっちがどっちか分からない。
「僕はカレル姉さんの弟ですよ。ここで働いているんです」
「あら、かわいいわね。私はアデーレ、よろしくね。あれ、カレルに弟なんていたっけ?」
「親戚ですよ」
話しかけてきた方がアデーレか。僕はもうかわいいと言われる年齢は過ぎたと思うのだが。
「私はエルケよ。騎士をやっているの」
うん、服装通りですね。
「それで、二人は何しに来たんですか」
「そう急かさなくてもいいじゃない。もう少し弟君と……」
「明日にはもう帰らなくてはならないので」
「そっか、残念ね。今日はカレルに言わなきゃならないことがあるの」
「ええ、カレル。大変なことになっているわよ」
「何ですか。それだけじゃわかりませんよ」
「今、街で流れている妖怪の噂を知っている?」
「知りませんよ。そんな非現実的なものに構っている暇はありません」
「カレルに関係がある事なのよ」
「聞いたら絶対に驚くわ」
化け物の噂を聞いて恐れるならまだしも驚くとは不思議な表現だな。なんかとても驚嘆するような能力を持っている妖怪なのだろうか。
「なんでもそいつは夜な夜なダンジョンから飛び出して、若い男を追いかけまわすドレス姿の淫魔らしいわ」
「しかも口から闇を漏らし、どんな物理攻撃を跳ね返す能力を持っているらしい」
……ん?どっかで聞いたような能力だな。あのエリーニュスと同じ様な能力を持っているなんて。
「しかも仮面をつけたような顔の癖に、なかなか男漁りの要領がいいって」
……男を食う要領がいいのか。まあ淫魔だし、そんなものか。
「元々どっかの大きな貴族に仕えていたメイドらしいけど、屋敷内の男を誰構わず食い散らかしたせいで、怒った奥方に追放されたって聞いたわ」
なるほど、メイドね。
……なんか話が見えてきた。
「そんな恐ろしい怪物の名は──」
「「妖怪、カレーニュス‼」」
……ああ、やっぱり。
心無しかカレルがわなわな震えているような気がする。
おそらく、最初にカフェで話していたこの二人の女騎士の話が変な方向に広まったのだろう。カフェでは話の内容のせいでかなり悪目立ちしていた上に、男食う要領がいいとか変な話ばかりだったし。
そしてアスタあたりが話したエリーニュスの話とどこかで合体したのだろう。エリーニュスは知名度の低いモンスターだ、ちゃんと認識される前に間違った情報が広がったのかもしれない。
「カレル、あなたこの街で何をしたのよ!?」
「どんな事をすればこんな噂が広まるの!?」
しかもこの噂のきっかけであるこの二人はこの調子である。おそらくカレルを心配してやってきたのだろうが──今は自分達の心配をしたほうがいいだろう。
「弟君、カレルは普段どんな生活を送っているの!?」
「要領がいいとは思っていたけど、こんな噂が広がるほど爛れた生活を!?」
「爛れた生活!?ああ、あの頃のカレルはどこへいったの?」
「厳しいメイド生活の中で心が荒んでいったのね!?なんで相談してくれなかったの!?」
「きっと距離が遠いからだわ!だから相談できなかったのよ!」
「ああ、だから近くにいる男性に手を出し始めたのね!」
「カレル、そんなに性欲を持て余していてもビッチになるのはダメよ!ビッチになっても良い事なんて無いんだから!」
「私たちが性に狂ったカレルを救ってあげるわ!」
いつのまにかカレルがビッチという事になっている。しかもなぜかカレルが説教される流れに…。
ああ、噂というのはこんな風に飛躍するのか、勉強になった。
「弟君」
ずっと黙って聞いていたカレルがついに口を開く。その声はいつもの声よりも数段冷たさを感じる冷徹な声だ。
アデーレとエルケもその冷たい声のせいで完全に固まっている。
「先に上がってなさい。お姉さんはこれから忙しいから」
ふむ、カレル姉さんはたいそうお怒りのようだ。
だがここで退くわけにはいかない。
ここに来たのは長年の夢である、カレルの仮面が剥がれる瞬間を見るためだ。
「姉さんの友人をもてなさないとね」
「いいんですよ、私がやりますから」
さて、どう切り返そうかと思っていると僕にとってもっと都合のいい事が訪れる。
「カレルさーん、どこですかー?」
玄関の方から聞こえる声は間違いなくビール野郎の声だ。この状況を更に混沌に貶めるにこれ以上ない素晴らしい人物だろう。
よくぞこのタイミングに帰ってきた、ハイネケン!
治療所で騒いだ罰としてこれから一年アルコール飲料はビール以外禁止にしてやろうとか考えていたが、撤回してやる。
「姉さん、僕は帰ってきたお義兄さんを迎えに行ってくるよ」
「え、義兄!?」
「カレルの今の男の登場か!?」
二人の女騎士を僕の「義兄」発言のせいで色めき立つ。
カレルが口を開こうとするが、それよりも早く動く。
「待ちなさ──」
そしてカレルが言い終わるよりも早く、僕は部屋の扉を閉めたのだった。階段を駆け下り、護衛連中の面々を出迎える。
「やあ待っていたよ、ハイネケン。本当によく来てくれた」
「ええ!?メリル様が人を出迎えるなんて何かあったのですか!?カレルさんは!?」
こいつは二言目にはすぐカレルカレルだからなぁ。
きっとほどよく上の女子会を盛り上げてくれるだろう。
「今、上の部屋でカレルとその友人たちがご歓談のようだ。君も招かれているよ」
「ええっ、急いでいかねば」
鎧や装備をその場に脱ぎ捨て、階段を駆け上っていくハイネケン。
流石変態だ、女子会に男一人で突っ込むのになんも躊躇いがない。
まあ、ハイネケンはそのうちカレルにうまく追いだされるだろう。
「…メリル様?状況がよく分からないのですが…」
護衛の一人が進み出て、僕に問いかけてくる。
「喜べ諸君。漸く仮面を打ち砕ける日が来るやもしれん」
「「「「おおっ‼」」」」
そこまで言うと護衛の面々も察したらしい、彼らも僕の同志なのだ。




