061 妹と大男の小屋
「おにいちゃん、どれがいい?」
そう言ってリナーシタが渡してきた小瓶の中には、よく磨かれた木製ボタンがたくさん入っていた。
「今作ってる服に使うボタンかい?」
「うん」
いま彼女が作っている服は淡緑だ。
木製のこのボタンならどれでも合いそうではある。
「どれも綺麗だな。これなんか丈夫そうで良いか? シルスお姉ちゃんにも聞いてみると良いよ」
「うん。おねえちゃん、どれが一番合う?」
「い、一番……」
中途半端を嫌うシルスは、ボタンを机に広げて一つ一つ見分しはじめた。
二人を見守りながら、今後へ思考を向ける。
タハディとは入れ違いになってしまったが、俺も早いところ黒大樹に行きたいところだ。
プウや姉の様子を見たいのもあるが、手に入った大人二人分の魔素材、残りのアレス経絡、必要素材量などについて詳しく聞かなくては。
ピィのやつも、初日の夜に会ったっきりだ。
それ以外の時は、常にクラリスかハンナさんが一緒にいたから姿を見せなかったのだろう。
あのインコ様は、相変わらず人見知りが激しい。
タハディがパマイ村で調査を続けている間は、黒大樹の心配はない。
シルスの訓練がどれほどかかるかわからないが、彼女だけに任すのではなく俺自身も力をつけたい。毎日のシルス調整とお嬢様起こしで魔素操作も慣れてきた。
今なら魔素視切り替えも数秒とかからない。
だが、相変わらず戦闘的なことはからっきしだ。
少し石飛ばしなんかも練習してみたが、なかなか難しい。
プウに会ったら、コツなど聞きたいところだ。
「こ、これかな……でも、こっちも……」
「おねえちゃん、はやく」
いつも即断即決のシルスも、ボタン選びには難儀するようだ。
俺は布袋の中の木箱へ視線を向けた。
この中の"火付け石"が、俺の弱点を多少だが解消してくれるかもしれない。
ルキウス伯爵お手製だというこの石は、魔素を流すことで発熱する火付け石だ。
俺は魔素の形質変化が出来ない体質らしいが、これを使えば魔素を熱へと変換できるようになる。
しかも、俺の安定した魔素は発熱の効率も非常に良い。
見た感じ熱伝達の指向性もあるみたいだから、一つの防衛手段として使えるのではないだろうか。
刃物などより警戒されにくいという点で有用そうだ。
一つ問題があるとすれば、俺は魔素を自分で作り出せないことだ。
周囲か他者から摂取しないとならないから、連続使用は出来ない。
前に魔素枯渇したときは、記憶が飛んでえらい目に遭った。
シルスにも嫌な思いをさせてしまったし、あんなのは二度とごめんだ。
「おねえちゃん、まだかかる?」
「うーん……一番ってむずかしい」
シルスがボタンを一列に並べて、一つ一つ布に当てては見栄えを確認して順序替えしている。これは当分かかりそうだ。
リナーシタは待ちくたびれたのか、別布で縫い物を始めている。
「よーし、これが一番……」
やっとシルスがボタンを決めた頃には、
「……あ」
リナーシタは俺の膝上で眠っていた。
「部屋で寝かせよう。移動させるのを手伝ってくれないか?」
「わかったわ」
シルスがそっとリナーシタを抱きかかえて、奥部屋の寝台へ移動させる。
俺が手伝うまでもなかった。
というか、下手に手出ししたら起こしかねない。
……しかし、妹一人運べないとか情けなさすぎる。
茶でも淹れるとしよう。
道具の使い方は、前に伯爵邸の下男小屋でシルスが入れるのを見ていたので真似る。湯沸かしに使うのは、もちろん火付け石だ。
「ボタン選び、おつかれさん」
「ああいうのは苦手だわ」
茶を渡すと、シルスはため息をついて礼を言った。
このため息癖は前に指摘してみたが直る気配はない。
本人も直したいみたいだが、癖の矯正はなかなかに難しいようだ。
茶を飲んだシルスの疲れ顔に、渋さが加わった。
「……とても……苦いわね」
「えーと、淹れ方間違えたかな」
「ぬるめのお湯で淹れるのがコツよ」
俺も少し飲んでみる。うん、めちゃくちゃ苦い。
前なら難なく飲めただろうが、この体は苦味を楽しむにはまだ早いようだ。
「でも、苦いお茶は疲れを取ってくれるのよね。頑張るわ」
「おっかさんが教えてくれたのか?」
「そうよ」
しばらく、シルスと二人苦い顔で茶を飲む。
「プウさんと、お姉さんに会えるわね」
「そうだな。まだまだ素材集め終わるまでは遠いけど……会えるのは嬉しいよ。色々聞きたいこともできたしさ。タハディに言えば、多少融通してくれるよな?」
「大丈夫だと思うわ。それに、家族にはきちんと会わなきゃだめよ」
シルスが見つめてくる。
「リーナちゃんに会えて、良かったわよね?」
「……会って良かったよ」
「そう」
シルスが笑った。
中身が違うが唯一の兄だ。会った方が良いに決まってる。
面倒ごとが増えるのを恐れ避けようとしたが、兄からは成り行きとはいえ大事な体を貰ったのだ。
少しでも、その恩に報いなくては。
素材集めは急ぐが、やりながらでも出来ることはある。
もしかしたらタハディの負担を減らして、早い素材集めに繋がるかもしれない。
あのオッサンは子供の面倒を負担とは思わなさそうではあるが。
そんなことを思いながら窓の外へ視線を向けると、少し下った川横の道を禿頭の巨漢が歩いてくるのが見えた。
ご当人の帰還だ。
「なんじゃ、ルキウスのやつに館を追い出されたか?」
開口一番、ひどい言いぐさである。
「俺たちはそんなに信用ならないか?」
「シルスはともかく、お前さんはどこか感覚が違うからの」
多少それはあるだろうが、分別は弁えてるつもりだ。
オッサンなりの社交辞令だろう。
「プウの所に行ってきてくれたのか?」
「まあまて、その話はあとじゃ。愛弟子との再開を喜ばせんか」
別れて数日なんだが。
それをいったら、姉やプウに対する俺も似たようなものか。
タハディは荷物を床へと下ろす。
体がでかいから普通程度の荷物に見えたが、結構な量だ。
「タハディ、クラリスって覚えてるわよね?」
荷の移動を手伝いながら、シルスが尋ねた。
「確か……魔素術見習いのラールの娘じゃったか」
「そうよ。彼女の魔素術の中級昇格試験として、ルキウス様からタハディを手伝うように言われて来たの」
「ふむ」
シルスが茶を渡してそう言うと、タハディは首を鳴らしながら卓へとついた。
「お前さんに、事あるごとに突っかかってきた娘じゃったと記憶しておるが。何故手伝いなどを?」
「彼女が呼び寄せたハンナさんっていう侍従騎士の人が、私と近い活性型なの」
「ほう。それで、試験を手伝って恩を売ろうと言う腹じゃな」
「そんな感じかしら。ハンナさんは、前に神殿戦士もしていたそうよ」
タハディの眉間にシワが寄った。
「元神殿戦士か。となると、ヤエからラールへの転向者じゃな。浄化僧として、腕っ節を買われたのかもしれん」
「ルキウス様が言うには、とても力のある方らしいわ」
「まあ、ヤエは良くも悪くも層が厚いからの」
タハディは茶を一気に飲み干し、笑顔をシルスへ向けた。
「それにしても、シルスよ。また一層、経絡強靭に磨きがかかったのう!」
「ユージアのおかげよ」
「それもあるのじゃろうが、お主も励んでおったのだろう?」
「早くユージアのお姉さん達も助けたいから。毎日ユージアには手間を取らせちゃってるけどね」
そんなのは何でもない。
「姉の為でもあるし何だってするさ」
「ふむ。目的を持つのはとても大切じゃな」
タハディは腕を組んで頷くと、俺へ視線を向けた。
「リナーシタには会ったのかの」
「ああ。両親のことは伝えてないんだな」
「そりゃあの。……時期が悪い。本当なら、出来るだけ早くこの村からも離したいところなんだがのう」
外から耳に入らないとも限らないか。
「俺としては、オッサンには出来るだけ長くこの場所でプウ達のことを見ていて欲しいがね」
「吾輩とて、あの童に害が及ぶような状態で離れとうないわ」
タハディは小さく溜息をついて、目を細めた。
「お主には、童とは話がついていたと聞いたはずだがのう……どういうわけか、石弾でのお出迎えをうけた」
う……。
さっそくきたか。




