060 妹
馬達をアコルへ任せ、小屋の前へ移動する。
シルスとクラリスで、また何か相談しているようだ。
俺もこのくらい頻繁に意思疎通したほうが良いのかもしれない。
そういえば、このお嬢様の中級昇格試験はどれくらいの期間行うんだったか。
具体的なことはメイドの監督官が知っているだろう。聞いておこう。
「今更なんですが、演習試験はどれくらいの期間を予定しているんですか?」
俺の質問に、ハンナさんは相談中の少女二人に視線を向けた。
「期限は決められていません。完了条件と、帰還条件があるのみですね。最大となる期間は、お嬢様が奇跡都市へ帰らなくてはならない夏始めまでということになるでしょう」
夏とな。
この場所には夏と冬があるとシルスが前に言っていた。
今はいつなのだろうか。
朝にお嬢様毛布玉が出来上がるくらいには肌寒いが、冬じゃないよな?
「ええと、どれくらい先でしたっけ?」
ハンナさんが無言で見つめてくる。
距離が近く、背が高いのもあって見下される感じで少し怖い。
「……ユージア様は、この村の出身でしたね。この辺りは最外壁谷の暖気が入り込みますし、夏冬感覚が薄くなっても仕方ないかもしれません」
なんだか勝手に納得してくれた。
つまり、パマイ村周辺は気温差が緩めということか。
黒大樹にいるボロ服のプウにもありがたい話だ。
そうだ。プウにもきちんとした服を見繕ってやらなくては。
いつまでもあの格好なのは良くない。
「今は冬入り前期ですので、半年後といったところになります」
一年の周期は前に聞いた365日だったはずだから、150日程度か。
「でも……そんなに長くはならないですよね?」
「そうですね。その前に帰還条件に達してしまうでしょう」
「条件というのは?」
「それはお教えできません」
さすがに無理か。
「ともかく、帰還前に任務完了すれば、お嬢様は中級昇格ということですね」
「はい」
ハンナさんが、再度前へ視線を向けた。
どうやら、少女二人の話もついたらしい。
シルスが一歩前に出て、戸を叩いた。
「タハディ。私よ」
しばらく待って、再度シルスが戸を叩くが反応はない。
戸の前でじっとたたずむシルスに、クラリスが言う。
「事前連絡もなかったのだから仕方ないわね。村の長の所へ行きましょう。ハンナとユージアは、アコルと一緒に宿探しをなさい」
「この村に宿は無いわ。村長さんに空き家を貸してもらうか、タハディに相談してみるのが良いと思う」
シルスは戸の方を向いたまま答えた。
どうやら集中して中を探っている様子だ。
何か不審な点があったのだろうか。
「そう。なら早く村長のところへ」
「待って。……中に誰かいるわ」
その時、キィと音を立てて小屋の戸が開いた。
中から短髪の子供が顔を出す。
誰だ?
子供の顔に見覚えは無い。
だが、次の瞬間に頭の奥に痛みが走り、イメージが流れていった。
そうか……リナーシタか。
俺の元の体の持ち主の妹だ。
髪が短く刈られていて、男の子かと思った。
そもそも、前に見た時は全身包帯巻きで顔もまともに見れなかった。
俺がリナーシタの顔を見るのは初めてになる。
さすが兄妹と言うだけあって、雰囲気は鏡で見たユージアに近い。
見える範囲で、リナーシタに傷跡などは無いようだ。
タハディが綺麗に治療してくれたのだろう。
リナーシタは集まる視線に身を震わせ、いったん小屋中へと引っ込んだ。
少しして、また顔だけ覗かせて周囲へ視線を向ける。
俺はハンナさんの後ろに身を隠した。
顔を見たことでいくらか記憶が流れ込んできたが、ほとんどこの妹のことを知らないのだ。
両親も失い、この体がただ一人の肉親ということになるが……正直、接触は避けたい。
どう対応していいか分からないし、一緒にいたいなどと言われたら大変だ。
「おにいちゃん、いるの?」
その言葉で、シルスも気が付いたようだ。
「あなた、リナーシタちゃんね」
「うん」
シルスがこちらを向いた。
まずい!
「ここに神殿戦士のタハディ・ラルグ・ディーンはいないのかしら?」
俺の様子を察してくれたのか、クラリスがリナーシタへ聞いた。
「タハディ、でかけてるの。おにいちゃんは? 名前が聞こえたよ」
クラリスがちらりと俺へ視線を向けて来た。
俺は頭を振って拒絶を示す。
「タハディはどこへ行ったか、知っているかしら?」
再度、クラリスがリナーシタへ質問したが、
「しらない。おにいちゃんは?」
話を逸らすことができなかった。
しかも、俺を見るシルスの顔が怖い。
「あの子は、ユージア様の妹様なのですか?」
「ええ、そういう事になるかと思いますが――」
言った途端、ハンナさんは俺をリナーシタの前に引き出した。
ちょ、なにしてくれてるんですか!?
「おにいちゃん」
……ああ、なんてこった。みつかっちゃったよ。
「ハンナ。村長の所へ行くわよ。何にせよ駐在許可は必要でしょう」
「はい」
クラリスはハンナさんを伴い歩いていく。
「私も行くわ」
シルスも一緒に行こうとしたが、引き留める。
二人きりにしてくれようと思ったのかもしれないが、この村はきな臭いグレイオビスの人間でいっぱいだ。
貧弱な俺と幼い妹だけでは、何かあっても対応出来ない。
「シルスは一緒にいてくれ。俺だけじゃ不安だしさ」
「そうね。わかったわ」
リナーシタは戸の隙間から顔だけ出して俺とシルスを交互に見ている。
やけに警戒心が強いな。
久々の兄との再開にしては、思ったより淡白な反応だ。
「おにいちゃん?」
ああ、まだ兄の確信が持ててないのか。
「えーと……リーナ。帰ったよ」
流れてきた記憶では、こう呼んでいたはずだ。
「うん」
リナーシタは小屋から体を出したが、警戒した視線をシルスへ向けている。
「えーと、お世話になってるシルスティアさんだ。タハディのお弟子さんだった人だよ」
俺が紹介すると、シルスは少し屈んでリナーシタに視線を合わせた。
「宜しくね。私のことはシルスって呼んで。私も、リーナちゃんって呼んで良いかしら?」
「うん。いいよ……ここ、緑」
リナーシタがシルスの緑の横髪を指さして言った。
シルスが微笑んでそれを撫でる。
「ユージアに緑にしてもらったのよ」
「きれい」
「ふふ、ありがとう」
シルスがリナーシタの頭を優しくなでると、くすぐったそうに笑ってシルスの手を取った。
「きて」
手を引かれて中へ入っていくシルスに続いて、俺も小屋へと入る。
大き目の机に布が広がっていた。
リナーシタが布の中から一枚引っ張り出して広げて見せる。
小さめの貫頭衣だ。
「リーナが作ったのか?」
「うん」
ずきりとした頭の痛みと共に、イメージが広がっていく。
リナーシタと、面影の似た女性が……母が編み物をしている光景。
そうか。
この子は母親と一緒に裁縫をして過ごすのが日課だったのだ。
「上手だよ。みしてみ」
服を受け取り、縫い目を見る。
「ここのところ、何度か糸を通して頑丈にした方が良いかもしれない」
「うん。する!」
リナーシタに服を返すと、早速縫い足しはじめた。
俺は小さい頃、姉と一緒にパッチワークなんかの裁縫で遊んだりもした。
最近では、お値段度外視したイベント用衣装なんかを自作したこともある。
縫い物はそれなりに得意だ。
「これ、リーナが自分で着るのか?」
「ちがうよ。森の子にあげるの」
「……森の子」
プウか。
リナーシタがはっとしたように口を押えた。
どうやら、タハディに内緒にしておくように言われたことのようだ。
「大丈夫だよ。俺もシルスも、森の子のことは知ってるから」
「ほんと?」
「もちろん。タハディもその子に会いに森へ行ってるんじゃないか?」
「うん」
タハディ、きちんとプウの面倒を見てくれているみたいだ。
問答無用で迎撃されているらしいが、上手く収まったのだろうか。
「リーナは、タハディから俺についてなんて聞いたんだい?」
リナーシタは手を止めて、俺へと向いた。
「大事なもの、さがしに行ったって。リーナ、お手伝いして待ってたの」
「そうか。偉いよ、リーナ」
「おかあさんと、おとうさん、もう来る?」
え……。
「まだ探し途中なんだ。用事があって、俺だけ戻ってきたんだよ」
リナーシタは残念そうにうつむいた。
タハディは両親が死んでいるのは伝えていないのか。
いや、それもそうだよな。
「リーナがきちんとお手伝いできてるの見れて、安心したよ」
「うん。ちゃんとするから、平気だよ」
……くそ。
会わないでやり過ごそうとした俺をぶん殴ってやりたい。




