052 夕食準備と不機嫌な金髪少女
食材を眺める。
まず干したキノコのようなもの。
硬い豆のようなもの。
赤いピーマンもといパプリカのようなもの。
小瓶に入った干し草多数。黒い何か。たぶんハーブや香辛料。
こっちの大き目の丈夫な布袋は……茶色のコメっぽい何か。
何につけても油は欲しいな。
まだ残っているシルスの鳥燻製肉を利用するか。
とにかく、食材をナイフで切りとって口に入れてみる。
まあ、大体は見た目通りの味だ。
小瓶干し草系は何ともエスニックな感じ。
伯爵の館でも思ったが、これかなりライムリーフに近い風味だ。
ココナッツミルクがあれば合いそうだが……まあないよな。
瓶の黒い何かは……塩辛くてかなりクセがある。
なんだろう、かなりクドめの魚醤ってところかね?
まあ、これで味付けしろということだろう。
素材の硬さと水分含有量から大体の火の通り方は想像できる。
適度に火を通し、素材の味を壊さない程度に味付けすれば問題あるまい。
さすがに特殊な調理方法をしないと腹壊すような食材は……ないよな?
「というか……」
火はどうしたら良いんだ。
料理道具には色々入っているが、火付けに使えそうなものは見あたらない。
毎度シルスに火おこししてもらっていたが、一度も着火を見ていなかったな。
周囲を見ると、料理してるシルスのみ。
アコルは馬の餌やり、クラリス警報術設置だろう。
ハンナさんは何故かいない。たぶん、クラリスと一緒か?
監督官だが、クラリスの護衛者でもあるわけだし。
まあ、誰に聞くかは考えるまでもない。
シルスへと歩み寄る。
気配で分かりそうなものだが、食材を切っているシルスはこちらを向かない。
「シルス。火ってどうやってつけるんだ?」
「……」
……あれ、無視された?
もしかして班が違うからとか?
「別に組が違うからって、協力しちゃいけないって訳じゃないよ。初めにハンナさんが言っていただろ?」
「……」
ダメか。
料理中はお話しちゃダメなの、的な考えでもないだろうし……。
「シルスさーん?」
ううむ、頑なに視線を合わせてくれない。
「火付けできたら、冒険者になったとき便利だと思うんだけど……」
シルスがこっちを向いた。
でも困ったような顔で、再度視線を逸らす。
うん。シルスはどんな表情もかわいい。
とにかく……何故か彼女は俺と話がしたくないらしい。
昨日はあんなに機嫌良かったのに。
理由として考えられるとすれば、クラリスと一緒にいたことだが。
……もしかして嫉妬?
いやーまさか。そういう花色な理由じゃないだろう。
たぶんだが、俺がクラリスと話をしたことで、約束を違えて癒し手とかの道を考え始めたのではと危惧しているのではないだろうか。
確かに、もしハンナさんのような強い人が味方になってくれるなら助かる。
シルスの師になってもらいたいと考えている人だ。
その人自身が力を貸してくれるなら、これほど良いことは無い。
時間的なことを考えるなら、すぐにでも戦力は拡張したいのだ。
しかしシルスと手を切ってまでと考えることじゃない。
彼女には何度も助けられたし、今はタハディに伯爵もついている。
そして、様々な点を加味するとタハディの力を借りれるのが最も望ましい。
例の巨大樹木の森の恐ろしい獣と、一戦交えて無傷で帰って来るような男だ。
加えてプウのことを知っても、俺達と敵対しないでくれている。
今のところ、あのオッサン以上の助っ人は思いつかない。
今回の演習では、オッサンの仕事を手伝うことになるだろう。
仕事が早く片付けば、素材集めを手伝ってくれるかもしれないなどという期待もある。
そして、オッサンにはシルスのことを頼まれている。
信頼と言う意味でも、仲良くしなくては。
「何か不満なことがあるなら言ってくれなきゃ分からないよ。どんな些細な問題でも、きちんと相談して解決していかないと……溜め込んだりしても、何のためにもならない」
シルスはしばらく何か考えていたが、どうにか視線を合わせてくれた。
「ユージア……クラリスと何を話していたの?」
やっぱりそのことか。
「楽しそうに、クラリスも笑ってたわ」
うーん。シルスのことを話してたというのはまずいよな。
多分だが、クラリスがシルスを好いているというのは色々まずい。
お嬢様に知られたら、俺へのヘイトがえらいことになる気が。
「私の名前が……たくさん出ていたわ」
え、あの距離で話の内容まで聞こえたのか!?
かなりの小声だったはずだ。
もしかして、アレスの経絡移植で聴覚まで良くなってるのか?
「聞こえたのか?」
シルスが首を振った。
あれ、聞こえてはいなかった?
もしかして、カマ掛けられたのか?
「口の動きで分かるの。名前だけだけど」
まじか。
読唇術ってやつか?
「……それもタハディやおっかさんから教わったのか?」
「違うわ。父の館にいたときに、窓から兄姉達の顔を見ていたら分かるようになっただけよ」
あー……そういうことか。
シルスは小さい頃に預けられた父の館で、腹違いの兄弟姉妹に虐待まがいのことをされていた。
自分の名を出して話しているか否か、気になって見ているうちにそれが判るようになったってことか。
嫌っていると思っているクラリスが、シルスの名を出して笑っているとなれば良い話とは思えないだろう。
実際は、シルスと俺の道中の出来事を軽く脚色して面白おかしく語って聞かせただけなんだが。
でもまあ、そういうことなら。
「俺がクラリスと一緒になって、シルスを笑っていたと思っているのか?」
きちんと話せば分かってくれるだろう。
「……思ってないわ」
「じゃあ、どうして目を合わせてくれなかったんだ?」
シルスは困ったように視線をさまよわせる。
「……わからない。今ユージアに言われて、そんな事考えるはず無いって思ったのに、さっきはクラリスと一緒に私のことを悪く言ってるような気がしたの」
これはアレか。
父の館でのことが、軽いトラウマになっているってことか。
周りで笑い話をしているのを見ると、何でもかんでも自分を笑っているように感じるといった類の。
シルスは周囲の視線とか、あまり気にしないと思っていたんだが……トラウマじゃ仕方ないな。
時間をかけて慣れていくしかない。
しかしそうなると……クラリスのことを言っちゃった方が良いのか?
いや、出来るだけ話さないでおいた方が良い。
そもそも俺がそんなことを言っても、信じられるものじゃないだろう。
クラリスから言わせないと。
またはシルス自身がそれに気がつくか、だな。
「クラリスは、例の変態女について少し心当たりがあるらしい。拷問されたときに見たんだが、あの女は銀髪だったんだよ」
「……銀髪?」
「ああ、そうだ。癒し手は髪の色を抜いて、魔素石で染めて銀色にするのが普通らしい。だから、もしかしたらあの謎の騎馬達の一人は、癒し手だったかもしれないってことだ。そして……」
先をシルスへと振る。
「……クラリスは、偉い癒し手の娘だわ!」
「そうだ。クラリスは騎馬達について調べるように、自分の家に連絡をしてくれるらしい」
話が飲み込めたのか、少し興奮した様子で頷いた。
シルスもクラリスが四大司祭の娘だって知ってたか。
いや……四大司祭までとは知らないか?
「シルスは、クラリスがどんなところの貴族様か知ってるか?」
「ハンナさんの前の侍従騎士さんが言ってたわ。クラリスは沢山の人の役に立つ、とても高貴な癒し手になる娘だって」
思ったとおり、具体的なことはぼかされてるな。
子供にそんな重要な情報を漏らす護衛者もいるわけが無い。
きっと、シルスは話し当番でクラリスと面会する機会が多かったから、下手に手を出さないよう、クギを刺す程度のつもりで教えられたのだろう。
「これで分かっただろう? 俺はクラリスとあの変態女について話をしていたんだ。シルスの名前は、騎馬達との遭遇の話をすれば自然に出てくる。クラリスが笑っていたのは……まあ、俺がお嬢様はホント頼りになりますぅーってなお礼を言ったら喜んでた感じでね」
これはウソかもしれない。
あのお嬢様は、ヘタなおべっかなんて使ったら逆に不機嫌になる人種だ。
それにしても。
シルスがこの程度のことで不機嫌になるなんて思っても見なかった。
トラウマを含むとはいえ、もう少し信用していてくれてるかと思ったんだが。
いやいやいや。
よく考えてみろ。
シルスは十歳と少しの小学生……よくて中学生程度の年齢だ。
死体を臆することなく検分したり、経絡活性なんて常人離れした体術ができるといってもまだまだ子供なのだ。
今はタハディのような頼りになる大人も居ない。
いるのは自分を採点する監督官だけだ。
身近な身内と言ってよいのは俺だけということになる。
そんな奴がさっきみたいなことになっていれば、そりゃ不安にもなるだろう。
俺がシルスくらいの時がどうだったか思い出してみればわかる。
そりゃもう、お子様もお子様だった。
姉が誰かと仲良くしてるのを見れば、めちゃくちゃ不機嫌になっていた。
そこに信用の有無など関係ないのだ。
「シルス。ちょっと」
声を掛け立たせ、すぐ近くへと歩み寄る。
昨夜はシルスから身を寄せてきたくらいだし、大丈夫だよな?
「不安にさせてごめん」
言いながら、シルスを抱きよせた。
シルスもそっと背へ手を添えてくれる。
姉がよく、不機嫌になった俺を抱いて慰めてくれたのを思い出す。
姉は家族ペットとのハグ大好き人間なので、少しでも俺が不機嫌そうだったら抱いてくれていた気はするが。
昨日シルスから身を寄せてくれたときと違い、落ち着いて抱いてあげられた。
シルスは俺より少し背が高い。
俺が中学生の頃、姉と身長逆転する少し前あたりの感覚だ。
そのまま背に回した腕で更に身を寄せると、頬が軽く触れ合った。
今までで一番、シルスを近くに感じれているかもしれない。
でも、昨日のようなドキドキした感情というより。
「ふふ。ユージア、本当にお父さんみたい」
そう。
そっちに近い気持ちだ。
そして、こうしていてわかる。
俺も大分、シルスには精神的に救われているのだ。




