046 伯爵と作戦会議
扉を開けると、入ってきたのは勿論ブラウンさんことルキウス伯爵だ。
彼は俺たちの顔を見て、片眉を上げた。
「おや。何か暗い顔をしているね」
何も答えずにいると、伯爵は特に気にした風でもなく空いた椅子へと座った。
「まあ、これからの話をしよう。二人とも時間はよいかな?」
空気を読んでくれる人で助かる。
俺とシルスも席へとつく。
「さて」
伯爵はそう前置きをすると、懐から手紙を取り出した。
「タハディからの手紙は読ませてもらった。二人からそれぞれ話も聞いた。シルスティア君は、クラリス君のお付であるハンナ嬢から師事を仰ぎたい。ユージア君は、私から術の指南を受けたい。これで間違いは無いね?」
俺とシルスが頷くと、伯爵は続ける。
「私はこの館の見習いの子達、皆の幸せを考えている。勿論、そこにはクラリス君も含まれている。そこで懸念しているのが、クラリス君の少々難のある性格だ」
当事者以外からでも、そう見えるらしい。
「四大司祭の娘である彼女であれば、アレくらい気位が高いほうが良いのかもしれないが、シルスティア君との模擬試合で負けたことでの執着は度を越している」
シルスのプライベートを調べつくすほどだしな。
「彼女の魔素術の技術は、初等課程卒業程度に達している。……だがその懸念から、中級課程へ進ませるのを躊躇っているんだ。私が言って聞いてくれる程度であれば、とっくにそうしているところなんだが、そういった説得は苦手でね」
そこで、伯爵は俺へ視線を固定した。
「俺が……クラリスを負かせるって話でしたよね」
「そうだ」
そう上手く行くだろうか。
慢心とは言うが、勝つことに対し努力を怠っている訳ではないと思うのだが。
「待って!」
声を上げたのはシルスだ。
「どうして、ユージアがクラリスと戦わなくちゃならないの!?」
シルスは身を乗り出して、伯爵を睨み付ける。
「クラリス君は自らの素質の高さに慢心している。それを傍から見て素質ゼロのユージア君に打ち砕かせたいのだよ。その勝利報酬としてハンナ嬢の師事の依頼を取り付ける。シルスティア君にも良い話だと思うのだが?」
「私は嫌よ! それなら、もう一度私が戦うわ!」
断固拒否の構えのシルス。
そんなに俺が信用ならないのだろうか。
まあ、俺もクラリスに勝つまでどれだけ時間が掛かるか見当も付かない。
素材回収が早くなるのに越したことは無いのだ。
「困ったね」
伯爵はそう苦笑して、俺へと視線を向けた。
俺も苦笑いと共に、肩を上げて応えてみせる。
伯爵は顎へ手を当てると、暫し考え込み言った。
「ならこうしよう」
領主執務室。
そこに集められたのは、俺とシルス、クラリスにハンナさんだ。
「急な呼び出しすまないね、クラリス君」
「師が呼んでいるのなら、馳せ参じるのは弟子として当然ですわ」
目を伏せ、恭しく礼をするクラリス。
俺に見せた態度とは天と地の差だ。まるで別人である。
ちなみに、クラリスは部屋に入ってきてから一度も俺とシルスへ視線を向けていない。
「ルキウス様。どういったお呼び出しなのでしょうか?」
「まあ、かけなさい」
クラリスの質問に伯爵は軽く頷き、椅子へと座るよう命じた。
ハンナさんはクラリスの斜め後ろへ控えている。
場の注意が再び集まると、伯爵は言った。
「クラリス君が中級課程へ進むに当たっての話ですよ」
それを聞いて、クラリスの顔に満面の笑みが浮かぶ。
おおお……!?
笑顔のクラリスは、歳相応の少女に見えた。
本当に、初対面時の印象とは別人にしか見えない。
「とうとう、私も中級へ進めるのですね」
「そうなれば、数十年ぶりになる最年少中級魔素術士ということになるかな」
クラリスの笑みが深まる。
今のクラリスなら、世界一慈悲深い聖女様だと言われても信じたんじゃなかろうか。そんな笑顔だ。
「今から告げる試験が無事にこなせたら、だが」
伯爵の言葉で、クラリスはすぐに表情を真剣なものへ改めた。
一気に鋭さが戻ってきて、これまた別人に見える。
聖女から刑執行者と言わないまでも、それに近い変わり様だ。
「試験、というのは?」
伯爵が俺とシルスを手で示して見せた。
「彼らと実地演習を行ってもらいたい」
そこではじめて、クラリスが俺達へ視線を向けた。
表情に変化はあまり無い。少し目が細くなったくらいか。
「彼らも……試験を受けるということですか?」
「説明しよう」
伯爵は一つ咳払いして、ことの経緯と試験内容を説明する。
「ここ最近、クラリス君とシルスティア君が模擬試合に励んでいるということを聞いている。互いに切磋琢磨するのは大切だ。そういう友を持つことは、非常に喜ばしいことだと私も考えている。今日も、なにやらハンナ嬢への師事権を賭けて模擬試合を行ったそうだね?」
クラリスがこちらへ一瞬、鋭い視線を向けた。
ちくりやがったのか、とかいう視線だろうか。
「確かに、何かを賭して事に望むというのは、意欲の向上に効果的だろう」
「はい。戦うのであれば、シルスティアさんにも全力で事に望んで頂きたいという思いもありました」
クラリスが付け足す。伯爵は少し口元に笑みを浮かべて頷いた。
「そう、意欲向上は大切だ。今回もそれを採用しようと思ってね。少し早いかもしれないと思ったのだが、普段から真摯に術訓練に励んでいるクラリス君の姿勢を汲んで中級昇格試験を企画したのだよ」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げて礼をするクラリス。
「試験内容と条件の説明をしよう。今回の試験は、北西パマイ村奥の"黒の森"の調査をお願いしたいのだ。その際の行動などをチェックし採点する。採点者には、それなりに腕の立つ者に願いたいのだが、我が館は人手不足でね……今村へ行っているタハディの帰りを待っていては、試験開始は半年以上先になってしまうのだよ」
「是非、ハンナをお使いください」
クラリスが伯爵へ進言する。
伯爵は笑顔で頷いた。
「助かるよ。私も出来るならハンナ嬢へ監督をお願いしようと思っていた。かの森は、クラリス君ほどの術士であっても危険な場所だ。しかし、ハンナ嬢ほどの監督官がいれば大丈夫だろう。評価基準は私が冊子にまとめておいてある。ハンナ嬢には、これを基にクラリス君やシルスティア君、ユージア君の採点を行ってもらう」
そして、と伯爵は付け加える。
「注意して欲しいことがある。クラリス君の評価ポイントで大きなウェイトを占めるのは、魔素術の応用能力だ。キミは一人の術士としての技術は中級水準に達している。だが技術だけで次の工程へ進ませるのは、私の教育方針に反している。術を臨機応変に使用し、人々の中で役立てて欲しいと考えているんだ」
クラリスが頷いた。
「分かりました。私は彼らを率いて調査を行えば良いのですね?」
クラリスの中では自らが率いるのが前提のようだ。
「班内の役職はそれぞれで決めてくれればよい。何なら、二班で行動しても良い。とはいえ、クラリス君一人はダメだ。メンバーとのやり取りも評価点としてあるからね。館の歳近い誰かを一人誘い、ユージア君とシルスティア君、クラリス君とその子、という二編成でも構わない」
俺としては、その方が落ち着く。
このキッツイお嬢様と何日も一緒に行動するとか、考えただけで気が重い。
クラリスは少し難しい顔をして考え込んでいる。
「……私は、親しい術士見習いはおりません」
このお嬢様ぼっちなのか。
屋敷の術士見習いって、お偉いさんの貴族子息子女が多いんじゃなかったか?
それで頼めるのが一人もいないというのも……。
「無理なら、二人との班になるが?」
クラリスがちらりとこちらへ視線を向けた。
「……出来れば、二班でお願いしたいと思います」
やっぱりあっちも一緒に行動はしたくないらしい。
「そうなると……アコルを誘ってみてはどうかな?」
アコル、聞いたことの無い名だ。
クラリスも首を傾げている。
そこで口を開いたのはシルスだ。
「馬の手入れなどをしている子よ。ユージアも会ったことがあるでしょう?」
ああ。
随分と人見知りする少年か。
館に来たとき、エックの世話を引き継いでもらった子のことだろう。
「そうだ。歳近いし、アコルはシルスティア君と仲が良いからね。シルスティア君のためにと願えば付いてきてくれるだろう。術士見習いではないから戦闘は無理だが、そこはクラリス君と分担すれば良い」
「はい。問題ありません」
クラリスも納得の様子だ。
「ただし、きちんと仲間として扱うように。採点されていることを忘れないことだ」
「心得ています」
伯爵はちらりと視線を向けてきた。
俺は頷いて口を開く。
「クラリスお嬢様。シルスからアコルさんへの取り次ぎをする見返りと言っては何ですが、この採点でシルスや僕の点が上回ったら、ハンナさんからの師事を許してもらえないでしょうか?」
クラリスは俺へ少し鋭い視線を向けたが、すぐに笑顔になった。
「なるほど。あなた達の目的はそれなのですね。良いでしょう。私もその方が張り合いがありますわ」
彼女のプライドからして、ここで断ってくることはないとは思ったが、うまく行って良かった。
この領主様は色々と自分の利になる方に話を持っていくのが上手い人だ。
それに、パマイ村へ戻れるのもありがたい話である。
まだプウに安心してもらえる力を身につけられてはいないが、話したい事や試したいことがたくさんできた。
会うのが楽しみだ。




