044 金髪少女と大司祭娘の確執
カップ一杯おかわりして、領主執務室を出た。
まっすぐ部屋へ戻る。
ブラウンさんはこの後、各人へ魔素術指南に行くらしい。
一人ひとりと言うことは、そこまで人数は多くないのだろう。
それでも十分大変そうではあるが。
それが終わったら、俺の部屋に来てくれるとのことだ。
シルスと三人で、今後のことを話すのだろう。
それにしても。
「クラリスとの戦いになるかもしれないとか……ほんと大丈夫なのか?」
不安しかない。
俺は運動神経は並程度だ。
今は体が貧弱なのも相まって、更に悪い。
戦闘じゃなくて、手先の器用さとかなら勝ち目もありそうだが。
そんな事を考えていると、部屋の前についた。
シルスは帰っているだろうか。
ハンナさんから師事は仰げなかったに違いない。
きっと、気落ちしているだろう。
慰めの言葉なんか考えながら、戸を開けた。
いないか。
いや、寝台のシーツが盛り上がっている。
「シルス。寝てるのか?」
声をかけると、シーツがわずかに動いた。
これってアレか。
お布団引きこもりモードってやつか。
そこで、卓周りに置かれた水差しと手ぬぐいが目に入った。
――血か!?
シルスへ一気に駆け寄ると、シーツを引き剥がす。
目に飛び込む肌色。
一瞬気後れするが、すぐに頭から飛んでいった。
「傷だらけじゃないか!」
切り傷に擦り傷、打撲による内出血。
目に入った背中と横腹だけでも、痛々しい。
顔や上半身部分は、シルスがシーツで隠していて見えない。
「クラリスにやられたのか!?」
「……大丈夫だから。そっちに行ってて」
シーツに顔を隠したまま言うシルス。
今更、裸が恥ずかしいと言うこともあるまい。
そもそも下半身を隠していないのだ。
自己治療はできるらしいが、手伝ったほうが良い。
「シルス、手伝うぞ」
「大丈夫だから」
魔素視に切り替え状態を見た。
シルスの腹の下、シーツを掴んでいない方の手先に魔素が集まっている。
その辺りの治癒をしている最中のようだ。
横から腕を掴んで、魔素安定化を促す。
シルスが腕を掴みやすいように移動してくれた。
治癒手伝いはさせてくれるようだ。
相変わらず顔は隠したままだが。
「顔とかに傷はないか?」
「……頭は狙っちゃダメなの。だから大丈夫よ」
そうか。
模擬戦をしてきたのか。
頭部狙いはご法度なのだろう。
傷は癒せると言っても、脳をやられては致命的だ。
そうなると、他者の死体で記憶を保持している俺はどういう状況なんだ?
……今はそれどころじゃないな。
シルスの治癒に集中しないと。
無言でいるのも気まずい。
声をかけようと思ったが、シルスはこの調子だ。
俺のことを話すか。
「領主様と話をしてきた。生徒さんを見た後、部屋に来てくれるそうだ」
「……わかったわ」
「あと、俺もクラリスと模擬戦するかもしれない」
シルスが跳ね起きた。
「どうして!? なんでユージアが!」
良かった。
言っていたとおり、シルスの顔に怪我は無い。
上半身も、打撲、擦り傷などはあるが大怪我しているとかは無いようだ。
でも、シルスの目が赤い。
もしかして泣いていたのか。
「クラリスと戦ってきたんだよな?」
シルスがはっとした様子で視線をそむけた。
「……教えを受けたいなら、模擬試合で勝てって言われて」
シルスが悔しそうに顔をゆがめた。
「……仕方ないよ。クラリスはシルスとの戦いに備えて、準備をしていたんだ。ハンナさんだって、シルスに勝つために呼んだって話じゃないか」
「そんなの、言い訳にならない!」
シルスは悔しそうに眉をしかめながら続ける。
「魔素術使いと神殿戦士だと、神殿戦士の方がずっと有利なのよ! それなの――!」
「シルスは十分頑張ってる。今もこうして、体を張ってきたじゃないか」
そうだ。こんなに傷まで貰って頑張ってきた。
「でも負けたわ! ハンナさんからの師事もお願いできなかった!」
「次、勝てば良い。次がダメなら更に次だ」
「そんな何度もクラリスが受けてくれるはずない!」
いや。あのお嬢様ならプライドを小突いてやればなんとかなりそうだ。
勝ち逃げするのか、怖いのか、的なことでいけそうではある。
今はそれより、シルスだ。
「シルス、言っていたじゃないか。俺たちはまだまだ子供なんだろう? これから、もっともっと強くなるんじゃないのか?」
そうだ。
黒大樹を出るとき、プウにも教えられたことだ。
「俺も領主様と相談して作戦を練ってきた」
シルスの顔から陰りが減った。
俺だって、いつまでもお荷物ではいないつもりだ。
「一つ問題があったとすれば、相談も無くクラリスと戦ったことかな。俺たちは仲間だろう。大事なことはちゃんと相談しないと」
「…………うん、そうね。ごめんなさい」
シルスも当初、戦うつもりは無かったんじゃないかと思う。
短時間だがクラリスと接した印象、とても人の機微に聡い少女だと思えた。
シルスの神経を逆撫でするのは造作も無いに違いない。
だが、こっちだってやられっ放しでもいられない。
「シルスと俺、今日一日であのお嬢様には貸し一つづつ貰った訳だしな」
「……そうね。次は、きっと勝つわ!」
うん。
やっぱりシルスはこういう顔が凄く素敵だ。
シルスの治療を進めながら、事のあらましを聞く。
思ったとおり、初めは戦うつもりなど無かったようだ。
「……お母さんを貶されて」
おおかた流れは思った通りだな。
尊敬する母への侮辱。
そして、勝利報酬にハンナ指南を加えて模擬戦要求。
その二つで、クラリスはシルスを戦闘へ誘導した。
「クラリスは、いつの間にかに私のことを詳しく知ってたわ。お母さんのことだけじゃなくて、父のことも知ってるみたいだった」
不思議そうな顔で言うシルス。
「自分を負かした人間を調べるのは、普通じゃないか?」
「私はクラリスに負けたけど、クラリスの身の上を知りたいとは思わないわ」
そう言われればそうか。
戦うだけなら、相手の家族まで調べたりはしないか。
よほどシルスに負かされたのが悔しかったのだろう。
今回のように、再戦の機会を掴むためだったとも考えられるが。
なんにせよ、自尊心が強いのは間違いない。
「ユージアは、私が前にクラリスと戦ったことがあったのを知っているの?」
「領主様から聞いたよ。一番の仲間であるシルスのことだ。俺にとって大切な話だよ」
シルスの顔が赤くなった。
本当、この子はこういったフレーズに弱いな。
「それでクラリスとはどんな感じの戦いだったんだ? 俺も戦うことになるかもしれない。少しでも情報が欲しいんだが」
負け戦を語るのは辛いかもしれないが、その後の対策は大事だ。
「前に一度模擬戦をした時、私が勝ったのは知ってるのよね?」
「ああ。具体的に、どういう戦いだったのかは全然知らないけどな。一体どうしてそんなことになったんだ?」
シルスがその時のことを話してくれた。
幾分か俺の想像も入るが、大体こんな感じだろうか。
タハディとパマイ村への調査へ行く前のこと。
馬具等の説明を受けに下男小屋へ向かう途中、クラリスと遭遇した。
「術の一つも使えない娘が、戦士従者の見習いなど片腹痛い。足手まといになって、邪魔をするだけだわ。自分が荷物だってことも理解できない娘を預かるなんて。あの神官戦士の男も苦労するわね」
そんな様なことを言われたらしい。
シルスは話もしたくなかったようで、無視をした。
「口も聞けないなんて、益々もって役立たずの極み。あなたのような無才愚鈍の娘をルキウス様へ預けた親もさぞ――」
まあ、ここでもおっかさんの事に触れられて、シルスもヒートアップ。
当然、口喧嘩の応酬へ発展。
その後の流れで、
「なら証明して見せなさい。私に傷の一つでもつけることが出来たら、お前の親とやらも認めてあげるわ」
そのまま模擬戦へ移行した、ということである。
やはりあのお嬢様は相当挑発的だ。
どんな環境で育ってきたか知らない。
だが、そう周りへ不和を振りまいても良いことはないだろうに。
それとも幼少から仮想敵を作って戦い、鋼の精神を身に着けようと言う帝王学なのだろうか。
ともかく、俺の目的はこのお嬢様を打ち負かさないとならない。
シルスからもっと詳しく話を聞いてみなくては。




