038 魔素の性質
シルスにワクチンだけ飲んでもらって、トイレへ向かった。
とてもではないが、こんな状態でシルスへ触れるのは無理だ。
寝台というのが、また良くない。
色々想像してしまう。
というか、この体は男の子のアレとかは来てるのだろうか。
暗く、長い廊下を一人進む。
部屋に来るときにも思ったが、結構不気味だ。
室内に比べて肌寒い。
興奮も落ち着いてきた。
トイレに着くころには、もうすっかり平常だ。
用を足して、部屋へと戻る。
長椅子がいくつか据えられた小ホール前を通った時、人影を見た。
手持ちランプの明かりで、本を読んでいる青年だ。
さっきはいなかったが。
あちらも気が付いたようで、声をかけてきた。
「やあ。今夜は夜明かりが綺麗だね」
「そうですね」
窓を指して言う青年に、頷いてみせる。
そのまま通り過ぎるのも印象が悪いだろう。
青年へ歩み寄った。
歳の頃は、二十歳過ぎだろうか?
彫りが深い上に目が細くて、開いてるのか閉じてるのか分からない。
つまり糸目ってやつだ。
そんな目だが、柔和な口元が悪い印象を与えない。
絶妙なバランス。
青年が聞いてくる。
「見ない顔だね」
「あ、はい。僕は今日、この館にやってきましたので」
俺の答えに、青年は首を傾げた。
「今日かい? そんな話は聞いていないけど。君も魔素術見習いで来たのかな?」
この人、もしかして見習い魔素術使いの一人か。
シルスが女の子の話し相手してるって言ってたが、男もいるよなそりゃ。
「いえ。僕はシルスティアさんの……仲間です」
ロイルとのやり取りを思い出すに、お供と仲間だと扱いが違いそうだ。
一応、仲間と答えておく。
「君が、シルスティア君の……?」
青年は値踏みするような視線を向けてくる。
だが柔和な口元は相変わらずで、嫌な感じは無い。
「そうなると……なおさら、魔素術の訓練を積んだ方が良いと思うがね?」
「そうですね。僕も使えるようになるなら、助かりますが」
貴族の子らが受けれる、ありがたい授業だ。
俺なんかが、入る余裕無いように思う。
もし受けれるなら、是非教わりたいところだが。
「ちょっと、良いかな? 適性があるか、調べてあげよう」
お。そんなこと出来るのか。
ありがたい。
「宜しくお願いします」
青年は俺の腕や足に、手をあてる。
時折、僅かな温かさが流れて来るのを感じた。
きっと魔素を流しているのだろう。
「君、名前は?」
「はい。ユージアって言います」
「なるほど。ユージア君。結果から言うと、君の魔素術適正は非常に平凡と言ったところだよ」
平凡なら、可もなく不可もなくと言うことだ。
まあ、練習すれば使えるくらいにはなるのか?
「おや。少しは残念に思うかと思ったが」
「平凡っていうことは、無才ではないということですよね?」
なら十分じゃないか?
「そうか。君はずいぶんと無欲だね」
「そうでしょうか」
青年は苦笑する。
「そうとも。ここの他の見習いの子達にこんなことを言えば、憤慨するだろう」
「まあ。気概を持つってのは大切だと思いますよ」
俺も愛想笑いを浮かべた。
「私のことは、ブラウンと呼んでくれ。もう少し、詳しく調べても良いかな?」
「お願いします。ブラウンさん」
教えてもらえることがあるなら、何でも聞きたい。
「少々、不快に感じたり、気持ちが悪くなるかもしれないが我慢してほしい」
言いながら、ブラウンさんは俺の腹へと手を当てた。
温かい感じが伝わってくる。
随分大きな魔素の流れを押し込もうとしているようだ。
中々入ってこない。
プウなら、いとも容易く流し込むのに。
相性だろうか。
魔素視に切り替え、流れを見る。
思った通り、強く濃い魔素塊を腹へと押し当てている。
俺も手を添えて軽く魔素を流した。
シルスとの経験で、少し俺の魔素を混ぜればすんなり馴染むのは知っている。
一気に体の中へ、魔素塊が入り込んできた。
うあー……。
こりゃぁ、確かに何とも強烈だ。
無理やり何かを詰め込まれたような異物感。
胃の中にサッカーボールをパンパンピッチリ詰め込んだ、と言った感じか?
つまるところ、滅茶苦茶苦しい。
「……ユージア君、もしかして魔素を調律したのかい?」
腹の異物感がすごくて、答えるどころじゃない。
ブラウンさんは訝し気な視線を向けてくる。
が、俺からの答えはないと分かると、体の中の魔素塊を動かし始めた。
胃に来た時、さっき食べたものを吐きそうになり。
腰に来た時、男の子成分が出そうになり。
胸に来た時、心臓が破裂するような痛みに襲われ。
頭に来た時、脳血管が突き破れるかと思うほどの圧力を感じ。
いやもうほんと、散々である。
「これは……ユージア君、キミは面白いな!」
ブラウンさんが、何やら驚いた様子。
いいから、早く終わらせてください……。
体の中を何度か魔素塊が往復する。
最後に、プウからの魔素経絡の左腕に流れて放出。
地獄のような圧迫が終わった。
「……そして、この左腕。非常に繊細な魔素出力の気孔を備えているようだ。興味深い」
ぐったりした様子の俺を見て、ブラウンさんは申し訳無さそうに言った。
「すまないね。普通は徐々に出て行くものなんだが、君は魔素を通さない特殊な体質のようだ」
「そうなんですか?」
あれ?
タハディは魔素の親和性が高いとか言っていたような。
親和性の高さと、魔素を通す通さないは別なのか。
「……何か詳しいことが分かりましたか」
「それなんだが、やはりユージア君には系統魔素術を操る適正が無いようだ。通常であれば、何がしかの形質変化を起こし、魔素気孔から出て行くんだよ」
ブラウンさんは顎を指でさすりながら、俺の左手を観察する。
「ユージア君の放出する魔素は、何の形質変化もしていないんだ。非常にまれなことだよ」
「良いことですか?」
ブラウンさんの難しそうな顔。
僅かな間のあと言った。
「……魔素術を覚えるならば、良くは無い。最悪だね」
えー。
まじですか。魔素術使えない感じか。
「それは残念ですね……」
平凡ならまだしも、そもそも使えないのはショックだ。
そうなると、プウが使ってみせた念動力くらいか。
あとは、お世話になってる魔素視。
「自己流ですが術の訓練をしてるんです」
「それは興味深い。さっきしてみせた、魔素調律もその一環かね?」
少し魔素を流して、体に入れる手伝いした事を言ってるのか?
「たぶんですが、そうです。魔素を流して物を動かしたり、魔素を見たりですが。最近はもっぱら、シルスティアさんの経絡安定作業ですけど」
「魔素を……見る?」
え?
そこに反応するのか。
「はい。こう……黒い煙みたいに見えます」
「精度は?」
随分食いつくな。
「頑張れば、壁の向こうのを大雑把ですが見たりとか。近くだと、体の中の血管の流れくらいなら追えますよ」
「……それは、魔素を目に集中させてという事だね? 痛みはないかい?」
「無いですね」
ブラウンさんは何やら一人呟いていたが、突然片手を上げた。
指先に魔素が集まっている。器用なものだ。
……ん?
ブラウンさんの体の中の魔素量。
普通の人より大分流れが多い気がするな。
もしかして、結構腕の立つ魔素術士だったりするのか。
まあいい。
それよりも、要求に応えるのが先だ。
「中指、薬指、人差し指。その順に濃い魔素が見えます」
「なるほど、確かに見えているようだね」
もしかして、魔素視ってあまり使われないものなのか?
プウもピィも、当たり前のように使っていたが。
そう言えば、例の拷問女も使っていた。
あいつに至っては、常時だ。
「……君は、魔素をどう思う?」
俺はゲームでよくある魔力みたいな物だと思っていたが。
なんて答えたものか。
「様々な可能性を秘めた力、ですかね」
これくらいしか、言い様がない。
この場所の一般常識はどうなのだろうか。
「なるほど。確かに」
ブラウンさんは頷き返して、沈黙した。
見つめ合ったまま数秒。
気まずい。
部屋に戻るか。
「そろそろ部屋に戻りますね。僕のこと色々調べて教えてくれて、ありがとうございました」
「私も面白いものを見れて良かったよ」
ブラウンさんと別れ、部屋へ戻る。
扉の前で、思い出した。
中には煽情的なシルスがいるはずだ。
魔素視に切り替えておかないと。
切り替えるついでに、扉の外から魔素視で中を確認する。
寝台の上に座った人影が一つ。シルスだろう。
一応ノックして中へ入る。
「戻ったよ」
シルスは手元を見ている。
ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
何か読んでいるのか?
両目とも強めの魔素視に切り替えてるため、見分けづらい。
「何を見てるんだ?」
「お母さんの手紙よ」
シルスママの手紙。
彼女の一番の宝だ。
「新しいのが届いてたのか?」
「違うわ。今までの手紙よ。さっきロイルさんが届けてくれたの」
「読み直してたのか」
シルスは頷くと、手紙を近くに置いてあった木箱へとしまった。
「やっぱり、他人に見せるのは恥ずかしいか?」
「それもあるけど。これは秘伝だもの」
秘伝とな?
もしかして、あれか。
兄弟姉妹屋敷生活の時に、貞操を守ったとかいう護身術か。
「いつか教えてくれると、嬉しいけどな」
「……でも」
魔素視ネガポジでよく分からないが、たぶん困ってる顔だろう。
でも気になるものは気になる。
「仲間だろ?」
ちょっと卑怯だろうか?
……よく考えたら、家族からの手紙とか絶対に見せたくないよな。
「いや、すまん。悪かった」
「……い、いいわよ。でも、えっと……もっと仲良くなったらね?」
まあ、手紙のプライベート内容まで聞くつもりはない。
秘伝技術のところだけ教えてくれれば良い。
シルスと仲良くなるのに楽しみが追加されたな。
しかしそうなると、俺はまだまだ信用に足りていないということか。
考えて見れば何のことは無い。
まだ出会って一週間程度なのだ。
つい、深い仲になってるのではと考えてしまう。
それは思い違いで、無防備すぎる彼女の性質に因るものだ。
今だって集中してみてみれば……っといかん。
さっき部屋を出た理由を無にするつもりか。
「んじゃ調整しちゃうか。今日も結構疲れたろ」
「そうね。小鳥さんのお陰で、大分助かったけど」
そのうち、ピィにも調整とかしてやった方が良いのだろうか。
あの甲斐性抜群のインコ様は、俺なんかより魔素操作が上手に違いないが。
作っておいた調整用の黒薬をもう一度混ぜ合わせ、粘度を確認する。
少し冷えてしまったようだ。
腿の上に置いて、温めながら混ぜる。
「このシーツとか、出来るだけ汚さない方が良いよな」
「そうだけど仕方ないわ。私がメイドさんに言っておくから」
丁度良い粘度になった。
顔を上げると、意図を察したシルスがぱたんと倒れる。
なんかその仕草だけでも、クるものあるのだが。
想像するな。これは彼女を労わる大切な作業だ。
「枝か筆、使っちゃダメか?」
「枝は痛いし、筆なんかあるの? それに、ユージアの指の方が気持ちいいわ」
キモチイイとか言うな!
「どうしたの、ユージア。さっきから変よ? 疲れてるの?」
「……まあ、そんなところだよ」
そう言うと、シルスが身を起こした。
両手を掴んでくる。
「魔素、大丈夫?」
少し焦った声音。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。調整後に、少なくなってきたなって思ったら補給をお願いするよ」
「うん、お願いね」
お願いするのはこっちなんだが。
今のやり取りで、なんだか落ち着いてきた。
「よし調整するぞ」
模様を描きながら、シルスに質問する。
「なあ、シルスはちょいと他人に肌晒しすぎな気がするんだが」
「だって、必要なことじゃない」
「今はいいけどさ」
何て言ったものか。
「シルスは自分の実力に自信を持ってるかもしれないが……実際あの騎兵の奴らみたいなのが相手だと、大変なことになるだろ?」
シルスがわずかに体を持ち上げた。
「ちょっとユージア! 私が誰にでも肌を見せるって思ってるの!?」
え! 違うの!?
「そうだったのか? 全然恥ずかしがってないから、てっきり他の人の前でもそうなのかと」
「そんなわけないじゃない! ユージアは仲間だからよ!」
また出た。仲間。
それって一体、何なんだ。
俺の知ってる"仲間"の定義とどこか違うのか?
「聞きたいんだが、仲間ってのはどういう関係を言うんだ?」
「私とユージアの場合は、一緒に戦うこともある仲間よ」
まあ俺の認識とそこまで差は無いように思うが。
「仲間だと、肌晒しても良いってことか?」
「それは……関係次第よ」
そりゃそうだ。
でも、答えになってない。
「ロイルさんも、シルスが仲間だと言ったらすんなり納得してくれたよな」
「あの人は、元々戦士だからよ」
あ、やっぱり。
そうだろうなとは思っていたが。
「しかも、重装盾兵の部隊長だったらしいわ! 私もお話聞いてみたいけど、彼忙しくてなかなか機会が無いの」
重装盾兵?
よく分からないがガチムチ系戦士ってことか。
見た目通りだ。
つまり、戦う者にとって仲間に肌を見せるのは何でもない、ということか。
……まあ確かに納得ではある。
命のやり取りしてる時に、羞恥がどうの言ってる場合じゃないよな。
「戦いの心構えを教えようとしてたのか?」
「え? ……そうね、そうとも言えなくないわ」
違う要素もあったのか。
「それ以外の理由は?」
「ダメ! これは秘密なの!」
珍しい。
シルスが隠し事なんて。
「どうしても?」
「これは、秘伝なんだから!」
ああ。おっかさんの受け売りか。
なら仕方ない。
……いやいやいや。
シルスママの意図が分からない。
もしかして篭絡術とかそういうのか?
一体娘に何させてんの。
何があったかは分からないが、好色貴族との間に子を作っちゃった人だしな……。
いや、憶測で他人をどうこう思うのは良くない。
それに、他所様の教育方針だ。
俺が口を挟むものじゃないだろう。
シルスが誰かれ構わず肌晒す子じゃなくて何よりだ。
それだけで、十分。
あとは、もっと信頼されてからだ。
「その秘伝も、仲良くなったら教えてくれるんだろう?」
「……うん」
この子が俺を仲間として手を貸してくれている。
その事実を大切にしないと。




