032 接触
シルスと二人、街道を逸れて道の先を注視する。
「もう少し、見通しの良い所へ移動するか?」
「無駄じゃないかしら。
もし兵士が潜伏しているなら、私たちみたいな素人に見つけられると思えないわ」
「そうなると、大きく迂回して行くしかないか」
空も暗くなり赤みがかかってきた頃、シルスがエックを止めた。
グレイオビスとレヴロを繋ぐ街道と、パマイ村への街道を繋ぐ手前のあたりでの事だった。
街道を通っている一般の人間たちの可能性もあったが、シルスが言うには四人騎兵のいずれかであるのは間違いないらしい。
俺はシルスに指示されて、後ろからしな垂れかかる様に身を寄せ、両腕をシルスの首へと回している。
気配感知の強化の為だ。
顔が彼女の首後ろに接触しそうなほど近い。
相変わらずの雨で、湿気があるのもあって匂いを強く感じる。
警戒しなきゃいけない場面なのに、変にどぎまぎしてしまう。
俺は匂いフェチなのか?
いや、これは生理反応だ、仕方ない。
こんな恋人みたいなことしていれば、ドキドキもする。
しないなら、そっちの方がおかしい。
「ユージア。たぶん、二人だわ」
「位置は分かるか?」
「あの辺りってことしか分からない」
もうしばらくすれば夕暮れだ。
そうすれば、ピィが来てくれる約束になっている。
待ってから偵察してもらうのも手だが。
「俺達を追っていたとはまったく別の理由で、あそこに潜伏している可能性もあるな」
「そうなのかしら?」
「可能性ってだけだよ。ここは三つの街道の交差地点だ。
もしかしたら、別の作戦のためなのかもしれないしな」
「……そうかもしれないけど」
「勿論、避けるに越したことは無いよ」
「それが良いわ」
そもそも、早駆けしていた騎兵があそこで待ち伏せしてるのが腑に落ちない。
道中俺達を見つけられていない時点で、あそこで待ち伏せする意味が無いからだ。
運よく俺たちが道から逸れていたと考えているのだろうか?
まあ、実際それに近い状況なのだが。
それにしたって、俺とシルスを追わせるほど重要なものがあるとも思えないんだが。
あるとしたら、タハディに渡された手紙か?
だとしても、タハディがシルスを危険に晒すようなことをするとも思えない。
いざと言うときは、相手に渡してしまうのも致し方ない。
命の方が大事だ。
俺達はただの子供なのだから、これくらい許されるだろう。
情報を運ぶ密偵でも何でもないんだから。
「ここで立ち往生してても仕方ない。少し迂回していかないか?」
「そうね」
シルスは頷くと、エックを進める。
相変わらず平地が続いているが、それなりに起伏あるので裏を通ればバレないで抜けれるだろう。
「大丈夫そうか?」
「動きはないみたい」
自分たちの潜伏能力の高さに高を括っているのだろうか。
さすがに、ただの少女が犬並かそれ以上の嗅覚感知を備えてるとは、思いもしないだろうが。
しばらく進んでからも、すぐには街道へ入らないで移動を続ける。
「こっちに残りの二人が進んでいったみたいね」
「そうか。この道を進んでいくと、レヴロ領に入るんだよな?」
「一応、あの交差地点からこっちは、もうルキウス様の領地じゃないかしら」
この場所にどれほどの法整備がされているかは知らないが、他の領地で揉め事を起こす兵はいないだろうと思いたい。
「じゃあ、もうそれなりに安心して良いのかな」
「彼らが私たちを狙っているのだとしたら、ダメね。
この辺なら、盗賊のせいにして殺してしまうことだってできると思うわ」
物騒な。
「奴らの思惑が分からないな」
「そうね。でも、強く警戒しているのは分かるわ」
「え……感情まで分かるのか?」
「人って、怒ったときとか緊張したときとかに、色々な匂いを出すみたい。
それが何となくわかるの」
どんどん感知能力が上がってるな。
アドレナリンとかの物質の匂いを嗅ぎ取っているのだろうか?
この子、ちょっと油断ならない成長遂げてる気がする。
そのうち嘘も見通しそうで怖い。
シルスがエックを止めた。
「何か来るわ。兵とは違うわね」
木々の裏へ身を潜め待っていると、二台の馬車が道向こうからやってきた。
ゆっくりした調子で、進んでいる。
一般の馬車だろうか。
「あれは、ルキウス様のお屋敷の周りで、よく見た馬車だわ」
「逆に、レヴロ領へ向かう馬車とかあったら、一緒させてもらうと安全かもしれないな」
「そうね。兵ほどじゃないだろうけど、商人さんも戦闘に慣れた人が多いし、ご一緒してくれるなら頼もしいわ」
はっとした様子で、シルスが街道を走っている馬車を注視した。
「ユージア、ごめんなさい。騎兵もいるわ!」
見ると、馬車の後ろに騎兵がついている。
いつの間に?
もしかしたら、馬車の中に騎兵を隠していたのか?
騎兵は馬車と別れると、街道を逸れてこちらへ向かってきた。
「間違いないわ。あの四人組のうちの二人よ!」
しかも、思った通り追って来ていた四人組の騎兵らしい。
シルスと視線を交わす。
このまま息を潜める他ない。
あちらは早駆けしていた馬である。
逃げおおせる訳がないのだ。
騎兵は大岩の裏、十メートルのあたりで止まった。
シルスが焦ったように左右を振り返る。
しばらくすると、もう一つの馬蹄が響いてきた。後ろからだ。
大岩の裏の騎兵も動き始める。
間もなく、前と後ろから騎兵が姿を現した。
思惑は裏目に出てしまった。
人気のない場所で、騎兵に囲まれる形だ。
魔素視で見ると、騎兵の腕の魔素流が活性している。
その手は剣の柄へと掛かっていた。
馬上からでも、余裕でこちらの首に届くほどに長い剣。
外套を目深に被っていて、騎兵の表情は察せない。
後ろを振り向くと、こちらの騎兵は異様だった。
見た目は前方の騎兵と変わらない、外套にすっぽり体を覆った兵だ。
腰には同じように剣を装備しているが、短い。
馬上用ではないようだ。
ここまでは、良い。普通だ。
しかし、その体の魔素流がおかしかった。
目に激しい魔素流があり、胸の辺りにも同じくらい強い流れが見て取れる。
意図的にそうしなければ、ああなったりはしない。
加えて、その魔素流の流れが細かく蠕動しているように見える。
気味が悪い流れだ。あんなのは、今まで一度も見たことが無い。
目に集中させている魔素流は、魔素視をしているからだろう。
そして、胸の魔素流や、気味悪い流れは何なのだろうか?
もしかして、あれが魔素術使いとかいう人たちの特徴だったりするのだろうか。
シルスが視線を向けてきた。
交渉事は苦手なのだろう。
でもこの場合、仮にも神官戦士の従者服を着ているシルスが対応した方が良いと思うのだが。
仕方ない。俺が話しかける。
「何の用でしょうか、騎士様?」
普通の子供なら、たぶんこう聞くよな。
「脅かしちゃったわね」
答えたのは、後ろの騎兵。女性の声だ。
シルスが馬首を巡らせようとすると、前の騎兵が動いて牽制してきた。
少しも動くことは許さないらしい。
シルスの経絡が活性化する。
戦う気だろうか。
しかし、シルスの武器は腰に据えた短剣一本だ。
馬上で長剣と短剣では、分が悪いどころの話ではない。
「あらあら、そんなに強力な経絡活性までできるなんて、さすがは老タハディの従者様ね」
思った通り、後ろの女性騎兵は魔素視を使っているようだ。
そして、こちらを誰だか分かっているようでもある。
俺達を追っていたというのは間違いない。
「……そして、そっちの坊や。不思議な魔素の収束をしているわね。
もしかして私の魔素を見ている、なんてことはないかしら?」
俺の魔素が目に集中してるのを知った時点で、魔素視をしてるのがバレていると思ったのだが、確信は無いのか。
女騎兵の腕先に、魔素が流れ始めた。
攻撃してくる気か?
「やっぱり、見えているのね。面白い子。
老タハディの従者とただの子供が一緒にいるのが解せなかったけど、納得」
「……騎士様は村にいたグレイオビスの兵隊さんですよね?
僕たちに何の用なんでしょうか?」
ちんたらしていたら、街道合流地点にいた二人まで来てしまうかもしれない。
「そうよ、私たちはパマイ村の――」
「嘘だわ! あなた達は、村にいたグレイオビスの兵士じゃない」
割って入ったのはシルスだ。
え、そうなのか?
というか、急にそんな相手の主張してること否定したら反感買を買ってしまう。
「……どうして、そう思うのかしら?」
「だって、あなた達からは――」
シルスの腰を強く押して制する。
余計な情報は与えない方が良い。
俺が先に魔素視バレしておいてなんだが。
とにかく、シルスはこの兵達から村にいたグレイオビス兵とは違った匂いを感じたということだ。
土地柄的なものだとか何だかは分からないが。
「面白い子達ね。
もっとお話ししたいけど待たせるのも悪いし……私も早く帰りたいわ」
女騎兵は何かを取り出した。
瓶に入った、黒い何か。
「この薬を知らないかしら。パマイ村で出回っていたっていう薬なの」
十中八九、黒薬だろう。
「ただの、黒い泥と違うのですか?」
「違うわ。コレはとても精巧につくられた魔素触媒」
女騎兵は、瓶をしまうと続ける。
「老タハディは、この薬をどこからか手に入れてきて、村人を癒したと言う話。
そして、森に行っていた少年が奇跡的に村に戻ってきた。
幾らかの魔素材を持って去っていったという少年……坊やなのではなくて?」
色々と知っているらしい。
「あの……」
「嘘なんかつかないで? 素直に答えること」
女騎兵は腰の短い剣を引き抜いた。
「教えておいてあげる。私が他者と最も共有してきた時間は拷問をしていた時よ」
言って、ヒュンヒュンと剣を振る。
よくしなる剣だ。
って、今この女なんて言った? 拷問?
「次点で、癒した時間。似たようなものよね」
いやいや、全然違うだろ!
この人何なの!?
グレイオビスの兵の何倍もヤバそうなんだが。
シルスを見ると、彼女も身を硬くしている。
「私にとって、拷問は会話であり、交渉であり、生活、そして愛。
それは世界との繋がりよ。
今も、私を待っている子たちが沢山いる。
早く終えて帰りたいのよ。分かるでしょう?」
女騎兵の息が荒くなる。
「……そうよ。早く帰らないと。
あの方と会える日が近いの。
万全に万難を排してその日を迎えなくてはならない。
たくさん話したいことがあるわ。
長い間、褒めてもらえることをしてきたの。
ああ、早く、早く会いたい……」
なんかヤバイ人だ。
馬を進めてくる。
シルスが経絡活性を強めた。
変態女の動きが止まる。
「想像以上の活性ね……面倒だわ。スピレアお願い、四肢程度なら問題ないから」
前方の騎兵が動いた。
すらりと抜かれる長剣。
一気に加速接近してきた。
すれ違いざまに長剣を横振り。
シルスが上手く短剣で受けるが、衝撃で体勢を大きく崩した。
支えようとして、俺も一緒に落ちそうになる。
立て直すよりも早く、反転してきた騎兵が更に剣を薙いできた。
シルスは俺の服を掴んで、引っ張った。
凄い力で引き上げられ、馬の上からそのまま落ちる。
幸い草の茂った土上で大怪我には至らないが、前後不覚に陥った。
体重を受けた腕が痛い。
体の何処にも異常がないかと考えた瞬間、背中に衝撃。
シルスが馬の上から落ちてきたのだ。
彼女は受身を取ったのか、すぐに短剣を構えなおして立ち上がる。
俺も遅れて周囲へ視線を向けると、エックが遠くへ走って行く所だった。
俺達をおいて逃げるのか、などと思ったがエックの尻に傷が見えた。
多分、騎兵に剣で斬られたか蹴られたかしたのだ。
シルスは俺と騎兵の間に、腰を落として立っている。
「ユージア、あの兵、強いわ……勝てない」
油断無く長剣騎兵を見据えながら言うシルス。
シルスがそういうのだから、そうなのだろう。
そもそも経絡活性が使えるといっても、シルスはまだまだ子供だ。
オッサンが雑兵程度なら問題ないと言っていたが、相手は雑兵ではなかったということだ。
魔素視で見ているが、あの騎兵の腕の活性も相当に濃く強いものだ。
グレイオビスの兵達は、壁修復作業者を含めあそこまで活性させている人間はいなかった。
戦闘にならないと経絡活性させないという可能性もあるが。
どうしたら良いんだ?
俺に出来る事と言えば……。
魔素を見ること、魔素で物を少し動かすといった程度でしかない。
後は傷の治りが多少早いくらいか。
絶体絶命だ。
くそ、あのオッサン!
何が大丈夫じゃろう、だ。問題大アリじゃないか!
騎兵が向かってくる。
シルスの活性が加速、接触の瞬間、横に飛びつつ短剣を使い突進を受け流した。
もしかして、シルスは俺をかばっているのか?
ここは平地だが、起伏もある。
周囲を見渡すと少し遠いが森も見える。
シルスの全身を使った経絡活性を使えば、逃げられるのではないか?
短剣で騎兵の攻撃を受ける際も、俺へ向かないように誘導していないか?
くそ!
ここに来て、またお荷物か!?
どうにかならないか。
相手が欲しているのは、黒薬の情報だ。
それを教えれば、開放してくれるのではないか?
いや、拷問のプロだという話だ。
嘘をつかずに全部吐いてしまったとしても、拷問されるに違いない。
きっと俺なんかじゃ黒大樹のことまで、早々に吐いてしまう気がする。
そうすれば、次はプウやキョウカが危ない。
あの変態女は、拷問に半生をかけているような言い振りだった。
しかも次点で治癒、それを拷問と同じ行為だとぬかしていた。
それはつまり、拷問と治療を同時にしていたということを示していて……。
怖い、怖すぎる。
回復と拷問のタッグとかやば過ぎるだろ!?
「おびえた顔。何もする前に心が折れているみたい」
そりゃ、この状況ですよ?
子供二人に何を期待してるんだ、この女は。
「私も、老タハディには感謝しているの。
彼のお陰で、私は世界に繋がることが出来たのだから」
もしかして、タハディの知り合いか?
「あの、お姉さんはタハディさんの知り合いなのですか?」
「いいえ。私は彼の研究に世話になっているのよ。
彼の考案した、魔素による感覚の共有という研究のね」
逃げる口実が見つからないかと思ったが、無理そうか。
あのオッサン、あんな見た目で術の研究発表とかしてるのか?
完全に肉体派だと思っていたのに。
とにかく今、俺に出来るのは。
「シルス。俺をおいて逃げるんだ」
「……何を言っているの?」
シルスは長剣騎兵に向いたまま、聞き返してくる。
「そんなこと、する訳ないじゃない!」
うん。言うと思った。
でも現状、二人が助かることは無理だ。
それならシルス一人でも逃げてもらった方が良い。
運よく逃げ切れれば、レヴロ伯なりタハディなりに連絡してもらえれば尚良いだろう。
二人で、この変態女の捕虜になるのは何としても避けなくてはならない。
「これは作戦だ。何とか逃げて、助けを呼ぶんだ」
「でも!」
「シルスが自分で言ったじゃないか、あの兵には勝てないって」
シルスが一瞬だけ困ったような視線を向けてきた。
「シルスが戦力差を教えてくれたから判断できたんだ。
今二人とも五体満足でいられている。
この機を逃せば、二人とも身動きが取れなくなる。
そうしたら本当におしまいだ!」
「……でも!」
「そんなことを許すとでも思っているの?」
割って入ってきたのは変態女だ。
もちろん、邪魔してくるのは分かっている。
「シルス走れ! 助けを呼ぶんだ!」
二人で捕まるのは何としても避けなくてはならない。
シルスが拷問されているところなんて、絶対に見たくない。
俺は変態女に向かって走る。
長剣相手は無理だが、もしかしたらこの変態女なら。
シルスが俺へ一瞬視線を向けたが、大岩の方へ向かって駆け出した。
数メートルはあるそれを軽々上り、岩裏へと姿を消す。
長剣騎兵は、シルスを追って行った。
「舐められたものね」
向かってくる俺を物ともせず、止まって正対している変態女。
まあ、あっちは騎兵だ。
小さくて武器すら持っていない俺が近づいて来たところで、何の脅威もないのだろう。
だが、俺だって武器の一つくらい持っている。
変態女の横へと回りこむ。
そのまま、少し距離をとって小さな一本の木の裏へと姿を隠した。
俺の体を半分ほどしか隠せない、小さな木だ。
「あら。かくれんぼ?」
俺は布袋の中から、野営時に天幕をつないでおく、止めクギを手に取った。
止めクギは土に突き刺す用途上、それなりに鋭い。
それへ、魔素を流した猛毒防腐剤を塗りつけた。
俺の奥の手だ。
これでかすり傷でも付ける事が出来れば、相手の自由を奪える。
毒の使用なんて唾棄すべきものかもしれない。
でも、そんなことを言っている場合じゃないのだ。
だが馬上は高い。
俺が大きく腕を上げても、届くのは変態女の膝下が精々だ。
早駆けしていたのを見るに、外套の下はそこまで重装備ではないだろう。
しかし、厚手のブーツくらいなら履いていておかしくない。
止めクギを外套の裏へ隠す。
このまま、この変態女から距離を取り続けるのだ。
追いつかれても、変態女の短い獲物では俺に何か出来るとは思えない。
どうにか、馬から下りてくるように誘導できないだろうか。
チャンスがあるとすれば、この力量差による相手の油断だ。
「何かしようとしているのは分かるわよ?」
魔素の流れが見られたか?
だが、毒を使おうとしてるとまではバレてないはずだ。
木の裏の変態女を魔素視で確認する。
この程度の木ならば、軽く透して状態を見れる。
なんだ。
女の魔素の流れが激しくなっていた。
嫌な予感がする。
「……うふふ。そんなところでのんびりしているから、捕まえたわ」
なに?
捕まえただと?
自らの体を確認するが、特に何か変わった様子はない。
無視して走り出す。
その瞬間に、激しい痛みが足を襲った。
体が硬直し、その場で転ぶ。
突き刺すような強烈な痛みだ。
強く痛む部分を手で抑えるが、特に何も変わった様子は無い。
血が出ている様子も無いのだ。
だが、強い痛みは今も続いている。
「良いわ、坊や。とても、良く馴染む……素敵よ」
何だか分からないが、何かされた!




