031 小さな連携技
ブルルンと言ういななきで目が覚めた。
目を擦りながら上体を起こすと、エックと目があった。
軽く頭を下げる。
今日もたくさんお世話になるだろう。
相変わらず、雨が降り続いている。
水を弾く外套が本当に便利だ。
だから晴れてなくても良いかと言われれば、晴れていた方が気分が良い。
そして、少し肌寒い。
外套の温もりをもうしばらく感じていたいと引き上げた所で、シルスの寝顔が目に入った。
うん。
良く眠っていらっしゃる。
疲れは抜け切っていないだろうが、昨夜に比べると顔色も良い。
魔素視で見ても、流れは穏やかだ。
でも、早速移植部分の流れが悪くなってきている。
移動前に、もう一度調整したほうが良いか。
あれ。
そう言えば、見張りを交代するって言っていたよな。
あれから一度も起きた記憶がないのだが。
そもそも、シルスもこうして寝てしまっている。
見張りが誰もいなかったって事じゃ?
周囲を片目魔素視のまま探る。
特におかしな事はないようだ。
エックさんが、こちらを見ているくらいである。
シルスを起こそうかと思ったが、とりあえずやめておいた。
そっと立ち上がって、シルスへ外套を掛け直す。
「……アレ、ス」
シルスの寝言。
夢の中で、あの緑の獣とじゃれ合っているのだろうか。
やはり、もうしばらく寝かせておこう。
エックを見ると、周囲の草が食い尽くされている。
届く範囲の草はあらかた食べたようだ。
大食漢である。いや、メスか?
そのたくましい体の秘密の一端を感じながら、エックへ近づき足を撫でる。
草やりにでも行ってくるかな。
昨夜シルスに教わったように、エックの夜用外套を取り外した。
続けて手綱を木から外す。
少し移動すると、くいくいと手綱が引かれた。
手綱を長く持ち直してやると、食べ始めた。
良い食いっぷりである。
俺の腹が鳴った。
こちらを見てブルルンとなくエックさん。
腹減ってるなら、食えば? 的な視線だろうか。
「ユージア!?」
シルスの声。
声の方を向いた。彼女は岩の裏手にいる。
エックもそちらへ向くが、食い続けたままだ。
「どうした、シルス。俺はここだ」
シルスの所へ戻ろうかと考えていると、彼女が姿を出した。
「起きたなら、声を掛けてくれれば良かったのに。心配するじゃない!」
「よく寝てたからさ。俺、昨日起きなかったんだけど見張りずっとしててくれたんだろ?」
「違うわ、途中で——」
「オレサマ トウジョウ」
そういう事か。
空から飛来した黄色の影。
相変わらずの甲斐性っぷりである。
「お前が見張りをしててくれたのか。ほんと出来たインコ様だな」
「オウオウ モット ホメロ! ソシテ クエ!」
ピィが投げ寄越して来たのは、見慣れた赤い実だ。
わざわざ森から持ってきたのだろうか。
「二の轍は踏まないぜ」
腕全体を使い軽く衝撃を殺し、更に魔素を操作して柔らかく受け止めた。
なんとか潰さずに済んだ。
「ヤルヨウニナッタナ」
「プウの弟子は伊達じゃない」
俺の返答に、ピィが仰々しく翼を広げて応じた。
シルスがキラキラした目で見ている。
「なんか、良いわ! 男同士の好敵手って感じね!」
「シツレイダナ オレハ メスダ!」
「え!? ご、ごめんなさい」
「キニスンナ」
え、そうだったの?
インコだしどっちでも良いか。
よく動いてたから、てっきりオスかと思ってた。
そういえば、人懐こいオスと違って結構人見知りしたっけか。
「ドッチモ イケルシナ」
……ほんとかよ。
シルスがきょとんとした顔でピィを見ている。
たぶん意味が分かってない。
そして俺も意味が分からない。とりあえず放置だ。
「ピィ、プウ達の様子はどうだ?」
「オバカプウ ベッコベコニ ヘコンデル」
「まじで」
そんなに俺のことが心配なのか?
いや、もしかしたら出発時にシルスと抱かせたからか。
せっかく知った幸せを直後に失ったのだ。
ある意味、ひどい仕打ちだったかもしれない。
……ままならんな。
思ったが、ピィから直接話を聞けば手紙をやり取りする必要が無い。
文字が書けないから、手紙での情報伝達の際は必ずタハディとシルスがセットになる。
二人にはそこまで隠し立てするようなことは無いと思うが、直接ピィに伝えてもらえるなら何の気兼ねもない。
「ピィは、このくらいの距離の移動だったら問題ないか?」
「ナイナ ヒビセイチョウヨ オマエモ キバレヨ」
「精進します」
聞くと、魔素視を使えば夜でも問題なく飛べるらしい。
何とも頼もしい限りだ。
しかも、
「アザヤカナル ワレヲ タタエヨ」
「とてもキレイだわ!」
体に纏わせた魔素に影響させ、可視光に作用して色を変えられるようだ。
七色に変化しているピィを見て、シルスが目を輝かせている。
目に痛いプリズムインコである。
「ピィ、その辺にしておけ。馬が怯えてる」
「ビヲ カイセヌ オロカモノヨ……」
ピィの色が元に戻ったのを確認して、聞いてみる。
「このまますぐに戻るのか? 俺たちは食事したら出発するが」
シルスへ視線を向けると、彼女は頷き返した。
「ソウダナ オマエラ オソイシ マタユウグレドキニ コッチクル」
「分かった。宜しく」
そう言うと、早速ピィは空へと舞い上がる。
飛びながら色が灰色になって、視認が難しくなった。
色変え、想像以上に効果あるな。
「ユージア、そのままエックに食べさせててくれるかしら」
「構わんよ」
「私はスープ温めて、片付け進めておくわ」
「了解」
しばらくエックに草を食ませて待っていると、シルスが声をかけてきた。
俺はエックを連れて戻って、雨よけの下に繋ぎとめる。
「おー、やっぱいい匂いだな」
「あと小鳥さんが持ってきてくれた赤い実もあるわ」
見ると、赤い実が五個ほど置いてある。
赤い実は一つがリンゴほどもあるのに、よくもまあ運んできたものだ。
それなりの距離があるはずだが。
……人に見られたら、かなり不可思議な光景に見えるんじゃなかろうか。
座ると、シルスが木の器を渡してくれた。
煮るのに使っていた鍋は、洗って伏せられている。
相変わらず手際が良い。
俺も食べながら、シルスの調整に使う黒薬を用意しようとしたら、
「ユージア! 食事の時は他の事しちゃダメよ!」
と怒られた。
シルスは、食事中のマルチタスクを許さない派教育を受けてきたようだ。
「二人の時は警戒しつつ食事。
三人以上なら、少なくても一人は警戒よ!
食事中は、とても注意が散漫になるわ。
私たちは、まだまだ未熟だもの、基本は守らなきゃ」
ああ、そう言うことか。
冒険者の心得的な。
「色々教えてくれてありがとう。とても勉強になるよ」
「仲間でしょ。当然よ!」
言いながら、シルスが顔を上げた。
どうしたのか聞こうとしたら、そっと立ち上がって着いてくるように促がされる。
「あっちから、匂いを感じたわ」
「ふむ」
シルスが指さしたのは、パマイ村方面の街道だ。
「近くなってる」
言われて、二人で身を伏せた。
エック達は大丈夫だろうか。視線を向ける。
一応、街道からは目視されない位置に展開されていたようだ。
さすがシルス、抜かりない。
この場所も街道からは三十メートル以上離れている。
雨に加えて、外套も地になじむくすんだ色合いだ。
たぶん伏せていれば気づかれない。
しばらく待つと、蹄の音が響いてきた。
見えた姿は騎馬四人。
彼らはそのまま走り抜けていった。
外套で隠れていて分からないが、たぶんパマイ村にいたグレイオビスの兵だろう。
「結構な早駆けね」
「もしかして、俺達を追ってきたとか無いよな?」
「……用心しておいた方が良いわ」
シルスがふふ、と笑った。
「どうした?」
「……今も、ちゃんとアレスが守ってくれてるのね」
「そうだな」
そう言って、シルスは緑の横髪を撫でながら、目を伏せる。
俺も目を閉じて、アレスの姿を思い浮かべてみた。
顔を合わせていた時間は短いが、凛々しい面構えだったのを覚えている。
「ごめんなさい、ユージア。早くスープ食べましょう。冷えちゃうわよね」
「何の問題もないさ」
シルスはもう一度、兵たちの去っていった方を向いてから立ち上がった。
「食べたら、早いところ出発しましょう」
至福の朝食を終え、シルスの調整作業を始めた。
途中「木の棒使わないで、指でやったらいいじゃない」と言われた。
確かに、目の周囲といった場所への精密描画じゃないので、その方が早いかもしれない。
シルスが気にしないならと付け加えて、指で描画する。
描画の様子をシルスがじっと見つめてくる。
魔素視で見てるから細かな表情は分からない。
だが、目に循環してる魔素量で集中してるのは分かるのだ。
変な動きでもしたら、蹴りが飛んでくるのだろうか?
今更な気もするが。
ちょっと落ち着かない。
「こっちの方が、ちくちくしなくて良いわね」
「そうか。じゃあ次からはこうするか?」
「うん。お願いするわ」
調整を終えて、荷積み作業をする。
俺は調整に使った薬と、残った食器の片付けだ。
雨よけからの水で一気に洗った。
それが終わるころには、シルスの荷積みもほぼ終了している。
荷積みが終わってないのは、俺の洗った食器とエックの雨よけだけだ。
それもすぐに積み終わると、シルスに手を貸してもらってエックの上へ。
相変わらず高い。
下手に落ちたら、大けがしかねない高さだ。
まあ、タハディに連れられた黒大樹の上に比べれば何でもない。
それに、荷物で下が見えないし。
「じゃあ、行くわよ」
「宜しく」
二日目の移動が始まった。
移動を始めて気が付いた。
エックの移動速度はそこまで遅くない。
高さがそれなりにあるので遅く見えるが、結構早い。
俺の早歩きじゃなくて、軽く走ったくらいには速度が出ていた。
エックさん、舐めてすみません。
今回は、移動中も魔素視を使って色々見てみた。
思った通り、シルスはかなりの頻度でアレスの経絡を利用しているようだった。
「疲れないか?」
「慣れてきたわ。少し、匂いの意味も分かってきた」
「どんな感じに?」
「さっき、兵たちが通ったでしょう。
それで、兵達の匂いがどういうものか分かったわ。
やっぱり、村にいる時とは微妙に、感じが違うのね」
「そうか」
シルスも日々学んでいるようだ。
俺ももっと術とか練習しないとな。
プウから譲り受けた左手へ魔素を集中させてみる。
「くすぐったいわ」
「あ、ごめん。届いちゃってたか」
「……ユージアの出す魔素は、簡単に体を抜けるのね」
「そういうものじゃないのか?」
シルスは俺の手に手を重ねた。
「どう? 感じるかしら?」
「いや……特に何も感じないな」
「でしょう? 普通は他人に魔素を通すのは簡単じゃないのよ」
でも確かに魔素視で見てみると、シルスの手に激しい魔素流が出来上がっている。
「シルスが上手に出力できてないだけじゃないか?」
「……それもあるけど」
あ、やばい。
シルスが少し不機嫌になった。
「私は魔素術苦手だもの……でも、少しくらい感じない?」
ふーむ。少し撫でるような干渉があるような、無いような。
こっちからも魔素を流し込んでみる。
うおぉ!?
「ちょ、ちょっと、ユージア!?」
シルスの方に流れ込んだ瞬間。
俺の魔素流に絡みつくようにして、シルスの魔素流が一気にこっちへ放出された。
流れ込んできた魔素の影響からか、腕が痺れる。
でも何だろう。
じんじんとしてるのが、心地よい。
「シルスの魔素、なんか気持ち良いよ」
「え? ……そうなの? どういう感じ?」
「元気いっぱい過ぎてビリビリするけど、そのビリビリも悪くないっていうか」
「そう、不思議ね」
タハディが自己領域を干渉させ合えと言っていた。
親和性が高まって良い効果があるという話だ。
具体的にどういう効果があるのか分からない。
たぶんだが、こういった事をやってると良いのだろうか?
「タハディがこういう風に魔素干渉させると、良いって言ってた。
シルスは、どういうことを言っているか分かるか?」
「私が聞いたのは……」
シルスが思い出すように視線を少し下へ向けた。
「タハディと一緒にいると悪影響が出るから、この旅が終わったら離れるって言ってたことくらいかしら」
パマイ村への調査のことを指しているのだろう。
「ユージアとは良い効果があるのね。
背中にユージアがくっついてると、匂いが感じやすい気がするわ」
シルスの体中の魔素流が激しくなる。
「経絡活性も、調子が良いわね」
やっぱり安定化作用でもあるのだろうか。
ちょいと、試しにシルスの両手首を掴んで魔素を流してみる。
「——ちょ、なに!?」
シルスの腕が弾かれたように振り上げられた。
勿論、その手には手綱が引かれていて。
結果エックが急停止して、シルスの背中に顔がぶつかった。
「急になにするのよ!? 腕が勝手に動いたじゃない!」
振り返って怒りを露にするシルス。
だが、その顔が困惑に染まった。
「ちょっと、ユージア……凄い鼻血が」
「ごめん、外套よごしちまった」
シルスの硬皮の胸当ては背中にも回っている。
それに鼻を打ちつけた。
パルペンに殴られた傷が開いたのかもしれない。
「急に変なことするの止めてよね!?」
「とっさの状況に対して、臨機応変に動くのも良い訓練になるんじゃないか?」
「え……」
怒られた反応で、いい訳じみたことを言ってしまった。
シルスはそれに対し、真剣な顔で頷いた。
「……そうだわ!
コレくらいのことで、ユージアに怪我させちゃうなんて、注意が足りなかった。
私が、今この組で一番、力も感知能力も高いんだもの。
もっと注意しなきゃ……」
シルスは申し訳無さそうに頷くと、前に向き直った。
「ユージア、ありがとう。もっと気をつけるわ」
ああ、そういう意味だったんじゃないんだが。
ちょっとした悪戯心で……。
早速、シルスの魔素流が加速しだした。
行く先は勿論、アレスの経絡だ。
今夜は、十分にシルスをねぎらってやらないと。
きっと、昨日以上に酷使するだろう。
シルスは魔素を安定化させるのが苦手だといっていた。
俺は何も意識していないが、安定しているらしいとはタハディから聞いた。
もしかして、俺って魔素術ってのに適性が高いのではないか?
そう言えば、タハディは治癒術ってのを使って村人を治してたんだっけか。
「シルスは、治癒術は使えないんだっけか?」
「出来ないわ。あれは、魔素術と同じで魔素の安定化と調整が必要だもの。
でも、自分の傷なら内気功で癒せるわ!
これを他の人にするのが治癒術、外気功よ」
「ちょっと、試してくれないか?」
「……ユージアが近くにいてくれても無理だわ」
困った顔で言うシルスに、再度、少しだけ魔素を流してやる。
シルスは意図を察したのか、頷いた。
「……や、やってみる」
俺は抑えていた鼻から恐る恐る手を離す。
鼻血は止まったようだ。
だが、少し擦ればまた溢れるだろう。
外套で手を拭い、シルスの手を握って顔へ引き寄せた。
シルスの手に魔素が集中する。
俺も握った手に魔素を流して、彼女の手へと送り込んだ。
ピリピリとした刺激が顔へ流れてくる。
刺激は間もなく温かさへと変わり、じんわりと広がっていく。
しばらく続けて手を離すと、すっかり鼻血は止まっていた。
擦ってヒリヒリしていた鼻頭も痛くない。
軽く擦ったり鼻を引っ張ったりしてみるが、すっかり完治している。
「すごいわ、ユージア! 私にも治癒術が使えた!」
「うまくいったな。仲間との連携技ってところか」
シルスは驚いたように見返してきた。
「仲間と連携……!」
そして興奮した様子で俺の腕を掴んできた。
「すごい、すごいわ! 仲間連携の治癒術! 素敵よ!」
大層気に召したようである。
シルスは冒険好きだけあって、少年浪漫的なものがツボのようだ。
「またケガした際は、よろしく頼むよ」
「任せて! たくさん怪我して良いからね」
……それはちょっと。
シルスも失言に気がついたのか、慌てて言う。
「ごめんなさい、怪我しろってことじゃないの! ユージアは、私が守るから!」
「ありがとう。わかってるよ」
しかし、女の子に守られる俺って情けない……。
この場所では、文明の利器などもないから何でもかんでも力がいる。
小さい頃早く大人になりたいとは特に考えなかったが、ここでは早く力ある肉体を得たいと思わされる。
「シルス、今度経絡活性も教えてくれ」
「わかったわ! ……でも、なんかユージアは上手に出来無い気がするわ。
魔素流に力強さがないもの」
そ、そうか。
経絡活性に高い資質をお持ちのシルスティアさんの言だ。
残念ではあるが、信憑性は高そうである。
シルスは未だに興奮冷めやらぬ様子で、手と俺の鼻を見比べている。
しかし、治癒術が使えたのが相当に嬉しいみたいだな。
こちらとしても、黒薬を使わないでも怪我が治せるのは、ありがたい。




