026 死屍術師の二か月少し2
数え始めてから、四十五日が経った。
キョーカと話すようになって、ピィと話すようになって、"頭の痛い"が、色んなことを教えてくれた。
沢山の薬の作り方とか、石の回し方とかについてだ。
石を回して飛ばすと、赤い実が取れる。
でもピィが採ってきてくれるから、あまり必要ないかもしれない。
薬は入れるものを沢山作る必要があって、やってない。
キョーカと話したりしたほうが、楽しい。
キョーカは色々教えてくれるのだ。
『魔素? 魔素を見れる目ねぇ。じゃあ、魔素視って名前でいいんじゃない?』
キョーカは色んなものの名前を教えてくれる。
あの真っ暗なキョーカのいる部屋の名前は、"導きの間"。
プウの住んでる木の巣は、"黒大樹"。
キョーカはとても物知りだ。
さすがは、ごはんをくれていたご主人様だ。
あ、"ご主人様"は、ピィがキョーカを呼ぶ時の言い方だ。
プウの"頭の痛い"は、王と呼ぶと教えてくれた。
でもキョーカを王と呼ぶと、『なんかやだなぁ』と言われた。
王は、男という者に使う言葉らしい。
じゃあキョーカは何て呼ぶのか聞くと、
『じょ……キョーカで良いよ』
と言われた。
でも"頭の痛い"は許さなかった。
だから、キョーカ"様"と呼ぶことにした。
数え始めて、五十日が経った。
キョーカ様が、ポップとパインも話ができるようになったと喜んでいた。
でも、話ができるのはキョーカ様だけみたいだった。
プウは話せなかった。
ピィは話せるか聞いてみたら、暗いところ、狭いところは入りたくないと言って、導きの間に入らなかった。
だから話せるかわからない。
でも、きっと話せないに違いない。
じゃないとずるい。ピィは結界も越えられるのだ。
「セマイトコ? ヤナコッタ ソウバンヲ ユルストシタラ ワガ ハンリョトナルモノ ダケダナ」
と言っていた。
ハンリョを含め、ピィの言っていることがよく分からなかったので、キョーカ様に聞いた。
『ハンリョ……伴侶ね。結婚相手のことだよ。
ピィはインコだから、お相手が見つかると、卵を育てるために小さな巣を作るのよ』
『プウ、ハンリョ、いる?』
『うーん、プウちゃんは見た感じ、まだまだ先じゃないかなぁ』
『どれくらい、先?』
『ちょっとこの場所普通じゃないっぽいから、どれくらいだと適齢期だかわからないけど……
このくらいの子でできるとしても……うーん、犯罪的過ぎるわ』
『小さい、ダメ?』
『プウちゃん、まだ子供でしょう?
ハンリョっていうのは、一緒に子供を育てたりする人でもあるのよ。
子供が子供を育てるのは、変でしょう?』
"頭の痛い"が、強く反応した。
子供を育てて、群れを増やす。
『プウ、群れ欲しい。
一人、やだ! ハンリョ、どこ、いる?』
『……そうね。一人は寂しいよね。きっとプウちゃんにも、良い人がみつかるよ。
そしたら、仲良くなって、結婚してくださいってお願いするの』
『プウ、頑張る。どうやったら、良い?』
『え……ええーっと。そうだなぁ、私も独り身だったからなぁ』
『キョーカ様、わからない?』
キョーカ様も知らないなら、それはもう無理な話だ。
『あ、えっとね! そうだ、ユー君のことならわかるよ!
えぇーと、ユー君は泣いてる子を見るとすごく悲しそうな顔をするわ。
だから、いつも笑顔でいればいいんじゃないかしら!』
『泣く、ダメ?』
『……だ、だめじゃないだろうけど……あまり見せないほうが良いかな?
すぐにグスグス泣く子は結構、面倒くさく思われちゃったりとか……。
あーでもこれ実体験じゃないのよね。
責任はそこまで持てないかもなんて思ったり思わなかったり~あはは!』
とにかく泣くのはダメらしい。
でも、そもそも泣くということがどういうものか分からない。
『泣くって言うのは、キモチが高ぶって……目から涙っていうものが出てくるのを言うんだよ』
それなら、プウも何度か経験があった。
怖い時、痛い時、寂しくなったとき。目が濡れた。
あれを抑えることが出来るのだろうか。
難しそうだ。だいたいいつも気がつくとそうなってるのだ。
でも、もし相手が見つかりそうになったら、できるだけ泣かないように頑張ろう。
次の日、キョーカ様が聞いてきた。
『プウちゃん。
ポップとパインは元気に話してくれるようになったんだけど……。
ユー君がいまだに、だんまりなの。
そのうち話せるようになるんだよね?』
気配を探ると、ポップ、パインだと思う気配は元気になっていた。
でも、キョーカ様に似たユー君様の気配は、薄く小さくなっていた。
なんだか、嫌な感じがする。
『ユー君様、気配、薄い。消えそう』
『え!?』
『"頭の痛い"言う。魔素薄い、ダメ。魂、繋がり薄い、ダメ。消える』
『頭の痛みって、プウちゃんの元の体の巫女様の記憶なの、よね?』
『そう』
キョーカ様と色々話をしたり、森を歩いているうちに分かったことだ。
プウのこの体は、黒大樹の中で眠らされていた屍だ。
『どうしよう、ああ。どうしたら。消えちゃう……?
プウちゃん、お願い! どうか、ユー君を助けてあげて! お願い…………』
キョーカ様のお願い。
なんとか叶えたい。ううん。叶えなきゃダメだ。
キョーカ様は体が無いけど、プウの群れの仲間なのだから。
初めて、プウの生活に目標が出来た。
ユー君様の体を作る必要がある。
それと、今まで以上に"導きの間"に赤い実を持っていかなくては。
ピィが体を取り戻したときを思い出す。
たしか、川でブヨブヨを拾ってキョーカ様の"導きの間"へ持っていった時。
キョーカ様がそれを食べて、その後、ピィがいつの間にかいたのだ。
きっと、ブヨブヨがピィの体になったのだろう。
この考え方には、"頭の痛い"も賛同してくれている。
そしてあのブヨブヨは、多分だが生き物の体の一部だったものだ。
でも、この森では生き物の姿を見たことが無い。
前にピィに教えてもらった見通しの良い高台に上っていたとき。
白い木の嫌な感じのする領域――結界――の更に外には、四足で歩く、毛むくじゃらな動物の姿があった。
きっと、あの動物も白い木が怖いのだ。だから、入ってこない。
プウは結界から、怖くて出れない。
前に出ようと頑張ってみたけど、途中で気を失ってしまった。
ピィが引っ張ってそこから遠ざけてくれなかったら、今頃どうなっていたか分からない。
前に数えてみたら、白い木は、黒大樹を囲むように四本立っている。
プウは、ここから出ることが出来ない。
でも、ここを出れないとなると、ブヨブヨの代わりになる動物が集められない。
ピィに獣を倒せないかと聞いたら、「デキルワケガナイ!」と言われた。
確かに小さなピィでは、あの毛むくじゃらを倒すのは無理そうだ。
赤い実を採ってくるのとは、難しさが違う。
仕方ないので、ブヨブヨを見つけた川を歩いてみる。
川は下流へ行くほど、流れが速くなっている。
結界の境のぎりぎり辺りまで行くころには、小さな流れと合わさった上に、角度もきつくて激しい流れになっていた。
ここではブヨブヨを見つけたとしても、回収など無理だろう。
また上流へ戻って川岸を散策する。
小さな骨などを見つけた。
よく探せばたまに落ちている。
途中、ピィから赤い実を貰いながら骨を集めた。
そして、川面に目を凝らすと、何か生き物がいるようにも見える。
「タシカニ プウノ ナカマガ イルミタイダナ」
川を泳ぐ、昔のプウのような生き物がいるようだ。
そしてあれはプウの仲間ではない。
昔のプウと似ているが、似てれば仲間だなんておかしな話だ。
「あれ、プウ仲間、違う」
「ナカマダロ」
「仲間、違う」
「ナカマダナ」
「仲間、違う!」
「ナカマダッタ」
「違う! ……違くない」
もう、ピィは無視する。
それよりも、あの生き物をどうにか獲れないだろうか。
石を回転させて飛ばしてみたりしたが、当てることは出来なかった。
今日はもう暗くなってきたので帰ることにした。
キョーカ様は、"導きの間"をプウが出入りすると、ユー君様が消えるのが早くなるのではないかと心配していた。
"頭の痛い"も、その辺りは良く分からないようだから、出来るだけ入らない方が良いと思う。
ユー君様の様子だけを伝えて、話はしないで"導きの間"を出る。
キョーカ様は、「お話できなくて、ごめんね」と言ってくれる。
早くユー君様の体を作って、たくさんお話すれば良い。
そうだ。
ユー君様ともお話できるようになるかもしれない。
そのためにも、頑張らなくては。
今日は、"頭の痛い"が教えてくれたことを色々試してみる。
森の木の皮や、葉っぱを使った薬を作るのだ。
薬は色々なものがあった。
その中に、石を回して飛ばすのを上手にするものがあった。
これを作ろうと思う。
前に器を作るのが難しそうで、やらなかったことだ。
やってみると、思ったとおり難しかった。
土を魔素操作してぎゅっと固める。とても難しい。
でも、魔素操作していると、上手になっていくのが分かる。
上手になるのは楽しい。
固くて食べれない木の実がある。
これの中を魔素操作してくりぬく。
これも器になるのだ。
実をくりぬくのは、土を固めるより簡単だ。
でも実は小さいから、大きな器を作るためには、土を固めなくてはダメだ。
暗くなった頃、必要な器が作れた。
ピィに頼んでおいた必要なものも、全部ある。
明日は、薬を作って川の生き物を捕まえよう。
朝、起きて早速薬作りをする。
"頭の痛い"に教えてもらいながら、必要なものをつぶしたり、混ぜたり、しぼったりする。
魔素操作で、細かくしたり、細くしたり、重ねたりもする。
一つ目が出来上がった。
今度はそれを"頭の痛い"に教えてもらいながら、体とか顔とかに模様を塗っていく。
「ダレダ! テメェ!」
黒大樹に入ってきたピィが、プウのことを急に攻撃しようとしてきた。
慌てて手に持っていた土の塊を飛ばして、ピィの突撃を止めた。
「ピィ! 何で、攻撃、する!?」
「ッンダヨ! プウジャネェカ オドカスナ!」
「脅かして、ない!」
「オドカシテンダロ! クロク ナッテンジャ ネェカ!」
プウが怒ってるのに、逆にピィが怒ってくる。
ピィは意地悪だ。
乾くのを待ってる間にピィが持ってきてくれた赤い実を食べる。
ピィは意地悪だけど、赤い実を採ってきてくれるのは欠かさない。
乾いたら、また薬を作る。
模様塗ったからか、さっきよりも簡単に薬が作れる。
「ノリノリダナ」
「頑張る」
薬が出来上がった。
腕周りの模様を太く描き足していく。
ピィは森の周りを調べに行った。
今までは怖がって余り遠くへいかなかった。
だけど、ピィも頑張れって言ったら行ってくれるようになった。
意地悪だけど、ピィもやるときはちゃんとやってくれる。
腕の模様が塗り終わったら、川へ行く。
向かう途中、ためしに石を飛ばしてみたら、いつもより早くて、強かった。
狙った場所にも飛ばしやすい。
川の周りを探した後、ちょっと高い石に上って、生き物へ石を飛ばした。
なかなか、当たらない。
見えずらいから、当てずらい。
そうだ。
魔素視を使う。
川の中は、森よりは魔素が薄い。
でも、生き物がいるのが目で見るより分かりやすい。
水の中、"明るい闇"に見えるのが、生き物だ。
川の"明るい闇"へ向かって、石を飛ばす。
今度は、当たった。
"明るい闇"は、水の上に浮いてくる。
「あ!」
流れていってしまう。
急いで走って行ったけど、追いつけなかった。
今度は、追いつけそうな良い場所を探して、上流の方にいる生き物を狙って石を飛ばす。
なかなか、さっきよりも遠いから当てづらい。
「やった!」
当たった。
すぐに走り出して、なんとか間に合った。
用意しておいた、溶かす薬の入った器に生き物を入れる。
"頭の痛い"が、こうして置いたほうが良いと教えてくれたのだ。
暗くなってきた。
お昼からやって、二十くらい捕まえた。
"頭の痛い"は、これの百倍は捕まえろと言っている。
そんなに集めないと、足りない。
「……う」
やっている途中聞いたときも思ったが、ダメそうな気がする。
ユー君様が消えてしまう前に、そんな数を集めきれる気がしない。
キョーカ様のお願いが守れない。
「……う、ぅ」
頭がきゅうっとなって、涙が出てくる。
キョーカ様と話すようになって以来だ。
止まらない。
近くにいたピィは、今日はプウをからかっては来なかった。
次の日は、起きたらすぐに模様の準備をして川へ向かった。
川の生き物が、昨日よりも少ない気がする。
そして、お昼過ぎになってもピィが来ない。
いつもはこの時間に赤い実を持ってきてくれるのに。
プウが頑張らないとならないのに、ピィは何をしているのだろう。
昨日よりも、川の生き物を上手く捕まえられない。
まだ五匹も捕まえられていなかった。
「う、ううぅ……!」
涙が出る。
早くしなければならないのに、昨日よりも遅くなっているのだ。
これもきっと、赤い実を持ってきてくれないピィのせいだ。
赤い実を食べてないから、集中できないのだ。
ピィは意地悪だ。自分勝手だ。
キョーカ様のお願いが守れないと、ユー君様が消えてしまうのを分かっていないのだろうか。
「うう……、ピィは、バカだ!」
「スキカッテ イッテ クレルジャネーノ」
声がした方を睨んだ。
文句を言おうと思ったけど、言えなかった。
「ピィ、獣、……戦った、か?」
「ザマァネェ」
ピィの足がぐしゃぐしゃに折れていた。
片目もつぶれて見えなくなっている。
「ハッ ヨエーヨエー オレッテバ ホントヨエー マイッチマウゼ!」
「……」
「ホレ サッサト クエヨ」
ピィが赤い実を渡してくれた。
涙が止まらない。
「……ピィ」
「オラオラ ナクンジャネーヨ ツツクゾコラ! ヤルコトヤレ!」
ピィに言われるまでも無い。
赤い実を食べたら、すぐにやるつもりだ。
生き物を獲りながら、"頭の痛い"に、傷の治し方を教えてもらった。
帰ったらすぐに、ピィを治してあげなくてはならない。
やっぱり、ピィもちゃんとプウの群れなのだ。
ピィをバカなんて言ったプウは、悪いやつだ。
夜の間、ずっと黒大樹の中でプウを治した。
ピィがちゃんと治った時には、明るくなっていた。
夜に寝なかったのは初めてだ。
体が重たい。目も見えずらい気がする。
ピィを治して、魔素操作を沢山したからか、初めて寝なかったからかは分からない。
"導きの間"に、ピィの集めてくれていた赤い実をたくさん持って入る。
『……プウちゃん、なんだか元気がないみたい。大丈夫?』
キョーカ様もプウを心配している。
嬉しくなる。
でも、すごく薄くなっているユー君様の気配を感じて、涙が出そうになった。
「うう、ううぅ……」
赤い実を置いたら、すぐに"導きの間"を出た。
すぐに、川に生き物を取りにいかなくてはならない。
時間が無いのだ。
川へ向かっている途中、涙が止まらなかった。
生き物を捕まえ始めても、涙は止まらなかった。
泣いてると、いつもよりも石が上手く飛ばせない。
泣かないようにしようとしてるのに、全然止まってくれない。
「バカ、バカ! プウの、バカ!」
止めなきゃダメだって分かっているのに、全然止まらない。
それが悲しくなって、もっと涙が出る。
お昼にピィの採ってきてくれた赤い実を食べる。
食べてる間も、せっかく泣かなくなったのに、少し気を抜くとまた泣きそうになる。
でも、それ以上に頭がふらふらして寝てしまいそうだった。
やっぱり、寝ないのは良くないみたいだ。
「オキロ バカ ハヤクシロ!」
顔が痛くて目が覚めた。
ピィがつついてきているみたいだ。
「ピィ、何!? 痛い、ヤダ!」
周りは暗い。
どうやら、川で寝てしまったみたいだ。体が痛い。
「カラダ ウエヲ ナガレテキテル! ヨセルカラ ヒッパレ!」
すぐに立ち上がった。
体が、流れてきている?
ピィはすぐに上流の方に向かって飛んで行った。
暗くて良く分からないけど、きっともうじき体が流れてくるのだろう。
一体どうして体なんかが流れてくるのだろう。
ダメだ、今は考えている場合じゃない。
川を見る。
ここは一度逃したら、すぐに流れの速くなるところの近くだ。
もっと上流へ移動したほうが良いだろうか?
でも、ピィは急げと言っていた。すぐに来てしまうかもしれない。
魔素視に目を切り替える。
暗い時は、こっちの方が見やすい。
川の浅いところへ入る。
とても冷たい。
夜は、水の中に何か怖いものがいるように見えて怖い。
昔は流れを怖く感じることなんてなかった。
もう住む場所が違うってことだと思う。
じっと上流の方を見る。
捕まえられるのは、一度きりだ。
失敗したら、もうおしまい。きっと追いつけないだろう。
思わず泣いてしまいそうになる。
でも、手をぎゅっと握って我慢する。
泣くのはダメだ。集中できなくなる。
ピィが来ない。不安になってきた。
移動したほうが良いだろうか。
そう思っていると、見えた。
ピィが川を流れる何かをくちばしで引っ張りながら、飛んでいる。
引っ張っているものは暗くて分からない。
でも、周りより薄い魔素が包んでいる。
きっと、"体"だ。
どんどん川を流れてくる。
ピィが、深いほうに行かないように引っ張っている。
けど中々、思ったとおりの方へ移動してくれないみたいだ。
あのままだと、足がつかないくらい深いところにいかなくてはならない。
この流れの速さだと、膝より高い場所へ行ったら危ないと"頭の痛い"も言っている。
でも、こちらへ近づいてきそうに無い。
ピィは頑張ってるけど、上手く行ってない。
届くのが危ない距離のまま、"体"が近くまで来てしまった。
だめだ。
もう、川に飛び込むしかない。
"頭の痛い"が強く警告している。
でも、もうこんな機会はないのだ。
流れてきた"体"に飛びついた。
掴めた!
掴めたけど、そのまま川の流れから動くことが出来ない。
流される。
手足を伸ばすけど、川底を擦るだけで止まらない。
ピィが引っ張ってくれているから、顔まで水へつかないでいられている。
少し先に、木の枝がせり出していた。
それをどうにか掴んだ。
流れの強いところから、逸れた場所へ移動できた。
でも、それだけだ。
そこからどうすることも出来ない。
この重たい"体"を持って、流れの中から脱出することは出来ない。
「オイ ドウスルンダ」
「わからない!」
長く川の中にいたら、凍えて動けなくなる。
そうしたら、"体"も掴んでいられなくなって、流されてしまう。
そもそも、自分の命も危うくなっているだろう。
ここの流れは緩めだ。
今のうちに、"体"をどうにか持ちやすい状態にする。
着ているものを脱がせ、自分の体を結びつける綱にする。
もっと先の、岸の方の枝をピィに引っ張ってもらって、伝っていくのはどうかと考える。
頼んでやってみてもらうが、ピィの軽さでは枝は少し揺れるくらいにしかならなかった。
ピィは小さいのに、赤い実を運べるくらいの魔素操作が出来る。
"頭の痛い"がピィのやっているのは、経絡活性という技術の応用だと教えてくれた。
そうだ。
ピィがやっているあれは、魔素操作なのだ。
「ピィ! 黒い薬! 塗って!」
「ムリダロ! ナガサレル!」
「違う! ピィ、塗る! 強くなる!」
「……マッテロ!」
ピィはそれで分かってくれたのか、すぐに飛んでいった。
体が冷たい。手の力も入らなくなってくる。
「プウ! エダダ!」
ピィの声。
抜けそうになっていた力を慌てて戻す。
さっきはびくともしなかった枝。
でも今は、ピィが引っ張って手の届く位置へ寄せてくれている。
枝を掴んだ。
何とかそれを引き寄せ、全身でつかまる。
ピィが離したのか、ぐいと全身を枝に持ち上げられた。
その勢いで危うく縛り付けていた"体"が落ちそうになるが、片腕を使い堪える。
そのまま、枝を伝って流れの強い場所を越え、岸までたどり着けた。
全身が寒さにガクガクと震える。
でも、休んでる暇は無い。
自分に結び付けていた"体"を外して、状態を確認する。
ぼろぼろだ。
首がとれそうだったり、手も足も穴あいてたり、つぶれてたり。
でも、きちんとプウと同じ体の形をしている。
血も少ない。ほとんど残ってないだろう。
ピィへ薬を取りに行ってもらう。
木の実に予め入れておいた、素材が悪くなっていくのを防ぐ薬だ。
"体"に負担を掛けないように、背負って移動する。
黒大樹まで大分遠かった。
でも、ピィに取ってきて貰った薬を使って、自分へも薬を塗って、どうにか帰ってきた。
帰ってきた時、また空は明るくなっていた。
最近は、夜と昼が滅茶苦茶だ。
もう、ダメだ。
頭も、体も、ふらふらだった。
目が覚めた。
飛び起きて、導きの間へ行く。
良かった。まだ、ユー君様の気配がある。
でもギリギリだ。
急いで、"体"を導きの間へと運んだ。
じっと様子を伺う。
キョーカ様が、今日は反応しない。
いつもは、あっちから何か声を掛けてくるのに。
そうだ。
赤い実も持ってこなくては。
導きの間を出て、ピィが集めてくれていた赤い実を運び入れる。
"体"はそのままだ。
ユー君様の気配も……ない?
慌てて立ち上がり、導きの間の中を歩き回って気配を探す。
「ない!」
大変だ。ユー君様の気配がない。
せっかく、体を見つけてきたのに。
間に合わなかった。
「う……」
目の上がきゅぅっとなる。
力が抜けて、座り込んでしまった。
『――』
キョーカ様が声を掛けようとしている。
でも、どうしたらいいか分からない。
なんて、言ったらいいか分からない。
キョーカ様と話したくないと思うのは、初めてだった。
『――』
やだ。話したくない!
導きの間を走って出て行こうとして、転んだ。
"体"だ。
もしかして。
そっと手で体に触ってみる。
川で拾ってきた時と同じように、冷たい。
でも。
違う。何かが違う。
ただの"体"じゃない。
そうだ。
きっと、ユー君様の気配はこの中へ入ったんだ。
でも、傷が沢山で動けないのだ。
"体"を運び出す。
ここに置いておくと、間違えてキョーカ様が食べてしまうかもしれない。
運び出した"体"に薬を塗っていく。
薬を扱う際は、いつも半分だけ魔素視にしてる。
だから、分かった。"体"に魔素が流れている。
止まっていた魔素の流れが、動き出している。
"頭の痛い"に聞いて、治療をする。
なんとしても、"体"を治してユー君様を再生するのだ。
それから何日も。
薬を作っては塗って、"体"の魔素の流れを自分の流れを使って循環させた。
傷もくっついて行っている。
魔素材や他生物組織を使わないでここまで再生することに、"頭の痛い"も驚いているようだった。
やっぱり、ご飯の人であるユー君様は特別なのだ。
ユー君様はその上、男だ。
そう。
ユー君様こそが、王なのだ。
その日が訪れた。
ついに、王が目を覚ましたのだ。




