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重力に焼きついた姉弟 ~少女達の力で家族再生計画~  作者: 織葉
第一章 黒大樹の死屍術士
21/61

021 弔い

 巨大樹木の森へと踏み入る。

 体感時間では昼を回ったころだと思うが、影地の奥だからか薄暗い。


 入る前に、きちんと獣除けを塗り足す。


 ここへ向かっている途中も、魔素視の訓練を行った。

 おかげで、大分慣れてきた。


 両目とも魔素視状態にすると、元の視界に戻るまで色々不具合がある。

 だから、片目だけ魔素視化なんて芸当もこなしている。


 これはこれで、何とも気持ちが悪いが……。

 少し酔いそうだ。


 しかし、ずいぶんと魔素の濃い森である。

 魔素視で見ると、アイスコーヒーにミルクを入れた時のように、渦巻いている。

 色は逆転しているが。


 隣のシルスは、緊張した面持ちで周囲を警戒していた。


 本当に強い娘だと思う。

 俺は彼女に起きたことを想像しただけで、身が震えて吐き気を感じるほどだ。

 直面した本人の心の傷は想像もできない。


 そっとシルスの手を掴む。


 驚いた様子で、シルスはこちらを振り返った。

 やっぱり、彼女も震えているようだ。


「繋いでていいか?」

「……うん」


 言うと、シルスは小さく頷いた。


 少しだけ、表情から硬さが抜けた気がする。

 シルスの魔素の流れも、先ほどよりスムーズになったのが分かった。


 空を見て黄色の小鳥を探す。

 今回の行程の途中、ピィは一度も近くへ来て話しかけてはこなかった。


 シルスと仲が悪いのか?


 あのインコ様は少々トゲのある物言いをすることがある。

 直情的で素直なシルスとは相性が悪いのかもしれない。


 繋いでいたシルスの手の力が強くなった。


 そろそろか。

 景色の違いなど分からないが、距離的にアレスの遺骸が見えてきてもよい頃だ。


 シルスが立ち止まった。

 見ている方向を俺も見る。


 視線の先、蔦まみれの岩の上に黄色いインコが留まっていた。


 周囲へ視線を走らせながらピィへと近づく。

 シルスが見つけるのと同時、俺も見つけた。


 アレスの遺骸だ。

 これで間違いないだろう。

 しかし、その見た目は大きく変貌していた。


 絹のような細さの白い糸が、びっしりと覆っている。

 所々、黒い艶のある粒が、それにぶら下がるようにくっついていた。


 違う。

 よく見ると覆っているのではない。

 それ自体が、絹糸の塊のようなもので構成されているのだ。


 シルエットは間違いなくアレスのものだが、大きく様変わりしていた。


 まるで繊細な砂糖菓子のようにも見える。

 細く伸ばした飴で形を作り、黒砂糖をまぶしたような。


 芸術品だな。


 美しい。

 ただただ、そう思った。


「……綺麗ね」


 シルスが呟いた。

 どうやら、同じような印象を抱いていたようだ。


「もっと……ひどいことになってるって思ってた」


 猛毒の防腐薬を掛けておいたことは、シルスには伝えてなかったか。

 食い荒らされていなくてよかった。


 シルスはしばらくアレスを見つめていたが、こちらへ向く。


「……ユージア、アレスをどうしたいの?」


 やっぱり素材としてみていたのはバレていたか。

 まあ、流れから見れば自然ではある。

 俺が動物の魔素材を欲しているのは、シルスも知っているのだ。


「プウに聞いてみないと分からない。

 でも、弔う気持ちがあるのも本当だよ。

 シルス達は、死者をどういう風に弔っているんだ?」

「よくはわからないわ。私はまだ、葬儀には参加したことが無いから」


 ふむ。

 とりあえず、どうしたいか聞いておくのが大事だ。


「……シルスはここに埋葬したいか?」


 シルスは頭を振る。


「嫌よ。ここは、とても怖いところだもの。

 アレスをここで眠らせるのは、可哀そうだわ」

「わかった。じゃあ、俺の故郷の弔い方を真似てみるのはどうかな」

「どうやるの?」


 俺は背負っていた土器を下す。

 このために用意したものだ。


 プウにお願いして、三十センチ少しある大き目の土器を皮でコーティングして、強度を高めてもらった特製の壺。

 中の半分を魔素材分解溶液が満たしている。


 つまるところ、骨壺の代わりだ。


「俺の故郷では、死者の体は火で焼くという火葬を行うんだ。

 そして骨をこういう壺などに入れて埋葬する」


 俺の言葉に、シルスは少し驚いたようだった。


「火で焼くの? そんなひどいことしたくない……」


 そういう感想をもつのか。

 確かに火で焼かれる苦しみは、数ある死に方の中でも最高位と聞いたことがある。


「でも今回は、もう焼く必要はない。このまま壺に入れていけば良いんだよ」

「そうね。それなら……」


 骨壺に骨を収めていく際、足から順番に収めていき、最後に頭蓋を重ねる。

 それに則って、アレスの体を足の方から骨壺もどきへと入れていくことにした。


 プウが言っていたように、アレスの糸状の体は手でもちぎれる硬さだ。

 でも、シルスが丁寧に短剣で切り分けていったものを俺が壺へと収めていく手順を取った。


 こういうものは、心持ちが大切だ。

 黙々と、執り行う。


 その最中、親父の納骨を思い出していた。


 体の大きな親父だった。

 しかし骨になったそれは、何とも心もとないものに感じた。

 あんなに大きかった親父が、こんなに小さくなってしまうのかと。


 あの時の姉の顔に、シルスのそれが重なる。

 何とも表現しづらい表情だ。


 最後の鼻先部分を壺へと収め、シルスは静かに目を閉じた。

 数分ほどたった後、シルスが潤んだ目を開く。


「ユージア、ありがとう。

 あなたのお陰で、きちんとお別れすることができたわ」


 俺は軽く頭を振って、シルスの肩へ手を添えた。

 そして、ちらと周囲へ視線を走らせて聞く。


「どうする。もう少しここにいるか?」

「ううん。出ましょう。ちゃんとお別れは済んだもの」


 同じように、周囲を見て表情を硬くするシルス。


 そうだな。

 ここは用がないなら長居はしたくない場所だ。


「じゃあ、すぐに出よう。でもその前に一つだけやることがある」


 シルスを連れて移動する。

 ある程度進むとシルスをそこに留め、更に少し進む。


 小さなくぼみがある。

 ここは、シルスがアレスに押し込まれるようにして守られていた場所だ。


 そこへ用意しておいた土器をいくつか並べる。

 その上に、何種類かの黒薬を置く。


「よし、出ようか」


 ピィへ合図し、出口へと向かわせる。

 再度、獣除けを塗り足す。

 歩き始めると、シルスが聞いてきた。


「あれは、何をしてたの?」

「作戦の一つだよ。黒薬を俺があそこで拾ったことにするんだ」

「ウソをつくの?」

「そうなるな……悪いことだと思うかい」


 シルスは困ったような顔になった。


「ウソをつくのは悪いことよ。でも……そうしないと、大変なことになるのよね」

「そうだな。こうして兵隊たちの注意を外へ向けないとまずいことになる」

「……私は、どうしたらいいかわからないわ」


 シルスの肩を優しく叩いて見せる。


「気にしなくていいさ。これも一つの役割分担だ」

「そうなの?」

「そうなのさ」


 シルスは、そのまま気高くあっていて欲しい。


 これも俺のエゴだろうけど、できるだけそうしておきたいのだ。

 時が経てば、偽る必要に迫られることもあるだろう。

 でも、今はまだ俺が肩代わりしていれば良い。


 今一時、この純粋な少女を見ていたい。


「よし、出るぞ」


 来た時同様、警戒しながら森を進む。

 向かうときよりも、俺達の足は大分速い。


 しばらく進むと、森の出口が見えた。


「待って、ユージア……!」


 前を進むシルスが、警戒を伴った声で立ち止まった。

 そっと身を低くして、周囲を探る。


 ……獣、じゃないよな。


 獣避けは塗り足したばかりだ。

 耳を澄ますが、何か物音が聞こえたりしている訳でもない。


「どうしたんだ?」

「今までとは違う何かを感じるわ」


 アレスの魔素感知に何か引っかかったらしい。

 息を殺して周囲へ視線を向ける。


「どんなのなんだ?」

「森の外から、今まで感じていなかったようなものを感じるの」


 説明が曖昧だ。

 だが変化があったというなら、警戒しておいて損はないだろう。


 四、五分ほどそうやってじっと待機する。

 しかし、変わったことは起こらない。


 埒が明かないな。

 この森には長居したくないんだが。


「出来るだけ身を隠しながら、出口へ向かおう」

「……わかったわ」


 シルスは後ろの森の暗がりを振り返り、頷いた。

 彼女も早くこの森から出たい気持ちは同じなのだ。


 少し進むと、木々の間から平地が見えてきた。


 空をピィが旋回している。

 どうやら、ピィの目にも何も捉えてはいないようだ。

 何か危険を察知した場合は、鋭い鳴き声を上げるようにと言ってある。


 気にしすぎたか?


 シルスも、能力が使えるようになって間もない。

 多少間違いがあっても不思議じゃないだろう。


「シルス。どうやら空にいるピィも何も捉えていないようだ。

 疑っている訳じゃないけど、大丈夫じゃないか?」

「……でも、確かに匂いは感じるのよ」


 シルスの緊張は和らがない。


 勘違いって訳じゃないのか。

 でも、何もいないのも事実だ。

 現状、このまま警戒しつつ進むしかない。


 森から出る。


 少し高くなった岩へ上って魔素視も使い周囲を見るが、特に変化はない。

 旋回していたピィが下りてきて俺の肩へ留まった。


「オセェト オモエバ ナニシテタンダ?」

「何もしてないが?」


 ピィはシルスの肩へと移動した。

 困惑して身を固めるシルス。


「クチヅケ シテタノカ?」

「してないわよ!」

「カクスナ ワルイコトジャネェ シゼンノ セツリダ」

「だから、してないって言ってるでしょ!」


 インコはキス魔だからな。


 しかし、今回はシルスも赤くなって反応してる。

 やっぱり接吻とかになると、それなりに恥ずかしいことなのか。

 全裸は気にしないのにな。


「それより、この周囲に異常はなかったか?」

「ナンモ ミテネェナ アア ミテネェトモ」

「変な言い方しないでよ!」


 叫ぶシルス。

 だが、すぐに表情を真剣なものへと変えた。

 シルスとピィが同時に首を傾ける。


 おー、仲悪いわりに良いシンクロですこと。


「……ん?」


 二つの視線の先、遠くの方に土煙が上がっている。


 なんだあれは。馬か何かか?


 もし例の三人組とかだったら、想像以上の行動力だ。

 しかし、もしそうなら黒薬入手のフェイクを伝えるチャンスでもある。


 ピィが飛び立つ。

 シルスが岩から降りて手招きする。


「ユージア! 隠れて!!」

「大丈夫だ。もし例の三人組の先行隊なら」

「違う! あれはタハディよ!!」


 視線をもう一度土煙へ向ける。

 すごい勢いで接近してきているのは、赤黒い何かだ。

 土を跳ね上げ、人とは思えない跳躍。


 あれが、あのハゲのオッサン?

 

 シルスが隠れろと促してくるが、無駄だろう。

 一直線にこちらへ向かってきている。

 そして、あの速度。逃げられっこない。


 やっぱり、あのオッサンの身体能力はおかしい。


 しかし、シルスのやつ随分と焦っているな。

 黙って来たと言っていたし、怒られるのに怯えているのだろうか。


 確かに怒れば怖そうなオッサンだ。

 でも話しやすそうな人柄だったし、説明すればなんとかなると思うのだが。

 下手に隠れる方が、心証を悪くする。


 オッサンが目の前で、盛大に土を巻き上げながら止まった。

 いくつか破片が当たって、めっちゃ痛い。


 くそ。

 文句の一つでも言ってやるか。


 口を開こうとするが、オッサンの姿をみて飲み込んでしまった。


 全身返り血に塗れて赤黒く染まった巨漢。

 その形相は、夢に出そうな憤激の阿吽。


 怖い!

 神々を殺して回りそうな面してやがる。

 大体、なんで血塗れなんだ。


 森で獣と一戦かましてきたのか?


 オッサンはシルスをちらと一瞥して、再び俺へ怒りの形相を向けてくる。


「やっと見つけたぞ」


 声もドスが聞いてて、めちゃくちゃ怖い。


 森へ入るときに見つかっていたのか?


 確かにこれだけ開けた平地だ。

 遠くから観測されても不思議はない。


「……邪教の手先めが」


 ちょっとまって。

 なんか思ってた反応と違う。


 ……邪教って。え?

 もしかして、闇森人プウとの繋がりがバレたのか?


「シルスよ。こやつは、村に惨事を招いた原因じゃ。離れてこっちへ来い」


 シルスはオッサンと俺の間に入って立ち塞がった。


「何をしているのじゃ?」

「ユージアは悪い奴じゃないわ!」


 オッサンの眉間にしわが寄った。

 更に怖い。


「退け」

「嫌よ!」


 オッサンはシルスの胸倉をつかむと横へと放った。


 おい、嘘だろ!?


 少女の体が木切れのように四、五メートル飛んで、地面へと落ちる。


「言いつけを破り、勝手に村を出て行きおって。そこで反省しておれ」

「オッサン、何やってんだよ!?」

「だまれ!」


 怒声に心臓が縮み上がる。


「よく抜けぬけと、口が聞けるものじゃな」


 やばいほどに、俺のことを敵視している。

 しかも、俺が村に惨事を招いた原因だって?


「ちょっと待ってくれ、俺は村に手出しなんてしてない!

 何で村の獣被害が、俺のせいになるんだ。襲ったのは獣だろう?」

「獣をけしかけたのじゃろう」


 冗談じゃない。


「どうしたらそんなことが出来るってんだよ!?」

「そうさな。お前の後ろにいるであろう仲間がおれば、可能なんじゃないかの?」


 仲間。

 もしかして。馬鹿な、バレてるはずがない。


「……仲間ってなんだ? 村の人たちか?」

「まだ、しらを切るか」


 オッサンは腰から何かを引き抜くと、俺へと向けた。

 あれは、プウから借りたなまくらの。


「これは、大昔に使われていた祭儀剣じゃろう?

 吾輩はこの辺りの歴史には、それなりに詳しい。

 過去にここで何があったのかも知っておる」


 くそ。


「何故、小僧がこれを持っておる?

 その体を流れる不可思議な魔素流は何なんじゃ?

 このタイミングで突如凶暴化して、村を襲った獣は?」


 やばい。


 オッサンは色々と、俺やプウの身の上を知っている。

 しかも、あの祭儀剣もどんな物かわかっている様子だ。


「これらが全部、一つの繋がりを示しておる」


 プウとの繋がりを隠し通すか?

 それとも、プウや俺が村に対して本当に何もしていないと説明するか?


 無理だ。

 やっていないことを証明するなんて、悪魔の証明だ。


「魔素操作に長け、獣や死屍を使役したという闇森人をな」


 どうする、どうしたらよい?

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