019 情報共有と羞恥考察
「食べながらだけど、この後の予定の相談と、情報共有をしておこうか」
車座になってもらったプウ、シルス、ピィの視線を集める。
ピィの採ってきてくれた果物を食べながら、各々が聞いてくる。
「アレスを弔うのよね?」
「ムラ ミニイッテクルンダロ?」
「術、練習、する」
「ええと、そうだな……。まず、俺の話を聞いてくれ」
再度こちらへ視線と意識が集中したのを確認して続ける。
「長期的な目標は、姉達の魂の器を作ること。
短期的目標は、村へ来るという兵隊たちから黒大樹やプウを守ることだ。
シルスも、村の神父から聞いて知っているよな?」
「そうね」
たしか、タハディが送ってくる場所のことを言っていたはずだ。
「名前を聞いたんだが。
グレイ……なんだったかな、グレイなんとかってところの兵が来るらしいんだ」
「グレイオビスね」
「それだ! そこの兵隊が来る。シルスは、グレイオビスを知っているのか?」
「二度行ったことあるわ」
「どんな場所だった?」
「高い石の壁で囲まれた大きな街よ。
私は馬車から見た通りと、街の中のお店しか見てなかったから、それ以外はわからないけど。
……あと、通りから大きなお城が見えたわ」
レヴロ伯の屋敷からの買い出しか何かで行ったのだろうか。
聞いた感じだと、シルスのいる領地よりも規模が大きく、それなりに栄えた街だということか。
そういえば、もう一つ聞いておきたいことがあった。
「パマイ村はレヴロ伯領とグレイオビス領、どちらの領地なんだ?
または、レヴロ伯領地はグレイオビス領に含まれているのか?」
レヴロ領よりグレイオビスが大きいなら、そちらに含まれているとも考えられる。
「わからないわ。
私、そういうのよく知らないの」
ふむ。
この歳の子に、そういう情報を求めるのは無理があるか。
「いや。十分助かる。ありがとうシルス」
申し訳なさそうだった顔を喜色に染めるシルス。
「ね、ユージア。なんだかもう、冒険者してるみたいだわ!」
「まあ、似たようなもんじゃないかな」
やろうとしていることは脅威の回避と、猛獣退治での素材回収だ。
かなりの荒事である。まさに冒険そのものだろう。
「冒険者ってのは、どんなことをする人達なんだ?」
「冒険者のことが聞きたいのね!」
俺の質問に、シルスは喜色を深め身を乗り出してきた。
ぷるんと震える小さな双丘。
彼女は相変わらず半裸である。
一張羅が血やらでぐしゃぐしゃなので、再度着るのに難色を示してずっと半裸だ。
どうやら、黒大樹内は虫の侵入すらないらしい。
ならば「服を着る理由もないわ」と腕を組んで言っていた。
そういうものだろうか?
プウの一張羅も雑巾間際のズタボロだ。
俺が一番マシなパルペン譲りの上下だが、泥滑りの汚れで酷いことになっている。
どちらにしろ、森を移動するなら衣服は無いと話にならない。
村行きの行程でその有難さが身に染みて分かった。
枝葉に対して肌をさらすなど、狂気の沙汰だ。
やはり洗濯するしかないか。
水仕事やだなぁ。プウの洗浄術使えないだろうか。
「冒険者は危ない獣の退治とか、素材の回収をしたりするのよ!
それと、東の逆さ滝の周りの浮島とか、落下遺跡なんかの探検もするわ!」
逆さの滝に、浮島、遺跡。
めちゃくちゃファンタジィだな。
「ハナシ ソレテンゾ」
「あ、すまん」
インコに進行の注意を受けるとは……。
ピィの思考レベルがいまいちよくわからない。
話を中断され不満そうなシルス。
ピィは高速ヘドバンしながら「ヤンノカコラ!」と挑発する。
「おいやめろピィ。シルスもそのうち別の時に冒険者の話聞かせてくれ」
「うん。わかったわ!」
しかし、やはりと言うか情報が足りないな。
もっとタハディや神父から聞いておくんだった。
というかシルスはタハディの所へ帰らなくて良いのだろうか。
この質問は墓穴を掘るだけだろうし、聞く気はないが。
とにかく話を続けよう。
「プウ、聞いておきたいんだが。
仮にこの森にいる狼みたいな獣の素材で姉たちの体を作るとなると、どれくらいの量が必要になるんだ?」
発言の少ないプウへ質問を投げる。
プウはシルスと俺に挟まれてから、ずっとシルスの胸を見てる気がする。
プウも女体の神秘とその癒しに気が付いたのかもしれない。
運動不足で少々お肉の気になり始めてる姉の抱擁ならば、きっと二度と離れたくなくなるのではないだろうか。
成人している女性である姉は少女の比ではない。
加えて姉のそれは平均を結構上回る。
バストはいくつと言っていたか、たしか体重気にする前の時点で百……
「……百。でも、不安。もっと、もっと、もっと、欲しい」
もっともっとって、そんなにか。
プウは一気に欲張りになったな。
けど美しい造形において、バランスというのも大事な要素なんだ。
って違う、胸の話じゃない。獣の数だ。
百でたりないとか、どんだけかかるんだ。
そんな数、兵たちが来る前に集めるのは無理に決まってる。
俺の死体憑依とかどんだけ安上がりだったんだ。
「魔素材、質。量、変わる」
そうは言ってもな。
他に森で見たことある獣というと、巨大樹木の森にいた巨大な猿のような奴だけだ。
4.5mはあろうかという、俊敏な獣。
あれは……会いたくもないな。
戦うなんて論外だ。
やるとすれば、罠になるだろう。
……作り方なんて知らないが。
しかし……兵たちが来る前に体を作って逃げるという案は駄目になった。
プウだけなら、なんとか隠れたりとかできそうだが。
この近くまで来られたら、どうしても目立つ黒大樹は隠しようがない。
最悪入口を木材で埋めるなどして隠すくらいか?
逃げるのが無理となると、次の手段は来る理由を無くすことだ。
兵達が来る理由である、森の獣の活発化。
追加で危惧しているのが、黒薬の出所、の二つだ。
確証はないが、森の獣が活発化した理由はプウによるところがあると思う。
今まで黒大樹の中に人柱として封印されていた巫女が、プウの魂を受けて復活した。
そのなにがしかの影響で、森の獣が人の里へ出るに至った。
プウが活動を開始したのが二か月前だから、まあありえなくはない。
これとは別の理由をでっちあげる必要がある。
そうだな……。
一つの案が思い浮かんだ。
現状まだ現実的な策ではないが、これが上手くいけば、兵たちの注意を回避できるかもしれない。
そうと決まれば、それに向けて突き進むのみだ。
「良し! 一つ作戦が思いついた。
これに向けて、みんなで頑張っていこう」
◇
シルスの移植調整をプウに頼み、俺は川へ洗濯へとやってきていた。
直線距離はそこまで遠くはないのだが、高低差が激しく思ったより川まで時間がかかる。
「さみぃ」
水の近くだからか、結構寒い。
プウに服を洗浄術で綺麗にできないか聞いたら、無理だといわれた。
生きているものと死んでいるものの分離なら簡単だが、それ以外は結構な時間と魔素を消費するらしい。
まあ、仕方ない。
プウの服はボロいが、洗濯は定期的に行っているらしくそこまで汚れてはいなかった。
だから、プウの服は持ってきていない。
そもそもあんなにボロボロだと、もはや洗って使っても意味無さそうなレベルだ。
なので今洗っているのは、行く間際に「これもお願い」と追加で渡されたシルスのズボンを含む全てと俺の泥で汚れた服である。
よってプウに調整を受けているシルスは今、全裸だ。
あの金髪少女は羞恥心が無いのだろうか?
この場所の女性たちがどんな感性を持っているか分からない。
しかし、少なくとも肌をさらしてる人はいなかった。
判断材料として、タハディがリナーシタを治療した際のこともある。
その時のパルペンの様子では、それなりに羞恥を伴うものだと判断できるのだが。
「……わからん」
金魚と大昔の闇森人の集合体であるプウの感覚は当てにならない。
俺が子供だからという理由が、やっぱり正解なのだろうか。
直接聞くのはさすがに恥ずかしい。
シルスの下の服は、厚手の布ズボンの下に、麻っぽい質感の、かぼちゃパンツのようなものだ。
俺は下におなじようなかぼちゃパンツと布の長袖服。
皮のズボンも履いてたが、それは回収袋に生まれ変わった。
ちなみに履物は、草を絡めまくって硬くしたようなサンダルである。
この少年の足の皮は結構厚い。
サンダルで長いこと歩いた結果なのだろう。
シルスは皮のブーツを履いていた。
かなり固いハードレザーだった。蹴ったら威力がありそうだ。
この麻の衣類は手触りがあまり良くない。
藁半紙をクシャらせたほうがまだ手触り良さそうなくらいだ。
前の体だったら、肌が傷ついてたかもしれない。
この体は皮膚が強いのだろう。
痛いということはない。
シルスの赤い上着のベストと、下のズボンは結構良い手触り。
高級品なのではないだろうか。
やっぱり、貴族だっだからか?
再度舞い戻るはシルスの羞恥への疑問。
お偉いさんだと、着替えなども召使いにさせたりするとか聞いたことがある。
その場合、肌をさらすなど当たり前のことだろう。
しかし13女だったという話だ。
そこまでの待遇があるのだろうか。
あったとしたら、前に聞いたような監禁虐めは発生しないように思う。
シルスのお母さんの教育方針だろうか。
三つ子の魂百まで。その後の思春期一生。
そういえば、友人の女系家族の女子も、家でトイレの戸を閉めないとか言っていた。
男の目とか気にしなくなくてよいからか、羞恥心も薄れていくのかもしれない。
まあいい。
美しいものを見るのは好きだ。審美眼を鍛えられる。
問題にならないならこのままにさせておこう。
俺が強制させてるわけじゃないし。うん。
シルスの羞恥心なんてことに思索を深めていると、ピィが飛んできた。
村の偵察からご帰還だ。
「どうだった?」
肩に留まったピィの頭を指で掻いてやりながら、尋ねる。
「ケモノニノッタ ニンゲン 3ニン フエテタゼ」
「……そうか」
ついに来たか。
しかし三人ということは、先行隊か何かか?
獣に乗っていたってのは騎馬兵とかそういうのだろうか。
「その三人はどんな感じだったんだ?」
ピィの説明によると、三人は大きな建物に入って行った後、すぐに外に出てきて他の人間達と言い争いをしていたそうだ。
あまり近づかないから、話の内容までは分からないとのこと。
なんだろう。
村との連携が取れていないのだろうか?
その後三人は、村の中央にテントらしきものを建造して、壊れた外壁を調べていたらしい。
「まずは、村の防備の再構築ってところかな。すぐに森探索ということはない、よな」
埋葬できていない死体を取り除くのは急務だろう。
伝染病の発生とかになったら困ったことになる。
森の獣の強さと兵の強さの比較が分からない。
まあ普通、森狩りをする場合は罠をこさえるのではなかろうか。
または、巣になっていそうなところの破壊か?
なんにせよ、現時点では少人数だから森に入ってくることは無いと思う。
かと言って、のんびりしてる訳にもいかない。
後続がいつくるかにもよるが、急がねばならないだろう。
ピィにはそのまま三人の動向や後続部隊の接近を警戒していて欲しい。
しかし、シルスとのアレス回収にも同行してもらわないとならない。
森をナビなしで歩くのは自殺行為だ。
一通り洗濯を終えると、シルスの水筒へ水を入れて黒大樹へ戻った。
中では、全裸のシルスが座って何かをしている。
やはり、流石に全裸だと直視できない。
どぎまぎしてしまう。
手元をみると、何やら短剣に小石をこすり付けている。
研いでいるようだ。
「……洗濯してきたよ」
「おかえりなさい! 手間かけちゃったわね」
俺から服を受け取ったシルスは、眉にしわを寄せた。
「これ……あまりちゃんとしぼれてないわ」
「す、すまない」
貧弱なもんで……。
あと高級品そうな服をしぼっちゃったりしたら、シワになりそう。
お手入れの仕方とかわからんし。
シルスから視線を逸らす。
プウの姿が見えない。
「ちびっこは?」
「奥のお姉さんのところじゃないかしら。
ユージアが戻ってきたら、これを渡しておいてって言われたわ」
「そうか」
渡されたのは、獣避けと黒薬、回収用皮袋、猛毒防腐剤だ。
準備が良いな。これならすぐ出発できるだろう。
巨大樹木の森へ行って、アレスを回収だ。
プウから攻撃術を教わってからにしたいところだが時間が無い。
「早速だが、アレスのところへ向かおう。どうやら村に、兵が三人来たらしい。急がないと」
「そう。わかったわ」
麻のかぼちゃぱんつをしぼりながら、シルスが頷く。
うわー凄い水が出てる。力強いね!
「アレスにお別れに行くのよね」
「そうだな」
緑色の横髪を撫でながら、シルスは微笑む。
「ユージア。ありがとう」
「こっちこそ」
「まだ、何もしてないわよ?」
「今ここにいてくれてるだけでも、ありがたいのさ」
「そう。まあいいわ。ユージアのもしぼるから脱ぎなさい」
え? やだ。なんか恥ずかしい。
「いいよ。大丈夫だ」
「ダメよ、外は結構寒いわ。そんなに濡れてたら、冷えて体に悪いものが入ってしまうもの」
「いいって!」
「ダメよ!」
シルスは俺から服をひっぺがす。
力でこの子に勝てるわけ無い。
全裸の女の子に服を無理やり脱がされるとか、なんだよそれ!
あ。……何故だ。
「……ユージアも、あまり興味ないのかと思ってたけど、きちんと男の子ね」
「くそ! そんなに俺のことを挑発して、後々どうなってもしらないからな!?」
なんで服剥がれて初めて反応してるんだ。俺にMっ気でもあるのか。
くそ、そんな見ないで。
俺の体じゃないけど、すごい恥ずかしい。
死体から再生した結果、この体は見た目エグイ傷だらけだ。
それもまた恥ずかしい。
「大丈夫よ。ユージアただでさえ貧弱だしね!」
ええ。そうでしょうとも。
でもこっちの身にもなってくださいよ。ほんと。
「兄弟達にいたずらされそうになったこともあるけど、お母さんから教わった術で皆返り討ちにしたわ。
その後は二度といたずらしようなんてしてこなかった」
え、なにそれこわい。一体何をしたので?
しかしシルスさん、兄弟からの貞操の危機とか、まじ過酷な環境を生き抜いてきたんだな……。
そんな環境だから羞恥に疎くなったのか?
逆効果な気もするんだが。うーん、どうなんだろう。
「シルスは……恥ずかしくないのか?」
「ユージアも私も子供じゃない。ユージアは少し大人になったけど。ふふ」
「ほ、放っといてくれ!」
自分から聞いておいてなんだが、とにかく話は打ち切る。
くそう。
少しだけシルスの兄弟達の気持ちがわかった気がするよ……。