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雷猫執事と水源姫  作者: 黒宮湊
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第四話

「バルト! あの花咲いてるよ!」

「本当ですね。ずっと蕾のままでしたのに」


 お嬢様は温室に入るなり駆け出し、私の心配など気にしないかのように花達の様子を確認する。

 あまりはしゃがれると困るのはこちらなのですが……。


「あ、この花も咲いてる!」

「こちらも綺麗に咲いてくれましたね」


 喜ぶお嬢様を見ていると私も嬉しくなる。

 でも、それを表には出さない方がいい。

 私がそんな姿を見せたところで、お嬢様に得なんてありませんからね。


「さぁ皆っ! 今お水をあげますねーっ!」


 そう言うとお嬢様は両手を広げ、その掌から綺麗な水色の光を放ち始める。

 お嬢様が魔法を放つ前の動作です。

 お嬢様の魔法は規模が大きい上に、まだ幼い子どもですので、発動するまでに少々時間がかかるのです。

 なので、その間に私は傘を差します。


 何故なら……、


「そぉーれっ!!」


 ドンッ!! ザアァァァ!! という音を立て、温室の中に大粒の雨が降る。

 多少荒い水やりですが、まぁ、まだ子どもですから加減が出来ないのでしょうがありません。

 花達も嬉しそうですしね。


 そんなお嬢様が私に構うわけがありませんから、自ら身を守らないとびしょ濡れになってしまうんですよ。


「えへへっ! 今日も皆元気になーれっ!」


 満面の笑みで笑うお嬢様自身は濡れてはいません。

 無意識に自分の所だけ避けているようです。


「お嬢様は今日も元気ですね」

「これが一番楽しいんだもんっ」


 確かに、お嬢様も花達も、とても楽しそうに揺れていますね。

 でも、あまり動き過ぎては……


「あ」

「お嬢様!」


 水が足らなくなる……と言おうとした側からお嬢様はフラついて座り込んでしまう。


「こちらのテーブルで早くお水を…!」

「うん。ありがとう」


 もどかしいのが、座り込んでしまう前に支えるという事が出来ないということ……。

 動くことは出来るのですが、触れてはいけないので……。

 テーブルの所まで運ぶことも、支えてあげることも出来ないのです……。


「はぁ……まずい……」

「回復するにはそのまま飲むのが一番ですから」


 大きな傘のついたテーブルに座り、水を一口飲んだお嬢様がまた眉間に皺を寄せる。

 お嬢様にとってこの純粋な水はお薬のようなものでしょう。

 私はこの水を決してまずいとは思いません。

 この国の、貴重な水ですから。

 そんな罰当たりなことは思ったりしません。


「バルト」

「はい」

「食後の紅茶」

「かしこまりました」


 命令を承った私は髪を翻して濡れた道を歩く。

 そんな私はそろそろ息が乱れてきています。

 実は、極力足に電気が行かないようにしているのですが、濡れた道の上を歩くのは相当体力が入りまして……。

 完璧にとは行きませんが、お嬢様に感電しないように細心の注意を払っているのです。

 まぁ、その分上半身に電気が行くわけで……


「いっ……!?」


 温室から出る際、扉には毎回、バチッ! とやられます。


「バルトー? どうかしたのー?」

「い……いえ、何でもありません」


 この温室は上に電気を逃がす仕組みになっているので、建物に触れた状態では放電出来るんです。

 ただ接触時に私が痛いだけであって……。


 さてさて、こんな話はさておき、紅茶を淹れに行きましょう。

 またお嬢様を待たせてしまうといけませんからね。





「バルトぉ~?」

「は、はい……」

「紅茶、淹れるのにどんだけ掛かってるの~?」

「すみません……」


 流石に二回連続は怒られましたね……。

 私はまたお嬢様のもとに戻るのが遅くなっていた。

 今回は侵入者ではなく、新米の使用人が原因。

 最近新しく入った使用人の魔法が暴走したとの報告が入り、慌てて足を出向かせましたら、そこはもうガラクタの山のようになっていました。

 その処理と説教で遅くなってしまいました……。


 しかもその新人、なんかとても人懐っこい。


 彼は草花を操ることの出来る性質を持っているのですが、彼自身が風に揺れる草木や花のように物凄くふわふわしているというか……。

 でも、何故か私の事を"先輩!"と呼んで慕ってくる。

 "先輩"ではなく、"執事長"と呼びなさいと何度も教えているのですが、これがなかなか覚えてくれない。


「彼には困ったものです……」

「ん?」

「あ、いえ、何でもありません」


 それに、彼はお嬢様に対して少し危険な魔法の性質の持ち主。

 草花の性質ですので、水を吸収することが出来るのです。

 なので、彼はお嬢様に会わせてはならない危険な使用人の一人なのです。


 私も、その一人だったんですけどね。


「ま、もういいやっ。紅茶飲む」

「かしこまりました」


 お嬢様に危機感などはありません。

 私が電気の性質を持っていても、危害を加えるわけがないと安心して下さっているからです。

 他の外敵からも私が守ってくれると、安心して下さっているからです。


 これはとても喜ばしい事です。

 喜ばしい事なんですが、少しは警戒していただきたいものです。

 私だって普通の人なのですから、不意に触れられたりなんかされたら反応ができません。

 もし、お嬢様が不意に私に触れるようなことがあれば、お嬢様は必ず怪我を負います。

 私は常に、身体中帯電しているので……。


「バルト」

「はい」

「バルトの髪は、長くて黒くて綺麗だね」

「え?」


 私は長い黒髪を高い位置で一つに束ねている。

 所謂ポニーテールをしています。

 特に理由は無く伸ばしているのですが、お嬢様はこれがお気に入りだそうで……。


「そんな真っ黒な髪になりたかったなぁ」


 お嬢様は、銀糸のように綺麗に輝く長髪を下ろしています。

 特に何か加工をかけている訳でもないのに、光に反射してキラキラと光る髪は本当にお美しい。

 そんなお嬢様は、私の黒髪を羨ましがっている。


「私はお嬢様のように綺麗な銀髪になりたかったですよ。とても羨ましいです」

「バルトが銀髪とか似合わないーっ!」


 そう言ってお嬢様は声を出して笑う。

 意外と本心だったんですけどね……。


「私はこの髪、嫌いだよっ」


 お嬢様は満面の笑みでそう言われた。

 本当に、そう思っておられるからでしょう。


「この髪も、この顔も、この体も、この魔法の性質も、嫌いだよっ」


 明るい声色でお嬢様は自分を否定していく。

 これがお嬢様の精一杯なんです。


 この魔法の性質のせいでお嬢様は、この歳で大きな仕事をなされている。

 それはやはり疎ましいものなのでしょう。


「私は、好きですよ」


 その慰めは、どんなに心から思っている事を言ってもお嬢様には響かない。

 何を言っても、お嬢様の代わりになることは出来ない。

 だから、慰めは全て他人事に捉えられるのです。

 現に、他人事にしかなりません。

 何度も言うようですが、お嬢様の、代わりになることは出来ないのです。

 つまり、


 お嬢様の代わりはいない。


 お嬢様は未来永劫、この国の水源として生きなければならないのです。


 水の性質を持つ人は滅多にいません。

 この国にはお嬢様しかいません。

 他の国の人達も、お嬢様のように水源として働き、そしてその命を絶ったのでしょう。

 ですから人数が極端に少ないのです。


 川や海があればいいのですが、あいにく周りは平地が続いているだけ。

 たくさんの町があるだけです。

 町があるだけ、お嬢様は水を求められる。

 他国に水の共有はしませんが、この国の中にはいくつか町が分かれていますから、国民が大勢いるのです。

 その分だけでも、今はギリギリを保っています。

 これ以上増えられたら、お嬢様は本当に───……


「!!」

「ん?」

「い、いえ……」


 い、いけないいけない……。

 要らぬことを考えてしまいました。


 大丈夫。

 お嬢様は私が守るんですから。

 絶対にそんなことにはさせません。


 私の任務は"お嬢様を生かす"こと。

 全てを捧げたお相手であるお嬢様を生かすために、私は全てを尽くすのです。


 たとえ、私が死ぬことになろうとしても、ね。


「バルトは自分のことを好きになってね」

「え?」

「何があっても、死んだらダメだからね?」

「っ!!」


 私の考えが伝わっていたのでしょうか……。

 驚いてしまいました……。


 お嬢様はお優しい方です。

 本当に、本当に……お優しいお方ですね……。


「はい、絶対に生きます」


 そう言った私に、お嬢様はとても優しく笑いかけてくれました。

 とても明るい、見たこともないような笑顔で。

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