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雷猫執事と水源姫  作者: 黒宮湊
2/7

第二話

「バルトは、笑わないの?」


 お嬢様からこう言われたのは、数年前の事だった。


「……笑っていますよ?」

「ううん、違う」


 笑っているつもりだった。

 お嬢様にはいつも笑顔で接する。

 それが私のモットーだった。


「違い……ますか……?」

「うん。目がね」



「目が、透き通ってない」



 そう言われて何て言葉を返したのかは覚えていない。

 でも、酷くショックを受けていた事は覚えている。





「お嬢様」

「んー?」


 書庫へ向かっている最中、私は何故かその事を思い出していた。

 私は今、ちゃんと笑っているのだろうか?

 ちゃんと心から笑えているのだろうか?


「バルト? どうしたの?」

「……あ、いえ…、すみません、呼び止めてしまって……」

「んーんっ、大丈夫っ」


 お嬢様は優しい。

 私が失礼な事をしても、すぐに笑顔で許してしまう。


 だから、怖い。


 私が執事として、どこまで踏み込んでいいのかが分からない。

 お嬢様が国のために体を張っていることに、どこまで触れていいのかが、分からない。


「早く書庫行こうっ」

「は、はい」


 本当は私の手を引いて行きたいほど、早く書庫に行きたいのだろう。

 でも、私とお嬢様は触れることが出来ない。

 だからお嬢様は、少し走って遠い所へ行き、私に手招きをする。


「お嬢様」

「なーに?」

「今日も、お元気そうで何よりです」

「ふふっ、ありがと」


 私が笑いかけると、お嬢様は笑って答えてくれる。

 大丈夫。

 私は、笑えている。





「バルト、あの本読んで」

「かしこまりました」


 お嬢様は童話等のメルヘンなお話が好き。

 今日所望されたのは、『青い鳥』。


 書庫にある小さな机の側にある対面した2つの椅子に腰を掛けて、紙芝居のように本を立てて読んでいく。

 横に座ると触れてしまう危険がありますからね。


「……、そして青い鳥を追いかけて……」

「……」


 私が読んでいる間、お嬢様は挿し絵を真剣に見つめている。

 お嬢様は動物の登場するお話が好きな様です。

 実際に見たことのある動物は"猫"だけですから、他の動物にも興味があるようです。


「……さて、これで終わりですね」

「……」


 私が読み終わっても、お嬢様はまだ真剣に挿し絵や表紙を見ている。

 空を飛べる鳥が気にきったのでしょうか。


「バルト」

「はい」

「はい」


 私が返事を返すと、お嬢様は私の足元を指差した。


「……はい?」

「はいっ」


 えっ……とそれは、


 あの姿になれ、って事ですかね……。


「……しょうがないですね……」

「わーいっ!」


 お嬢様を楽しませる事も私の努め……。

 このくらいのこと、耐えなくてどうします……。


「早く早くっ!」

「わ、分かりましたよ」


 了承した私は、"カンッ!!"、と一際強く地面を蹴り上げ、その場で宙返りをした。


 そして、"てとっ"、という静かな足音を立てて地面に足を着いた。


「かあぁわいぃぃぃ!!」


 お嬢様が私を見て「可愛い」と連呼する。

 普段の私なら決して掛けられない言葉。

 じゃあ何故、今、そんな事を言われているのか。


 それは、私が───……


「やっぱり猫のが可愛い!!」


 あっ、お嬢様が言ってしまいました。


 はい、そうなんです。

 実は私、猫になることが出来るんです。


「わぁぁぁ~っ! もふもふしたい~っ!」

「ダメですよ」


 猫になったからといって、電気の性質が無くなる訳ではない。

 むしろ、体が小さくなっている分凝縮されて強まっている。


「いいもんっ。エアもふもふするもんっ」


 そう言ってお嬢様は、私から少し離れたら所で私を撫でる仕草をする。


 本当は撫でて頂きたいんですけけどね。

 私が電気の性質を持っているばかりに、お嬢様には満足していただけない。


「お嬢様」

「ん? なぁに?」


 今日はこれが多い。

 お嬢様を呼んでも、言いたかった言葉が、すぐに喉の奥に引っ込んでしまう。


「……いつか、動物に触れたらいいですね」

「うんっ。でもまずは外に…」

「ダメです」


 私がお嬢様のためにしてあげられる事は何なんだろうか。

 お嬢様は私に、何を求めるのだろうか。

 お嬢様の考えていることは、私には分からない。

 いつもどこか遠くを見据えているようなお嬢様の目に映っているものが何なのか、それすらも分からない。


 そう考えていると、ふと時計が目に入った。

 そろそろ、時間だ。


「あ、お嬢さ…」

「分かってる」

「……申し訳ありません」


 今日は休日と言っても、お嬢様には毎日行わなければならないことがある。


 国への、水の供与。


 それが、お嬢様の存在意義でもあるから、断る事はできない。

 逃げたとしても、また水不足に陥るこの国を見ることなど、お嬢様は望まない。

 それをこの歳で理解しているから、お嬢様は怖い。


「……行きましょうか」

「うん」


 お嬢様はそれを拒まない。

 自分が国民を支えていると、国民の命を支えていると、分かっているから。


 そんな健気なお嬢様に、私は全てを捧げた。


 だから、私はこうやって側にいて、お仕えしている。


 そこに理由などない。


 もし理由をつけるとしたら、それは、私がお嬢様の執事だからである。


 少しありきたりでしたかね。


 でも、"執事"とはそういうものでしょう?


「えぇぇ~……。戻っちゃうのぉぉ~…?」

「さすがに猫のままでは外に出れませんので」


 お嬢様が願うなら、叶う限りで叶えてあげたい。

 そう思うのが普通でしょう。

 でも、それを叶えてあげられないダメな執事が私です。

 どうしてもお嬢様の御父様には逆らえませんから、任務に従うだけなのです。


 "お嬢様を生かせる"、という任務。


 例えそれがお嬢様にとって苦痛なものであったとしても、私にはどうすることも出来ない。


 それが、このお屋敷の執事というものなんです。

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