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ゆり色の私たちは、またいつか。  作者: 碧アオ
第一章 〜ゆり色の絆〜
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20/20

#19「残された手紙」

※本作は「カクヨム」にも重複投稿しています。


↓カクヨムサイトはこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/2912051600801871839

 次の日の五限と六限の休み時間。

 日菜は次の授業の準備をしながら、美桜に話しかけた。


「ねえねえ美桜ちゃん」


「? どうしたの?」


 美桜は動かしていた手を止め、くるりと日菜の方を振り返る。すると日菜は元気いっぱいに声を上げた。


「よく聞いて。日菜、葵ちゃんと仲直りをするべく、ある作戦を提案しようと思いまーす!」


 それを聞いた美桜は持っていた教科書を持ち直し、興味津々な様子で日菜の顔を覗き込む。


「え、何何? 気になるな。教えて、日菜」


「ふふーん、題して!『“忘れ物”をきっかけに、放課後の生徒会室に一人で行く作戦』!」


「おおー。ていうか、ネーミングそのままじゃん!」


 美桜は小さく拍手をして微笑んだ。対して日菜は、腰に手を当てて、ふんぞり返っている。


「えへへ、すごいでしょ?」


 しかしその直後、美桜が少し心配そうに首を傾げた。


「でもさ日菜、一人で大丈夫なの? ついていかなくてもいい?」


 でも日菜は人差し指をチッチッと左右に振り、得意げな表情で話を続ける。


「大丈夫! 葵ちゃんはね、日菜以外の人間がいると、どうしても仮面を被っちゃうの。でも、二人きり……放課後の静かな生徒会室なら、きっと葵ちゃんが一人でいるはず! そこでじっくり話ができると思うんだよね」


「そっか。二人きりの方が、葵も本音を話しやすいかもしれないね」


 美桜の優しい言葉に、日菜はさらに身を乗り出して目をキラキラさせる。


「そう! 日菜が忘れ物を取りに行くフリをして生徒会室に行って、ついでにちょっとお喋りして……あわよくば、葵ちゃんと元通り仲良しになる……。完璧じゃない?」


 実は、葵に決別されてから日菜は、葵は目が合うと逸らされるのに、遠くからは視線を感じていたのである。すれ違う時の、あの耳まで赤くなりながらも必死に平然を装っているような、独特の空気感。


「……でも、忘れ物って何にするの? 何も置いてないよね?」


「ふふふ、そこは抜かりないよ。はい、これ!」


 日菜が制服のポケットから取り出したのは、可愛らしい猫のイラストが書かれたキーホルダーだった。


「ちょうど六時間目は移動だから、これを廊下にこっそり置くの。そしたらきっと誰かが落とし物として生徒会室に届けてくれてるはずだから、これから『あ、落としちゃったかも!』って駆け込むの!」


「それ、完全な自作自演じゃない!」


 美桜が思わずツッコミを入れると、日菜は「覚悟できてるよ!」という目で美桜を見つめたが、これからの展開を想像したのか、みるみるうちに自分まで顔が熱くなるのを感じていた。


「あーっ! 日菜、もう顔が真っ赤だよ? 気が早すぎ~!」


「ちょ、美桜ちゃん! 違うの、これは作戦の緊張感だから!」


 楽しそうに笑う美桜につられて、日菜も照れくさそうに笑い声をあげる。

 昨日まであんなに遠く感じていた親友への一歩が、今はすぐ目の前にある。美桜の温かい笑顔が、日菜の背中を優しく押してくれるようだった。


 *


 そして帰りのHRも終わり、数分が経ったころ。


 誰もいない廊下に日菜のスリッパの音だけが響く。みんな帰ったり部活したりしている頃だった。


「キーホルダーは落とさなかったけど……。うぅ、やっぱり緊張するよ……」


 さっき日菜は「キーホルダーを落とす」と言っていたがさすがに無くして自分の元に戻ってこないことになると嫌だったので(落とすものがレアだったこともあり怖かった)、「落としものを届ける“ふり”」をすることに作戦は変わった。


 だから実質、日菜は葵に会いに行くだけになる。いや、本当の理由はそれなのだが。


 いざとなると緊張してしまった。『生徒会室』は他の教室とは違う空間だし一人で行くのは相当勇気がいることだ。逃げたい気持ちもあった。

 でも日菜は、葵と仲直りのため、大切な親友と隣にいたいから、緊張しても逃げなかった。


「ここを曲がって……あれ、開いてない……?」


 図書室の曲がり角の先、少し歩いたところが目的地。だがいつもはドアの間からオレンジ色の光が見えない。完全に閉められている(?)ことに日菜は気づく。


「えぇ……どうしよう、もし、誰もいなかったら……」


 日菜は少しだけ躊躇った。誰もいない廊下、誰もいなさそうな生徒会室という事実に。


「……でも、こんなんじゃ葵ちゃんは笑顔になれない」


 日菜は小さく深呼吸をし、強く拳を握りしめた。


「……よし。いくよ、日菜」


 自分を励ますように呟き、そっと生徒会室の引き戸に手をかける。

 ガラッ。


「え? 開いてる……」


 ゆっくり引こうとすると、予想に反して鍵はかかっておらず、ガラガラと静かな音が響いた。


「失礼します……」


 消え入りそうな声で中を覗き込む。カーテンの隙間から差し込む光が、埃のダンスをオレンジ色に照らしていた。


── 誰も……いない?


 そう思った瞬間。部屋の奥、机の上に突っ伏している人影が目に入った。


「あ……」

 

 葵。張本人だった。


「スヤァ……スヤァ……」


 いつも背筋を伸ばし、凛とした雰囲気を纏っている彼女が、今は机に両腕を枕にして、小さく丸くなって眠っている。微かに上下する肩と、規則正しい寝息が静かな室内に響いていた。夕暮れの光が、彼女の髪をきらきらと輝かせている。


 日菜は息を呑み、足音を立てないように一歩、また一歩と近づいた。


 近づくにつれて、寝顔がはっきりと見えてくる。眉間に少しだけしわが寄っていて、何か悲しい夢でも見ているかのようだった。


── 疲れてるのかな。


 声をかけて起こすべきか、日菜は激しく葛藤した。

 キーホルダーを落とす『ふり』をして、いつものように冗談っぽく話しかける作戦だったはずだ。だけど、この無防備な寝顔を見てしまうと、これ以上彼女の『聖域』を荒らしてはいけないような、そんな気がした。


 日菜はこういう時のためにと、ポケットの中から、あらかじめ用意していた小さな白い紙を取り出した。


 本当は、言葉で直接伝えたかった。でも、今必要なのは、この考える時間なのかもしれない。


 日菜は机の端、葵の視界に必ず入るであろう場所に、その手紙をそっと置いた。


 中身はごく短い。


『明日、図書室で。』


 あえて名前は書かなかった。文字を見れば、そして『図書室』という場所に心当たりがあれば、自分が書いたことなどすぐに伝わると信じていたから。


 手紙が風で飛ばないように、近くにあった消しゴムクリーナーを端に載せる。

 その瞬間、カチリと小さな音が鳴り、日菜はビクッと肩を揺らした。


「……ん……っ」


 葵が微かに身じろぎをして、小さな声を漏らす。


 日菜は心臓が跳ね上がるのを感じ、後ろへ一歩下がった。見つかる、という恐怖と、見つかってほしい、という淡い期待が混ざり合う。


 しかし、葵はそのまま深い眠りの底へと戻っていった。


 日菜は背を向けると、足早に生徒会室を後にする。引き戸を閉める音だけが、静かに部屋に響いた。


 誰もいない廊下に出た瞬間、日菜は「はぁぁ……」と溜めていた息を吐き出し、へなへなと壁にもたれた。胸にゆっくり手を当ててみると心臓がうるさいくらいに脈打っている。


「言っちゃった……ううん、書いちゃった……」


 名前のない手紙。だけど、きっと伝わるはず。

 図書室の窓の外を見ると、空はすっかり燃えるようなオレンジ色から、深い群青色へと移り変わろうとしていた。


「明日……来てくれるよね、葵ちゃん」


 日菜は祈るように胸の前で手をギュッと握りしめ、教室へと、ゆっくり歩き出した。


 *


 しばらくして、葵は目を覚ました。


「むにゃむにゃ……ん? 何この紙」


 寝起きの目を手で擦って、目をパチパチとする。日菜の置いていった一枚の紙が消しゴムクリーナで留められてあることに気づいた。


「……『図書室』……」


 その文字を見ただけで葵は察した。


 日菜から送られたものだということに。


 分かっていた。図書室が特別な場所であることに。


「……日菜、やっと──」


 嬉しさが込み上げてみた。もし日菜がそばにいていたらそんな期待を彼女も待っていたはず。

 だがそこで呟くのをやめた。今の本心というのは──。


「……でも……優しさに甘えては……」


 それが葵の本心だった。自分のこの複雑な領域というものを日菜が踏み込んではいけないという優しさによるものだった。

 でも頑な決意がまた、彼女の心を締め付けたのだった。

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