14-1
約束の時刻が迫り、手際良くオンラインミーティングのアプリを起動する僕。彼は時間どおりきっちりに入室してくるので、遅刻は厳禁です。最も僕は遅刻をしたことなんて、一度もありませんけども。
時刻を迎えると、画面の向こうが明るくなり、爽やかな笑顔が眩しい天才少年を映し出しました。
『おはようございます、武蔵さん。今日もよろしくお願いします』
「おはようございます。こちらこそ、お願いしますね。和矢君」
お互い挨拶を交わし、今日も大阪と岩手を繋いだ打ち合わせの始まりです。ここ最近は、ほぼ毎週のように彼とオンラインで話しています。電話でも良いのですが、やはり顔を見るほうが相手の様子が分かって良いものです。
それに彼と広君の二人だけは、我々と違い単身大阪に乗り込むことが困難にあります。顔を合わせるのは、彼らに孤立感を与えないためという僕の思いもあるのです。ですが、今日は広君はいないみたいですね。
いつものように近況を交換するのはもちろん、彼とは現在、越後君の『心体増強の負荷反動を受けない体質』を解析するプロジェクトに取り組んでいます。既に越後君の体は身長体重から血液、心電図、そして脳波に至るまで徹底的に調べさせてもらいました。
検査は知り合いの医師に頼みましたが、解析はIQ190を誇る彼の役目。まったく、中学生の域を逸脱するにもほどがあります。将来が楽しみですねぇ。
『早速ですが、先日送った応用の予測データは見てもらえました?』
「えぇ、早い仕事で助かります。学校の勉強もあるでしょうに、急がせてすみませんねぇ」
『いえ。中学の授業内容はもう全て理解できますので、お構いなく』
……これを嫌味ではなく事実として素直に言ってしまうのが、少し心配ではありますけども。
「しかし驚きましたね。越後君には〝体が持つ音のキー〟を調律させる力があるとは」
『はい。僕たちへの流用が上手くいけば、間違いなく心体増強の可能性を広げられるはずです。頑張りましょう』
そう話す我々の心には、希望の光が宿っていました。
音を力として戦う我々ブリッランテには、遺伝子に〝体のキー音〟が組み込まれています。例えば僕の体は〝ド〟を、和矢君は〝ソ〟を基準音として構成されているというイメージです。これはあくまで例えであり、実際は〝ド〟や〝ソ〟といった明確な音では表せませんので、ご注意を。
対して心体増強は、転調を利用した能力拡充のスキルです。当然、転調させるのですから、自分の中に持つ〝基準音〟を強制的に狂わせることになります。負荷の正体はこの〝音のズレ〟によるものなのです。
越後君は、その音のズレを自ら調律させる力を持っていました。和矢君が解析した越後君のあらゆるデータを僕が分析した結果、そのメカニズムを再現できることも分かりました。我々もこの自己調律ができれば、心体増強の限界を超えることができるでしょう。
「和矢君がいなければ、このプロジェクトは成立しませんでしたよ。本当にありがとうございます」
『いえ、僕は頂いたデータを解析しているだけですから。それよりメカニズムを再現してしまう武蔵さんのほうが、よっぽど凄いです』
お互いに謙遜しあったところで、和矢君は目を輝かせて『では、ここからどう形にしましょうか?』と問いました。
そこで僕は、先日の宮との交戦のことを打ち明けたのですが……これがまた、彼に〝熱意〟とは違う火をつけることになろうとは。
「――ということで、宮との衝突とは避けられないと思い、仮データから簡易装置を作って試すことにしました」
『……え? もしかして、もう実戦に使ったんですか?』
「はい~。初めてでしたので今回は4段増にしましたが、なんと負荷は軽い呼吸困難に落ち着きま――」
仮データでも上手くいったことに高揚し、僕は話に夢中で彼の異変に気づきませんでした。
肩を震わせ、彼らしからぬ大声を張り上げるまで。
『何でそんな勝手なことしたんですかッ!?』
「……はい?」
『アレはまだ再現できると分かっただけで、実装には慎重なテストが必要って話しましたよね!? 正常な人体への影響だってどう出るか分からないのに、いきなり生身の人間で試すなんて有り得なさすぎますッ!! しかも僕に相談もなく!!!』
……あぁ。
旅館の件に引き続き、またやってしまいましたかね。
「……はい、そうですね。すみませ――」
『報連相ができないって、大人としてどう思うんですか!? 大体、武蔵さんは越後さんの検査の時からガミガミガミ……』
こうして僕は、パソコンの画面越しにも関わらず、椅子の上に正座をした状態で中学生から1時間のお説教を受けるのでした。……広君がいなくて、本当に良かったです。
◇
GWも終わりに近づいた土曜日。今日は先週が定期演奏会だったこともあり、楽団の練習はお休み。
私はいつもの防音ブースで彼の到着を待ちながら、一足先にウォーミングアップを行っていた。
こんなに早く来るつもりなかったのに、緊張のせいか早々に目が冷めてしまった。だって、あの彼と本当にデュエットが組めるなんて、夢にも思っていなかったから。
いつものようにガヴォットを弾くけど、何だかいつもどおりに上手く弾けない。チューニング狂ってるのかな。それとも弓の松脂の量が少ない? 兎に角、気持ちが落ち着かなくて仕方がないのだ。
一人で慌ただしく準備しているうちに、防音ブースの扉が開いて体が硬直した。
わっ! き、来ちゃった!
「おっ、おはよう! 日向君」
「……よ。」
控えめに右手を上げ、いつものように手短な挨拶を返してくれる日向君。白シャツにベージュのカーディガン、ワイドデニムパンツといった春らしい装いの彼に眩しさすら感じる。
髪が薄茶色だからかな? 日向君ってベージュを着ると、より落ち着いた雰囲気が出て似合ってるなぁ……。
「何だよ、ジロジロ見て」
「なっ、ななななな何でもないよ! ごごごごゴメンね!?」
怪しそうに彼から指摘されるまで、見惚れていることに気づかなかった私は、ピンポン玉のように肩を跳ね上げる。
全力で否定するものの、動揺で上ずった声しか出ない自分が情けなくて恥ずかしく、穴があったら埋まりたいと願うのだった。




