其の四十参「聴声異感」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
それを「幻聴」と笑える人は、幸せだと思う。
印象に残るその一文を含んだお便りをくださったのは
この「これから広まるかもしれない怖い作り話」の読者さん、仮にSさん(50代女性)とします。
そのお便りによると、Sさんは霊感とはまた違うかもしれない、
少し変わった感覚、「あらゆる物音や音声と同時に、助言や意味のある言葉が聞こえてしまう感覚」を持った方でした。
私はそれを、”気のせい”や”幻聴”なのでは?と思っていたのですが
読み進めると、確かにそれとは違うことを知りました。
◇◆◇
Sさんは、その例として「普段の生活の中で聞く様々な音や音声」をあげていました。
夕食の準備のため冷蔵庫に近づくと、冷蔵庫のモーター音が
「今日は炒飯にするんだね」と囁くとか
(冷蔵庫の囁き通り、Sさんはその日、炒飯にしようと考えていたそうです。)
また、テレビから聞こえる音声の中から放送内容とは全く関係のない
「明日は急な雨に気をつけて。傘は持っておいてね。」と教えてくれたりとか。
(まさかと思い傘を持って行くと、晴れという予報にもかかわらず一時的に雨が降ったとか)
普通の人からしてみれば、ただの生活の中で聞く他愛のない音や音声。
しかし、Sさんの耳には”助言や意味のある言葉”としてそれが届いているのだといいます。
それはSさんの生活の助けになることがほとんどなのだとか。
様々な生活の中の音、音声が意味のある言葉になって聞こえてくる。
気のせいや幻聴であれば、意味のある言葉、それこそ「助言」として聞こえてくるとは思えない。
私はそう思い、このお便りに興味を持ちました。
しかし、その続きを読む中、Sさんの語る体験に私は”背筋がゾゾゾ”としたのでした。
◇◆◇
お便りの後半にSさんは、その感覚のために一度だけ、とても怖い体験をしたことを書いていました。
それは、Sさんが小学生の頃。夏休み中の出来事でした。
1985年8月12日の夜。夕食を済ませ、家族団欒の時間。
当時の娯楽といえばテレビが主役で、家族皆でそれを見ている中、
Sさんの耳に大きな声で注意するような声が聞こえてきます。
「テレビを消せ!!」
小さなころから、この「あらゆる物音が、助言や意味のある言葉として聞こえてしまう感覚」に助けられてきたSさんは、この時聞こえた強い口調のそれにびくりと肩を震わせました。
しかし、Sさんが何をする間もなく、テレビは緊急放送へと切り替わります。
「乗員乗客524人を乗せました羽田発大阪行きの日航ジャンボ機が今夜7時前に消息を絶ちました」
そのアナウンスと共にSさんの耳には、阿鼻叫喚とも言えるたくさんの人々の極限の惨状、大混乱とも言える叫びがドッと流れ込んできたのです。
Sさんも、それに驚き思わず声が……いえ、あまりのことで逆に声を失ったそうです。
後にSさんはこの時、日航機123便の墜落までと、墜落後の声を一斉に聴いたのだと理解したのだとか。
◇◆◇
Sさんは、「あらゆる物音や音声と同時に、助言や意味のある言葉が聞こえてしまう感覚」
それは助言であるだけでなく、意味のある言葉でもあるということ。
つまりSさんは、様々な物音や音声から「良きも悪きもすべてが意味を持つ言葉として聞こえてしまう」のでした。
それを「幻聴」と笑える人は、幸せだと思う。
Sさんのこの一言が、”気のせい”や”幻聴”とは確かに違うと感じました。
助言だけであればいい。でも、それだけじゃないあらゆる音に関する物事に、意味のある言葉が相乗りしてくる。
いつもかも、気が休まりそうにない話です。
そして、Sさんいわくこういった感覚を持った人は、Sさんだけでなく
世の中に極めて稀ではあるのですがいるのだとか。
私には、霊感もありませんし、こういう声が聞こえたこともありませんが
みなさんはどうですか?
このお便りの話、本当なんです――




