其の九十七「信じた者が見るものは」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、数年ぶりに会うことになった友人から聞いたお話です。
久しぶりの再会に、私たちは彼女の家で宅飲みをしていました。
夜も更け、話題があちこちに飛び始めたころ、
彼女はふと、私がライター業の傍ら「創作怪談」を書いていることを思い出したようで、
缶チューハイを片手に、こんな話をしてくれました。
最初私は「ありそうな話だなぁ」と、
特に背筋がゾゾゾとすることもなく彼女の話を聞いていたのですが――
今思えば、あの時点で既に“何か”が始まっていたのかもしれません。
◇◆◇
あるテレビ番組で、廃屋が心霊スポットとして紹介されました。
ただし、場所は伏せられ、番組内でも一切触れられません。
映像だけでは、どこなのか判別できないようにもなっていました。
しかし、場所がわからないということが、
逆にオカルト界隈の興味を強く刺激したのです。
「どこだ?」「見覚えがある」「あの山の形が…」
そんな書き込みがネットに溢れ、なんと数時間でその廃屋は特定されてしまいました。
その場所は、過去の心霊・廃墟情報には一切載っていない“新しい場所”でした。
界隈は一気に盛り上がり、心霊スポットマニアや心霊動画配信者たちが我先にと足を運び始めます。
そして、彼らが口を揃えて言ったのが――
「あの廃屋はヤバい。本物だ」という言葉でした。
その情報は瞬く間にネット上で拡散され、場所も明かされ、
多くのオカルト好きが押し寄せるようになりました。
しかし――
テレビ番組で紹介されたその心霊スポット。実は「創作」だったのです。
幽霊が出る噂も、いわくも、事件も何もない、ただの廃屋。
番組の演出として“それらしく”撮影されただけの場所でした。
……にもかかわらず。
「本物だ」「見えた」「ヤバかった」
そんな声は収まるどころか、むしろ増え続け、
その廃屋はいつしか「令和のシン・心霊廃墟」と呼ばれるようになりました。
そして今もなお、そこへ行った人々の“体験談”は増え続けているのだそうです。
創作だったはずの場所が、いつの間にか“本物の心霊スポット”として扱われている。
この心霊スポットは創作なのか。それとも、誰かが“本物”にしてしまったのか。
それは――行ってみないとわかりません。
◇◆◇
「という話。」
友人はそう言って、缶チューハイを口に運び、ふぅっと息を吐きました。
「この話、本当?」
「本当らしいよ。実際に行った人の話も聞いたことあるけど、本当に“出た”って言ってた。」
「でも、元々は創作だったんでしょ?」
「うん、でもね――」
そこで友人は、スッと数秒間を置き、私の目をじっと見て言いました。
「最初は作り話でも、それを信じた人にとっては本当の話になる……
咲良も気をつけてよ。もしかすると、咲良の創作怪談が“本当の話”になることも――」
ニヤリと笑う友人に、私は思わず背筋をゾゾゾとさせてしまいました。
◇◆◇
人には、怖いものに注意が向きやすい心理傾向があると言います。
それは、生存戦略として備わった本能なのだとか。
友人からその廃屋の場所を聞くことはありませんでしたが、
創作怪談を書いている者として、
話を聞いているうちに「どこなのか」気になり始めている自分に気付きました。
私は、信じた人の側に足を踏み入れつつある――
そう思った瞬間、背筋がゾゾゾとしました。
怖いものが苦手なので、私がそこへ行くことはないと思います。
でももし私がそこへ行ったら。私も“何か”を見るのでしょうか。
「創作ではない。本物の心霊スポットだ」
少しでも気にしてしまった私の心理が、“本物”を呼び寄せてしまうのでしょうか。
この話、もしかすると本当かもしれません。




