其の九十九「つぶやく住職」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
私には、月に一度だけお邪魔する居酒屋さんがあります。
カウンター7席とテーブル席が一つだけの小さなお店ですが、
予約なしでは入れないほどの人気店です。
その日も、料理を美味しく、お酒を楽しくいただいていました。
そんなとき、お勘定を済ませて店を出た男性客を見送った女将さんが、
ふと私の方を振り返り、声をかけてきました。
「ちょっと咲良ちゃん、聞いてくれる?」
◇◆◇
女将さんが話してくれたのは、さっきの男性客――
この店の常連であるお寺の住職さんのことでした。
住職さんはいつも一人で来店し、
カウンターの一番奥に腰を下ろし、静かにお酒を飲んでいく。
その姿は穏やかで、特に変わったところはないように見えるとのこと。
ただ、一つだけ。
彼は来店してから退店するまで、ずっと“独り言”を言っているのだそうです。
独り言と言っても、ぶつぶつと呟くようなものではなく、
まるで隣に誰かが座っていて、その相手と会話をしているかのように、
相槌を打ち、笑い、時には真剣に耳を傾けている様子が見える。
しかし、彼の隣には誰もいません。
◇◆◇
「職業柄、いつも隣に見えない誰かが立っているのかなぁ。」
女将さんはそう言って笑っていましたが、
私はその話を聞いた瞬間、背中がスンとしました。
女将さんの言う通り、住職さんはただ独り言を言っているのではなく――
本当に“見えない誰か”の話を聞いてあげているのではないか、と。
お寺という場所は、さまざまなものが集まる場所です。
供養を求めるもの、行き場を失ったもの、あるいは、ただ誰かに話を聞いてほしいだけのもの。
その住職さんは本当に、そうした“見えない誰か”を連れて来て、
お酒を飲みながら、その声に耳を傾けているのかも……
もしあなたがどこかの居酒屋で、誰もいない席に向かって楽しそうに話す人を見かけたら――
その隣には、本当に“誰もいない”と言い切れるでしょうか。
◇◆◇
これが、月一でお世話になっている居酒屋の女将さんから聞いたお話。
この話、本当だったら……
その会話を少しだけ、覗いてみたい気もします――。




