Chapter 017_やさしい玉子
「お兄ちゃん。お腹…空いてない?」
事件から半月後
冷たい初雪の降る昼過ぎの出来事だった…
「…」
ベルナールは少しずつ回復し、数日前から
締め切った部屋の中なら歩き回れるまで回復した。
しかし、悲しみの波に揉まれて塞ぎ込んだり、
何時間も茫然とすることも多く。食も細かった。
1日にパン1つ食べれば”いい方”だった。
「そっか…」
今日のお世話係であるミーリアは、ベルナールを心配して
元気いっぱいに朝食を用意したのだが…残念ながら
焼きたてパンも、あつあつソーセージもスッカリ
冷たくなってお皿の上で沈黙していた…
「ご…」
「謝らなくていいよ!む、無理して食べること…無いよ!」
ベルナールも応えたいと思っている。
思ってはいるのだが…
…できなかった。
いつも気付くと、時間ばかりが過ぎていた…
「じゃあさ!」
下を向きそうになったベルナールの顔を
ミーリアは明るい声で持ち上げた
雪も寒さも、冬の気配すら吹き飛ばす
陽の光に溢れる夏色の声だった…
「こんなランチはいかがでしょー」
そう言ってストレージバッグから取り出したのは…妙な形の…食器(?)
【どんぶり】であった。
「ジャジャーン!」
大振りな仕草のミーリアが
蓋を開けると中から甘い香りの湯気が立ちのぼり。
『プルン』と揺れる黄色い…
「これ…は…」
…初めて目にする料理(?)に
何故か懐かしさを感じたベルナールだったが、
それを思い出す前に…
「親子丼って言うんだよ!」
どんぶりを乗せたお盆にスプーンと付け合せのピクルス
を乗せながらミーリアは
ベルナールの視線が丼に注がれているコトに
気を良くし、言葉を続けた
「えっとねぇ…炊いたお米と、鶏肉と玉子を使った料理でね。お母様が教えてくれたんだ!」
「甘じょっぱくて温かくて、とぉ〜っても!美味しいんだよ!!」
そして、『ズズイ』とベルナールに躙り寄り…
「美味しい…よ…」
…ひっさつ【上目づかい】の
”まほー”を発現…
「…」
ミーリアの”やり方”は強引で、精神的に弱っているベルナールには不適切…リスクが高過ぎる…と、
言っていいものだった。
「…ぅぅ…」
しかし、そんなコトはミーリアだって分かっていた。
引かれて、嫌われちゃうんじゃないかって…
ムリさせちゃうんじゃないかって…
「…ど、どう…かな………」
…不安だった。
『カチッ…』
しかし…
「あっ…」
…ミーリアの視線の高さにあったスプーンは
彼の手により持ち上げられて
「…」
ひとくち分…ふわとろ玉子と出汁の染みたご飯を
すくい上げ
そして…
「…あむ」
彼の口の中へ
「っ〜…」
その様子を
喜びと不安の入り混じった視線で見上げたミーリアは
今度は咀嚼する彼の喉元を『ドキドキ』しなが見守り
そして…
「…」
堪らず目蓋を『ギュッ』と閉じた。
「ティ、TKGも食べられたお兄ちゃんなら大丈夫だと思うけど…た、食べられないって…美味しくないって言われちゃったらどうしよう!?」
「お肉はグールーを使っているし、味見してくれたお姉ちゃんも美味しいって言ってくれた。自信はあるけど…」
「…で、でもでもやっぱり。不安だよぉ!」
…しかし、
ミーリアの不安は杞憂に終わった
「………うまい…」
ベルナールのその言葉によって…
「あむっ…」
ベルナールの身体は
心よりも素直に・本能的に動いた。
ミーリアの感嘆も、視線も気にせず
心のブレーキを外してくれた目の前の”ごちそう”を求めた
「はむっ、」
グールーを”狩る”ところから始めたミーリアの
”ごちそう”作りは足掛け2日の準備の後、
僅か数分の咀嚼で終わろうとしていた。
「…ふふふ…」
けれど、ソレでよかった。
鈍色の森を駆け回ったのも
顔を顰めて血抜きをしたコトも
冷たい水でお米を研いだのも、
全ては”ひと言”のため、
次の1日のため、
次の次に繋げるため…
「うっ…グズッ………」
久方振りに感じた食感と味覚・嗅覚
空腹と生の実感…生きているという事実に
気付いたベルナールは半ば無意識に涙を流し、それでも
食事を続けた。
「んふふふ…」
その様子を隣で見守るミーリアは
母親によく似た柔らかい微笑みを浮かべて
ただひと言…
「お代わりも。あるよ…」




