怒れるディアラン
残酷な表現があります。お気をつけてお読みください。
最初は苦痛に歪んだ顔に、それが誰だか分からなかった。
「・・・ザイール?」
トラファルガー公爵から出た言葉に、ディアランとレベックが振り返る。
「ザイール・テレビア、私の甥です」
信じられない、と瞳を大きく見開いた公爵が言う。
「公爵、我々は犯人を捕まえた。
まさか、ヴィヴィアンヌを助けに来たのを間違えて捕らえたのでは、と思ってないだろうな?
逃げるヴィヴィアンヌを、後ろから剣で斬ろうとした男を捕まえて連行してきている」
念のため言ったディアランの言葉に、公爵は目を伏せた。
「次男の為に家督は継げないので、ヴィヴィアンヌの婿か養子にして公爵家を継がせようと考えたことあるほど優秀な男です」
公爵の言葉に反応したのは、ディアランとザイール。
ディアランはヴィヴィアンヌの婿に反応し、ザイールは公爵家を継がせように反応した。
「だからだよ!」
それまで呻くだけで黙秘していたザイールが顔を上げた。
「何度も期待を持たせたあげく、王子が婿に来る、次は嫁にいくが孫に継がすだと!
先に生まれたというだけで、出来の悪い兄は家を継ぐ。俺はどうだ!?
公爵家を継ぐ教育まで受けたのに、結局は放り出された!」
「これで、公爵の言われる通りザイール・テレビアだと確認がとれましたね」
レベックは冷静に判断をくだす。
「騎士の証言から、当時何台かの馬車が犬に襲われていて1台は横転し、他の馬車は逃げたとのことでした。
これは憶測ですが、その馬車にザイール・テレビアが乗っていたのではないかと。
馬車の中のヴィヴィアンヌ嬢は、犬の吠え声や馬車の接触で恐がられていたことと思います。
横転した馬車が壁となっている側の馬車の扉から現れた従兄の姿に、ヴィヴィアンヌ嬢は安心したことでしょう。
助けに来てくれた、と。
一言でも声が出ていたら、騎士が気がつかないはずがありません」
その従兄が、ヴィヴィアンヌと侍女に薬を嗅がせて、ヴィヴィアンヌを連れ去っった。
トラファルガー公爵は額を抑えて、頭を振る。
そして、レベックは言葉を続ける。
「もし殺すつもりなら、最初に殺しているはずです。それを連れ去ったということは、生かす必要があったということだ。
だが、我々が駆け付けた時は、殺そうとしていた。矛盾があります」
トントン。
椅子に座ったディアランは片肘をし、もう片方の手の指が肘掛けとつつく。
「狂犬病の犬は、この男一人の力では用意できないだろう。
犬は王都を攪乱させる目的であろう。
この男はヴィヴィアンヌを殺したい。だが、この男に指示した人間がヴィヴィアンヌを生かす必要があるということだ。
ヴィヴィアンヌ自身か、ヴィヴィアンヌを使って僕を狙うか」
ディアランは、ニヤリと笑った。 見てしまったオーデンの背筋に冷や汗が流れる。
「僕のヴィヴィアンヌを殺そうとしたよね」
「他の男達は傭兵くずれかな? 情報も持ってなさそうだったから斬り捨てたけど、おまえが持ってないはずないよな。
依頼者か協力者か、情報があるだろ? 優秀というお前がなんの確証もなく犯行をするはずがないんだ。
ああ、言いたくないんだろう?
残っている方の手の指が、何本失くなれば言うかな?
手の次は足の指だ。次は耳、鼻」
ディアランの瞳が金色になり、瞳孔が縦になった。
ディアランの後ろにいる公爵は気がつかないが、部屋の気温が下がったことはわかった。レベック、オーデンはディアランの怒りの強さを感じていたし、その様子を見る騎士達は背筋が凍るほどの冷気を感じていた。
2年前、ヴィヴィアンヌが婚約した時の経験がなければ、狼狽えていたろう。
あの時は、直ぐにでもジェラルディン殿下の首がなくなるか、世界がなくなるかと思えるほどだった。
だが、初めて体感するザイールは、痛みさえ感じないほどの恐怖だった。
自分は、拷問されて殺される。それは決定なのだ。
あの時、あの呼びかける声に応えさえしなければ。
「言う!
指示した者を庇う義理はない!
ヴィヴィアンヌを渡せば、公爵の地位を与えると言われたんだ!
犬も与えられた。指定された所に、放したんだ!」
拷問されて死ぬより、拷問される前に死ぬ方をザイールは選んだ。
「ジェラルディン殿下だった!」




