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睦月と千里 最終話・前編


「ラフ&スムース 第二章」




夕暮れ時の赤石中学。


数人のテニスコート整備当番の部員達が作業を終え

これから帰り支度を始めようとしていた。



「けれど、今日の試合、すごかったねー」


「ああ、なんかゾクゾクした! 全国が……いや、まるで”世界”を垣間見たような気分になったよ!」


「いや、それは言いすぎ! ソフトテニスで世界かよ!」


「い、いいじゃんか別に! eスポーツがどうのこうの言ってるくらいなんだし、

ソフトテニスだってオリンピック競技にしたらいいんだよ!」


「まあ夢を持つのはいいことだよねー……あ! 

それより帰り、ちょっと遠回りだけどトカプチのたこ焼き食わね?」


「おまえ……夢よりもたこ焼きが最優先かよ? はあー……」


「いやいや、私は夢を語ってるんだよ?

あそこのたこ焼きと大判焼き食べてたら

バストのサイズが上がったー! って評判なんだよー!

すごい子だとAAからなんと! Gになった子もいるらしいんだから!」


「……なんか危ないもんでも入ってるんじゃないのかそれ?」


「と、とにかくー! 腹が減ってはなんとやら……って、あいたっ!?」


「……ん? これは…………!」


「あ、これ……北山ぶ……元部長の、ラケット、だね……

ありゃー、こりゃだめだ! 木っ端微塵じゃん!」


「誰かあのあと、ローラーででも踏んづけたのかこれ? でもコートの外だしなあ……

フレームトップが完全に粉砕されて……メインのシャフトも完全に折れちまってるぞ……」


「んー、一回投げつけただけで……ここまでなるもんかなあ? 

硬式テニスの男子プロが癇癪起こして何度も叩きつけてやっとここんなんだよね?」


「もしぶ……元部長がやったんなら、

とんでもない馬鹿力だよな…………

辞めなきゃ歴代最強チームができたかもしれないのに……

両方の意味で、勿体無いよなあ~……」




◆◇




「睦月!」


私は、何も言わず一人帰ろうとしていた彼女を咄嗟に呼び止めた。


先程まで私達二人もコートの整備を手伝っていた。

特に睦月はさっきの試合

テニスシューズでプレイしたわけじゃなかったので

そのことでコートを荒らしたかもしれないと

率先して整備を買って出てたのだ。


もちろんパートナーである私も付き合った。

本来ローテーションで一年生部員がやってるので

そこまで気にする必要もないんだけれど。


それに一応靴底を確認した私から言わせてもらうと

あの靴でも特に問題は無かったとは思うんだけどね


案外生真面目な性格なんだなー

いや、もちろんいいことなんですけど。


「…………何? 千里」


「きょ、今日一緒に帰らない?

私、色々とお話したいこと、あるんだー」


「……ごめん、今日は無理」


「……えっ? ……あ…………そう……」


勇気を出して私の方から誘ってみたんだけど

一瞬であえなく轟沈。 しゅんとなる


「大事な用が、あるから……ごめん、また今度誘って」


「……! う、うん! また声かけるよー!」


よ、用事があるのなら仕方ないよね!

別に嫌われてるって感じでもなさそうだし

今度、うん! また明日にでも声かけてみよう!


「…………」


彼女は、押し黙ったままコートを見つめていた。

真剣な眼差しで……

そして


「……これで、疑惑から確信に……変わったわ」


ぼそりと、何か呟いた。


「……え? なに? なんのこと?」


「千里」


「は、はい!」


「今日は、寄り道せずにまっすぐ帰って。

できるだけ、大通りを使って」


「……? う、うん、わかった」


そう言い残した彼女はそのまま校門を出て帰って行った。

せめて少しの間だけでも一緒に……と思ったが

よく考えたらそれは無理だった。


「……そういえば、私は制服に着替えなくちゃ帰れなかったんだよー!」





◇◆◇◆





私の母は、私が小学5年生の頃に、家を出て行った。


母は、父とは幼馴染の間柄で、

二人とも幼い頃からずっと一緒だったそうだ。


母の出自は不明。


児童養護施設で育ち、クラスで孤立していた母を

父が気遣う内に仲良くなったとのことらしい。


そんな両親は学校を出るやいなやすぐに結婚をして、私が生まれた。

父の家は祖父母から譲り受けたスポーツ店を営み、

近所でも有名なおしどり夫婦で

私にとっても自慢の両親だった。


裕福とはけっして言えないが

それでもなんとか食べていけてたのだが、

突発的に起こった世界的な不況に煽られ、売上が急激にガタ落ち。

更には競合店も近くにあったためどうにも立ちいかなくなった。


借金の返済に困り

家庭の空気も次第に悪くなり

母の静止も聞かず父はよく家を空けて外で飲んだくれるようになっていった。


そんな時、父に愛人ができた。


どうやらお金持ちのお嬢様だったらしい。

父は愛人の資産を利用し、母と別れ一緒になることを条件に

立ちいかなくなった現在の店の代わりに

今のこの町に店舗を構えることに成功する。


しかし母は父とは別れようとはしなかった。

愛人は激怒し、泥沼となっていった。

父は家の再興を優先に考え、母とは別居するも籍はそのまま。

裁判へともつれ込む事になりそうだったが、

愛人が別居中の母宅に直接乗り込んだことにより、その状況は一変する。



――――母は、愛人を殺しかけたのだ。



得物は持っていなかった。 

いや、むしろ持っていたのは愛人の方だった。

包丁を振り回され、危険と感じ本人は正当防衛のつもりだった。


しかし、母の防衛行動は過剰防衛となり

愛人は昏睡状態。 

後に辛うじて意識は取り戻したものの、

重度の障害が残り、ずっと車椅子で入退院を繰り返し

病院と家とを行ったり来たりするような生活になってしまった。


母いわく、ただ数回、相手の攻撃を払おうとしただけだという……

けれども愛人の外傷はそんな生易しいものではなく

複数箇所複雑骨折、脳挫傷、内蔵もいくらか損傷し、瀕死の状態であった。

いったいどうやったのか、今でもよくわかっていないらしい。


その時から、母はおかしくなった。

あれほど父に執着し、別れようとしなかった母は

あっさりと次々と男をとっかえひっかえ貪るようになり……


遂には……私たちの前から、姿を消した。


その後の彼女がどうなったのかは、誰にもわからない。


父は、贖罪のためか、ずっと愛人の面倒を見ながら店舗を切り盛りしている。


母の子である私は、彼女の前では肩身が狭かった。

癇癪を起こし花瓶なんかを投げつけられることもしばしばあった。


私の居場所は父の所には無かった。 

母も、もういない。


せめて学歴だけでもまともに付けようと、

私立の中学を受けるも、家庭環境がこれでは勉学にも身が入らなかった。

結果、不合格。


恥じた私は今の町で進学することを拒み、

生まれ育った旧店舗近くの公立中学校に入学する。

そこでの新生活で今までの不遇を忘れ、生きていくつもり、だった。


本当は、わかっている。

全ての歯車を狂わせたのは、やはり不況が原因なんだろう……


けれども、あいつ……笹倉の店さえ同じ町内に無ければ

父も母もあの人も……全ては狂うことはなかったのかも、しれない。


そう考えると、どうしても理性で抑えることができなくなった。


あいつ自身に罪はない。

そんなことはわかってはいる。


でもなんで、私だけがこんな辛い目に遭っているのだろうか?


そう思うと当たらずにはいられなかった。


あいつが笑うたび、私は不快になった。

この感情はどうしても止められない。


この学校での生活を脅かす存在。


何が何でも排除するしかなかった。



――――もう、とっくの昔に私は歪んでしまっていたのだ。





……もう、どうでもいい。


こうなりゃあいつには痛い目に遭ってもらう他ない。


そうでないと、あたしの溜飲が下がらない。


「……構わないんスか?」


「ええ、めちゃくちゃにしてやってよ! 

二度と、立ち直れないくらい……生きてるのも辛くなるように!」




◇◆




「はあ! はあっ! ……っ!」 


ズキズキと脚が、痛む……


「……な、なんで? 解決したはずじゃ、なかった……の!?」


下校中、あの男に、遭った。

もう、全ては決着が付いていたと、油断していたのだろう

けれど、そうじゃなかった。


あの男は私の腕を掴み

強引に車に連れ去ろうとした。


私は隙を見てどうにか腕を振りほどき

全力で逃げようとしたとき、脚に衝撃が走った。


おそらくは、改造したであろうダーツの矢。

その針先には、何か薬品が仕込まれていたのかもしれない。


身体が、だんだん言う事をきかなくなってきた。


逃げ切ること叶わず

今まさに意識が朦朧とした中

私はある人物を頭に思い浮かべ、助けを求めた。


直感なんだろう

きっと彼女なら、なんとかしてくれる。

根拠も何もないけれど、私はそう、思ってしまったんだ。


「……むつ……き…………」



「睦月いーーーっっ!!」



残った力で、その言葉を振り絞った後、

私の意識は――――途絶えた。





とある人気のない、薄暗い路地裏。


そこには三人の人影があった。


一人は女性で、気を失ってるのか、倒れたまま……ピクリとも動かない。


そして、残り二人は、その彼女をめぐり、対峙していた。



「……来ると、思ってたわ」


「……なんだ? てめえ!」


「千里が気絶してくれていて、ある意味助かった……」


「どうやらお前も同じ学校の生徒のようだが……

たかが中坊の女一人で大人の男に何ができる? 

おまえも一緒に……攫って……やろうかっ!!」


ひゅっと彼はダーツの矢のようなものを投げた。


パシッ!


「にっっ!?」


彼女は、特に表情を何も変えず

難なくそれを受け止めてみせた。


しかも、手のひらで正面から止めたのではない。

真横から握って止めたのだ。


「…………」


「んな、馬鹿な……」


それなりのスピードで投げたつもりだった。

予備動作も殆どしていない。

彼にとっては信じられない出来事であったのだろう

しばし、唖然としていた。


「……これで、千里を眠らせたのね」


淡々と言葉を紡ぐ彼女。

しかし、次の瞬間。


「ぐあっ!?」


どさっ! っと男が倒れる。

それは、まるで糸の切れたマリオネットのように。


一瞬の間に何が起こったのか

男はそれすら分かっていなかっただろう

ただ、四肢はどれも麻痺して動くことはなかった。


首だけをなんとか動かし、正面に向けた。

……よく見ると、彼女の手には、竹刀のようなものが握られていた。


「ぐ、う……動けん!

……て、てめえ! 剣道の有段者だったのかっ!?」


「…………」 


彼女は何も答えない。


しかし、いくら剣道有段者だとはいえ、こうも鮮やかに、

しかも対峙した人間に殆ど気づかれることもなく

一瞬のうちに四肢の自由を奪えるものなのだろうか?

舐めていたとはいえ、こっちは大の大人の男で向こうは年端もいかない少女だ。

いくらなんでも、この実力差はありえない。


「……おまえ、何者……だ?」


「……………………次は、無いから。

今度やったら、その程度じゃ済まさない……

手足全ての骨を……完全に元に戻らないように……砕き折る!」


「……!!」


ゾクリ、と

美しくも冷酷なその表情から、怒り混じりのその本気がひしひしと伝わってきた。

一瞬で俺を身動きできないようにするのが容易な彼女なら

その程度は造作もなく、なんなくやってのけることが可能なんだろう


流石にこれは、駄目だ。 差がありすぎる。

少々策を練ったり、不意を突いたりしたところで、おそらく勝目なんか……無い。


「…………わかった。 もうしない」


その言葉を聞き届けると、彼女は笹倉千里を抱え、去っていった。



しばらくして、四肢の痺れから回復し動けるようになったので

ふらふらと旧北山スポーツのねぐらに帰ってきた。


その一階。


以前は所狭しと多くの商品が並んでいたのであろうが

今ではその影もなく、旧店舗内はガランとしており、

いくつかの棚に不要な荷が残されてるのみの

もはや只のだだっ広い空間になっていた。


コンクリートで作られているその建物は経年劣化のためなのか

ところどころ壁面が崩れており、鉄筋をあらわにしている部分もちらほらと見受けられた。


彼女は、そこで待ち構えていた。


「……おめおめと、よく帰って来れたわね」


「茉莉……いや、お嬢……」


「当然、もう一度行くのよね? 作戦を立て直して」


「…………いや、もう、いかねえ」


「…………いかない?」


「あんなおっかねえ女は、初めてだ。

今度やったら、成功しようが失敗しようが俺は、ただじゃすまない」



ざわっ



「!?」


…………なんだ? 場の空気が、変わった?

この、まとわり付くような……感じは?

まるで、海の中にでも居るような…………

身体が、重い。


「…………そう……じゃあ、貴方はもう……用済み、ね」


「……茉莉?」


彼女の仕業、なのか?

俺の身体が……まるで金縛りにでも遭っているかのように……動け、ねえ!


「…………おっかない女は、ここにもいた……ということよ」


「な、なにを? ……ひっ!!」


薄暗い、闇の中。

そこだけが際立ち、異様に目立つ……

赤黒い光が、彼女の瞳に怪しく灯っていた。


「……足りないのよ……ちまちまと、吸い上げてるだけじゃ……

それじゃあ、あいつに適わない…………だから、ね……」


ゆらりと、ゆっくりと……近づいてくる。

俺は、渾身の力を持って全力で逃げ出したかった。

だけど、身体が全く動かない。


――――まるで、この身を生贄に捧げるかのように。


「や、やめっ! ……あ、あああああああああああああっっ!!」





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