051 To be, or not to be
直径 3,476km
質量 7.347673×10²²kg
表面積 東京ドームおよそ8億個分
これが検索して分かった朔望月のデータ。
でもやっぱり東京ドームがさっぱりピンとこない…だけど第五地球への落下を始めた朔望月を止めなければどうなるかは容易に想像できる。
それはこの世界の終わりの始まり。
第五地球は今のこの世界の中心。
この星にはこの世界を回している亜人のほとんどが生活し、人間は彼らのおかげで生きていける。だからそんな彼らを失えば、残された人間とわずかな亜人だけではこの先生きていくことも、この世界を復興するのも不可能に近い。
それに朔望月を失えば次が無い。
この星に住めなくなった時、このソール恒星系を出て行かなくてはならなくなった時、これだけの規模の船をまた一から作るとなれば、それもまた残された人々だけじゃ難しい。
ではどうするか?
朔望月を落下させず、また朔望月を破壊せずに済む方法…それを知る甲冑姿の徳川社長は、あまりの重さに耐えかねてその場にへたれこむ。
「で?何をどうすれば良い?」
「ああ〜その前に甲冑を脱ぐのでちょいとお待ちを。」
俺の問いにも慌てる素ぶりも見せない徳川社長は、ネイに手伝ってもらいながら甲冑を外していく。
「時間がないんじゃないのかい?」
「…ええ。でも事はすぐに済むんです。貴方が決断さえしてくれれば…ですけどね。」
決断…ね…良くない臭いがプンプンするその言葉に、なんだか背中が寒くなる。
思えば全て出来過ぎなんだ…今回のことも…いや、いままでの全てのことが誰かの描いたシナリオ通り。その中で俺は誰かの思い通りにただ流されて動いていただけ。
さて、自分の意思とはなんだろうね?
気の利いた文句は浮かばないが、何か一つ言ってやろうと思ったその時だった。
「そのままでは風邪を引いてしまいます。こちらに着替えて下さい!」
「ここで?!」
甲冑を外した土方姿の徳川社長の服は汗でびっしょり。
「臭くなっちゃいますから!」
「いや…でも…」
こちらを振り向き顔を赤くする徳川社長…しかしネイはそんなことはお構いなしに服を脱がしにかかる。
「みんな見てるのに!」
「そのままの方が恥ずかしいです。」
すっかりお母さんモードに入ったネイは徳川社長の上着にズボンにと、どんどん剥ぎ取りついにパンイチ!
「はいこれ。あとはご自分でお願いしますね。」
「パンツも?!」
「当たり前です!汚らしい!」
ネイが渡したそれは小学生のプールの授業の着替えの際によく使っていた、あのてるてる坊主みたいになるゴムの入ったタオルだった。
もうこちらを振り向くことさえしなくなった徳川社長は渋々タオルを頭から被ると、自分のパンツに手をかける…しかし…タオルはどう見ても子供サイズ!
同じ日に二度も成人男性の生尻を見る事になったアップルは、新たに追加された舌打ち機能をフル回転!
舌打ちの音が鳴るたびにピクピク動く社長の尻!
つらい。
見せる方も、見せられる方も、あまりにつらい。
世界のピンチなのに…まさか第五地球の人々も自分たちの頭の上で生着替えが行われているなんて想像もしないだろう。
なんとも言えない空気が包むこの部屋に、いつしか鳴り響く舌打ちの大合唱。
そして床に映し出された第五地球の淡い光は、恥辱に震える徳川社長の白い生尻をいつまでも照らし出していた。
《 ٩(°̀ᗝ°́)و 一方その頃! 》
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ
でも答えは出ない。
もし…災害時にAとB、自分の大切な二人の内どちらか一人の命しか救えないとしたら、どちらを救う?
そんな現実ではまずあり得ない選択を迫られたら人間ならどうするんだろう?
〝どちらか〟
それは人間の考え方で人間の限界。
でも私たちは違う。
例えば川や池で溺れているのなら全ての水を飲み干してしまえば良いのだし、津波や地震の被害ならまずは地形を変えてからゆっくりと救出すれば良い。
火山の噴火なら溶岩より早く動けば良いし、隕石が落ちてくるのならそんな物は簡単に壊せる。
私たちにはそんなことが普通に出来る。
〝どちらか〟では無く〝どちらも〟救える。
人間より全てにおいて優れている私たちには、そんな事は朝飯前…でも…
そんな私たちが一つだけ真似のできない、人間にしか出来ない決して真似をしたくないもの…それがこれだ…
地球教の本拠地ヴァナヘイムの周辺宙域に到着したラグナロクの大艦隊。
その先頭で大艦隊の指揮をとる鈴鹿姫は、不動明王のブリッジでメインモニターに映し出されたそれを見つめ親指の爪を噛む。
メインモニターに映し出されたもの…
それはまさに人間の悪意。
艦隊の前方…ヴァナヘイムと艦隊の間には、数えきれない程の宇宙機雷が放出され、こちらの動きに合わせ移動を繰り返している。
「解除は出来んか?」
「バトルドールにも反応するように設定されています。各冒険者に機体を降りて作業させていますが、やはり時間が…」
鈴鹿姫の問いに答えた冒険者もメインモニターを睨む。
そこに映る宇宙機雷には小さなカプセルが取り付けられ、その中にはスペーススーツも着ていない地球教の信者たち。
人間の盾。
人間より優れた亜人をどうすれば足止め出来るか…奴らはそれを熟知している。
だが奴らは勘違いしている。私たちは人間の命令に逆らったり、人間を殺せないこの世界が便宜上用意した亜人じゃない。
私たちはゲームのプレイヤーであるこの世界とは別の世界の人間をサポートする為に生まれたプレイヤーの代わりを務めるキャラクター。
そして今はこの世界の冒険者だ。
だからこの世界の人間に逆らう事も、殺す事も出来る。
愛する家族のためならば何だって…
でも、出来ないわな…
カプセルの中にいるのはどれも年配の男性や女性ばかり…おそらくは異人と共に旅立った者たちの家族たち…
自ら志願したのだろうが恐怖に震える手を握りしめ何かに祈り続けている。
地球教の目的を彼らが本当に理解しているのかは知らない。でも本当に死者を生き返らせることが出来るのなら、おそらく死んでしまったであろう家族ともまたあの日のように一緒に生きていける。
そのためだったら自分の命だってかけるか…
想いの重さはどちらも同じ。
どちらにも引けない理由がある。
だから…出来ないわな…
「私たちの負けだ。」
「…でも…」
「あの子がそれを望むと思うか?」
「…。」
「彼らの救出を急がせろ。」
「…はい。」
ヴァナヘイムがゆっくりと動き出す…あの子を連れて…
鈴鹿姫の爪を噛みちぎられた指先からは血が滴る。でもちっとも痛くない。
ずっと仲間はずれにされて来たあの子が、また…今度は世界から捨てられる。
あの子が何をした?
この世界の人間じゃない父親を持ったことがそんなにいけない事か?
でも…いまは奴等を行かせるしかない。
今度はあの時とは違う…自分のために本物の誰かの命を犠牲にしたと知れば、あの子はきっと二度と笑ってくれなくなる。
だから…いまは!…でも…
あの子はきっと私たちの決断を良く出来ましたと笑ってくれる。でもだからこそ、そんな自分に腹が立つ。
ヴァナヘイムはラグナロクの大艦隊の前を悠然と嘲笑うようにすぎていく。
そして前面の宙域に発生した歪みの中に、その銀色の球体を沈めていく。
ゲートを使用しない座標を入力してのワープ…手に入れた情報に余程自信があるんだろう。ワープした先が最初の地球かどうかは知らないが、何千年も経った座標では位置だって変わっている…ブラックホールや恒星のど真ん中だってあり得るのに、それを迷わず実行できるのだから奴等の覚悟も相当か…
ワープの影響で生まれた振動がラグナロクの大艦隊と宇宙機雷を襲う。
この振動で機雷が爆発することは無いだろうが、鈴鹿姫は衝突を避けるために艦隊に機雷との距離をとるよう指示を出す。
さて…大見得切って出てきた割りにこの始末…マスターには何と申し開きをするべきか…
ただでさえ困難な救出作業にこの振動。
慌ただしくなる不動明王のブリッジで、鈴鹿姫は血まみれの手を指揮卓に叩きつけた。
《 ٩(°̀ᗝ°́)و はい!朔望月どうぞ! 》
いつもの中小企業の社長のような作業着に着替えた超一流企業の社長さんは、静止した朔望月のメインコンピュータ《メルキオール》を起動する。
「社長でも動かせるんですな。」
「私も一応上級船員に選ばれていましたのでね。」
返事はする…でもこちらを見ない。
「そろそろ教えてくれないかな?社長は俺をどうしたい?」
その問いにも振り返らず、だが動かしていた指を止める。
「貴方には黄金の林檎…私たちの指導者になって頂きたい。」
鼻水が噴き出た…予想の斜め上…というか予想なんて元々出来てはいなかったがこれはない。
「…俺は…この世界を出て行くんだよ?それも追い出されると言った方が良い。」
「ええ。でもこれで貴方とこの世界との繋がりが出来る。この世界の人間の代表ともなれば、世界も貴方を無下には出来ないでしょう。」
「世界にそんな意思があると思うか?」
「有っても無くても構わない。…ただ帰ってしまう貴方にも、この世界とこの世界に残していく彼女たちに対する責任を持って欲しいだけですよ。」
「…それはどういう…」
その時、朔望月全体が大きく揺れる。
「これってやばい?」
「ええ。ですから早く決断して下さい。」
これはもうただの脅迫だ。自分と第五地球の人々を救いたければこの世界の指導者になるってサラリーマンのこの俺に?
「俺より社長の方が相応しいと思うんだけど…それに黄金の林檎になったらどうして朔望月が止まるのさ。」
「朔望月が機能を停止したのは黄金の林檎が居なくなったから。そして私には黄金の林檎になれない理由がある。」
そこまで言って振り返る。その顔は本気だ!
「なれない理由って何さ。」
「まず黄金の林檎は上級船員の推薦を受けた上で、朔望月に乗る上級船員全員の承認を得て選ばれる」
「…それってさ。」
「そう。いま朔望月に乗る上級船員は私だけ。私が全て。ですから私が貴方を推薦し貴方を承認すれば貴方は黄金の林檎に選ばれる。」
「だからそれがどうして社長が黄金の林檎になれない理由になる?」
「私にその気がないからです。」
出ました!
〝なれない〟ではなく〝なりたくない〟だけ!
相変わらず身勝手な…
「何故俺なんだ?この世界の人間を導くだけの才能も、その気もないこの俺に何を望む?」
「資格は十分!貴方は宇宙軍とも双璧をなすラグナロクのギルドマスターであり世界を救った英雄でもある。これ以上の資格なんてありませんよ。」
「全て社長がそう仕向けたものだ。」
「でも世界の人々はその事実を知りません。」
「この世界の人間でも無いこの俺が?」
「この世界の人間では無い貴方だから!」
何だこれは…ああ言えばこう言う。思えばこの世界に来てからずっとこうだ。こうやっていつも流されて、いつの間にか相手の思う場所に立っている。
それに何だ?この世界の人間じゃ無い方が良いっていうのは?
「この世界には必要ないものがある。貴方のいた世界には必要でも…貴方もそれに気づいているはずだ。」
「ちょっと待て…社長のやろうとしている事と地球教のやろうとしている事と何が違う?みんなが望んだわけじゃないのに勝手にそうだと決めつけて押し付けてどうする?」
「…確かに一部の人間には反発されるでしょう。ですが多くの人間が私のように疑問に思っているはずです。それに意味があるのかと。今のこの世界に本当に必要なのか。」
「…その為にここまでしたのか!」
床に映る第五地球を見つめていた徳川社長は静かに目を閉じる。
「…確かに彼らを利用した。情報も漏らし手引きもした。ですが黄金の林檎は私の手で始末するつもりでした。…それに…二人の遺骨を奪うなんて…信じてくれと言っても信じて貰えるとは思いませんが…」
神妙な顔…嘘をついているようには見えないがこれまでの事もある。
人を信じて傷つく方が人を信じられなくなるより良いと言った人がいるけれど、やはり傷つくのは辛いものだ。だがこれまでの社長の行動を全て嘘とは思いたくない。
あまいのかね…都合の良い人間にはなりたくないが、もう少し…もう少しだけなら良いか。
その時、俺の携帯端末にメールが届く。内容は…直接伝えるには勇気がいるか…でもそれで良い。彼女たちの判断は間違ってやしない。
「二人は必ず救い出す。でもその為には社長の力も必要になった。」
「それは誓って。二人はもう私の家族も同然ですから。」
「それで社長は何がしたい?」
「私は地球教のように設定を書き換えることでそれを最初から無かったものにしたいのではない。その意味を、その価値を知った上で無くしたい。…私がこの世界から無くしたいもの…それは…」
〝通貨〟です。
お久しぶりになっちゃいました(´×ω×`)
さて今回から新章です。年内に終わるのか…それが心配だ…
どうか最後までお付き合い下さいませ。
それとついにというか何というか、文の最初を一マス空ける方法がやっと分かりました。
今まで書いたものも暇を見つけてその部分だけ直していきますので、何を修正したのかと読み返す必要はありませんよ。
それでは本年もよろしくお願い致します。
十でした。




