023
暗い色の天井は実際より低く感じ息苦しい。
暗い感情が渦巻く部屋には重い空気が漂う。
暗い顔の男たちは頭を抱え狼狽えるばかり。
ユグドラシル社長〈徳川 宗一郎〉は第五地球のトウキョウの地下深くに作られたシェルターにやって来た。
この地下シェルターには政府関係者やその家族、第五地球の有力者たちだけが避難している。
宇宙軍の活躍により星喰の脅威は去ったが、一般の住民はこのシェルターの存在さえ知らず、今も地上で抗議の声をあげている。
第五火星から届いた映像は、彼らの嘘を白日の下に晒した。
彼らは自分たちの行いを隠す為、世界中に呼びかけた。
共に生きよう。
共に手を取り歩いて行こう。
彼らのそんな送信さえしない呼びかけを、もう誰も信用しない。
彼らは何の覚悟も持っていなかった。
退屈な毎日を、ただ一方的に彼らを殴る事で満たしていただけ。
楽しかったんだろうよ。
それで満足だったんだろうよ。
自分は凄い。自分は偉い。
殴られ続ける彼らを見て、勝手に下と決めつけて、自分たちは神に選ばれた特別な存在、いや、自分たちこそ神そのものと思っていた。
でもそうじゃないと分かった途端、ピカピカの金メッキのプライドは、メッキを剥がれこの有様だ。
様は無い。宗一郎はこれが見たかった。
だから彼を利用した。
自分も彼らと同罪だ。
それは違う。それは嫌だと思いながら、怖くて何も出来なかった。
一歩を踏み出す勇気が無かった。
だから冒険者が羨ましかった。
宗一郎が見て来た冒険者はいつも自由で、いつも楽しそうに笑っていた。
だから彼らの様になりたかった。
彼ら様に強くなりたいと腹の底からそう思った。
そこに白瀬が現れた。
彼を知って、こんな自分でも変われるのではないかとそう思った。
弱虫の自分も、この気持ち悪い世界も、彼とその仲間たちと一緒なら、変えていけると本気で信じた。
でも誰がここまでしろと言った?
確かに世界は大きく動き出し、彼らは全ての信用を失った。
でも全てを失った訳じゃない。
追い詰められた彼らが暴走し、宇宙軍を動かしたらどうする?
例え人間の兵士が反対しても、バトルドールは逆らえない。
彼らだって馬鹿じゃない。
白瀬が第五火星側に協力している事くらい、もうとっくに気づいている。
酒呑童子だけじゃ無く、ラグナロクの冒険者たちを止める事もせず、第五火星の住民と争わせる事でその力と両者の覚悟を世界に示した白瀬を、自分たちの道連れにしようと考えても不思議じゃない。
だからこれという訳か…
アルフヘイムに届いた自分宛のディスクを見て宗一郎は頭を抱えた。
白瀬はこれで、彼らを納得させろと言って来た。
納得いかない。
彼らではなく、宗一郎自身が納得しない。
全てを彼に押し付けて、彼を利用した自分はただそれを見てるだけなんて出来る訳がない。
もうここに至っては彼を無罪には出来ない。
それではここにいる彼らが納得しないから。
だから宗一郎は白瀬の計画を無視する事にした。
彼を決してひとりにはしない。
元々その役目は宗一郎が請け負うつもりでいたのだから。
◆
鉄入27号と28号の兄弟は、地下シェルターに逃げ込んだ政府要人に代わり政務に当たっている。
元々第五地球の住民は政治には余り興味がない。
それは政治家も一緒。
この世界での行政、立法、司法の仕事は全て亜人が行っている。
もちろん生産や流通、その他必要な仕事もみな亜人の仕事だ。
人間は何もする必要はなく、ただ自由に自分の好きな事をすれば良い。
全ては人間の為。
その為に望まぬ事もたくさんして来た。
席を立った27号は外の声に耳を傾ける。
首相官邸の前に押し寄せた民衆をこれ以上抑える事は出来ない。
対応している弟たちもそろそろ限界だ。
窓から外を見つめていた27号の下に28号が駆け寄って来た。
28号から手渡された手紙の封蝋を見て、27号は一瞬フリーズした。
それは《黄金の林檎》からの指示。
人間では無く、亜人である27号に宛てられたその手紙の内容は、すぐに一部が公表され、歓声が首相官邸を包んだ。
厚く閉ざされた扉を開き、地下シェルターへやって来た27号は、ここに逃げ込んだ政府要人が立てこもる部屋の扉をノックした。
返事はない。
躊躇いつつも扉を開けた27号の前には、子どものように狼狽える者たちと、それを見つめる宗一郎が立っていた。
27号が伝えた黄金の林檎からの言葉は、部屋の空気を更に重くする。
うなだれる要人の中、ただひとり、宗一郎だけが硬く手を握り唇を噛む。
またあの場所へ向かおうと部屋を飛び出そうとした宗一郎を27号が制止する。
『控えなさい。これは黄金の林檎のご意志です。』
黄金の林檎を動かしたのは宗一郎自身。
宗一郎は政府ではなく、更にその上、この世界の最高意思決定機関《黄金の林檎のメンバー》に直接願い出た。
自らの行動と罪を告白し、白瀬救済の為の恩赦を願った。
でも結果はこれか…
宗一郎や、エインヘリアルに協力する三星重工社長の織田 茜には何のお咎めもない。
第五火星の住民に対する弾圧には加担せず、これを守ろうとした事が評価された訳だ。
そして黄金の林檎が定めた法を破り、ミュータント狩りを続けた議会は解散し、財界の有力者や宇宙軍最高司令官もその職を失った。
彼らの権力は失われ、彼らの評価も地に落ちた。
新たな指導者は再び選挙で選ばれるが、黄金の林檎はその中の主要ポストに宗一郎と茜の二人の席を用意する。
黄金の林檎の決定は絶対であり、誰も口を挟めない。
それは宗一郎も知っている。
だからこそ彼は願い出たのだから。
でもそれは白瀬が考えた計画のまま。
白瀬率いるラグナロクと、酒呑童子が率いるエインヘリアルはこの世界で、もう二度と繰り返さないと誓った人類同士の戦争を起こした。
しかもそれは人間と、人間の奴隷として作られた亜人の戦争。
どのような結果に終わっても、それはこの世界に大きな混乱を招く。
例えそれが見せかけの茶番劇だったとしても。
その罪は余りにも重く、このままでは第五火星の主張が正しかったとしても、決して受け入れる事は出来ない。
だから、この妥協が必要となった。
ラグナロクとエインヘリアル、それぞれの指導者を捕らえ、酒呑童子の破壊と白瀬の公開処刑が決定された。
◆
宗一郎を乗せたクルマは軌道エレベーターへと向かっている。
すれ違った民衆は皆、新しい時代の訪れを喜んでいた。
世界の変化は白瀬の望んだ計画通りに進み始めた。
白瀬の計画は、白瀬と酒呑童子の命と引き換えに、第五火星の独立とラグナロクの存続と発展を約束させる事。
全てを失う政府要人の道連れとなる事で、世界を変えようとした白瀬の計画を止めたくて取った宗一郎の行動は、二人の死を確定させた。
完全な失敗だ。
第五火星の住民やラグナロクの冒険者も、二人を失って黙っている訳がない。
白瀬は第五火星は何とかする!だからラグナロクはお願いね!そう言って来た。
それが出来ないからこうしたのに…
白瀬を失えばラグナロクの冒険者たちは、必ずこの世界に報復をする。
彼女たちなら、例え最後のひとりになろうとも決して止まる事はない。
途方に暮れた宗一郎が大きなため息をついた時、彼の携帯端末が鳴った。
それは27号から。これほど混乱した27号の声は初めてだ。
27号の報告を受けた宗一郎は、携帯端末を放り投げ歓喜した。
この世に神様がいるのなら、白瀬はどれほど愛されているのだろう!
この窮地に!このタイミングで!
最悪の星喰〈宇宙マンボウ〉が現れた!それも2体!
宗一郎は、大声を出されてびっくりしている運転中の彼の秘書〈ネイ〉に、いますぐ首相官邸に引き返すよう伝えた。
「マスターは…白瀬さんは助かるんですか?」
「助けるさ。その為にこの世界にも協力して貰おう。」
宇宙マンボウ2体は白瀬の手で倒させる。
人類が経験した事もないこれほどの脅威から世界を救った英雄ともなれば、例え黄金の林檎が下した決断でも多少の恩赦は貰えるはずだ。
淡い期待だという事は分かっている。
だけどもうこれに縋るしかない。
首相官邸へ向け爆走を続けるクルマの中で、宗一郎は作戦の成功と無事に官邸に辿り着ける事を神様に祈った。
◆
宇宙マンボウは冒険者が現れるずっと以前から毎年必ず現れ、人間はその対抗手段として最終防衛ラインに須弥山を建造し、宇宙軍と共にこれを撃破して来た。
だから冒険者が居なくても1体なら確実に撃破出来る。
例え現在宇宙軍が壊滅状態だったとしても。
それは須弥山に最終兵器《金剛杵》があるから。
コロニーレーザー金剛杵はその一撃で、宇宙マンボウだけでなく、宇宙マンボウから出現する流星ダツまで全て消し去るだけの威力がある。
だけど撃てるのは一度だけ。
撃てば必ず須弥山に大きなダメージを残し、修復とエネルギー充填に一年の歳月と、多額の費用を必要とした。
冒険者が現れた最初の年も使用したが、それ以降はまったく使用されていない。
冒険者が積極的に参戦してくれるようになったのは、最も貢献してくれた冒険者にLG級のバトルドールが報酬として与えられる事と、使用してしまうと翌年まで報酬に回せる予算がなく、たいした物が出せなくなるのが知れ渡ったから。
勝てる!資料に目を通した宗一郎はそう確信した。
金剛杵の使用と宇宙軍の残存兵力、そして冒険者たちの協力があれば宇宙マンボウ2体だろうと必ず勝てる!
宇宙軍最高司令官が不在のいま、宇宙軍のトップは前線に立つ艦隊司令長官が兼任する事となった。
現在宇宙軍艦隊は小惑星帯の先で、大破したバトルドールの回収と、艦隊の修復と再編成を行っている。
宗一郎はユグドラシル本社とグループ企業に、生産と輸送部門の仕事を全てキャンセルさせ、支援物資の生産と輸送を命じた。
「そんな事をしてはユグドラシルが…」
傍で指示を聞いていた27号が心配そうな声でそう言った。
でも宗一郎の顔や、モニターに映った弟の顔も既に覚悟は決まっているようだ。
「既に第一陣の輸送を開始しています。あとはお任せください。」
そう言った弟の頼もしい顔を見て、27号も嬉しくなった。
宗一郎はユグドラシルが潰れても構わないと思っている。
例え潰れても、全従業員が路頭に迷わないだけのものは残してやれる。
それに生きてさえいれば、何回だってやり直せるのだから。
問題はラグナロク。
白瀬の処刑が決定したのは、宗一郎の責任だ。
自分の首ひとつで許される事じゃない。
でも彼女たちの協力なしに成功はあり得ない。
だから宗一郎は、全てを有りのまま伝え謝罪した。
モニターに映ったミルフィーユはショックを受けていたが、それでも協力を約束してくれた。
だけど…
「その計画が上手くいかなかった時は、アルフヘイムを第五地球に落としてでも、あの人を助け出します。」
彼女たちなら本当にそうするだろう。
それは第五火星で戦っている冒険者を見ても明らかだ。
冒険者を敵に回せばどうなるかは、黄金の林檎も分かっているはずなのに。
白瀬の事は、まだ他の冒険者には知らせないで欲しいとミルフィーユは言っていた。
確かに今は余計な心配をさせるより、宇宙マンボウを倒す事に集中するべきだ。
アルフヘイムで行われていた白瀬から出されていた作業は終了し、いまミルフィーユを乗せたヘイムダルは、第五火星へと向かっている。
いまアルフヘイムに残るギルド艦はこれ以上動かせない。
第五地球周辺にはまだ多くの星喰が出現している。
いまここで須弥山に何かがあれば、取り返しが効かなくなる。
ラグナロクにはアルフヘイムと須弥山の護衛を頼み、宗一郎は第五地球から宇宙マンボウの観測を続けた。
第五地球の天文台からでも確認出来るほどの宇宙マンボウは、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
続々と情報が飛び込む官邸では、27号の弟たちが収集に追われている。
皆が走り回り、携帯端末で指示を出し…
でもひとつの報告が皆の動きを止めた。
「もう…終わりだ…」
1体でさえ宇宙回廊を埋め尽くすような宇宙マンボウが2体。
でも人類が総力で臨めば、必ず撃破出来た。
…2体だけなら。
天文台からの報告は全ての望みを打ち砕き、この世界の終わりを教えてくれた。
宇宙回廊とは別の宙域から近づく、もうひとつの光。
それはそこにある全てを破壊し、飲み込んでいく。
え〜前回それっぽい事を書いたのですが、《テトの日記》という新作を投稿しています。
もし良かったら読んでみて下さい。
ご感想もお待ちしていますo(゜▽^)ノ
余計な事ばかり頭に浮かんで、書くのがどんどん遅くなる十でした!