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彼の剣と彼女のペン  作者: あびす
第一部・黒い狼/反乱軍討伐
5/22

#4

~数時間後・ミラバル城




 ウォードとレンファは城壁から布陣を終えたヴェステア軍を眺めていた。見るだけで解る、彼らの士気の高さ。ブラックフェンリルを打ち破ったとなれば、そうなるのも無理はないだろう。いや、少々自意識過剰か。

 すると、陣から騎乗した男が出てきた。見るからに大柄と解る、立派な体格だ。おそらくはヴェステア軍指揮官のユリウスだろう。

「ウォードさん、誰か出てきたわよ」

 レンファも気付いたようだ。懐から遠眼鏡を取り出して、男を見定める。

「随分とガタイのいい男ねぇ。それに、なかなかいい男じゃない」

「男振りの見定めとは、随分と余裕だな」

「あら、私だって女だってこと、忘れてない?」

 レンファは通常運行だ。それにしても、指揮官自ら出てくるとは、降伏勧告か何かだろうか。現状なら、何を言われても負けそうな気がするが。

「ミラバル城の諸君、ヴェステア軍指揮官のユリウスだ」

 男が声を吐いた。随分と距離があるが、よく通るいい声である。

「……降伏しろッ!! さもなくば皆殺しだッ!!!」

 ユリウスの大音声で、ミラバル城は静まり返る。呆気に取られているのか、それとも単純に恐れているのか。

「回答期限は明日の正午! いい返事を期待しているッ!!」

 ユリウスは馬首を返し、悠々と自陣に引き上げていく。そんな彼に、ミラバル城の兵士は何も言い返すことができなかった。

「……また大きく出たわね」

 レンファが呆れた様子でため息をつく。

「だが、効果はてきめんだろう。やれやれ、モーリッツ殿に相談してくるか」

 どんな回答が得られるかはわかりきっているが、それでも決断はしてもらわねばなるまい。名目上とはいえ、彼が反乱軍の首班なのだから。

 ウォードはモーリッツの部屋へ向かう。

「ウォードだ。……入るぞ」

 ノックをするも返事がない。側の衛兵に視線をやると、首を左右に振った。少し胸がざわめく。

 扉を開けてみると、そこにモーリッツの姿はなく、開いた窓から流れる風で揺れる白いカーテンのみがあった。

 この状況が意味するものは、逃亡。それしか思いつかなかった。

「……どれだけ情けないのか」

 ウォードは舌打ちをすると、レンファとミラバル兵長を呼びにやるのだった。





~ミラバル城外




 どうしてこんなことになってしまったのか。

 兵卒の服を着たモーリッツは、息も絶え絶えに走っていた。どこに行こうというのか、自分でもよくわからない。ただ、ミラバルから離れたかった。

 モーリッツの足が止まり、前屈みになって息を整える。日頃の運動不足を恨みたくなった。

 こうなったのは誰のせいか。自分はただ、己の利益になりそうな勧めに従っただけだ。情報をハイランドに少しだけ流しただけというのに、この仕打ちとは。一番悪いのは、この話を持ちかけたあの女じゃないのか。そうだ、自分は悪くない。悪くないのだ。

「無様な姿ね、モーリッツさん」

 女の声。この声には聞き覚えがある。今回、自分にこの話を持ちかけた、あの女。真っ黒い髪と、真っ黒な、光を宿さぬ瞳を有した、人形のような美女。

「……セシリア」

 いつの間に現れたのやら、セシリアは扇で口元を隠しながら、こちらに近付いてくる。

「もう少し上手くやってくれると思ってたんだけどね。あたしの見込み違いだったわ。失望したわよ」

 セシリアの顔から笑みは消えなかった。それがことさら背筋を寒くさせる。

「まぁ、あたしを少なからず儲けさせてくれたのは確かだし、まだマシな方法で楽にしてあげる」

 セシリアが扇を畳んでから微笑んだ。

 彼女の笑みと共に、モーリッツの意識は暗転していった。


「やれやれ、手間かけさせたわねぇ」

 セシリアは物言わぬ体となったモーリッツを踏みつけつつ、ため息をついた。彼女が使ったのは術であるが、それがどんな術であるか、誰も知る術を持たない。

「それに、素材としても使えそうにないし。やだやだ」

 セシリアは唾を吐いた後、何かを唱え、モーリッツの遺体を凍らせる。そして、どこからか岩を降らせ、遺体を粉々にした。それら全てが術によるものである。彼女の腕前は凄まじいものがあった。

 モーリッツをそそのかし、ハイランドに情報を流させたのが自分であれば、彼が情報を流していることをリークしたのも自分である。おかげでハイランドとナディアの双方から多大な報酬を手にすることができた。あとは用済みとなったモーリッツを消すだけであり、それも終わった。手元に残ったのは報酬のみ。真相を知るものは冥土行き。我ながら完璧な仕事だ。

「……それにしても、ヴェステアの軍隊。なかなか強いじゃない。それに、あのユリウスとかいう男。面白そうね。しばらく見てみようかしら」

 セシリアはくすくすと笑うと、文字通り姿を消した。




~翌日・ミラバル城外




 ミラバル城外には、ユリウスとウォードが居た。その後ろにはレンファとレオンが居る。誰も剣を履いておらず、戦う意志はないようだ。

「反乱軍を代表して、私、ウォード・シュヴァイツァーが降伏を宣言します」

 結局モーリッツは帰ってこなかった。戦意なんか残っていなかったミラバル兵の意志は降伏で統一され、ウォードがその使者に選ばれたのだった。最初から最後までブラックフェンリル頼みとは、情けないというかなんというか。

「いや、助かった。賢明な判断、感謝するよ」

 ユリウスは笑い、ウォードから降伏の文言が記された紙を受け取る。彼の仕草はいちいち自信に溢れていて、人気があるというのも納得がいく。アルスにも見習って欲しいものだ。

「……さて、これでブラックフェンリルはフリーになるな?」

 ユリウスの声が小さくなる。密談の類か。

「……そうですが。しかし、我らの信条、知らぬ訳でもないでしょう」

「無論だ。だからこそ、頼みたいことがある」

 ユリウスの声には含みが感じられた。そして、野心の臭いがした。

「……わかりました。後日、ヴェステアに伺いましょう」

 聞いてみる価値はあるかもしれない。

 フィツール王家の者。

 ユリウスが語っているとされる、その言葉が脳裏によぎった。ひょっとしたら、彼が見ているものは、自分達と同じものかもしれない。

「あぁ、あと、アルス達も無事だ。元気にしてるよ。陣払いを済ませたら、すぐにそちらへ返そう」

 ユリウスの声の調子が戻った。

「ふむ。そこは感謝しましょう、ユリウス殿」

「それじゃ、この戦は俺達の勝ちだッ!!」

 ユリウスが拳を振り上げると、ヴェステア軍の陣から歓声が巻き起こった。




~ヴェステア軍・陣地




「世話になったな、ユリウスさんよ」

 陣払いの準備を進めるヴェステア軍の一角で、アルス達ブラックフェンリルは騎乗を済ませていた。

「何、予想以上に上手くいったよ。アルスの情報のおかげだ」

 ユリウスが手を差し出す。アルスはそれを握り返した。

「んで、あんたがライーザさんかい。次は負けねぇからな」

「それはこっちの台詞。まぁ、こっちは『次も』だけどね」

 今回の殊勲はライーザである。彼女が持ちこたえたからこそ、この勝利を得ることができたのだから。

「シェイズさんよ、次はケリをつけようぜ」

「そいつはいい話だ。だけど、しばらくは遠慮しとくよ。不味い飯のせいで、力が出ないからねぇ」

「違ぇねぇな」

 レオンとシェイズは笑い、握手を交わす。似た者同士なのだ。気が合うのだろう。

「よっしゃあ、お前ら、引き上げるぞ! 仲良く親父とレンファに怒られようぜ!」

「……いまいちな締め方だねぇ」

「うるせぇ! それじゃ、またな! 次は旗を並べて戦おうぜ!」

 ブラックフェンリルは去っていった。

 次はブラックフェンリルと共に戦う。

 それは、ユリウスも願うところだった。何と、というのは未だ彼の胸中に秘められているが。

「よし、準備ができたら俺達も引き上げるぞ。祝勝会の準備しとけって早馬送っとくか!」

 ユリウスの声に、兵士達は歓声で返事をした。

「第一部、いかがだったでしょうか! 予告担当のパナメーラでっす!」

「同じく別作品より出張して参りましたエリーゼです」


「見事なまでに男ばっかりだね!」

「ライーザさんに失礼でしょう。それに、この作品のジャンルを忘れていませんか?」

「いや、ホントに華がないよ。あたしみたいな美少女を出そう!」

「さて、次回はユリウスが己の野望を果たそうとします。そして、ブラックフェンリルはそれにどう関わるのか。ユリウスの野望とは。どうぞ、ご期待ください」

「スルーかよぅ……」



―――


そんなわけで新作……というか過去作品のリライトです。

前回の「ジャージを着た女神」の反省を踏まえ、だいぶ硬派な路線にしようかと。

またしばらくお付き合いください。

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