騎士と将軍、聖母と雑兵
「確かに我々〔企業群〕はね、ハッキリ言って地味な組織ですナ」
「・・・と、言いますと?」
「そう、例えるならネ」
聞き返した汚野の前で、丸っこい立花の右手が左手の指に嵌ったエメラルドで装飾されたリングを外し、円卓に置いた。右手でそれを指しながら、立花が言う。
「安物で恐縮ですがネ、つまり〔次世代〕っちゅうのは、これですナ。人類の要石、失えば全てが無に帰す、まさに秘宝。何に代えても守らねばならない存在ですナ」
次いで、立花が右手で大和へと手を差し向ける。
「そうなると、秘宝を産む〔保護者会〕の皆様は、まさに聖母」
さらに、立花が汚野に手を向ける。
「そして、秘宝と聖母を悪しき竜から守るのが、アナタ方のような勇敢な騎士で」
最後に、壮年の男は美作に手を向ける。
「その騎士達と、それには及ばぬ〔雑兵〕を指揮するのが、彼ら将軍ですナ」
「・・・騎士だけでは、戦争には勝てません」
話の展開を予想して、汚野が先手を打つ。
「食糧を調達する者。要塞を作る者。娯楽を提供する者。連絡を担う者。敵を探知する者。そういった、人として生きるために必要な要素を担う者達。〔経済という基盤〕を作っている者達が必要になる。戦う者だけが絶対、強者が絶対とは、ワシは思っとりゃしません」
しかし、校長の弁明にも、立花は卑屈な口調で返す。
「我々はネ、アナタ方〔社会において特別な方々〕を恨んでいるわけではないのですナ。私だって〔次世代優先政策〕の中で育った。最も〔次世代〕から遠い位置にいる〔企業群〕が、〔政府団〕に重税を払わされ、少ない人口の中で貴重な労働者でもある〔保護者〕へ、育児支援として労働時間の短縮と賃金の維持を余儀なくされるこの社会でネ」
「どの組織にも属さない者達、〔次世代〕と直接的には関係のない人々の集まりであり、その代表であるアナタが、自分達を被害者だと仰るのか?」
「そうは言わない。ただ、我々社会経済を担う地味な〔雑兵〕の集まりにも言い分があるのですナ」
立花は、言って手元の紙片を掲げる。額に青筋を浮かべた壮年が、嬲るように言う。
「先ほどの〔論害〕襲撃時、鎌足氏の行動の遅れによって、〔学区〕の校舎が3棟倒壊した。さらにはその外側にある〔市街区〕の商店にも6件、被害が出ている。都市の最も内側にある〔養育区〕と人的被害はなかったものの、2区の被害はヒドイものだナ。さて、この修繕費用は、誰が払うのかネ?誰が、〔次世代を守るためだから、そういう社会だからしょうがいない〕と、苦渋を舐めてタダ働きすることになるのかネ?〔論害〕の被害に対して払われる保険金だって、限界があるのはご存じですナ?」
3組織のどれにも属さないその他大勢の労働者・企業単位によって結成された組織の言い分が、汚野の頬に脂汗を生む。立花が言った〔雑兵〕という言葉が、汚野に二の句を継げなくさせる。
つまり、
「べ、〔企業群〕は、〔雑兵〕を名乗るだけあって、全ての組織の中で最も構成員が多い。立花さんは、数の威力をチラつかせていますよ」
「〔雑兵〕なんて、口が裂けても彼らの前で言うたらダメじゃからな、鞍馬ちゃん」
小声で状況を示した鞍馬青年に、汚野は小さくお灸を据える。
「そもそも、3組織によって作られた社会に〔人類の存続〕という大義を掲げられ、自由な経済活動を抑圧。さらには人材や資金、物資やサービスを一方的に搾取されてきたのが彼らじゃ。その鬱屈した心情、簡単に拭えん。それを煽るような言動は慎んで欲しい」
「あ、は、すみません」
しょんぼりと身を縮める鞍馬から、汚野の意識を引きはがすように、立花の声が続ける。
その声音は、
「いや、確かに我々もネ、君達〔教師〕の存在には助けられているんですナ。君達が〔学校〕に子供達を集め、その守護を一手に引き受けられるから、我々は〔保護者〕という労働者を失わずに済んだ。支援先を〔学校〕という1つの場所に集約することで、政策実行当時よりも随分とこちらが負う諸々の負担は軽くなった。さらには君達のおかげで、〔学校〕を中心に置いて都市が作られるという、効率的なシステムも確立したのだナ」
言葉とは裏腹にまるで感謝の込められていない冷めたものであり、案の定、
「しかしネ、〔誰かが〕払わねばならないのだよネ?そう、例えば、一騎当千とはいえ、その身を張って人類を守るがゆえに、多額の報酬を受け取っている者達とか、ネ?」
汚野の前には、生じた損害の賠償を迫る、狸の笑みがあった。ふてぶてしい相好を崩さぬまま、返答を待つように立花が席に着く。
対して、
「・・・そんなん出来るなら、やっちょるっちゅうねん」
「で、ですよね~。僕ら〔教師〕って、戦闘や授業関係で出ていくお金が相当ですからね~。子供を守れなかった時の補償。個人的に必要な装備の調達と整備費用。個人的に雇った部下のお給料。毎年新入生が入るこの時期には実地演習を兼ねた上級生の〔論害討伐遠征〕もありますから、税金、学費、投資なんかで得る資金は常に湯水のごとく。身銭を切るなんてしょっちゅうです。それなのにどの組織もこれ以上のお金出したがらない。ホント、割に合わない」
「まあ、のう」
鞍馬と汚野は、そう囁き合う。
そして、
「でも・・・」
「うむ。そういうことじゃ。鞍馬ちゃん、援護頼むわ」
「はい」
小声で、しかし確かな意志を交わす。
それは汚野の巨躯を立ち上がらせ、声となる。
「皆様の仰りたいことは、わかりました。しかし・・・」
汚野は、〔教師陣〕代表たる裏野の校長は、怒号のごとく叫んだ。