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第四幕 日常

雨音が響いていた。

雨のせいでぬかるんだ道を、迫り来る誰かから必死に逃げていた。

腕には、布に包まれた長方形のオブジェを抱えていた。それは家宝の剣がちょうど収まりそうな大きさをしていた。

森の中へ入り、姿を隠した。

息を殺して身を低くした。身体が空気を求めても必死に呼吸を抑えた。

人影が見えなくなると、反対方向へともう一度走り出した。

しかし、限界を迎えた足はもう動かず、ぬかるんだ地面に倒れ込んだ。

寒気で今にも意識を失いそうだった。

すると複数人の男がこちらへ向かって歩いてきた。

彼らの背中に描かれている紋様を見てほっとした。

男の一人がそばにしゃがみ込み、こちらの顔を覗き込んだ。


「少年、大丈夫かい?」

忘れるはずもない顔だった。

幼少期の大事な記憶には必ず、父さんがいた。

考えるより先に口が動いていた。

「父さん!!」

叫んだはずだった。けれど声にならなかった。

それで夢なのだと気づいた。

夢だと自覚した瞬間だんだん視界が曖昧になっていった。

父さんの顔も、寒気も、周りの景色すらも全てがぼやけていった。


◇◇◇

目が覚めた。

父さんの顔がまだ記憶に残ってる。

昨夜あの女性が開けた穴から光が差し込んでくる。

…眩しい


「おはよう、寝坊助さん」

いつもと違い、ポニーテールとやらにしているライアが声をかけてきた。

ソファから体を起こす。

「ん、あ、おはようございます」

「これからはできるだけ自分の部屋で寝てよね。そうしなきゃ、私が朝、ソファでコーヒーを飲むっていうルーティンが壊れちゃうじゃない」

「はい、わかりました」

そう言ってソファから降り、厨房へ向かった。蛇口に微量の魔力を込めて水を出し、それを飲んでから顔を洗った。

「おはようレノン、ぐっすり眠れたか?」

顔を洗い終えると、目の前には気だるげなレイルが立っていた。

「まぁ僕にしてはよく眠れましたよ」

「それは良かった。私なんか、わけが分からない夢を見て早朝に目が覚めてしまったよ」

「そうなんですか」

ぐっすり眠れたと言ったが、あのいつも見ていた夢が置き換わったみたいで、また同じ様な夢が続きそうな予感がした。

そしてレイルは身を屈めて耳打ちした。

「これは忠告だ。あそこはライアの物だ。今日は不機嫌じゃないが、あまり長居するのは得策ではないぞ」

「はぁ、気をつけます」

「ちょっと何コソコソしてんのよ」

「い、いやなんでもない気にしないでくれ」

ライアは「これだから男子は」とでも言いたげに、ため息をついた。

「ま、今日は忙しい日になるから今のうちにしっかり英気を養っておきな」

「今日、何するんですか?」

「えっと、まずはこの穴を塞ぐための木材を調達するでしょ。それから、君の服や必要な物を買いに街へ行く。あとは街の下見もしなくちゃいけないから、そのつもりでいてね」

「了解です」

そう言い身支度を始めた。


◇◇◇

歩いて二十分ほどすると、街に着いた。

途中の道がやや険しいため、疲れがすぐ溜まってしまった。

やはり、拠点の立地は確実に不便である。

街の広場あたりに着いたらレイルが話を切り出した。

「私は木材や釘などの品を買って、二人は他の物を買いに行くのはどうだ?」

「あら良いわねそれ」

ライアは広場の時計に目を向ける。

「じゃあ三時になったらここで集合しましょう」

ライアは快く提案を受け入れ、僕たちは別れて行動を始めた。

「それじゃあまず服でも買いに行きましょ、ね!」

「分かりました」

「そんなに畏まらなくてもいいのに。

あ、もしかして女子と二人だけで行動したことがなくて、照れてんじゃないの?」

「冗談はやめてくださいよ!!

僕だってそんな経験はありますよ!!」

「あらそう」

にやけながらこちらを見つめる。この目は、確実に見栄を張った僕をおちょくっている。どうせ、今まで二人きりで出かけた相手なんて家族くらいだろう、とでも言いたげだ。


服屋で品物を選ぶのは一苦労だった。

かっこいいと思った服を見つけて、

「これはどうですか?」とライアに聞くと必ずダサい、高い、見てて恥ずかしいなどと言われる。

その上じゃあ何がいいんだと聞くと、今度は変なセンスの品物をお勧めされる。

試着してその姿を見せたら笑われることもあった。

気持ちはまるで着せ替え人形のようだ。

一時間ほど葛藤し、ギリギリお互いが納得できるような品物を買うことができた。


店を出るとライアが聞いてきた。

「これから魔術で使う物を買いに行くんだけど何がいる?」

「うーんと宝石と紙とペンが欲しいですね」

宝石は高価だから言うか迷ったが、結局、物欲しさに負けて言ってしまった。

「それだけでいいのね、本とかは使わない感じなんだ」

「まぁある程度の知識は覚えたので」

「さすが四位に受かるだけはあるわね」

そんな会話をしているうちに、ライアが行きつけだという魔術用品店に着いた。

ライアは入ると奥にいる店主に話しかけた。

「久しぶりねおばさま」

「久しぶりだね、ライア」

店主と目が合うと、僕は取り敢えずお辞儀をした。

「ライア、その子は誰なんだい?」

「あら言って無かったっけ、実は私とレイルの—」

最悪のアンサーが続きそうな気がして咄嗟に遮った。

「ライアさん、変なこと言わないでくださいよ!!」

ライアは僕に耳打ちした。

「ごめんってば、従兄弟ってことにするから、ね?」

ライアは咳払いをする。

「んんと、この子はレイルの親戚の子で長い間預かることになって、この子が来た時はよろしく頼むわね」

「そうかい、そうかい。

じゃあ今日は何を買っていくんだい?」

「じゃあ取り敢えず、刻印紙なんかある?」

そんな会話を横目に僕は置いてある品に目をやる。さすが魔術で有名な国だけあって、すごい品揃えだ。

赤や青に煌めく鉱石や、魔獣の牙、毛皮など色々なものが置いてあり目を輝かせずにはいられなかった。

魔術にあまり関係のない武具も置いてあり、兄貴が喜びそうだとも思った。

一通り話を終えたライアが振り返ってきて言った。

「魔術に関してはケチんないから安心してよね、予算は一応たくさんあるからね」

「了解です!!」

「あら、魔術用品店でこんな喜ぶ人そういないわよ、まぁいいわ欲しい品はこのバッグに入れてってね」

そう言われて、使えそうなものをあちこちからつめていった。


会計の時ライアは目を丸くして領収書を見ていたが、店主に小切手を渡した。

「じゃあまた来るからその時もよろしくね」

店を出た時、ちょうど二時半になっていた。


「あと三十分はあるわね

じゃあ取り敢えず広場に行こっか」


数分歩いてさっきの広場に着いた。

広場に着くと買い物で疲れていた僕はすぐにベンチに座った。

「ちょっと真面目な話なんだけどね。事前調査で、あの街の大型病院周辺では霊脈の流れに異常が起きていると分かったの

それで、私はそこに新しい陣営が潜んでるって睨んでるの」

「はぁ、そうなんですか。

でも病院ってことはただ単に入院している患者が増えて、使う魔力量が増えたって説もあるんじゃないんですか?」

「そう!その可能性もあるわ。

だからそれを確かめるために、申し訳ないんだけど、あなた一人で下見に行ってきてほしいの。

もし敵がいて、私の顔が割れたら厄介でしょ?」

「えぇ」

こんな気分は七歳の時に夜中に目が覚めてトイレに行ったとき以来だ。

「まぁ分かりましたよ。じゃあ取り敢えず、さっき買ったバッグと、宝石を二、三個貰えませんか?

護身用に」

そう言って使えそうな物をバッグの中へ詰める。

「おっと、レノン。これも持ってきな」

するとライアは棒のような物を軽く投げてくる。

受け取ってよく見ると小刀だった。

「ちょっと危険物は投げないでくださいよ。

それに小刀なんかあってもあんま上手く使えませんよ」

「いいからいいからって

私が君のために選んだ品なんだし

それに魔術師は明確に近接戦闘が苦手だからね

一つ安心材料として持っていきなさいよ」

そんな会話をしていたら苦しそうに木材を運ぶレイルがやってきた。

着いた途端に荷物を地面に置いた。

「二人が楽しむ状況を作ろうとした昔の自分を恨みたい」



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