いざってときは
「スイ。本当に来てたんだな」
空は久しぶりの食堂で、女性にしか見えない端正な顔立ちの青年に微笑みかけた。
健太郎がいないかの確認がてら艦橋をたずねると、目的の人物はいなかった。しかし、話を聞きに来た人間を一言で片付けているスイを発見した。
彼も空を見つけたようで、職員たちに休憩すると告げて抜け出したから今二人は向かい合って座っているわけだ。
空としては忙しそうな彼を占領するのもどうかと思うのだが、きっとスイに言ったら変に気を使うなと怒られるだろう。
「久しぶりなんだな空君。倒れたって聞いたけどな?」
「大丈夫だって。スイにまで心配されるほどじゃない」
やはり話は彼の耳にまで届いていたらしい。
エンが言っていた。戦力を集結させるために彼も奔走したのだと。
多分健太郎のアイデアを形にしようと融通を利かせたのはスイなのだろう。シュテルンの目的は人間を移すことだと知っている空は一か所に戦力を集中させるなんて正気の沙汰とは思えないが、事情を知らなければ戦力的にも理にかなっている。シュテルンは空がいる日本を集中して狙っている。
目的は一つ、すべては最愛の妹のために。
「心配なんてするわけないんだな。教授を倒したぐらいなんだからな」
「聞いてたのか」
「当然なんだな。一番彼と面識があったのはボクなんだな」
ネオン教授とスイは長い付き合いだったようだ。なんだかそんなことを言っていたような気もするが、残念ながら思い出せない。
「悪いことをしたか?」
「いやまったくないな。悪い噂は色々と聞いていたからな」
即答で、スイは空を赦した。
「イリーナだけじゃなかったってことか」
「そこまでは分からないんだな。あくまでも噂でしかないからな」
スイほどの立場なら、色々と聞こえてくることも増えるだろう。誰々が仕事でミスしたなんて不祥事から何の確証もない噂話まで。ネオン教授の好色も、もしかしたら噂話の一つにあったのかもしれない。
「ただ、空君には感謝してるんだな。エンが巻き込まれる前に倒してくれたからな」
空は知らなかったが、イリーナに飽きてきたネオン教授はエンにも手を出そうと企んでいた。そうすればスイとの全面衝突は避けられない。図らずも空は彼を助けたことになる。
「結果的にエンも巻き込んだ」
「それはあくまで結果論だな。噂通りのことをされなかっただけマシだな」
ネオン教授はメルセデスを持ち出し、最終的には空たちと戦闘になった。関係のないシトラとエンを巻き込んでしまったのは、間違いなく空の落ち度だ。
だがスイの言う通り、結果論に過ぎない。それに、関係ないと言えば二人の少女は激怒するだろう。
「それで、話があるんじゃないかな?」
「なんでそう思うんだ?」
「用がない人間は、そんなに思い詰めた顔をしないんだな」
「お見通しだな。さすがはスイだ」
略してさスイ。なんだか締まらないな。
空は誰にでもなく苦笑した。スイにとってエイロネイアの指揮より空の悩みのほうが大切な要件らしい。
「俺は、最近夢を見るんだ」
「夢?」
「シュテルンとして仲間に落とされる夢だ。何度も、何度も何度も何度も、俺は燃えて死んでいく」
信号機にスイに昨日見た一兵卒たち。
エイロネイアの兵士たちが目の色を変えて空を墜とす。誇らしげに機銃を放ち、業火に包んでいく。
空の腕にあったやけどの痕は既になくなっていた。寝ぼけていたというならそれまでなのだが、それにしてはリアルすぎる。
「夢は無意識が働いているからこそ見るものらしいんだな。何か心当たりはあるかな?」
「……」
「あるようだな。なら、ボクが言えることは一つだけだな」
心当たりがないわけがない空が黙り込むと、スイは困ったようにため息を吐いた。
「悩みというものは既に解決しているんだな。答えはとっくに決まっているけど、誘惑に目がくらんでいるに過ぎないんだな」
「……答えは、既に決まっている」
つまりシュテルンとエイロネイア、どちらの味方をするか心の奥底では答えを出しているということか。
空はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。その答えの片方を、空は選びたくない。
「悩むな。いざってときは迷わず行動しろ、ってのがボクの信条なんだな」
「確か、エンのときに頭を抱えてなかったか?」
「それはそれ、なんだな」
空が悪戯っぽく笑うと、スイは困ったように笑った。
「まっ助かったよ。指揮官殿」
「そういえば、どうしてボクなのかな?」
「あん?」
「空君は司令官と仲が良かったんじゃないかな? ボクに相談するよりも、司令官の方が頼りになると思うんだな」
スイがコトンと首を傾げた。なんだお前は男のくせに可愛いじゃねえか。
ごもっともな疑問だ。空も逆の立場なら同じように首を傾げる。だが、きっと実際には口に出さなかっただろう。聞いたところで意味がない。
世間話でどうでもいい話を聞かれるというのは信頼されている証だろうか。それならば嬉しいが、ちょっと心苦しい。
「いいだろ別に。スイに頼りたかったんだよ」
「そう言われると嬉しいんだな」
適当にお茶を濁すと、スイは嬉しそうに微笑んだ。
空の胸をキュウと締め付ける感覚が襲った。
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