次なる王
真夜中。空の部屋。
「ハァハァ」
熱い吐息が漏れる。
「熱い。助けてくれ」
ベッドのシーツが乱れる。
「誰か。誰でもいいから」
額に玉のような汗がにじむ。
「――ハッ」
空は目を覚ました。秒針の音が痛いほどに響いていた。
真っ暗闇、何もない、空の自室。
空は荒れた息を落ち着かせるため、額に腕を乗せる。汗でじっとりと濡れた感触が気色悪かった。
「夢、か」
願わずも汗を拭ってしまった手を額から離す。その腕は暗闇でも分かるほど赤く腫れあがっていた。
シュテルンから与えられた記憶が、腕の腫れをやけどと診断した。本来なら医務室に駆け込むべきなんだろうが、痛みはないので放置することにした。明日になれば消えているだろう。
「夢だったらこんなにならないよな」
空はため息を吐いた。
長い眠りから目覚めてからというもの、寝るたびに夢を見る。
シュテルンとして人間に撃墜される夢。逃げ場のないコクピットで炎に包まれて、全身を焼かれる夢。
今まで堕としてきたシュテルンたちが体験したであろう苦痛を、空も追体験していた。
「ったく。アレか。俺が今まで裏切り行為をしてきたツケってことか? 随分とねちっこいんだなシュテルンは」
『誰がねちっこいだ』
空がシュテルンに悪態付くと、空の口から反論が飛んできた。
「おいおい。何勝手に人の体操ってくれてんだぶっ殺すぞ」
夢であってくれと空は手の甲をつねった。痛みはあったが目覚めはしない。どうやら夢ではないようだ。
『お前はオレでありオレはお前だ。同調率も上がっている』
「マジかよ最悪だな。銃って痛み感じる前に死ねるかな?」
敵の親玉に聞くような内容ではないが、話してしまいたい気分ではあった。
『何を言っている。自殺してもいいことなどないぞ』
「敵の親玉に操られてんだ。死ぬぐらいいいだろ」
『阿呆が。お前が死んだらオレが困るだろうが』
「だから自殺しようとしてんだよ。そんなことも分からないかバカが」
きっとシュテルンが実体化していれば、空とシュテルンは睨み合っていただろう。どうして実体化してないんだ。空は心の中で舌打ちした。
『それに、オレだけがシュテルンの親玉と言うわけじゃない』
初耳だ。てっきり空の口を勝手に使っているこの不届き者がシュテルンの親玉なんだと思っていた。
元々シュテルンだとしか名乗っていないから、親玉というのは空の予想でしかない。どうやら予想は外れたようだ。
『お前が、甲破空こそが、我らの次なる王だ』
「笑えない冗談だな」
『笑う必要はない。冗談ではないのだからな』
確かに冗談を言うタイプには見えない。
空は納得してしまったが、認めてしまったことが気に入らなかったので今度は聞こえるように舌打ちした。
『人間が総力戦の準備をしているというのは知っているな?』
「昼に見たからな。お前次第で戦争が始まるそうじゃないか」
『そうだ。オレが望めば戦争が始まる。人間は物量の差に飲み込まれるだろう』
シュテルンとエイロネイアの戦力は決定的だ。単純な数だけでも丸が二個か三個は違ってくる。練度はエイロネイアが優っているが、しょせん人間なのだ。物量の差を押し返すのは容易ではない。
信号機の三人やスイといったエースパイロットたちなら、数の不利をひっくり返すなど造作もない。しかし、シュテルンもバカではない。当然対抗策は用意してある。
メルセデス。対信号機に特化した最強の機体。
この機体を一人につき一機あてがうだけで戦線は崩壊する。実力差はよくて互角。拮抗している間に他のパイロットが数に飲み込まれたら結局はエイロネイアの負けになってしまう。
正面からやり合えば、エイロネイアに勝ち目はない。
『だが、オレの目的はあくまで人間の救済である。少しでも多くの人間を救わなければならない』
シュテルンの建前は人類の滅亡ではない。むしろ目的はその逆にある。
『オレだって戦争は避けたいんだ』
今もシュテルンが総力戦を仕掛けていない理由は、結局のところそこにあるんだろう。
物量で責めたところで何の解決にもならない。環境破壊を改めることもないし、エイロネイアが無くなれば新たな反抗勢力を作るだけだろう。総力戦したところで別の戦力が生まれるのなら、総力を決する必然性は無くなってしまう。シュテルンはずっと手を焼く羽目になる。
「詭弁だな。自業自得って言葉は知っているか?」
『当然だ。お前の知識はオレが教えたのだから』
「ホント嫌な奴だな」
空が何か言ったところで、彼の頭にある語句はことごとくシュテルンから与えられたものだ。
抵抗する気力を削ぐ方法が時間をかけて廃人を作る以外でもあったとは、本当にいい迷惑である。
『お前なら、反抗分子の一人であるお前からなら、容易に人類を救済できるはずだ』
「俺の立場が都合がいいから俺が王になるってか? 単純な連中だな。簡単に潰せそうだ」
そのまま隙を晒していてくれないだろうか。シュテルンを潰してやるから。
『あの世界でオレを知っている者はいない。ほとんどがこの世界からの移住者だからというのもあるが、オレが表舞台に立てないことも原因だ』
シュテルン側の事情なんて知ったことではない。
『話を聞いた時点でお前はオレの後継者だ。世界の外にいながら世界を守る、守護神と呼ばれる存在だ』
「神、だと? 思い上がるにも程があるだろ。人類の敵が!」
『ならば滅ぼせ。言っただろう。お前はオレの後継者だ。繁栄も滅亡もお前の加減次第だ』
ならば迷わず滅びを選ぶね。お前の声を聞かなくて済むと思うとせいせいする。
『もっとも、お前が滅ぼせばオレが救済した人類は皆死に、この世界で生きていかなければいけない人間も死ぬしかないのだがな』
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次回は今日午後6時更新予定です。




