戦場はゲーム機の中
薄暗かった。わざと照明を落としているんだろう。強調されたモニターの光たちが痛いほど目に刺さる。
そこかしこに置かれている筐体の放つ色々な音が混ざって文字通り雑音となり果てる。体を揺さぶるほどの大音量が心地いい。
長時間いれば確実に体が麻痺してしまいそうな空間を、これこそがゲーセンだ、と空は肯定している。
「だぁー! クソ!!」
屋内に設置されている自販機コーナーで、甲破空は感情を強く込めてゴミ箱を蹴り飛ばした。
周囲の人間が、空の奇行にぎょっと目を見開いて一瞬だけこちらを見るが、本人は気にした様子もない。
黒い前髪は目元を隠すぐらい長く、暗い印象を相手に与える。髪の間から覗く死んだ魚のような目も拍車をかけるだろう。今は苛立ちから強く歪められて、放たれているよくない雰囲気を助長する。
身長は高い。百八十センチメートルをギリギリ超えているところが彼の小さな自慢だったりする。目つきの悪さが目立つのでよく絡まれる彼は筋トレを欠かさない。そのかいあって肩幅は広く、がっちりとした印象を抱かせる。もっとも暗い印象を与えられた相手からすればただ物騒な人間だとしか思わないだろうが。
「お、落ち着けよ空。恥ずかしいだろ」
気持ちはわかるけどさと続けて、缶コーヒーを開けたのは馬渕健太郎だ。
一言で表現するなら眼鏡をかけた優男。
線の細い体に穏やかな瞳。困ったように笑うその顔からは覇気をまるで感じない。
しかし茶色に染められた髪と空の隣にいることが重なって、物語の終盤で裏切る黒幕のような不気味さを醸し出している。もちろん本人は意図していない。
二人揃って同じ紺のブレザーを着ていた。辛うじて学生だと分かる。少なくとも、悪の組織の短気な戦闘員と朗らかな幹部ではないようだ。
空が人目もはばからず荒ぶっているのは、つい先ほど見た光景のせいだった。
脳裏に浮かぶのは血で書いたようなゲームオーバーの文字。何度も何度も見た光景が続き、空の不満が爆発してしまったのだ。
「落ち着いていられるか。健太郎だって考えたくないほどつぎ込んだろ」
「……やめろよ悲しくなるから」
空の荒ぶる目から逃れるように、健太郎はどこか遠くに思いを馳せていた。
「俺だってそうだ。バイトの給料全部つぎ込んできた。なのに」
ゲームセンターで、ゲームオーバーを何度も見る。つまり一回三百円のゲームを実際にプレイしているということになる。
一度や二度ではない。二桁以上は確実、下手したら三桁四桁にもいくかもしれない。
空が不機嫌な理由の一つだ。
「どうして信号機が落とせない!?」
費やした金額は知れず、調べれば間違いなく発狂してしまうだろうから敢えて考えないようにしている、費やした時間だって途方もない。
確実に一生の中でも特別大切な高校生活の時間とお金を浪費してまで同じゲームを永遠とやり続けているにも関わらず、いつも同じボスにボロ負けする。
まるでどこかの歌のような状況だが、現実に起きると耐えがたいほどの怒りを感じていた。
「……しょうがないだろ。クリアした人はいないって噂なんだ。ゲームに命かけてる連中でも無理なのに、ただの高校生が倒せるわけない」
健太郎は冷静に、それこそ激昂している空の気を削ぐほどの落ち着いた声音で現実を突きつける。
二人が、特に空が熱を入れているゲームの名はエイロネイア。コクピット型の大きな筐体で、三百六十度モニターとなっているドームの内部に入ってプレイする戦闘機シミュレーションゲームだ。
エイロネイアの何よりの売りはゲームとは思えない作り込みとリアルさだ。いかにも現実に有りそうな設定とストーリー。コクピットも実際の戦闘機をもとに作られたらしく、本物と遜色ない再現度になっている。どこぞの国の軍隊ではエイロネイアを訓練に使っているという噂があるぐらいだ。
しかし、誰でも三百円で戦闘機を操縦できるという手軽さで得た人気とは裏腹に、このゲームを攻略できた者はいない。
誰が呼んだのか信号機と呼称されている赤、青、黄のカラーリングがなされた敵戦闘機がプレイヤーのやる気を嘲笑うかのようなデタラメな強さを誇っているのだ。
絶対攻略させない意地汚い運営。敵限定の公式チート。人間には攻略不可能。
信号機がボスとして出現するという情報は、せっかく得た人気を簡単に手放し、客足をパタリと止めた。
今では物好きか悪名知らずのどちらかがたまにプレイするぐらいだ。
「そうだけど! 納得はできねぇだろ!」
健太郎の言っていることも分かる。
プロのゲーマーというものがいる以上、攻略されていないのは有り得ない。空を超える探究心とやる気と根気と財力があるのだ。なのに攻略できないということは評判通り攻略そのものが不可能なのかも知れない。
――こちとら研究までしてんだぞ。
空は健太郎の手にある反論の理由に視線を送る。
彼の手には一冊のノートが握られていた。ボロボロで付箋だらけだ。
空と健太郎が幾千もの小銭を投げ入れるという代償を持って作られたノート。信号機の行動パターンが細かく記載された研究成果だ。
空も健太郎もノートに貼ってある付箋がどの内容を指しているのか覚えているし頭の中にある程度詰め込んでもいる。代わりにテストの結果はいつも散々だが、二人は大して気にしていない。
「いくら動きのパターンを読んでも相手は三機。しかもそれぞれがチート級だ。簡単じゃない」
健太郎は研究成果がまとめられたノートの中に書いてあるデータから、簡単に敵の評価をする。
プレイヤーは一機。敵は三機。いくらパターンを読もうと単純な数の差を覆すのは確かに難しい。
しかも相手は公式チート。スペックはもちろん、反応速度もパターン変化前後の挙動の違いも常軌を逸していた。
だから勝てない。だから小銭が筐体へと消えていく。
そんな理屈は痛感している。空ではないが健太郎だって多少は苛立っている。
「でも空ならいけると思っている。俺の勘違いか?」
しかし、それ以上に健太郎は戦友を信頼していた。
「ぐっ……。簡単じゃないって言っときながら、簡単に言うんじゃねぇよ」
研究はした。パターンは頭に入っている。始めた当初に比べれば、別人のような腕前でもある。
だから健太郎は信頼した視線を送ってくる。空なら可能なのだと訴えてくる。
むず痒い親友の信頼に、空は背中を押されたように歩き始めた。
「どこ行くんだ? 便所か?」
「んなわけねぇだろ。今度こそ信号機を落としてやんだよ」
後ろ手に手を振って、空は迷わずコクピット型の筐体に向かった。
信頼を向けられたのなら答えなければならない。空の背中は確かに戦士のそれと同じだった。
……たとえ、その戦場がゲーム機の中であったとしても。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回は明日の午前7時ぐらいに更新します。




