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ぜっっっったい認めない‼︎

 健太郎を先頭にして、空はまた空母ステラの中を散歩した。


 知るか俺は部屋に帰るぞと言いたかったが、まず拉致された身である自分に部屋があるのか疑問だったしそもそもどこに何の部屋があるのかも知らない。極めつけにシトラが右腕にエンが左腕にイリーナが後ろから腰にそれぞれ抱き着いていたのだから逃げ出そうとも考えられなかった。目はギラギラしているしちょっとでも素振りを見せたら振り払えない力で両腕と腰を絞められる。一番小柄なイリーナに投げられたことを思い出すと抵抗する気など到底起こらなかった。


 少女たちの、傍から見ればイチャついているとしか思えない拘束により連行されたのは窓一つない白い部屋だった。仮眠室同様入口上部に警報灯が設置されており、その隣には簡素な丸時計がかけられていた。まだ十一時になる前ぐらい。一日どころか半日も経っていないと、空は一向に離れようとしない美少女たちに戦々恐々としながら内心で驚いた。


 部屋の中央には見覚えのあるゲーム筐体およびシミュレーション機が四台向かい合っていた。一つには戦術用の資料が近くに積まれており、一つは菓子袋が散乱している。残り二つは周りこそ綺麗であったが片方は目が痛くなるぐらいの蛍光イエローで塗られていた。個性が出ている。多分周りに何もなく、ほとんど手を付けられていないものこそ空が使う予定のものだろう。


「どうしてこうなった」


 一番綺麗な筐体、昨日まで没頭していたコクピット型ゲーム機の中に入って、空は小さくため息を吐く。


 画面にはエイロネイアと赤く書かれておりその下に白でボタンを押してくださいという案内文が並んでいた。


 空は手に馴染む右のレバーのボタンを押す。ポーンと軽い機械音が鳴って画面が変わった。左右のレバーを操作して対戦モードを選ぶと引き金を絞って決定する。


 没入感を高めるための全方位モニターに何もない空間が映し出された。見覚えがある。昨日も殺風景だと感じたあの空間だ。


『その鼻へし折ってやる』

『ちょっち面白くない冗談やったで』

『ん』


 空の眼前には既に三機の姿があった。赤、青、黄色の姿を見間違うはずがない。


 信号機。エイロネイアでチート呼ばわりされ、この世界でも紛うことなき最強の三人組だ。


 空は一人かすかに驚いた。ゲームだった頃のエイロネイアには音声通信の機能なんてなかった。しかしどうやらこの世界では声のやり取りが可能らしい。ゲームではなくあくまでも訓練用だからという配慮だろうか。真面目な健太郎ならやりかねない。


 ――まあそんなことはどうでもいい。戦いに集中しなければ。


 空は最後の雑念を頭を振って払い落とす。余裕を見せているが、まだ戦闘は始まっていない。信号機と空が乗り込んだ仮想の戦闘機は静止しており操作を受け付けてはくれなかった。三機と一機の間には数字が浮かびあがっていた。カウントダウンだ。ゼロになれば機体を縛り付けている枷は無くなり、誇りと尊厳をかけた戦いが始まる。


「うおっ、いきなりか」


 カウントダウンが終了して、戦意を煽る効果音が鳴った瞬間にミサイルが飛んでくる。


 予想通りのパターンに空は焦らず呟き、素早く操縦桿を引いて機体を一瞬上げ、すぐに手を押し込んで落下する。機体の真上を鉄の彗星が通り過ぎていった。


 当たれば撃墜されていた。しかし青い機体が撃ったんだと読んでいた空は驚かない。この程度で驚いていては、信号機を倒すどころか数秒の均衡すら築けない。


「んでその隙に閃光が接近と」


 空は呟いて何もない場所に向けてトリガーを引いた。


 いつの間にか背後に回り込んでいた黄色が空の機動に追いつけず、紙一重で下を通過しようとしている。黄色はスピードが長所だが実は短所でもある。速度を上げ過ぎた代償で小回りが利かないのだ。ちょっと複雑な動きをすれば、すぐに追い越させることができる。


 そして空を簡単に追い抜いた黄色い機体の背中に、離れた瞬間のミサイルが当たって爆発炎上した。


『――んっ!?』

「まず一機」


 音声通信に、イリーナの悲鳴が聞こえてくる。どうやら黄色の機体にはイリーナが乗っていたようだ。だから何だって話ではあるが。


 空は思考に混じったノイズを即座に口の中で吐き捨てて、青い機体しか視界に捉えられていないと気付いた。最も厄介な赤い機体がいない。


『こっちよ!』


 シトラの声が聞こえた瞬間に空は後ろを取られたと直感し、操縦桿を前後左右に倒して蛇行した。逃がすかというパイロットの意思を感じさせる猛攻が背後から飛んでくる。


 攻撃パターンを脳裏から引っ張り出しながら、ほとんど感覚だよりの操縦で空は機銃の射線から必死に逃れる。考えるだけ無駄だ。赤い機体の技量は空の数段上を行っている。思考に時間を割けばその間に落とされてしまう。


『当たりなさいよ!』


 空は歯ぎしりを鳴らして、けれども手を打たずにピッタリ後ろを追ってくる赤い機体の攻撃を避け続ける。


 当たりそうで当たらない空の機動にシトラの苛立った声が聞こえてきた。空は思わず頬を緩める。すぐに表情を引き締めて、操縦桿を勢いよく横に倒した。機体が減速しない操縦者に文句を垂れるように軋み、急旋回する。


『あ、アカンてシトラ!』

『えっ?』


 空を追って機銃の射線を勢いよく動かしたシトラは、焦ったようなエンの声に思わず呆けた声を漏らす。


 だが時すでに遅し。薙ぎ払うようにして赤い機体の機銃は放射され、青い機体の翼を撃ち抜いた。轟々と燃え盛り、青い機体はすぐに爆発四散した。青い機体は多くの武装を積んでいる。逆に言えば、一発の弾丸であっても無視できない損傷に繋がりやすい。全身に爆弾を抱えているのと同じなのだから。


「これで二機」

『こんのぉ!!』


 通信からの怒声が、空の耳をついた。あろうことか仲間を落とさせられたシトラが激昂しているのだろう。


 空は初めて背後に視線を向ける。赤い機体を、そしてコクピットに座っている怒りに顔を歪めている金髪碧眼の美少女を幻視して、鼻で笑った。


 ――そうだ味わえ。落とされる感覚を。仲間を失っていく感覚を。手も足も出せない屈辱を。


 視線を正面に戻した空はスロットルレバーを絞ってエンジンを停止させつつ機体を起こして減速した。


『んなっ!?』


 頭に血がのぼっていたシトラは反応が一瞬遅れた。音速の世界でその一瞬は致命的な隙だ。


 赤い機体は急減速した空を避け切れず激突した。


 モニターに映る血塗られたようなデザインのゲームオーバーの文字。以前は親の仇のような気持ちを抱いていたが、今の空は大した感情を抱きはしなかった。最後は自爆という方法だったが、また信号機を打ち破れた。しかも簡単に、だ。もう悔しいと思わなかった。


「……ま、実力だけならこれで十分だろ」


 なんだか大切なものが手からすり抜けていったような気がして、空は自分の気持ちを誤魔化すために独り言をこぼしてコクピットから背中を離した。


「上出来だ空。よくぞ天狗になっていた小娘どもに痛いお灸を据えてくれた」


 くっくっくと腰を曲げて手を腹に当てて、健太郎が空を出迎えてくれた。横には茫然としているエンとイリーナの姿もある。撃墜されてすぐにコクピットから出たのだろうか。それにしても間抜けな顔である。せっかくの美人が台無しだ。


「お灸だなんて大げさな。健太郎だってできるだろ」

「いやいや俺にはできないって。信号機を瞬殺なんて」

「昨日の今日だぜ? 体が覚えているっての」


 それは紛れもない本心だった。


 空はシステムとしての信号機に何度も挑み何度も破れ、最果てに勝利を掴んだのだ。それに比べれば、感情に揺さぶられた彼女たちの何と脆いことか。


 信号機の無慈悲な実力を痛感していたからこそ、空は三人に対して、特に最強だと思っていた赤い機体のパイロットに対して少なからず失望していた。


「反則やわ司令官。まさかこんな隠し玉を持っていたなんて」

「ん」


 ようやく旅立たせていた意識を取り戻したエンが、健太郎に向かって甘えるような声音で不満を垂らした。イリーナもエンに同意して何度も首を縦に振る。二人の熱のこもった視線は空に注がれていた。


 彼女たちはこれまで仲間内でしか並ぶ実力者を知らなかった。それがいきなり現れた男に瞬殺された。しかも仲間と三人がかりでだ。空に畏怖を抱いたとしても何ら不思議ではない。


「そうだろうそうだろう。君たち三人に連れてきてもらった意味が分かるだろう?」

「なんでお前が嬉しそうなんだよ」


 鼻高々に自らの腰に手を当てて胸を張る健太郎に、空は思わずツッコミをいれた。


「これなら納得やわぁ。ウチらが束になっても敵わんかったなんて初めてや」

「ん」


 エンとイリーナは華麗に健太郎をスルーした。慣れた雰囲気だった。


「………………ない」

「おっシトラ。アンタも認めるやろ?」


 彼女たちにならって少し肩を落としている健太郎をスルーしていると、ゆらりとエイロネイアからシトラが出てきた。どうも様子がおかしい。俯いているから表情は伺えないが、纏う雰囲気が戦う前と真反対になっている。腹立たしいほどの自信が感じられなかった。


「絶対ぜっっっったい認めない!!」

「し、シトラ?」

「認めないからぁぁあああ!!」


 エンの心配する声を置いて、シトラはシミュレーション室から飛び出していった。

 目からキラキラと光るものが見えた気がした。まさかとは思うが、いや有り得ないか。


「行ってしまった……」

「あ、あははー。ウチらからもっかい話しとくわ」


 エンが苦笑して後頭部に手をまわす。視線はシトラが出ていった入口に向けられていた。イリーナも無表情で同意しつつやはり視線はエンと同じ方向に向いていた。仲間に恵まれているようだ。とりあえずプライドを粉砕した直接の原因が話に行くよりは効果的だろう。空はほぼ一方的にエンとイリーナにシトラを任せた。


「うん。俺も話をしておく。だから空はちょっと休憩しててくれ。また後で話があるから」

「話?」

「うん。入隊試験は終わったからな。次はお披露目だ」


 楽しそうな笑い声をあげて、健太郎は歩いて行ってしまった。なんだかこの世界に来てから生き生きしている気がする。元の世界ではあれほど笑わなかったはずなんだが、好きなことをしているから仕事が楽しいのだろうか。羨ましい限りだ。一体元の世界でも今の世界でも、仕事が趣味だと言い切れる人間が何人いることやら。


「はぁ? お披露目って――行ってしまった。アンタらは何か知ってるのか?」


 空は健太郎の背中に手を伸ばして、それでも捕まえようとしなかったと苦笑した。健太郎だって忙しいんだ。あまり空に構ってもいられないんだろう。


 ならば、と空は伸ばしていた手を戻して残された少女二人に確認してみる。エンとイリーナだってこの組織の幹部クラスなのだ。三人しかいないパイロットの二人なら、何か聞いている可能性が高い。


「何も知らへんで。司令官の頭の中は未知の宝庫やからな」

「んー」


 エンとイリーナがやれやれだぜ、とばかりに肩をすくめて首を横に振る。どうやら健太郎は彼女たちにかなり迷惑をかけているようだ。親友として、空は少し居心地が悪くなる。


「まあシトラはアレやけど、ウチは仲間として認めるで。よろしゅうな空」


 朗らかな笑顔を浮かべて、エンはきめ細かい白い肌の手を差し出す。手のひらが見えていたので空は本人に気付かれるのも構わずしっかりと一瞥した。どうやら手のひらに画びょうは仕込んでいないようだ。エンの笑顔が軽く引きつっていたが気にしない。空はまだ投げられたことを根に持っている。警戒心を完全に解いたわけではなかった。


「ああよろしく」


 空は彼女の右手を取り、感触をしっかりと味わいながら軽く握った。気持ち悪いが、美少女と握手した経験がないから大目に見てほしい。


「ウチはエンや」

「そうか」

「ウ・チ・は・エ・ン・や」


 今更の自己紹介を、空は軽く流した。

 するとエンの細い指が彼の手に減り込んだ。一体どこにそんな力があったのか。というか離せ。空は手を振り払おうとしたが、彼の腕は動く気配を見せない。


「痛い痛いっ! 分かったよろしくエン!」

「よろしい。鈍い男は嫌われるで」


 観念して名前を呼ぶと、しっかりと空の右手を拘束していたエンが驚くほどあっさりと手を放す。


 ゲームでは確かに空が強いが、ゲームの外では色々な意味でエンに敵いそうにない。


 ――この野郎ぉ。


 とりあえず空は恨めしそうな目でエンを睨んだ。彼女はニヤリと笑っていた。


「……ん」


 いつの間に接近していたのか、というかもうすっかりお馴染みになっていた感すらあるイリーナが、空の袖を小さく引っ張った。彼女に意識を移すと責めるような視線と目が合った。


「あ、ああよろしくなイリーナ」

「ん」


 何を言いたいのか理解したので、空はため息をかみ殺して彼女の名前を呼ぶ。それだけで、十二、三ぐらいにしか見えない少女は嬉しそうに頷いた。


 空はとりあえず壁に思い切り額をぶつける。赤い液体が流れる分だけ冷静になれた気がした。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回は明日午前7時頃更新予定です。

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