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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第七章 -第三の勢力-
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095.アンヘルとの対話

反射的に振り上げた拳を突き出すことは出来なかった。

中身はどうであれ、今のアンヘルは漆黒の髪を持つ可憐な少女の外見だ。

仮に全力で殴ったとしたら、ただではすまないだろう。

自身の精神世界でそんなことを考えるのは間違っているかもしれないが、出来ないものは出来ないのだ。


「―――ああ!クソ!」

『うん?なんだ殴らんのか?せっかく"痛み"という概念を知るいい機会だったのだがな。まあこの精神世界で痛みなどという概念は有り得ぬか。おぅっと、あまり煽り過ぎないように気を付けなければ!我らが城主殿は"夜"を知っておられる。盛りがついては敵わんからなぁ!』

『笑えないっての。この子まだ十三歳だよ?』

『そうは言うがなローレル・パルミ。最後はこやつも楽しんでいたぞ?共に見たであろう、こやつの拙い腰使いを。木樵(きこり)の老父かと思ったぞ!カカカカ!』

『――ぷっ!うーん、まあ確かに。ちょっと可愛かったかもね』


「は...はあっ!?お前ら―――見てたのか!?」

顔に火を当てられたかのような錯覚に陥る。

既に燃えているといっても過言ではない。

いや、むしろ灰になってしまいたい...。


『まあまあセラ君、逆にさ。逆にね?別に見たかったわけでもないんだよ?でもほら、私達って君の中から出られないじゃない?つまり不可抗力。それはもう、仕方がないなって思わない?』

「う......そう言われると―――」

『こら。どこ見てるの』


思わずローレルのローブから見える二つの膨らみから目を逸らす。

「ごめっ!......ごめん」


『まあ別にいいけどね。私はあの乱暴女と違って、いたいけな少年を凌辱する趣味はないの』

『ほう。いたいけでなければ凌辱するのもやぶさかではないと?』

『そりゃあ、まあ――ってそんなわけないでしょ!』

『フム、我には分からん感覚だ』

『アンヘルってそういう経験ないわけ?そもそもあんたって何者?』

『カカカ。経験なぞあるわけがなかろう。我はそのような低次元の存在ではないのだ』

(こいつらずっと話してるな...いつもこうなのか?)


姦しい二匹のオウムに気おされそうになるが、それを傍観しているつもりはない。

それ以前に私はアンヘルと話をつける必要がある。


「一度話を止めろ。おい、アンヘル。この前の件はどういうつもりだ。ふざけた真似しやがって」


会話を止めた彼女は僅かな沈黙の後、ゆっくりと二つの瞳を私に向けた。

吸い込まれるほど美しい、それは本心だった。

しかしその双眸の美麗さを全て覆い隠すほどの、残酷で、凄惨な、嗤顔(えみ)

少女は、ただ嬉しそうに嗤っていた。


『――小僧、言ったであろう。我は言ったであろう、必ず後悔させると。その我に身体の自由を明け渡したのはどこの馬鹿だったか?その犬畜生にも劣る矮小な頭を振って思い出すがいい。ああ、そうだった。これほど愉快な気持ちになったことはないぞ。貴様には心から感謝せねば。道化師の子よ、大儀であったぞ』

「この...っ!?そんなことはどうでもいいんだよ!オレの中にいるのに、なんでそんな勝手なんだ!」

『ずれているぞ、セラ・ドゥルパ。この我を前に身勝手に振舞っているのは、貴様の方だ。我が許して、貴様が許されている。分かるか?――ふむ、分からんか。これ以上平易な言葉で説明してやることは出来んのだがな』

「お、おま――ぜんっぜん分かんねえよ!!!」


どこに、私と彼女の会話が交わる未来があるのだろうか。

そして煮えたぎった油に火を注ぐ女が、もう一人。


『ねえねえセラ君。ちなみに私はいつここから出れるの?ねえ、いつ?せめて期限は決めてもらえないかな。だって私何も悪いことしてなくない?』









頭の中で、大きな破裂音がした気がした。


「うるせえええええええええええええええええええええぇ!お前らちょっと黙れええええ!」


一切の遠慮なく、力の限り怒鳴った瞬間だった。

二人の口が、まるで透明な糸で縫い付けられたように、閉じる。


『……!?』『んむぅっ!?』


突如として訪れた静寂に、アンヘルとローレルは目を丸くして面を喰らっている。

だが、それ以上に驚いたのは私の方だった。

ふたりが必死で自分の口を開こうともがいているのを傍目に、私は一人席につく。

煩わしい雑音がない、ああ、素晴らしいことだ。


「ふぅ――――えぇっと?」

考える。

ゆっくり、考える。


(精神世界……オレの思うことが具現化出来る?)


ふと、テーブルの上に置いた自分の掌を見る。

冷たい水が飲みたい、そう強く念じた次の瞬間、掌の先に水滴のついた冷えたカップが現れた。

うん、美味しい。


先ほど、かの高名なアンコクサンダー・ヘルキングは言った。

この世界では痛みという概念がないと。

その概念すら生み出せるのではないだろうか。

それならば――


『むー!んむ!』『んんんん!!んむうむうううう!!』

「……もう話していいぞ」

『『ぷはぁっ!?』』


二人が同時に息を吐き出す。

同時に理解した。

この世界の理を。


「へぇ……なるほどなあ」

私がニヤリと笑うと、アンヘルとローレルはビクッと肩を震わせ、怯えたように私を見た。

この空間の空気が、私の意志に呼応して僅かに温度を下げたのが分かる。


「なあアンヘル。オレはな、今回のことで思い知ったんだよ。お前には少し、躾が必要だってな」

『ず、随分と高慢な物言いではないか。カカ……何をしよういうのだ』

「躾には、痛みが一番効くんだ。身をもって知ってるんだよ、オレはさ。まあ当然?"全知"とやらのお前にはお見通しかもしれないけどな」


強がってはいるが、アンヘルの声には微かな戸惑いが混ざっている。


「――昔。獣人族の村に住んでいた時。集落の子供を半殺しにしたことがあってな。オレはその日の夜、母さんに地獄を見せられた」


懐かしさが込み上げてくる。


からかってきた獣人族の子供二人。

からかいというよりは、迫害に近いものだった。

私はその時、初めて感情に任せて暴力を振るったのだ。

家に帰って私を待っていたのは、勇者の凱旋を喜ぶ優しい母親ではなく――

弱者を力で捻じ伏せた痴れ者に罰を降す、断罪者だったのだ。


意地でも謝ろうとしなかった私は結局深夜まで折檻を受け、翌日は立てなかった。


「お前にはその時オレが受けた罰と同じものを受けてもらう――」


私がそう宣言した直後、合図もなく、突如としてアンヘルの股下から奇妙な木製の器具がせり出してきた。

頂点が鋭角に尖った、跨るように作られた木製の台座。

さらに天井に顕れた虚空の穴から鎖が飛び出し、アンヘルの両腕を高く吊り上げる。


『あ゛っ!?............................な、え?なんだこの不快な感覚は!?』

「それが痛みだよ。覚えておけ」

『ひっ!?く、貴様!大概にしておけよ!これ以上我を愚弄すれば許さぬぞ!』


何故、翌日立てなかったかって?

―――尻が腫れすぎて、歩行が困難だったからだ。

千回を超える尻叩きを受けた者は、きっと世界広しと言えども私だけに違いない。


「いいか、アンヘル。オレはこれから、お前の尻を叩く」

『は?』

「尻だ」

『聞こえているわ痴れ者!止めよ!』

「いいや、ダメだ。お前の口から、本物の謝罪の言葉が出るまで、オレは!ずっとテメェの尻を!叩き続ける!」

『やめろおおおおおおおおおお!!』


右手を鞭のようにしならせ、腰の回転で、振り抜く!

パッシイイイイィィィンーー!!

『ひぎぃぇえええええええええええああああああ』


甲高い悲鳴が、暗く薄暗い部屋に響き始める。

現実のオレが起きるまで、きっとまだ時間はあるだろう。


パッシイイイイィィィンーー!!

『んあああああああああああぁぁぁぁ!!!やめ...もうやめろ!!』


パッシイイイイィィィンーー!!

『ああああああああああああああああああ!!!!』


パッシイイイイィィィンーー!!

『ひあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』


---


『ごめ、ごめん、なさい。ぐすっ……もう、しない』

私の想像よりずっと早く、彼女を音を上げて謝罪の言葉を口にした。

初めて知る痛みはどんな気分だったろうか。

まず間違いなく、それは最低のものだろう。


不思議なものだ。

私と同じ思いをした同志であるアンヘルが、途端に愛おしくなってくる。


「分かってくれたか。ごめんなアンヘル。痛かったよな?今下ろしてやるからな。よく頑張った」


私はゆっくりと鎖から彼女を下ろし、涙目で震えるアンヘルを抱き寄せ、頭を優しく撫でてやった。

すると、アンヘルの表情は先ほどまでの苦痛から、不思議なほどの憧憬へと変わっていく。


「偉いぞ、アンヘル。良い子だ」

『あ、あ、ありがとう......』

「オレも、こんなことはしたくないんだ。本当はお前が、大切なんだよ。これからは一緒に頑張ろうな?」

『あ、ああ―――これが、愛、なのか?身体が何故か、暖かな気持ちで満たされていく......悪くない』


頭を優しく撫でてやる度、嬉しそうな顔をする少女。

邪は払われた。

今目の前にいるアンヘルはきっともう大丈夫だろう。


『ちょっと……怖すぎなんですけど――セラ君それ、洗脳じゃん』

部屋の隅で震えていた傍観者、ローレル・パルミを一瞥し、声を掛ける。


「ローレル、お前もやってほしいのか?」

『ううん、大丈夫!私はそんな反抗的じゃないから!もうお腹いっぱい!大丈夫全然!ほら、あの、いつか出してくれればいいから!』

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