094.夜が明けて、また夜が来る
<<セラ・ドゥルパ視点>>
昇り始めた朝日が目を刺す頃。
ハイネの号令によって集められた中隊百名弱の前に私は立っていた。
怪我人も仲間に肩を借りて列に加わっており、そこにいないのは、戦いで犠牲になった同志達だけだった。
朝靄が立ち込めるヴィレ・バタタの広場には、まだ焦げた肉と鉄錆の臭いが微かにこびりついている。
生暖かい風が吹き抜けるたび、今はもういない村人たちの影が我々の背にそっと身を寄せるような、奇妙な感覚。
死んだ村と言うには語弊があるかもしれない。
しかし間違いなく、確実に――私がいるこの場所は、"村だったもの"と言えるだろう。
皆の視線が、私に集まる。
そこに宿っているのは、隊長への信頼や信念というより、明確な疑念だった。
中には「お前のせいで」という恨みを孕んだものすらある。
(はは...膝が笑ってらぁ)
怖かった――ただ、怖かった。
獣人の集落では"この視線"にずっと晒されていたが、それは元々敵として認識していたからこちらも構える事が出来た。
しかし、今はどうだ。
目の前にいるのは、私を信じて命を預けてくれた、人族としての仲間達。
味方だった者達が向ける敵意の目とは、これほど恐ろしいのだろうか。
――逃げ出したい。
――嫌われたくない。
震えて上手く動かない喉を使って、なんとか息を吸い込んだところで、目が合った。
ビューラ・リーの、疑いを知らない瞳と。
いつもはお調子者で、少し抜けている部分もあるが、今ほど頼もしく思ったことはない。
(......応えないと。あいつらに)
まだ少し震えの残る膝を、力の限り――叩く。
叩く、
叩く!
叩く!!!
怖気づくのは、もうやめだ。
「皆、早朝から集まってくれたことに感謝する。そして昨日はご苦労だった。無事に全員の亡骸を火葬することが出来た。ありがとう」
私の声は、静まり返った広場に虚しく響いた。
「...これから我々は一年の間この地に滞留し、復興支援を行っていくことになる。避難した村人も戻ってくるだろうが、何分犠牲者が多い。オレ達は出来る限り、村を助けていこうと思う。本番はこれからだ。皆、力を貸してくれ」
沈黙が返ってきたと言うにも憚られる、完全なる静寂。
誰の顔も晴れない。私の言葉が、ひどく薄っぺらいものだと受け取られているのが肌で分かった。
太陽が少しずつ高度を上げ、冷え切った空気を温めようとしているが、兵士たちの間に流れる空気は凍てついたままだ。
風が吹き抜け、誰かのマントがパタパタと音を立てる。
その僅かな音さえも、今のこの場ではひどく耳障りに感じられた。
その中を曇ることなく私の耳に届く――誰かの歯が軋む音。
拳が握られる音。
なんとか喉を鳴らすのを堪え、また言葉を続ける。
「そして、皆が考えているだろう。セラ・ドゥルパという人間が、味方なのかと。あの時、吸血鬼とのやりとりを聞いていた者は特にそうだ。オレを疑っているんじゃあないか?」
言葉による反応は、未だ返ってくる気配はない。
代わりに返されるのは、肯定という意味の鋭い視線だった。
お前のことを信じられないと、多くの瞳は雄弁に語る。
しかし、全てを語れるわけではない。
一度迎えた死のこと、呪いのこと、私の中にいるアンヘルや、ローレルのこと。
そんな荒唐無稽な話を語れば語るほど、真実は嘘に形を近づけていく。
私が化け物であるという事実を突きつけるだけになってしまう。
だから、私に出来る事は、皆を信じることしかない。
「...心配するな。オレはお前らの味方だ――それ以上オレから言えることはない。不安や疑いが戦いの妨げになるのなら、中隊から抜けて貰ってかまわない。何か聞きたいことがある者は前に出ろ」
反応は……ない。
たったそれだけかという顔なのか、覚悟を決めたのか、もしくは胸中で除隊を決意したのか。
なんにせよ、私は皆の決断を受け入れよう。出来るのはそれだけだ。
「あー……隊長、ひとついいか」
重い空気を切り裂くように、声が上がった。
「クリスティンか。言ってみろ」
「なんか、上手く言えねえんだけどよ。アタシらがしっかりしてれば、隊長があんな博打めいたやりとりをしなくても良かったんじゃあねえのか?」
赤毛を控えめに掻きながら、クリスティンはちらりと私を見た。
「陽動って意味ならこれ以上ないほど成功してたじゃねえか。でも、殺しきれなかったのはアタシらが未熟だからだろ。なんか隊長が怪しいって雰囲気になってるけどよ。アタシらが隊長をそんな目で見るのは、筋が通らねえだろ。隊長は堂々としてくれりゃいいと思うぞ」
「まったくもって同意見です。全ては我々が未熟であるが故。クリスティンもたまには良いことを言いますね」
クリスティンの言葉に被せるように、ナルディアが一歩前に出た。
彼女は真顔で頷きながら、クリスティンの肩を軽く小突く。
「なんだよ、アタシはいつも良いこと言ってんだろ」
「またまた。冗談はその顔だけにして下さい」
「―――いやお前それどういう意味だよ!」
互いに小突き合うクリスティンとナルディア。
その二人を中心に、張り詰めていた空気が少しずつ解れ、小さな笑いが広がっていく。
凍りついていた兵士たちの顔つきに、微かな温もりが戻り始めていた。
朝の光が完全に広場を照らし出し、彼女たちの顔を明るく染め上げる。
融和していくその空気が、今の私にはとても心地良かった。
(……ありがとう、クリスティン、ナルディア)
胸の奥で小さく感謝を呟き、私は前を向いた。
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とはいえ、村を復興するなど私一人で計画出来るはずもなく。
元々の住人が戻り、近隣の村からも移住者を募る必要があるだろう。
これからの日々は慣れない報告書を山のように書く必要がある。
(面倒くせぇ...)
何の意味もない溜息を吐きながら、自分の天幕を見渡す。
小さな木の机に、もうすぐ燃え尽きるであろう溶けた蝋燭。
それと――藁袋を敷き詰めた、私の体格に合わせた寝床。
「.....................っ!?やべ!」
昨晩の体験を無意識に思い返し、不意に血流が下半身の一か所に集い始める。
使い古された防寒用の布から微かに香る女の匂いが、昨晩行われた人肌を感じる行為を想起させる。
想いを馳せると、なんともふわふわとした高揚感が生まれてきてしまうのだ。
「くっそ......もっと怒るべきだったかな」
最後には、結局のところ自分ものめり込んでいたからだろう。
頭ごなしに彼女を怒る気になれなかった。
(――反省だ...まあでも、ワンダーが言ってるほどイヤじゃなかった、かもな)
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考え事をしていると、いつしか夜は更けていた。
しかし、答えは出た。
何のこともない――助けが必要なのは明白だった。
集まっている仲間達のほとんどは腕っぷしに自信のある者達。
現場を仕切れる者が必要だ。
それも、飛び切り仕事が出来る人間が。
その日の内に書簡を三通用意した。
一つ目は、周辺の村々に移住を促してもらう為、ヘンリエッタ陛下に。
二つ目は、協力者の派遣を認めてもらう為、シンシア・ルーヴェン団長に。
最後は、私の自宅を支配する頼もしい協力者――に、なってくれる予定のミルカ・ルーヴェンへ。
「あいつ...来てくれるかな」
――――いや、来てくれないと困るのだが。
書簡を伝令兵に渡し、そのまま寝床に着いた。
どうも頭を使うのは慣れない。
槍だけ振っていたいと思うのは、我儘なのだろうか。
(あー...今日はやっと普通に寝れるな――――――)
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(で、ここか)
気がつくと、私はあの場所にいた。
薄暗く、肌に張り付くような不快な湿り気。牢屋と見紛うほどの圧迫感に添えられた、三角の奇妙なテーブル。
席につくのは、随分と肌の露出が多い奇妙なローブを身に着けた女、ローレル・パルミ。
そして――
『カカ!城主の登場か。初めての行為は随分楽しんでいたようだな?人の子らしいではないか』
「アンヘル……っ!テメェ!」




