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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -第三の勢力-
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090.奪われたもの

壮絶な夜戦は、間を空けることなく白み始めた朝日へと溶け込んでいく。

空虚なヴィレ・バタタに降り注ぐ光は、私たちが生き延びたという事実を冷酷なまでに鮮明に照らし出していた。

極度の緊張から解き放たれた今、体に広がるのは安堵だけではない。

蓄積された疲労も、遠慮することなく身体を蝕んでいく。


数人の兵士を早馬で王国へと戻らせ、残った者たちで犠牲者を弔う作業に取り掛かった。

吸血鬼アーカード・フランジェリコに血を抜かれた死体は、どれもこれも精巧に作られた蝋人形のように白く、無機質な印象を受ける。


雑多に積み重ねられた亡骸を、一人一人、村の広場に並べていく。

皆一様に、首や腕など、身体のどこかに浅い切り傷を負っていた。

最低限、最小限、そして最適化された攻撃で大動脈を損傷させている。

訳も分からないまま血を操作され絶命したのだろう。

開いたままの瞼をそっと下ろしてやり、村人は手を胸の上で組ませ、騎士団の同志達にはその手に剣を握らせた。


---


作業を続ける中、その列の中に勲章を付けた老婆の死体を見つける。

顔に深く刻まれた皺と、年齢を感じさせる白い髪。

恐らくは過去の戦いで失われ、歪な形に落ち着いた左耳。

この人が、先遣隊を率いていたサイロ・ペディアーズ二星騎士なのだろう。

文字通り命を賭して村民を護ろうとした。


護れは、しなかった。

それでも尚、この亡骸を前に戦士の気高さを、矜持を思い出す。

母さんはいつも言っていた――死ぬなら誰かの為に死ねと。

そうして護ったものが、自分の意思を継いでいくのだと。


「...安らかにお眠り下さい、ぺディアーズ二星騎士殿」

顔も知らない、話したこともない――そんな死者に向かってこんなことを口にしてしまう自分に驚いてしまう。

彼女の気高さのほんの一握りでも、分けて欲しかったのかもしれない。

今回の吸血鬼戦で自分の心の弱さが露呈してしまった。

絶望の中でも折れない強い心が欲しい。

(ぺディアーズ二星、あんたは――アーカードを前に何を思ったんだ)


(オレは......何も、出来なかったよ)


---


日が昇り切った頃、すべての死体を焼いて回った。

骨すら残らないように、徹底的に。

獣人族の集落でも亡骸を焼くのは当たり前のように行われていた。

魂を森に還す儀式だと母さんからは聞いていたが、魔物の脅威がすぐそこにある生活ではそうせざるを得なかったのだろう。


魔物との会敵自体が稀なこのフェナンブルク王国では、未だに火葬を野蛮だと感じる者も少なくない。

火属性魔法が使える兵士に点火を指示した時、土葬ではないことに酷く驚き、躊躇う者もいた。

しかし、死体がアンデッドになる危険性を伝えると、彼女たちは納得と共に無言で死体を回ってくれた。

夜になり、まだ燻る亡骸を焼いた異臭が風に漂う中、やっと部隊はまともな食事にありつけることになった。


そこかしこで笑い声が聞こえた道中の野営と比べると、随分と静かなものだ。

皆が黙々と食事をとり、終えたものは足早に集合就寝場所に向かっていく。

雑談はどこからも聞こえてこない。

私も食事を早々に済ませ、負傷者のテントへと見舞いに向かった。


天幕をくぐり中に入ると、数人の視線が一斉に私へと集まる。

その目線は、明確な疑念を孕んだものだった。

アンヘルの勝手な行動のせいで、私は今や"敵か味方か分からない奴"という扱いなのだろう。

あの一連の敵との親しげな言動を聞いていた兵士ならば、セラ・ドゥルパという人間を疑うのは間違った考えではない。

(そんな目で、オレを見るなよ――)





「隊長...見舞いに、来てくれたのか」

静寂を破ったのは、寝台から聞こえた掠れた声だった。

「フォウ、無事でよかった。今はとにかく休め。何か必要なことがあれば言ってくれ」

「............では、ひとつだけ、聞きたい」

私が歩み寄ると、フォウは痛む腹部を庇いながら、端的に言った。


「セラ・ドゥルパ一星騎士殿...貴方は味方ですか」

「ああ、何も変わっていない。今もこれからも、オレはお前らの味方だよ―――不安にさせて、ごめんなフォウ。皆も、悪かった」

反射的に自分の口をついて出た言葉に、テントの中に充満していた刺々しい雰囲気が、春の雪解けのように徐々に解かれていくのが分かった。


「なら、いい...これからも隊長についていく、よ。それと――ごふっ!?」

「分かったから、ちゃんと治ったら聞くから今は休め。もうオレは行くぞ」

「うぅ――もっとかまって欲しいのに...」

背中から聞こえるフォウの声は聞こえないふりをして、私は負傷者のテントを後にした。


(はあ......さっきの目線、キツかったな)

実感させられた。

間違いなく仲間達は私のことを疑っているのだろう。

誤解を、解かなければ――しかしアンヘルが私の身体を使って言ったのだと証明する術はない。

どうすればいいと言うのだ。

疲れた頭で考え事など出来ないし、自分が細かいことを考えるのが苦手だということも十分身に染みている。

殊更人間の感情に関する部分では、からっきしと言ってもいいだろう。

先ほどはフォウに助けられた。

いや......いつだって私は仲間に助けられてばかりだ。


ふと、空を見上げる。

色んなことがあった。

色んなことを、感じた――考えた。

そして知った。

中隊として初めての戦い、仲間を何人も失った。

それでも、生き延びることが出来た。


(強くなりたい...仲間を守れるように)


あの時黒雷を使えば勝てたかと言えば、そうとは言えないかもしれない。

しかしこれから続く戦いの中で、出し惜しみして仲間が死ぬなんてのは――大馬鹿のすることだ。

同時に何かあった時、私を、アンヘルを止められる人間が必要だ。


(ハイネに、助言を求めてみるか)


---


配給の食事を手に、私は広場から離れた場所に設営された隔離テントに向かった。

「食事をもってきたぞ、ハイネ」

「お、食べさせてくれはるんやろ?はよこっち来てやー」


天幕の中央で、ハイネは自身の要望通り両手両足を太い縄で縛られ、自由を奪われた状態で座っていた。

戦闘が終わった直後、彼女を拘束しろと私が指示した時の、あの部隊の空気はもう思い出したくはない。

『隊長、正気ですか!?』『吸血鬼を倒した英雄ですよ!』『そういう趣味ってことですか......?』

それが彼女自身の望みなのだといくら説明しても兵士たちの納得は得られず、結局私が自らの手で縛ることになってしまった。


しかし、あの圧倒的な戦闘を見ていた私にしか分からないだろう。

あの時の彼女の危うさ、そして狂気を。

それを自制出来ない可能性を考え、ハイネはきっと今回のように嘆願してきたのだろう。


「なあ、ハイネ...また助けられちまったな。ありがとう、部隊の仲間を救ってくれて。それにしても凄かったなあの魔法」

「あー纏魔装<マテリアライズ>なぁ。じゃじゃ馬過ぎて扱うんは難しいけど、セラくんなら大丈夫やない?それより――」

「ああ食事だよな、悪い」

「いや、ちゃうんやわぁ...なあ、もうそろそろ縄解いてくれへん?」

「...はぁ?お前がやれって言ったんだぞ?...もう解いていいのか?」

「うん。今。今がええねん。今解いて欲しい。早く...お願い」


支離滅裂な彼女の言動に少し呆れつつも、内心では安堵している自分がいた。

この戦いに於いて、ハイネ・フォン・ガリレイが一番の功労者であることは誰も疑いようがない事実だ。そんな人間を拘束し続けていることに、私も喉に魚の骨が引っかかったような不快感をずっと抱えていたのだ。


「いややっぱ――いや、でも...あー!どないすればええねんっ!!」

「な、何言ってんだお前。とりあえず、ハイネが解けって言うならそうするよ。ちょっと待ってろ」

「あ、あー、セラくん、あー...」


私はまず、足の縄から結び目を解き始めた。

不自然な程、頭上から荒い鼻息が降りかかってくる。


「早く――早く...」

「ちょっと待ってろって!なんか鼻息荒いぞ?大丈夫か?」

「フー...フー!全然っ!大丈夫――ウチは無害、無害やから」

「はは、"無害"ってどういう意味だよ」


会話の節々から、彼女がまだ一種の興奮状態にあることが分かる。

だが、これで彼女の拘束を解かなければ、それは私の意思による監禁になってしまう。

共に死線を潜り抜けた仲間を、本人の意思とは言え縄で繋いでおくのは心苦しい。

(――本当は、オレがこの罪悪感から楽になりたいだけなんだろうな)


「ほら、足は解けたぞ。背を向けてくれ、手の縄も解くから」

「う、うん――ホントにええの?」

「何言ってるんだよ。ハイネのお陰でみんな助かったんだぞ?今だったらなんだって言うこと聞くさ」

「――な、なんでも...」

無言で背中を向けるハイネは、私にも聞こえるほど大きく唾を飲みこんだ。

私はそのまま、手首にきつく縛られた縄を解き始める。


「この魔法な、デミの研究室で実験した時、大変やったんよ」

「へえ、どんな苦労があったんだ?」

「この魔法はな?自身の体内のマナをすっごい速度で循環させる必要があんねん」

「...そうか、それであれほどの瞬間最大火力が――」「でな、副作用があってなぁ」


私の言葉を遮るように、ハイネは続ける。

「お、おう。どんな副作用なんだ?」

丁度腕の縄を解き終わった瞬間、ハイネは素早く振り返り、私の目を真っ直ぐに捉えた。

その灰色の瞳は、夜の獣のように妖しく潤んでいた。


「すっごい――ムラムラしてまうんよ」


突如、私の手首が万力のような力で掴まれた。

抵抗する間もなく、一瞬の内に私は地面へと組み伏せられる。

何が起こっているのか、これから何が起こるのか、一切が分からなかった。


「おま――え?ハイネ?」

「セラくんが悪いねんで?ウチだって抵抗したかったのに、こんな風に隔離して――もう"そういうこと"しろって言ってはるようなもんやろ?」

「おかしいだろ!こ、こういうことは順序があるってワンダーも言ってたぞ!」


馬車の中での、ワンダーとの会話がふと脳裏をよぎる。

『大切な思い出となるか、消えぬ傷跡となるかは貴方次第...』


「ゆっくり積み上げるんも嫌いやないよ?でも今はそういうのええねん。すぐヤりたい。今、ここで」

「ハイネ・フォン・ガリレイ上級騎士!命令だ!オレから離れろ!」

「大丈夫、セラくんは寝てるだけでええから。ぜーんぶ、ウチに任せて?」

「め、命令だぞ......」










やろうとすれば、突き飛ばせるはずだ。

黒雷でも風陣脚でも使って、いくらでも打開は出来る。

それでも、出来なかった。

しなかった。

彼女の熱を帯びた瞳と、自分たちを護るためにボロボロになった身体を前に――

力が、入らなかったのだ。


「.........お前のこと、嫌いに、なっちまうぞ」

「ほらな、これからウチのこと、もっと好きになって...」






「――セラくん、好き」

ハイネが私の唇を奪ったとき、一気に身体が熱くなっていった。

この日、私は、貞操を奪われた。

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