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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第一章 -友は語る-
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009.秘めたる力は

騎士団の一員となったセラに最初に与えられたのは、スマゴラという街のはずれにある小さな家だった。

石造りの簡素な建物で、窓は一つしかなく、家具も最低限のものしか置かれていない。

しかし、十一歳の少年が一人で暮らすには十分すぎるほど広い。


獣人族の集落で過ごしてきた彼にとって、個室があるというだけでも贅沢に感じられたのだろう。

シンシアの方針により表立った差別は禁じられているとはいえ、男性騎士への待遇がこの程度なのは、言わずもがなといったところか。


要するに納屋のような場所だったという事だよ。


室内を見回すと、ベッドと机、椅子が二つ。

壁際には食料庫があり、長期保存の利く硬いパンや干し肉、塩漬けの野菜などが常備されていた。

騎士団が用意してくれたものだが、その質素さは実に"分かりやすい"。


彼は部屋の隅に槍を立てかけると、硬いベッドに身を横たえた。

久しぶりにまともな屋根の下で眠ることができる安堵感と、明日からの新しい生活への不安が入り混じった複雑な気持ちで、セラは眠りについた。


寝る前に少し彼と話したかったのだが、あの寝顔を見たらそういう気も失せてしまったよ。

私も意識を沈めて明日に備えることにした。


---


翌朝、セラは日が昇る前に目を覚ました。

体に染み付いた習慣とは恐ろしいものだ。

彼は静かにベッドから起き上がると、槍を手に取り、家の前の小さな庭で鍛錬を始めた。

カルラから教わった基本の型を繰り返し、体に染み付いた動きを確認していく。


周囲はまだ薄暗く、街の人々が目を覚ます気配はない。

朝露が草に宿る中、セラの槍が空気を切る音だけが静寂を破っていた。


薄闇に浮かぶ少年の影は――永く戦友として共に歩んだカルラと重なって見える。


鍛錬を終えたセラは、簡単な朝食を済ませると騎士団本部へ向かった。

街を歩く人々の視線は相変わらず冷たかったが、昨日ほど気にならなくなっていた。

慣れというものは恐ろしいもので、人間はどんな環境にも適応してしまう。


それが良いことなのか悪いことなのかは、事象によって判断が分かれるところだ。

この環境について言うのであれば、私は後者だと思うがね。


騎士団本部の門前で、不機嫌な顔でセラを出迎えた女騎士がいた。

アム・グリエだ。

濃紺の軍服に、純白の短いマントが肩から下がっていた。

セラを見る目に複雑な感情が垣間見えたのは、実力は認めてもまだ偏見は捨てきれないといったところだろう。

少なくとも、敵意はもう無いらしいので良しとしよう。


「おはよう、セラ・ドゥルパ初級騎士。初日の今日は私が施設を案内してあげる。私はアム・グリエ初級騎士。改めてよろしくね」

アムの声色に、昨日までの傲慢さは感じられなかった。

セラも警戒を解いたようだ。


「ああ、よろしくな、アム」

「言葉遣い。"今日からよろしくお願いします、アム先輩"――ほら、もう一度」

セラはこういう時、顔に出る。

態度にもな。

「............キョウカラ、ヨロシク、オネガイ、シマス、アムセンパイ」


「このやろ...まあいいや。フレデリック副団長とは懇意みたいだけど、みんなの前では必ず敬意をもって話してよね」


フレデリックの事に言及されたのは意外だった。

てっきり、何等かの意図で――副団長の名前だけ与えられたものだと思っていたからな。

末端の騎士ですらフレデリックに敬意を払えと指導しているという事は、シンシアという騎士団のトップがどのような人物か推察出来る。

そして二人は挨拶を終えると、騎士団本部の中に入っていった。


石造りの廊下は長く、両側には様々な部屋が並んでいる。

訓練場、武器庫、食堂、会議室、そして団員たちの談話室。

アムは一つ一つの部屋を丁寧に説明していく。


「ここが食堂ね。一日三食、決まった時間に食事が提供される。男女問わず同じメニューが出されることになってるけど...まあ、実際のところは微妙ね」

食堂を覗くと、丁度朝食を取っている女性騎士たちの姿があった。


彼女たちの前には豪華とは言えないまでも、それなりに充実した食事が並んでいた。

一方、男性騎士たちの席を見ると、確かに同じメニューのはずなのだが、なぜか量が少なく、パンも小さめのものが置かれていた。

調理担当者の"うっかり"なのだろうが...

恐らくこの"うっかり"は明日も明後日も続くのだろうと、何となく予感させるものがあった。


「次は武器庫ね。あんたの槍は自前みたいだし、メンテナンス用の道具くらいしか必要ないと思うけど。あとさ――」

アム・グリエは黒曜石の槍を指さし、言った。

「なんであんた、わざわざ呪われた槍を使ってるの?」







「...はあ?呪われてなんかいないぞ?どういう意味だよ。」

「まあ、あんたがいいなら別にいっか...あと言葉遣いな。」

「アムセンパイ、ワカリマシタ」

「馬鹿にしてるだろお前!」



この小娘が私の存在に気付くとは、正直驚いたよ。

こんな形でセラに伝わってしまったのは本意ではなかったが――

まあ、いずれは話さねばならなかったことだ。

いい機会だったのかもしれないな。


武器庫は騎士団本部の地下にあった。石の階段を下りていくと、ひんやりとした空気が肌を刺す。

扉を開けると、そこには数多くの武器が整然と並べられていた。剣、槍、弓、斧。

どれも実戦で使用されてきた歴戦の武器たちで、刃こぼれや傷跡がその歴史を――

そして、かつて振るった者たちの最期を静かに物語っていた。


手入れはしているようだが、武器とはただの消耗品に過ぎない。

私のような特別な存在を除いてね。


「これらの武器は全て騎士団の共有財産よ。規則上は誰でも使えることになってるけど、実際は...まあ、色々と手続きが面倒なのよね」


アムの言い回しは曖昧だったが、セラにもその意味するところは理解できた。

表向きは平等でも、実際には様々な障壁があるのだろう。


---


武器庫を出ると、彼女は少し躊躇うような表情を見せた。

何か言いたいことがあるようだが、口に出すのを迷っているようだった。


「あんたさ、魔法について何か知ってる?」

「なんだそれは」


彼女は大げさに溜息をついた。

「本当に何も知らないのね...フレデリック副団長が言ってた通りだわ」


獣人族は本来魔力を持たない種族だし、集落にも使える者もいなかったハズだ。

カルラも魔法については教えていない。


「魔力適正の検査を受けたことは?」「ない。」

アムの表情はさらに怪訝なものになっていく。


魔力適正の有無は、この世界では非常に重要な要素だ。

日常生活は当然のこと。

戦闘においても、魔法が使えるかどうかで戦力に大きな差が生まれるのは周知の事実だ。

ただの歩兵が、砲台を担いだ歩兵になる。

我ながら上手く例えられたと思うのだが。


「じゃあ...一応検査だけしておこうか。騎士団には魔法研究室があるから、そこで調べられる。行こう」


---


二人は本部の最上階にある魔法研究室へ向かった。

階段を上がるにつれて、空気中に微かな魔力の残滓を感じるようになる。

壁が近いせいで、セラは槍を――"私”を運び辛そうにしていた。


アムの控えめなノックの後に扉を開けると、そこは何に使うのか分からない道具や、奇怪な形のアーティファクト、そして多くの古びた書物で埋め尽くされた部屋だった。

倉庫と言われても疑うことなく受け入れてしまうだろう。


壁際には様々な薬品の瓶が並び、机の上には複雑な魔法陣が描かれた羊皮紙が散らばっている。

そして何より臭かった。

鼻腔をつく刺激臭のせいか、セラの眉間に深い皺が寄る。

人一倍、五感の鋭い彼のことだ。

さぞ辛かったに違いない。


「失礼致します!!!アム・グリエ初級騎士であります! 新入団員の魔力適正検査をお願い致しますっ!」


アムが無駄にデカい声を上げたせいで、部屋の研究員らしき団員の視線が全てこちらに集まる。

羊皮紙を力いっぱい握りしめた妙齢の女性が近づいてきた。


「無駄にデカい声だすな、グリエ。室長が寝ている」


その研究員は部屋の中のさらに奥まった場所にある小さなドアを指で差す。

アムは小さく会釈をして静かにお詫びをした。


研究員は溜息をつきながら、作業机の汚い小物入れから木箱を取り出した。

ガラスから見える木箱の中には、薄い緑色の布切れが入っている。


「これはマナトリ草という特殊な植物の繊維で編んだ布なんだよ」アムがおもむろに説明を始めた。


「マナトリ草は魔力に対して非常に敏感で、触れた者の魔力適正に応じて様々な反応を示すの。火属性なら火花が上がるし、水属性なら布が水で滴る。魔力の強さによって反応の大きさも異なるの」


研究員は面倒そうに手袋を嵌め、木箱からそっと布を取り出す。

セラの方に歩きながらアムの説明を補足した。


「この布は非常に貴重でな。マナトリ草自体が希少な上に、加工にも高度な技術が必要なんだよ。だからこそ、正確な測定ができる。ただ...どうせ何も起きないだろうがね」

淡白な態度だった。男性が検査しても何の反応も出ないのが当たり前だからなのだろう。

対照的に、セラは興味深そうに布を見つめた。

これまで魔法というものを身近に感じたことがなかったが、この小さな布切れが自分の可能性を教えてくれるのかもしれないと、そう思っていた。


これくらいの年齢なら、自分は特別でありたいという願望は少なからずある。


「それじゃあ、この布に触れてみて」

アムに言われて、セラは恐る恐る布に手を伸ばした。

淡い期待を胸に。

迸る火が、滴る水が、そよぐ風が。

彼を何者かにしてくれることを。





指先が布に触れた瞬間――何も起こらなかった。

布は薄緑色のまま、微動だにしない。

数秒待っても、変化は現れなかった。


「まあ当然か」アムの声には、予想通りだったという響きがあった。

「...魔法は使えないってことか」


セラの肩が、ほんの少しだけ落ちた。

カルラの厳しい訓練に耐えてきたという自信はあっても、魔法という未知の力への憧れもまた、確かにあったのだ。

こうして現実と向き合う度に、少年はひとつずつ大人になっていく。

これは彼が成長していく上で避けては通れない道なのだ。


「でも昨日の戦いを見る限り、あんたの槍術は十分突破力があるし、戦略的な魔法攻撃は別の部隊に任せればいいんじゃないの」


魔法が使えないという事実よりも、純粋な技術で勝利を収めたことの方が印象的だったのだろう。



そしてその時、騎士団本部に鐘の音――


全団員に対する緊緊集会の合図が響き渡った。

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