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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -第三の勢力-
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087.退魔の閃光

味方の放った、雷属性魔法。

ウィルの身体が痙攣し、大盾が手から滑り落ちて重い音を立てた。

そのまま横倒しに崩れる。


「ウィルっ!?」

「ウィルさんッ!!」


ビューラの悲鳴が炎に照らされた広場を駈け抜ける。

しかし混乱は止まらない。

見えない敵への恐怖は人間の理性を溶かし、手当たり次第に魔法が飛び交い始めていた。

炎が味方を焼き、風が隊列を崩し、岩が退路を塞いでいく。

実戦の経験を持たない騎士達が、自ら自壊していくのを――吸血鬼は、ただ黙って眺めている。


「撃ち方止め!止めろ!味方に攻撃してどうすんだ!止めろって!!!おい!!!」

(ここまで脆いのか......ッ!)


唇を噛み、血の味が口に広がる。

自分でも歯止めが利かない動揺が腹の底で渦を巻いているのを感じた。

フォウが倒れ、ウィルが倒れ、隊列は崩壊寸前。

私が何か号令をかけたところで、恐慌に陥った兵士の耳にはもう届かない。


「美しくないな――あとは順番に、この剣の糧となっていけ」


退屈と、溜息。

それに反してシウコアトルの刀身は脈動する。

吸い込んだ命が歓びに打ち震えるように、赤黒い光が明滅した。


(あぁ――もう嫌だ...もう無理だろ)

絶対的な力に為す術も無く蹂躙される。

仲間を、家族を、次々に殺される。

何も守れず、終わる。

せっかく出来た居場所なのに――

「全部、無くなっちまうのか...?」


鏡を見なくとも、今の自分がどれほど情けない顔をしているか分かる。

自分のどこに星付きの資格があるのか。

どこに、人の上に立つ資格があるのか―――否。

そんなものはありはしない。


未熟、

無力、

――考えるのを止めたら、楽になれるのだろうか。


「......もう諦めはるの?ウチの大将はそんなヤワやないやろ?」


一歩、踏み出した女兵士がいた。

混乱と混沌を掻き分け、踏み出した兵士がいた。

小麦色の髪が、炎の光を受けて揺れる。


「ほう、お前からか女。確か――背から我が本体を攻撃した痴れ者だな」

「本体って。そんなあっさり言ってしもてええんか?」

「構わぬ。それが分かったところで何も変わりはしない」

「その割には、さっきの雷撃。ちょおっと痛かったんと違う?顔、歪んどったで?」

「――不敬な人族のメスめ。どうやら凄惨な死をお望みのようだ」


本体。

やはり影こそが本体。

そして影を纏っている今この状態であれば、知覚さえ出来れば――攻撃が届く。

闇の中で掴めなかった糸口が、手の平に落ちてきた感触がした。


「ちゃんと完成してからお披露目するつもりやったんやけど......仕方あらへんね」


穏やかさを被り切れない、焦燥に彩られたハイネの小声が私の耳に届く。

しかし瞳の奥に宿る――苛烈なまでの光。

それは希望か。

若しくは...


「――ハイネ、何か策があるのか?」

泣きそうな声を何とか奮い立たせた、不自然に震える小声で問い掛ける。

彼女は横目だけで私を見た。


「...デミにはな、まだ実戦投入するなって言われてる。でもな――」


ほんの一瞬、口元が緩む。

しかしその眉間には消しようのない翳りが落ちていた。

笑ってはいるが、表情が笑っていない。


「やらんで死ぬより、やって死んだほうが気持ちええやろ?」

「ハイネ...」

「勿論死ぬつもりはないけどな。大将、これが通じひんかったら......残った兵士連れて退却せなあかんよ」

「馬鹿言ってんじゃ――お前はどうするんだよ!」

「ふふ、それを女に聞くのは野暮ってもんやろ」


ハイネは返事を待たずに、前に出る。

雷神は、前に出る。

宵闇の怪物の、前に出る。


双肩に背負うのは、今にも折れんとする兵士達の期待。

自分の迷いを払うように槍を回し、穂先を夜に向けた。


「ずいぶんと景気良ぅやってくれたなあ、ボケナス。その辺でやめとけや」

「この状況下でそこまで豪胆に振舞えるとは、なかなかの胆力だな、女」

アーカードの声に混じる、微かな愉悦。


「然し、この影を纏う姿になった某を捕えられる者は――」

「ホンマうるっさいお口やねえ」


ハイネが遮った。

静かに、しかし確かな力を込めて。

吸血鬼の赤い瞳孔は細まり、不快感を露わにした。


「影を纏っとるのかなんか知らんけど――あんたさんが影なら」


彼女は更に一歩、踏み込んだ。


「ウチは、雷や」


パチリ――

何の前触れもなく、大気が弾け始める。


パチ、パチチ、と。

広場に散らばる空気中の微粒子が、一斉に帯電し始める。

小さな稲妻が無数に生まれ、花火のように四方八方で咲いては消える。

次の瞬間――本来あり得ないほどの速度で、頭上に黒い雲が渦巻き始めた。

雷雲だ。


鼓膜が圧される。

大気が震え、空気が灼ける匂いが鼻を刺す。

兵士達は口論も恐慌も忘れ、ただ空を見上げた。

雲の底で蛇のように這い回る青白い閃光が、夜を真昼に塗り替えようとしている。


ふと、一陣の風が小麦色の髪を舞い上げる。

そして目に入る、首元の小さな文様。

(オレの腕の文字と...似てる?)


「じゃあ、始めよか」


深呼吸、ひとつ。

その唇が――古い祝詞のように、紡ぐ。










「纏魔装<マテリアライズ>ッ!!!!」










轟――――――ッッッ!!!!!!


天から一条の雷が落ちる。

世界が、白に染まった。

ハイネの立つその一点だけを狙い撃つように、光の柱が大地を穿った。

衝撃波が広場の全てを薙ぎ倒し、炎は消え、砂塵が壁となって視界を奪う。

地面が大きくひび割れ、石畳が放射状に弾け飛んだ。


「ハイネええええええええぇッ!!?」


叫びは声にならない。

轟音が鼓膜を塗り潰し、私の声は音の壁に押し返された。

やがて土煙が割れる。

立ち込める粉塵の幕の向こうから、光が漏れ出した。


否、漏れ出したとは控えめにも程があるだろう。

適した言葉ではない。


それは―――

夜そのものを退ける、圧倒的な輝き。

不退の閃光は顕現した。


「そういえば、あんたさん言うとったなあ。呪文は不便やって」


一歩、二歩。

小麦色の髪が風に靡く。

その背中を見ずにはいられなかった。

縋らずには、いられなかった。

歩は夜を切り裂いて、穂先を闇を退ける。


仲間の命を背負うということ――やっと意味が分かった気がした。


土煙を割って歩み出たハイネの全身は、青白い雷で覆われていた。

皮膚に沿って走る稲光は生き物のように脈動し、彼女の輪郭そのものが発光している。

足を踏み出すたびに石畳に黒い焦げ跡が刻まれ、立ち上る熱が周囲の空気を歪ませていた。


人の形を借りた雷が、今、舞い降りた。


「ウチも同意見やわ。煩わしくってかなわん。でも――」


広場を照らす光は、もはや炎魔法の比ではない。

影という概念そのものが、彼女の周囲から駆逐されていく。

全ての暗がりが白く焼かれ、地面に落ちるはずの影すら消え失せた。


アーカードの漆黒のシルエットが、僅かに揺らいだ。


その場にいる全員が、息を呑む。

恐慌に染まっていた顔に、畏怖とも崇拝ともつかない光が宿る。

名も知らぬ新兵が、拳を握りしめている。

震えが止まった者がいる。

涙を流しながら、それでも前を向こうとしている者がいる。


「これなら関係あらへん。だってせやろ?ウチは――ウチこそが、雷そのものなんやからなあ」

「女――貴様、何者だ」


吸血鬼の声色には明らかに恐れがあった。

怪物すらも畏怖を覚えるその姿――

王国の同志が、

帝国の仇敵が、

彼女をこう言い例えたのは、早計だっただろう。


ハイネ・フォン・ガリレイ。

フェナンブルク王国が誇る最強の矛。

帝国軍をして畏怖せしめる、唯一無二の異名を戴く女兵士。

今、目の前に顕れたこの風体こそが、"それ"なのだ。


「何者?人間くさいこと言うんやねえ。ウチは、ハイネ・フォン・ガリレイ――」

彼女は不敵に笑い、槍を軽く肩に載せた。

雷光が奔り、穂先から伸びた稲妻が天を裂く。

澄んだ声が、震える兵士たちの鼓膜を、魂を、真っ直ぐに貫いた。


「雷神様の、ご来臨や」

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