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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -第三の勢力-
82/89

082.想起

王国を発った時にはかすかに浮かぶ程度だった山脈も、今となってはありありと感じられる距離になった頃。

荒れ地が草原に変わった境にヴィレ・バタタの姿は現れた。

村を囲む広大な畑には使い込まれた鎧を身に着けた案山子が並び、甘芋に寄りつく痴れ者を追い払わんと睨みを利かせている。

その畑の奥に聳え立つのは、過剰なまでの逆茂木(さかもぎ)と、砦さながらの高い石壁に阻まれた巨大な村。

(――想像よりもずっと大きいな。この様子だと環濠(かんごう)もあるんじゃないのか?)


「おいこれ、ホントに村なのかよ?」

元荒くれのクリスティンも困惑を隠せないようだ。

それにしても鎧が似合っている。

手入れの行き届いていない赤毛が、乾いた風に遊ばれる姿が――ふと、母さんを思い出させる。

一番隊所属となったクリスティン・イドは、まだまだ剣筋は荒いが光るものを持っている。

隊長に目を掛けられている新進気鋭、私自身にそんなつもりは毛頭無いが――周囲は彼女をそう扱うらしい。


徐々に距離が縮まっていく農村の風景。

煙が上がっているわけでも、破壊の跡が見えるわけでもない。

だが――音は無い。

これだけの重厚な造りにも関わらず、自警団は門を守っておらず、櫓は射手を失っていた。

一切の人の気配が感じられないヴィレ・バタタは、時間が止まっているかのようだった。


「...イヤな、感じやね」

「ええ――村が死んでいるという表現が一番しっくりきます」

ハイネとウィルがぽつりと呟く。


肌が粟立つような、生理的な嫌悪感。

そして風に乗り鼻腔を突く、腐臭。

かつて、故郷の集落に足を踏み入れた時と同じ感覚が蘇る。

いよいよ村に足を踏み入れようというところまで来て一度歩みを止める。


「ん、なんだ意外と臆病だなお前。仕方のない奴だ」

これ以上は進みたくない、そんな抵抗を見せるハイドラから降り、待機命令を出す。


「全隊、戦闘態勢をとれ。ビューラ、風魔法で索敵出来るか?」

「もうやってます!やってますが――何かが動く気配が感じられません。大気が僅かにも揺れないんです――どうしますセラ隊長?」

「敵も既に去った後か...分かった。村に入ったら散開して生存者がいないか確認しろ。絶対に一人で行動するなよ。万が一会敵してもその場で戦わず、合図を出したら逃げていい――行こうか」


---


私たちは慎重に村へと足を踏み入れた。

バタタ・エールを熟成する為の大樽が数十ではきかないほど整然と並ぶ様は圧巻だ。

樽に日光が当たらないよう、藁で編まれた巨大な日除けも同じ数だけ設置され、パルテンシアやスマゴラでは見られない異国の景色に昂るはずの胸は――それを強く拒んでいた。


通りに人はおらず、家々の扉は開け放たれたままのものもあれば、固く閉ざされたものもある。

争った形跡はあるが、死体はおろか血痕すら見当たらない。

二星騎士の中隊が全滅したというのに、その痕跡はどこにも残っていなかった。


時間が、息を止めた村。

停滞した風、

揺れない花、

――歩みを進める度に強くなっていく腐臭。


生存者を確認出来ぬまま捜索は進む。

開けた場所に出ると、村人たちの憩いの場であっただろう噴水広場が姿を現した。

大理石を削り出したであろう美しい純白の噴水は、躍動感のあるグリフォンを(かたど)っていた。

水を汲み上げる水車が動いていない為か、本来湧き出でるはずの水は無かった。


そしてその噴水の奥、うず高く積まれたそれは、あの日の光景を強烈に思い出させるものだった。


夜を煌々と照らす燃え盛る劫火、

積み上げられた獣人族の死体。

そして、その前に佇んでいた白銀の髪の彼女の姿を。


「うっ...」「なんだ、あれは...」「っ!?お゛え゛ぇぇ!」


兵士たちの間から、悲鳴にも似た呻き声が漏れる。

何人かは口元を押さえ、その場に膝をついて嘔吐した。

それは――村人たちの死体だった。

老人、子供、そして鎧を着た騎士たちの無残な姿。

数百の骸が、まるで薪のように雑然と、しかし意図を持って積み重ねられている。


「っ!?」

私は反射的に周囲を見渡した。

必死に探した。

あの、白銀の髪を。

帝国の軍服を。


(アリア...お前じゃないよな?)


彼女は王城から逃げた。

行方は知れない。

もし、彼女が帝国に戻れず、あるいは戻らず、この地で再び狂気に飲まれていたら――

そんな最悪の想像が頭をよぎる。

しかしどこにも彼女の姿は、見当たらない――それだけで、少しずつ心臓の動きが収まっていく。


「――ふぅ。今は目の前に集中、集中だ...ハイネ、この死体の山...どういう意図だと思う?」


ハイネは眉をひそめ、不快そうに鼻を鳴らした。

「人族の考えなら、これから弔うか、アンデッドにならんように焼く準備かそんなところやろ」

彼女は冷ややかな目で死体の山を見上げる。


「敵が人族やないなら話は変わってくるなあ。力の誇示、縄張の主張。あとは――」

「あとは?」

「――君主への捧げもの、供物。そんな感じがするわ」


供物。

その言葉に、背筋が寒くなる。

これだけの命を、誰に、何の為に捧げるというのか。


「隊長、提案したい」

「フォウか。言ってみろ」

「この村の自警団は、腕の立つ戦士で構成されていたと聞く。それにサイロ二星騎士の中隊も...それが、こんな一方的に蹂躙されている。敵の戦力は未知数だ。これ以上、散開しての捜索は危険だと思う」


サイロ・ペディアーズ二星騎士。

今回全滅したと言われている中隊をまとめていた騎士の名前だ。

御年六十七歳という高齢だが、決して弱くはなかったとハイネが言っていた。

フォウの進言に私は間を置くことなく首肯する。

敵の姿が見えない以上、各個撃破されるリスクは避けるべきだ。

「オレもそう思う。全員をこの広場に招集してくれ。ここからの索敵は全隊であたろう」

「了解だ」


フォウが指示を出し、兵士たちが広場に集まってくる。

ハイネと共に周囲を見渡すと、この殺戮にはどうしても違和感が拭えない点があった。

これだけの死体があるなら、当然辺り一面は血の海になっているはずだ。

集落の時はそうだった。

地面は赤く染まり、壁には血飛沫が幾重にも重なる。


私は足元の石畳を見た。


(――乾いているな)

塵ひとつないとは言わないが、血痕が一切ない。

噴水の縁も、周囲の建物の壁も、不自然なほどに綺麗だった。

まるで、最初から血など流れていなかったかのように。


数少ない村の生存者が言っていたという――血を操るという情報。

その言葉の意味を、私は肌で感じ取っていた。

ここにあるのは単なる死体ではない。

中身を抜かれた、ただの容器だ。


「総員、聞け!」


吐き気を催すような光景に目を奪われ、足が竦んでいる兵士たちの意識を、無理やりにでもこちらへ引き戻さなければならない。

私は努めて冷静に、しかし腹の底から声を張り上げた。


「死者の弔いは、敵を討ち滅ぼした後だ!今は生きている我々がやるべきことを為せ!全隊、最大級の警戒態勢を維持しつつ、敵の痕跡を探すぞ。はぐれるんじゃないぞ!」

「「「応っ!!」」」


百名の兵士達の自らの弱気を打ち払うべく発せられた声に、空気が震える。

私たちは広場を中心に、放射状に捜索範囲を広げていった。


---


一向に、敵の手掛かりは得られなかった――時は無情に過ぎていった。


足跡はもちろん、破壊された建物の破片すら不自然なほど少ない。

マナの痕跡も一切残されていない。


これほどの数の人間を殺戮し、死体を積み上げる。

物理的な労力だけで行ったとは到底思えない。

武器を使ったのであるなら血痕が、魔法を使ったのならマナの残滓が――殺戮者の存在を教えてくれる。

必ず何らかの魔術、あるいはそれに類する力が使われたはずだ。


(血を操る――水属性の延長線上にあるもんだと思っていたが、そうじゃないのか?)


部下の制止も聞かず、私は地面を這って石畳の隙間に目を凝らす。

武器による物理的な殺傷であれば、どれほど丁寧に拭き取ろうとも、石畳の隙間や土に染み込んだ血までは隠せないはずだ。

だが、ここにあるのは乾いた土と石だけ。

まるで、村人たちの体から血だけが蒸発してしまったかのような、異様な光景。


太陽が西の山脈に沈みかけ、空が茜色から群青へと変わり始めていた。

捜索範囲を広げるべきか、それとも夜営の準備に入るべきか。

ハイネ達と合流し、今後の指針を話し合っていた、その時だった。


ふと、世界から音が消えた気がした。

日が完全に落ち切ったことを知らせるように、視界が闇に覆われる。









「――ふむ、貴様、本当に人の子か?」


私の目の前に、突如として"それ"は立っていた。

音もなく、予兆もなく。

闇の中から滲み出たかのように。

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