081.ヴィレ・バタタへ
王都パルテンシアを出立してから四日。
私の跨る黒いハイドラは、凱旋の喜びに打ち震えているのか頻繁に喉を鳴らしている。
ご機嫌な相棒が進む道は荒く、相も変わらずフェナンブルク周辺には豊かさという言葉を受け入れるつもりはないらしい。
向かう先は、ヴィレ・バタタ。
東西を隔てる巨大な山脈、その麓に広がる広大な森に隣接した小さな村だ。
住人は約五百人、痩せた土地でも育つ「バタタ」と呼ばれる甘い芋の産地として知られている。
それを発酵させて造る「バタタ・エール」は、独特の甘みとコクがあり、王都の酒場でも高値で取引される特産品だ。
森が近いが故に魔物の襲撃も多い土地柄だが、それ故に村の自警団は屈強な戦士が多い。
並の魔物なら騎士団の手を借りずとも撃退してきたという歴史がある。
数日前、早馬によってもたらされた報せは――そのヴィレ・バタタが、壊滅したというものだった。
村を襲ったのは、魔物と思われる"何者か"。
辛うじて生き残った自警団員は隣村に逃げ込んだ。
幸いなことに駐留していた二星騎士率いる中隊が討伐に向かったが――彼女らもまた、帰らぬ人となった。
シグヴァルド要塞の守りを堅牢にすべく、王国を発った二百人の同志達。
生存者は未だ確認出来ていない。
二星騎士といえば、今では初級騎士となってしまったが、スカルドホルムと同じ位ということになる。
彼女が例外中の例外ということであれば、逆説的にその故人は実力によって功を認められた騎士であるということになる。
その猛者が率いる精鋭達が、騎士団本部に報せを出す暇なく全滅した。
生還した村の自警団によれば、敵は言葉を解し、意思の疎通が可能だったという。
そして何より特筆すべきは――"血を操る"という異質な攻撃手段を用いたこと。
服装の特徴から推察するにゴア帝国の手の者とは思えないが、偽装工作という線も十分にありえる。
しかし今のところ、相対するのは正体不明の第三勢力。
我ら中隊に下された任務は、その外敵の排除と、村の奪還、並びに一年間の復興支援だった。
---
「セラ隊長、そろそろだ――任せてくれ。このフォウ・グッチ、刺し違えてでも敵を屠ってみせる」
「なんだ、随分とやる気だな」
いつになく気骨ある武人の風体で臨むフォウには、違和感しか覚えない。
思わず質問した私に、彼女はぎらついた眼を向ける。
「当たり前だろう!あそこのバタタ・エールは全淑女が垂涎を抑えること叶わぬ至高の一品だぞ!許せん――絶対に許せん!」
「フォウ先輩、そういえばご存知ですか。酒は肛門から飲むことによって格別の幸福感を得られるとか」
「なんだと!?それは本当かナルディア!」
「嘘か真か――この噂、我々が立ち上がるしかないようですね!」
「応っ!」
(こいつら何言ってんの?)
フォウに対して意味の分からない甘言を投げかけるのは、一人の女性。
背が高く、日の光を受けて深緑に輝く長い髪は、馬の尾のように頭の上でまとめている。
細い切れ長の目に乗るのは、丸く特徴的な眉。
先輩と呼ぶフォウに負けず劣らずの麗人、ただし中身が随分と残念である。
名をナルディア・ナルニー、二十八歳、初級騎士――三番隊所属。
稀有な闇属性の魔力適正をもった兵士。
影を操る力――使いどころは難しい。
そして中隊になった今、私は隊を四つに分けることにした。
ウィル・グッドマン統括、強固な守りと不屈の闘志で前線を維持する一番隊。
ビューラ・リー統括、索敵と中距離支援を担う二番隊。
フォウ・グッチ統括、築陣に加え戦略立案を担う三番隊。
最後に私が統括する遊撃隊、ジャスティス・デストロイ――
「セラくん、あんな?...ウチらはやっぱり零番隊にしよか。ちょっと名前はまあ、その――なんや。はは、えっと...先を行き過ぎてるかもしれんから、ね?零番隊の所属になった他の連中にはウチから説明しとくから!」
「うん?うーん...まあ、ハイネがそこまで言うなら」
――たった今、訂正することになった。
私が統括する零番隊は、ハイネを筆頭として縦横無尽に戦場を駆ける遊撃隊だ。
まだロクに練兵も出来ぬまま出立することになってしまったが、野営の度に各隊で綿密な打ち合わせを行っていた。
特に私が指示することなく自然と動いてくれる四人の仲間は本当に心強い。
ウィルが心配で私はずっと一番隊の会議に参加していたが、隊の皆はウィル隊長をちゃんと認めているらしい。
杞憂に終わってよかったと思う気持ちと、信じてやれなかったという反省。
中隊というものは難しい。




