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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -第三の勢力-
79/79

079.エキシビジョン

百メートル。

それが、私と三人の間に横たわる距離だった。


訓練場の土は踏み固められ、乾いた風が微かに砂埃を巻き上げている。

対面に立つのは、背中を預け、共に死線を潜り抜けてきた仲間達。

西に沈む日の光が映し出す彼女らの顔つきに、私はどうにも高揚が抑えられずにいた。


彼女らの瞳に宿る光は、決して訓練のそれではない。

本気で、私という壁を乗り越えようとしている。

その気迫が肌を刺すようで――私は思わず口元を緩めてしまった。

(こっちも本気で応えないとな)


「...なあなあセラくん、何企んではるん?槍も、黒雷も使わんつもりなんやろ?」

「まあ、お楽しみってところだ。あいつらを舐めてるわけじゃない――けど、オレもあいつらと同じ挑戦者ってところかな?」

「まーた隠し事?いけずなんやから...流石に厳しいと思うけどなあ。今日は中隊のひよっこ達も見てはるんやから――」

「ハイネ、大丈夫だ。オレを見てろ。オレを信じろ。お前の大将は強いってところ、見せてやるよ」

「っ!?なんそれ......めっちゃカッコええやん...」


今のやり取りを聞いていた数人が黄色い歓声を上げる。

実際、あの三人に通用しなければ"実戦への投入"は正直に言って厳しいだろう。


――挑戦者。

そう言ってしまえばストンと落ちるものがある。

ルクセン平原、シグヴァルド要塞。

ただ幸運だっただけだと、ミルカは私に言った。

ならばそれを自ら掴める実力を、私は身につけなければならない。


奢るな。

侮るな。

図に乗るな。


黒雷に頼らずとも戦える強さが欲しい。

"彼"から、大切な仲間を守るためにも。


三人は――もう準備万端のようだ。

空気の"張り"を感じ取ったハイネが、何も言わずに手を挙げる。


「では―――模擬戦、始めっ!!!」


凛とした声が響き渡る――その瞬間、微かな違和感。

風のマナが不自然に捻じれている感覚。

(...歪んでいる?)


ヒュンッ――!!


私は反射的に首を右に傾ける。

刹那、頬を掠めて何かが通り過ぎ、遥か後方の土壁に突き刺さった。

ドォン!という衝撃音が遅れて届く。

((あぶね)っ!?)


殺傷能力を抑える為、先端が小さな鉄球になった矢が凄まじい豪速で通り抜けた。

ビューラの短弓から放たれたとは到底思えない、攻城兵器のような威力を秘めた一撃。

矢が通った後、遅れて届く音――そして衝撃の波。


「う、嘘っ!?避け...!?フォウさんヤバイです!セラ隊長人間やめてますよ!」

「まだ始まったばかりだろうが!ウィル、ビューラ、頼んだぞ!私はもう少し"かかる"!」


対面で弓を構え終わった姿勢のまま、ビューラが目を見開いて凍り付いている。

彼女と私の間には、まだ風の余韻が残っていた。

風のトンネルを作り、空気抵抗を極限まで減らして矢を加速させる魔法――風導軌路<エアロゲイト>か。

(あいつ、隠れて訓練してやがったな...)


驚きと共に、胸の奥から喜びが湧き上がってくる。

私が黒雷に悩み、屋敷でふさぎ込んでいた間も、彼らは止まっていなかったのだ。

ならば、私も応えなければならない。

彼女らの上に立つ者として――そして、彼らの隊長として。


「行くぞッ!」


地面を蹴り、一気に距離を詰める。

百メートルなど、数秒で駆け抜ける距離だ。

私の突進に呼応するように、ビューラが叫んだ。


「させませんよっ!天を舞う風の槍よ、螺旋を描き敵を舞い上げよ!竜巻<トルネード>!」


彼女の詠唱と共に、私の進路を塞ぐように小さな竜巻が発生する。

砂塵を巻き込み、荒れ狂う暴風の壁。




――そう、試すには丁度良い。




速度は緩めず――さらに加速する。

(マナの流れを感じろ――右手で、風を断ち切るんだ)


詠唱はいらない。

想像、

創造。

風を、拒絶する。


(断絶風<エア・リジェクト>)


私は竜巻の中心へ向かって、無造作に腕を振るった。

暴風が、まるで恐れをなしたかのように左右に割れ、凪が訪れる。

荒れ狂う風の壁を、ただのカーテンを開けるように突き抜けた。


「えええええ!?竜巻が裂けたんですけどっ!?」


目の前で理不尽な光景を見せつけられたビューラの顔が、絶望に染まる。

だが、そこで足を止める仲間たちではない。


「ビューラさん!下がって!私が止めますっ!!」


勇猛果敢、頼れる我らの盾――ウィル・グッドマンが前に出た。

武器を持たない彼は、堅牢な大盾を前に構えて私に向かって突っ込んでくる。

彼の大柄な身体をすっぽりと覆う程の巨大な盾、そして周囲に生成されていく――美しい鏡のような氷板。


「水は凍てつく光となりて、飛び来る厄災を打ち払わん!氷散華盾<グレイシアブルーム>!」


ウィルの周囲に、掌ほどの大きさの氷の板が無数に出現した。

それらは彼の意思に従うように周囲を旋回し、きらきらと陽光を反射している。

驚くべきはその純度。

澄み渡る氷板は厚く、光は屈折することなく境界線を超えていく。

(教本にも載ってない――ウィルの固有魔法かっ!?)


「ウィルッ!行くぞ!」

「隊長おおおおおおおぉぉぉ!」


交錯する瞬間、私はウィルの大盾を素早く潜り、顎を狙って鋭い蹴りを放つ。

しかし、届かない――氷板が拒絶していた。

私の足が届く直前、旋回していた氷の板が三枚重なり、壁となって私の蹴りを受け止めた。


硬質な音が響き、氷板は破片となって散る――直後に、生成。

最低限のマナの超効率運用が可能にした驚くべき魔法。

構えた大盾で直接攻撃を防ぎ、潜ったものを氷の板で退ける――そして


――ドゴッ!


「ぐっ...!?」


いつの間にか腹部には、氷板がめり込んでいる。

素早く態勢を立て直し、拳打で反撃するも阻まれる。

(ウィル、敵に回るとここまで"堅い"か...!)


「すげぇ!すげぇよウィルその魔法!ははっ!どれだけ練習したんだよ!」

「ありがとうございます隊長!不足している魔力適正を補うのに、必死になって編み出したんです!そう簡単には破られませんよ!」


氷の操作は繊細だと聞く。

それを防御に合わせて瞬時に移動させ、強度を保つなど、並大抵の努力ではできない。

息子のために強くなると誓った父親の背中は、確かに大きくなっていた。


一度バックステップで距離を取る。

十メートル。

ウィルは油断なく構え、氷の板を再展開している。


「本当に凄いよウィル――じゃあ、これは防げるか?」


私は重心を低く落とす。

足の裏に、圧縮した風の塊をイメージする。


毒舌が愛嬌のミルカ・ルーヴェン考案―――その名も、<風陣脚>


・・・

『蹴りの衝撃と同時に、風弾を破裂させる――<風陣脚>!これなら移動にも応用出来るし、多分バレないんじゃない?...それよりどうよこの名前!最高に恰好いいじゃない!あんたのセンスは終わってるから特別に使わせてあげるわ!その代わりもう一本勝負よ!』

『いやそろそろ騎士団行かないと...』

『あー逃げるんだ?私に負けるのが怖いから逃げるんだ?あーご主人様は臆病で意気地なしだなー!ゴブリンにも負けちゃうもんなー!』

『...分かった分かった。もう一回だけな?』

『っシャ!行くぞオスガキ!私にひれ伏しやがれええええ!』

・・・








(弾けろ!)

―――ドォン!!


足裏で風が爆発――その推進力を乗せ、私は矢のような速度でウィルの懐に飛び込む。

反応できたのは、ウィルの本能だけだっただろう。


「なっ!?」


驚愕の表情を浮かべながらも、彼は瞬時に全ての氷の板を前面に集め、分厚い壁を作り出した。

普通の攻撃なら、これで防げただろう。

(いい反応だなウィル!)


だが、私はあえてその氷の壁の中心を狙い――掌打を叩き込む。

インパクトの瞬間、掌で再び風を爆発させる。


・・・

『いたた...はあ?拳?拳打だったら――<風陣掌>とかでいいんじゃないの?もうなんでもいいわよ』

『おい、飽きるなよ』

『それよりほら!これでもう一本勝負だから!』

『ダメだ。朝っぱらから五回も付き合ってるんだぞ。そろそろいいだろ』

『―――もう一回だけ...ダメ?ね?お願い、ご主人様ぁ』

『...ああああああ!もうホントに最後だからな!』

『うらああああ!死ねええバカチビがああああああああ!』

・・・


「っらあ!!」


爆音と共に重なった氷板は全て貫通し、氷の破片は儚く飛散していく。

風爆を伴った私の掌打は、彼の芯へと到達した。


「うおおおおおおおおおあああぁぁぁぁぁぁぁ...」


彼の巨体は木の葉のように吹き飛ばされ、訓練場の石壁に激突。

土煙を上げて崩れ落ちる。

動く気配は――ない。


「...やべ、ちょっと強すぎたか」


自分の拳を握りしめ、威力を確認する。

風の爆発力が予想以上だった。

ウィルには後で謝ろう。

しかし――そんな考えは突如として断ち切られることになった。


『ヘタクソ。もっと上手く使いなさいよ。アリア隊長に笑われちゃうじゃない』

「...っ!?」


聞きなれない、女性の声――でもどこか懐かしい響きがある。

ヘタクソ。

上手く使え。

アリアに、笑われる。


「ローレル・パルミ...か?」

『ほらほら、よそ見しない』


――ヒュンっ!

反射的に屈むと、頭があった位置を正確に矢が通過する。


「うおっ!?」

「うえええええええ!?なんで!どこに目がついてるんですか隊長!?」


ビューラが膝を震わせて叫ぶが、ウィルが沈められたことによる意気消沈には至っていないようだ。

(ローレルは後だ!今は目の前に集中しないと!)


「ビューラ!待たせてすまない。準備完了だ!」


落ち着いた声が響く。

土煙の向こうから、フォウが歩み出てきた。

彼女の手には、珍しく長い杖が握られている。

先端には拳大の黄褐色の魔石が嵌め込まれており、それが今、異常なほどの輝きを放っていた。


「フォウ...お前、杖なんて使うのか」

「ああ。隊長に勝つ為、今日は私の全てを出し尽くすつもりだ!私の想い――届けっ!」

「ちょっとそれは違くないか!?」


――今、杖は高らかに掲げられ、沈む夕日が眼前に現れたかのような閃光が包む。


「大地に眠りし砂粒よ、地より出でて天に堕ちよ、今境界は染められた。空と地は交わり、繋ぐは数多の砂の記憶。我が身を守る盾となり、我が敵を討つ矛となれ!砂塵操<アレノマンシー>!」


地鳴りと共に、巨大な砂の波が立ち上がる。

高さ五メートルはあろうかという砂の津波が、フォウの背後で鎌首をもたげた。

要塞攻略戦で見せた単純な地形操作とは桁が違う。

一点集中ではなく、広範囲を制圧する大魔術。


「ビューラ!私に合わせろ!」

「合点承知です!」


フォウの指示で、ビューラが正気を取り戻し、私の側面へと走り出す。


「行くぞ、隊長!」


フォウが杖を振り下ろすと、砂の波がうねりを上げて私に襲い掛かってきた。

逃げ場はない。

左右からはビューラの矢が飛んでくる。


「ははっ!こんな大規模な魔法まで使えるようになってたか!」


私は笑っていた。

嬉しくてたまらなかった。

彼女たちがここまで強くなっていたことが。

私を倒すために、これほどの牙を研いでいたことが。


「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉお!!!」

彼女の気迫が、砂の波をさらに加速させる。

風陣脚を使いつつ、砂の波を紙一重で躱し続ける。


視界を遮る砂塵、死角から飛来する致命の矢。

ウィルを先に倒していなければ、氷の盾で動きを制限され、詰んでいたかもしれない。


だが――フォウの顔色は悪い。

額からは玉のような汗が流れ落ち、杖を持つ手は小刻みに震えている。

あの規模の魔法を制御するのは、彼女の魔力量では限界に近いのだろう。

立っているのがやっとのはずだ。


「どうしたフォウ!そろそろ寝る時間か!」

「くぅ...隊長に添い寝して欲しいっ!」

「はは!オレに勝ったらな!」


数十秒の攻防の末、砂の波の動きが僅かに鈍った。

キレがない。

フォウの限界だ。


(そこだ!)


私は甘くなった砂の防御の隙間を縫うように駆け抜けた。

フォウの目の前まで一気に肉薄する。

彼女は驚愕に目を見開いたが、もう杖を振るう力は残されていない。


「が、あ...」


腹部に拳を沈める。

衝撃を殺し、意識だけを刈り取る一撃。

フォウは杖を取り落とし、私の肩にもたれかかるように倒れた。


「...頑張ったな、フォウ」

小声でそう囁き、彼女を優しく地面に横たえる。


「フォウさんっ!?」

残ったのはビューラ一人。

彼女は半泣きになりながらも、短弓を引き絞り、矢を放ち続けてくる。

正確な射撃だ。

恐怖に震えながらも、手元は狂っていない。


「うわあああん!来ないでええええ!」


矢の雨を、私は最小限の動きで弾き、躱し――足裏で風を爆ぜさせる。

視界が横に伸びるほどの超加速。

ビューラが瞬きをした次の瞬間、私は彼女の懐に入り込んでいた。


「ひええええっ!?」


ビューラは悲鳴を上げながらも、腰に括り付けた訓練用の短剣を抜いて逆手に持ち、私の首筋を狙って振るった。

最後まで諦めないその姿勢、本当に彼女は成長した。

私はその手首を軽く払い、彼女の背後へと回り込む。

そのまま腕を首に回し、頸動脈を圧迫した。


「がっ...あがっ――かひゅ」


数秒の抵抗の後、ビューラの身体から力が抜けた。

彼女を支え、地面に下ろす。


静寂が戻った訓練場に、ハイネの声が響き渡った。


「そこまでっ!勝者、セラ・ドゥルパ!」


その宣言を合図に、観戦していた新入りの騎士たちから、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。

やっと顔を出し始めた春の月も、我々中隊を祝福しているように思えるのは―――


まだ、胸が高鳴っているからだろうか。

もう黒雷に頼る必要は、なさそうだ――いや、きっと無いだろう。




そう言い聞かせても尚、一抹の不安は降り積もる雪のようにゆっくりと積み重なっていった。

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