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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -第三の勢力-
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078.春風

翌朝、地下の鍛錬場へ向かう階段を下りると、ひんやりとした空気が肌を刺した。

石造りの壁に囲まれたその空間には、既に先客がいた。

桜色の髪を揺らし、黙々と柔軟運動をしている少女――ミルカだ。


昨晩のことは、鮮明に覚えている。

酔いが醒めた後、私は彼女に詰め寄られ、洗いざらい全てを話した。

もう尋問のそれだったと言っておこう。


話している間、彼女の表情は常に変わり続けた。

驚愕し、呆れ、時には顔をしかめて「うわキモ...」と呟き、そして溜息。

最後に放たれた言葉は、たった一言。

『分かった』

それだけだった。


拒絶されるでもなく、過剰に同情されるでもなく。

ただ事実として受け入れられたその反応が、更に私の悩みを深めていったのは言うまでもない。


「...おはようミルカ」

恐る恐る声を掛けると、ミルカは動きを止め、こちらを振り返った。

琥珀色の瞳が私を捉える。

そこには昨日のような険悪さはなく、かといって親愛の情があるわけでもない。

ただ――無表情、無関心、無干渉。

そんなところか。


「おはよ」

「...っ!?おう!おはよう!」

「うわキモっ」

短く返された挨拶。

たったそれだけのことが、今の私には酷く嬉しかった。

拒絶されていないという証左。

食い気味で重ねたのは――確かに少し気持ち悪かったかもしれない。


「昨日の話だけどさ」

屈伸をしながら、ミルカが口を開く。

「誰にも言わない方がいいんだよね?お姉様にも、ハイネ様にも」

「ああ...その方が助かる」

「じゃあ、黙っといてあげる。墓場まで持って行ってやるわよ」

「恩に着る」

「その代わり条件がある」

(また条件かよ...)


ミルカは立ち上がり、私を見下ろした。

その瞳に燃える炎の名は――野心。


「私を戦場に連れて行って」


その言葉に、私は動きを止めた。

彼女の真剣な眼差しは、冗談で言っているのではないことを物語っている。

一人の人間として何かを成したいという渇望。

しかし――


「ダメだ。オレがシンシア団長に殺される」私は即答した。

彼女がミルカを使用人にしたのは、戦場から遠ざけるためだ。

それを私が覆せば、どんな雷が落ちるか想像もつかない。

雷で済めば良い方だ――下手をすれば騎士団追放にもなりかねない。


「あんたのこと分かってる人間が傍にいるのは、楽だと思うけど?」

「それはそうだけどさ...」

ミルカは痛いところを突いてきた。

確かに、私の秘密を知り、それでも受け入れてくれる存在は貴重だ。

戦場で背中を預ける相手が事情を知っていれば、黒雷や風魔法を使う際のリスクも減るだろう。

それに、彼女の事務処理能力や機転の良さは、部隊運営において大きな助けになるはずだ。


悩む。

とても、悩む。

彼女の才能を埋もれさせるのは惜しいが、危険に晒すことへの責任は重い。

それに聞いた話では、彼女は魔力適正がないらしい。

シンシア団長は特例中の特例であり、本来魔力適性無しで戦いに加わるのは危険極まりない。


「勿論、すぐにとは言わないわよ。ちゃんと実力をつけるから。その時は――騎士団に推薦して」

ミルカの声は真摯だった。

いつもの我儘ではない。

彼女なりの覚悟と、計算があっての提案なのだろう。


「...はあ。分かったよ。ただし、オレからも条件がある」

「は?生意気なんですけど。何?」

「オレから模擬戦で一本取れるようになったらな。そしたらシンシア団長にオレから進言するよ」


それは、事実上の拒絶に近い条件だったかもしれない。

だが、ミルカは不敵に笑った。


「乗ったわ、その勝負。すぐ膝をつかせてあげるから」

「はは、楽しみにしてるよ」

「ねえ、あとさ。あんた、バレずに風魔法を使いたいって言ってたわよね」

「...ああ。黒雷は使いたくないけど、正直魔法無しの戦闘には限界があると思ってる」

「本当に無詠唱で魔法が使えるなら、どうとでもなるんじゃない?」


ミルカは事も無げに言った。

私は思わず食い気味に聞き返す。

「どういうことだ?」

「あたしは魔法使えないから分からないけど、例えば――――――」


・・・


「なるほどな...確かにこれなら気付かれずに魔法を戦闘に織り交ぜられるな。お前天才か?」

「知ってる。教えてあげたんだから、これから私と模擬戦してよね。すぐに一本とってやるから覚悟しろ、ご主人様」

「...手厳しいな、使用人殿は」










このあと、滅茶苦茶ボコボコにした。


---


季節は巡り、新暦270年。

木々が春を祝う準備を始めたころ、フェナンブルク王国騎士団は新たな季節を迎えていた。

私も十三歳、しかし身長は伸びていない。


中隊選抜が終わり、私の率いる小隊は、百名体制の中隊へと拡大された。

同時に喜ばしい報も耳に届く。

ウィルとビューラはその功績を認められ中級騎士へと昇格。

そしてフォウは、上級騎士へと昇格を果たした。


今回の選抜内容は、その三人に任せてみることにしたのだ。


彼女らが提案したのは、選抜参加騎士たちにその場で即席の小隊を作らせ、私たち"セラ小隊"――つまり、私、フォウ、ウィル、ビューラ、そしてハイネの五人と戦わせるというものだった。

当然、合格条件は勝利ではない。

連携もままならない付け焼刃の小隊で、格上の相手にどう立ち向かうか。

個々の判断力、協調性、そして何より、諦めない心を試すものだった。


四百名弱の希望者と共に朝から始まった試験は、夕方まで休憩を挟まずに行われた。

残ったのは、九十五名。

勿論、参加者の殆どは女性であり、今回の合格者に男性はいなかった。

まだ、時代はそこまで変わっていない。

それでも、多くの女性騎士が私の下で戦うことを望んでくれた事実は、確かな変化を感じさせた。


その中には、あの赤毛の女性――クリスティンの姿もあった。

彼女は荒削りながらも、持ち前の度胸と腕力で試験を突破した。

「やったんだな、クリスティン。待ってたよ!」

「おう!へへ、これからよろしくなセラ隊長」

わざわざ声を掛けたのがそれほど珍しかったのか、クリスティンは"隊長に目を掛けられている奴"という扱いを受けている。


夕日が訓練場を茜色に染める頃、全ての試験が終了した。

私は高台に立ち、残った騎士たちを見渡す。

疲労困憊の様子だが――顔つきは、悪くない。

良い隊になりそうだ。


「皆、よく頑張った!今日から君たちは、オレらの仲間だ!厳しい訓練が待っているが、共に強くなろう!」


私の言葉に、騎士たちが歓声で応える。

その時、前列にいた一人の騎士が手を挙げた。


「隊長!今回は特別試合は行わないのですか!!」


その声に、他の騎士たちも騒めき立つ。

「見たいです!」「セラ隊長の実力を!」「伝説の槍術を!」

期待に満ちた視線が、一斉に私に注がれる。

まあ、これだけの人数が集まったのだ。

最後に士気を高めるための余興があっても悪くはないだろう。


「そんなものはこれからいつでも見れるんだが――いいだろう!誰か、志願者はいるか!?」


しかし途端に歓声は止み、誰も口を開こうとしない。

焚きつけるだけなら誰でも出来る。

(なんだよ...それじゃあダメなんだぞ)


その時だった。


「「「応っ!!」」」


重なった三つの声、出所を探すが――いない。

それもそのはずだ。

手を挙げ前に出た騎士は、私の横にいた。


フォウ・グッチ上級騎士、

ウィル・グッドマン中級騎士、

ビューラ・リー中級騎士。


私と共に戦い、共に成長してきた、仲間達。


「お前ら...」


会場が割れんばかりの歓声に包まれる。

新入りの騎士たちは、上官たちが総大将に挑むという展開に興奮を隠せないようだ。

三人は、真っ直ぐに私を見つめていた。

その目には、迷いも、遠慮もない。

あるのは、純粋な闘志と、私への挑戦心。


「本気か?」


嬉しかった。

彼らがここまで自信を持って私に挑んでくるとは思わなかった。

この一年で、彼らがどれほど強くなったのか。

それを肌で感じられる機会が来るとは。


「息子に自慢話、させてもらいますよセラ隊長!」

「覚悟してください!私の風魔法、かなり仕上がってますから!」

「セラ隊長にはいいところ見せておかないとな...最近の私、吐いてばっかりだし」

(お前は初日から吐いてたけどな)


「いいだろう―――まとめて相手してやる。ハイネ、これ頼むっ!」

「おっとと。あら、セラくん槍使わへんの?」

「ああ、丁度いい機会だ。オレも試したいことがあるからな」


ミルカ提案の戦闘方法、新しい風魔法の使い方。

この衆目に晒して疑いを掛けられなければ――方向性は間違ってないだろう。

(...いや、違うな。試したくてしょうがないんだオレは)




「じゃあ、始めようか。無手のオレに負けたら、お前ら訓練場百周じゃ済まないからな?」

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