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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第八章 -第三の勢力-
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076.幕間:地獄の残り火が産んだもの

険しい山岳地帯の中に、息絶えた村があった。


原始的な造りの家々が並ぶその集落は、現代の人族の生活様式とはまるで違う。

石を積み上げただけの壁、藁で編んだ屋根、土を踏み固めた床――干されたままの獣の皮。

文明の光が届かぬこの地で、人々は太古の営みを守り続けていたのだろう。


しかし、ここにしかない特異な点があった。


小さな村の中央に配置された広場には、死体らしきものが焼け焦げ山積みになっていた。

ただれた皮膚に溶け落ちた眼球、野生の生き物に貪られ、蛆が食い荒らしたそれは――直視に耐えないものだった。

人の形をしていたであろうその"何か"は、もはや生命の尊厳を一切感じさせない。

これが、セラの育った獣人の集落の今だった。


腐臭が立ち込める広場に佇むのは、ひとつの影。


背丈は百六十センチ程度、やせ型だが、深くかぶった薄汚い布のローブの下に、大きな荷物を背負っているのか不自然なほど背後が膨らんでいる。

その影は死体の山を見つめ――満足げに頷いた。


「うん、足りてる足りてる。これなら"開ける"かな」


声はうら若き女性のものだった。

フードの人物は、外套をゆっくりと脱ぎ始める。


月明かりの下に晒されたのは、日焼けしたかのような褐色の肌に、宵闇に溶ける黒々とした髪。

瞳は海に似た美しい群青だが、それを彩るはずの澄んだ白目は対となる墨色になっている。

人の姿をしているが、人ではない――そう直感させる何かがあった。


そして荷物を背負っていたであろう背中の膨らみは、彼女の身体の一部だった。

それが一部と言っていいかは、見る者によって捉え方が異なるかもしれない。

パサリと落ちた外套が隠していたのは、背から生える身長の二倍ほどの長さの――異形の腕。

それが肘を曲げた状態で畳まれており、今まさに解き放たれたそれは大きく伸びて月明かりを遮る。


赤黒く、フードの人物の胴体ほどもあろうかという太い腕回り。

何度もはがされたのか、本来爪があるはずの場所にはただれた肉が見えていた。


その腕に刻まれた黒い文字――新暦が始まるより以前に失われたルーンと呼ばれるその文字は、奇しくもセラの腕に刻まれたものと非常に似通っていた。








「デミトリ、アーカード、さあ...出ておいで」








慈愛に満ちた母の呼びかけと同時に、悍ましい死体の山は小さくなっていった――否、押しつぶされ圧縮されていったと言える。

やがて掌に収まるほど小さくなったそれは、脈打つ肉の種となる。

刹那、周囲の夜が一層濃くなった。


皆既月食――月は姿を消し、天に浮かぶのは闇の盃。


すると消えたはずの黒い月から、肉の種に向かって夜がどろりと零れてくる――そう、零れているという表現にしか例えられない。

重力に従い、どろりと糸を引いて注がれる漆黒の洗礼。

肉の種は零れた夜を吸い込み――そして、音もなく形を変えた。


現れたのは、二人の鬼。

鋭く突き出た犬歯は、閉じた口から自己を激しく主張する。

大柄で筋肉質、骨格は男性のそれだが、身目麗しく中性的な出で立ち。

女と同じ褐色の肌、しかし瞳は対になる朱の瞳孔――縦に割れ、爬虫類を思わせる。

鮮血の如き深紅のローブに、夜陰が顕現したかのようなマントを羽織っていた。


人はそれを、吸血鬼と呼んだ。


---


「久しぶりね二人とも...遅くなってごめんなさい、供物を探すのに色んな大陸を回ってたら遅くなってしまったの。許してくれるかしら」

「何を仰いますか、我が主。こうしてまた御前に膝をつけることは、これ以上無い至上の喜びでございます。敬愛する我が主にお会い出来たことに、心から感謝を」

「ありがとうデミトリ。私の可愛いデミトリ。さあ指を出して?」

「おお!良いのですか我が主!」

「ええ、勿論よデミトリ。こんなに待たせたのだから、お詫びをしなくてはね」


デミトリと呼ばれた吸血鬼は、主の前に膝をついたまま右手をあげ、そのまま小指を差し出す。


「まあ、小指だなんて。少し見ない内に随分とませた子になってしまったのね――」

その女は伸ばされた小指を口に咥え、丁寧に舌で転がす――淫靡な音にデミトリは極上の喜悦を味わっていると――


バチリ。


肉と骨が雑に食いちぎられる音に遮られる。

女は丁寧に、愛おしく租借した後、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。


「んっ...飲んじゃった――ごちそうさま」

「おおおお!おお!我が主の中に、私のっ!私の指が!!ああ!なんという...このデミトリ、もう思い残すことはございません」

「何言ってるのよ、もう。すぐに生えてくるでしょ?――アーカードも...やって欲しい?」


まだ頭を上げずに主の声を待つもう一人の吸血鬼、アーカードと呼ばれたその男は動じることなく応える。


「いえ、我が主...私目はそこの阿呆者とは違います故――命を果たした後、薬指を差し上げたいと存じます」

「な――貴様っ!アーカード!薬指だと!?許さんぞ!身の程を弁えろ痴れ者が!」

「ふっ、阿呆め。それを決めるのは我が主だ。貴様が喚こうと関係ない。」

「薬指かあ...ふふ、いいよ。じゃあ楽しみにしてるね?」

「はっ!御身に某の全てを捧げます。何なりとご命令を」


デミトリと呼ばれた吸血鬼は、嫉妬で引き千切れんばかりにマントを噛んだ。

撫でつけた黄金の髪は、いつしか戻った月の光に照らされ、眩くも怪しく夜を照らす。


「デミトリ?怒っちゃダメ。さてと、二人とも?さっそくお願いしていいかしら」

「「御意のままに」」


女は背から伸びる異形の手を器用に下ろし、椅子のようにして腰を下ろす。


「今はね、フェナンブルク王国とゴア帝国って国同士が争っているの。この集落で得られた供物は二百人くらい――これでどちらかの国の人間を全て供物に出来れば、やっと"本殿"の扉が開くと思うのね?――デミトリは王国側、アーカードは帝国側。ふたりで競争して、先に国を滅ぼした方にとびっきりのご褒美、あげようかな」


二人の吸血鬼の拳が固く握られ、溢れ出た殺気によって木に留まっていた鳥たちは、ぽとりと地面に落ちる。

「――貴様には負けんぞ、アーカード」

「囀るな阿呆者が。我が主が待っているのは某の薬指だ。昼寝でもしていろデミトリ」

「頑張ってねふたりとも。期待してるよ?あ、何か"連れて"いく?」


女が言ったことが何を指していることなのか、本来誰も知る由は無い。

しかしこの吸血鬼達には当然伝わっている――


それが、彼女に宿る数百の"呪い"であることを。


「ご冗談を。至高の御身から呪いを借り受けねば命を果たせぬほど、某は脆弱ではごぜいませぬ。(しか)(なが)ら――いつ見ても、圧倒されますな」

「...ねえアーカード。それって、褒めてるつもりなの?あんまり嬉しくないなあ。むしろ悲しくなっちゃう」

「はうあああっ!?ち、ちが!某は我が主を悲しませようとしたわけでは!」

「ふん、アーカード、愚者は貴様だったようだな。我が主、呪いの王よ。その威光、眩すぎて直視すら憚られます」

「はあ......デミトリ?私はこの忌まわしい呪いを消す為にずっと足掻いて来たの。ね?分かる?分からないのかな...あーあ、貴方にはガッカリだよ。ガッカリなデミトリ。もう可愛いデミトリじゃないわね」

「あばばばばばっばあばああ!?」


しかし、二人が驚嘆の言葉を口にするのも無理はないことだろう。

もし仮に、呪いが見える者がいたとしたら、彼女が如何に異質な存在であるかは一目瞭然だ。

一般的には認知されていない事実だが、呪いは常に動物の形を模している。

白い梟、灰色の蛇――それらは宿主と常に共にある。


そしてこの女が纏う呪い、それは動物ではない。

小柄なゴブリンのような小鬼。

今は女の肩に乗り、足を宿主の首に巻き付けている。

しかし小さいのは身体まで。


頭は異常なほどに大きく、女の身体の十倍はあるだろうか。


顔と呼ぶのが難しいほど歪な造形――何故なら口は無く、鼻は無く、耳も無い。

代わりに飛び出る直前の出来物に似た大小の眼球が、顔全体を覆っている。

身体は白く、幽世を思わせる光を放つ。


数百の呪いは、

歪に混ざり合い、

醜く喰らい合い、

いつしかこの姿になっていた。


表情は分からないのに、ニタリという音が自然と耳にこびり付く。

二百年以上を生きる二人の吸血鬼にも、戦慄せざるを得ない――怪物。


「はい、おふざけはここまで。私の可愛いデミトリ、愛しいアーカード。いってらっしゃい。あまり待たせないでね?」

「「ネクロニ様の御心のままに」」


二つの影は、東と西に散って行った。

これから起こるであろう血の宴を想い、ネクロニと呼ばれた女は穏やかな笑みを浮かべた。

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