070.仮面の使用人【挿絵あり】
玄関口に立つシンシア団長は、いつもと変わらぬ凛とした佇まいだった。
ただ違うのは、ここは騎士団本部でも、執務室でも、王宮でもないということだ。
絵になる美しさと言われれば聞こえはいいが、どこか非日常を感じさせる。
「シンシア団長、なぜこちらに?」
「言っただろう、ドゥルパ。使用人は騎士団が用意すると。ちゃんと話は聞いておけ」
「はっ。申し訳ありません」
半分上の空で聞いていたことをぴしゃりと詰められ、ばつの悪い謝罪になってしまった。
しかしこれほど広い家であれば、使用人がいないというのも逆に維持は難しい。
――ならば、団長の隣に立つ少女こそがその人なのだろう。
「団長、ではその人が?」
「はいっ!はじめまして!」
団長の隣に立っていた小柄な影が一歩前に出た。
鈴を鳴らしたような、よく通る声だ。
淡い桜色の髪はきちんと切り揃えられており、大きな瞳は陽の光を受けて琥珀色にきらきらと輝いている。
黒と白を基調とした、いかにも「使用人」といった印象の服を身に着けているのに――
ふわりとした可愛らしさが先に目に飛び込んでくるせいか、重たさを感じさせない。
絹糸のような細い指先を胸の下で揃え、美しく洗練された動きで丁寧にお辞儀をした。
「ミルカ・ルーヴェンと申します! 本日より、セラ・ドゥルパ一星騎士殿の身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願い致します!」
元気よく名乗りを上げた少女は、顔を上げてこちらを真っ直ぐ見つめる。
燦然と照らす日のようなその瞳には、敬意と――ほんの僅かな緊張が宿っているように見えた。
ただし、それ以上に無視出来ない単語が彼女の口から発せられたことに、私の頭は動きを止めてしまう。
(ミルカ..."ルーヴェン"?)
違和感が、胸の中に小さな波紋を広げた。
「あーっと...ミルカ、その、これからよろしく頼む――あの、シンシア団長、ひとつ聞いても?」
「うん?なんだ、ドゥルパ」
「セカンドネームが、その...団長と同じ、なんですが――」
「ああ、ミルカは私の妹だからな」
頭の中で、団長と目の前の少女の輪郭を重ねてみる。
次に鷹のように鋭い目と、ぱちりと可愛らしい琥珀の瞳を交互に見比べるが――
(に、似てないな――)
「ミルカは私よりよほど学がある出来の良い妹だ。しかし――血生臭い道を歩ませたくはない。男性の主人に奉仕する使用人というのは珍しいが、それでも戦火に身を投じずに生きていけるのであれば、望むべくもない――そして、ドゥルパ。私はお前を信頼している」
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが...」
「なんだ、私の妹が不満か」
「団長、ちょっと目が怖いです」
「質問に答えろ、セラ・ドゥルパ。何か、問題があるのか?」
「――いえ、ありません。私の身に余る大変素晴らしい方だと思います」
「はは!そうだろう!」
シンシアはミルカの頭に軽く手を置きながら言った。
彼女の言葉には王国騎士団長としてではなく、一人の姉としての響きが混じっている。
「もう、お姉様ったら!」なんてじゃれ合っているが、本来微笑ましいであろうその様子は芝居がかって見えてしまう。
私に用意されていたのは肯定という選択肢のみだったのだ。
「では、ミルカ」団長が呼びかける。
「は、はいっ!」
「ドゥルパがこれからお前の主だ。あとはお前の口から伝えろ」
「承知致しました、お姉様っ!」
やはり、血の繋がりのある姉妹なのだろう。
ミルカは嬉しそうに頬を緩めると、私の方へ向き直った。
「セラ・ドゥルパ一星騎士殿。至らぬ点も多々あるかと存じますが、誠心誠意お仕え致します。どうか、よろしくお願い致します!」
小さな身体には不釣り合いなほどに――彼女は深く、深く頭を下げる。
「ああ、よろしくな。そんなに畏まらなくていいぞ?」
「いえ!一星騎士殿は、王国に十二人もいらっしゃらない偉大なお方ですので!当然のことです!」
やけにきっぱりと言われてしまい、私は頭を掻くしかなかった。
(――そんな大層なものじゃないんだけどな)
心の中で小さくぼやく。
だが、この国の中で"星付き"であることがどれほどの意味を持つかは、流石に理解し始めていた。
これまで無遠慮に投げかけられていた蔑みも、冷たい視線も、今はもうほとんど向けられなくなっている。
代わりに、こうして――必要以上に持ち上げられることが増えた。
どちらが楽かと言われたら、答えに詰まるところだ。
いつになく朗らかな笑みを浮かべる団長は、小さく息を逃がした後、同席した怪しげな男に声を掛ける。
「そちらの――"家売り"のお方。すでにドゥルパへの説明は済んでいるのだろうか?」
シンシアが問いかけると、日の当たる時間にはあまりにも目に刺さる派手なタキシードを着たインキュバスは、輪をかけて鼻に突く声色で奏でた。
「いえ、いえ。これから部屋を共に回る予定でございます。それと――ご挨拶が遅れたこと、心より謝罪を、シンシア・ルーヴェン王国騎士団長閣下。お初にお目に掛かります!ワタクシ、ワンダー・クルーと申します」
「...クルー?ああ、貴公が"あの"男娼館の主人か」
「おぉっと!ワタクシのことをご存知だったとは、いやはや!これは望外の喜びですなあ!ルーヴェン殿が足を運んでいただけた暁には、全身全霊をもって最高のサービスを提供させていただきます!」
「結構。私はそういったものは好かん」
「はっはは!これは手厳しい!では妹のミルカ殿は如何かな?そういったことに興味があるお年頃――」
――ワンダーの軽口が急に止まる。
私が瞬きをし――瞼を開けた後に見えていた景色は、シンシア団長の剣がワンダーの首筋に冷たい鉄の感触を伝えているところだった。
知覚する間もなく剣を抜いたとでも言うのか。
音すら置き去りにするそれは、人知を超えた技だと言える。
(速ぇ...!?団長って母さんと同じくらい――)
「おぉっと...失言でしたか。ルーヴェン殿、出来れば剣を納めていただけますかな?団長閣下の"想い"は十分に理解致しましたので」
「聡明な判断だクルー殿――あと数刻遅ければ、ほんの少しばかり...力が入ってしまったかもしれん」
「わ、私は大丈夫ですお姉様!もうそれくらい自分で断れます!」
団長は――男娼館を使わないのか。
ワンダーに教わった知識のせいで、変に気になってしまう。
あまり良くないこと、だとは分かっているが...
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四人で部屋を全て回り終え、ワンダーが私とミルカにあらかた説明を終えた後――
「では、私はそろそろ失礼するとしよう。騎士団長不在というのは、あまり聞こえが良くないからな」
シンシア団長が踵を返す。
その後ろ姿は、いつも通り、揺るぎない。
「騎士団長閣下、もしよろしければこのワンダーめに、騎士団本部まで送らせていただけますかな?」
「丁重な申し出に感謝する、クルー殿。しかし遠慮しておこう。私には――馬が性に合っている」
少しはにかんだようなシンシア団長の笑顔に、私の胸に感じたことのない憧憬の念が湧いた。
寒空から降って降りる日の光は、柔らかで繊細にもかかわらず、舞台に立った役者を殊更に引き立たせた。
(か、格好いい――)
「いやあ、実に騎士らしいお言葉でございますなあ!」
ワンダーは心底楽しそうに笑い、深々とお辞儀をした。
団長は軽く会釈だけ返すと、厩に繋いであった白馬に近づき、手綱を解く。
「ドゥルパ、何かあればすぐに報告しろ。お前は一人ではないぞ。それと――ミルカに良くしてやってくれ」
「はい、団長」
その姿は――やはり私が、背中を追い続けたいと思う人間そのものだった。
家族を大切に想い、下の身分の人間にも大仰な態度を取らない。
女尊男卑という文化を騎士団に持ち込まず、民のために戦う者。
彼女こそが――私の目標だ。
それだけ言い残し、シンシアは馬にまたがる。
ワンダーも私に軽く挨拶を済ませると、足早に薄墨色の馬車に乗り込んだ。
閉じた馬車の戸から声が、道化師の泣き言が漏れてくる。
(よほど怖かったんだな...)
ほどなくして、二つの影は石畳の通りの向こうへ消えていく。
ワンダーは途中で別の方向に曲がり、男娼館へ戻っていったようだ。
残されたのは、私と――桜色の髪の少女、ミルカ・ルーヴェン。
「ミルカ、分からないことがあったら言ってくれ。オレも、こういう生活には慣れてな――」
そう言いかけた――その時だ。
「はああああああぁぁ...もうマジ最悪」
大きなため息と共に、ミルカの"方向"から低い女性の声が聞こえてくる。
一瞬、理解が追い付かなかった。
さっきまでの太陽のような笑顔は、どこにもない。
眉はわずかに吊り上がり、琥珀色の瞳は半眼になっている。
その言葉がミルカ本人のものだと受け入れるのに、かなり時間を要したと思う。
「なんでこんなオスガキの面倒なんか見なきゃいけないのよ――私はお姉様と一緒に戦場に立ちたいのに!あ゛~!もうっ!ホント無理!!」
隠すつもりのない大きな独り言は、まだ私の気持ちを置き去りにしていた。
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Character20
名前 : ミルカ・ルーヴェン
年齢 : 15歳
身長 : 153cm
種族 : 人族
所属する団体 : フェナンブルク王国
階級 : 特になし
特技 : 不明
魔力適正 : なし
属性 : なし
桜色の笑顔の下に、姉への憧れと野心を隠す使用人
フェナンブルク王国騎士団長シンシア・ルーヴェンの実妹。
淡い桜色の髪と琥珀色の瞳を持つ小柄な少女で、黒と白の使用人服がよく似合う可憐な容姿をしている。
姉であるシンシアの過保護なまでの配慮とセラへの信頼を理由に、 一星騎士となったセラ・ドゥルパの専属使用人として派遣された。
姉とは似ても似つかない愛くるしい笑顔と礼儀作法でセラを出迎えたが、 それは姉の前で見せるための外面に過ぎない。
本性は口が悪く、姉のように戦場に立って武功を立てたいという野心を持つ勝気な少女である。
シンシアがいなくなった途端、セラのことを"オスガキ"言い放ち、盛大なため息でセラを唖然とさせた。
姉シンシアのことは深く敬愛しており、彼女の決定には表向き従順だが、内心では不満が燻っている。
学業優秀で出来が良いと姉に評されているが、その優秀さがセラへの奉仕に向けられるのか、 それとも野心の踏み台にされるのかは未知数である。




