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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第一章 -友は語る-
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007.騎士団長シンシア・ルーヴェン

砦の中庭を抜け、フレデリックとセラは騎士団本部の建物へと向かった。

廊下を歩く騎士たちの足音が規則正しく響き、ここが確かに軍事組織であることを物語っている。


男性の騎士も数人見かけたが、その数は圧倒的に少ない。

申し訳なさそうに端を歩く彼らの姿は、この組織内でも立場の弱さを如実に表していた。

力を誇る騎士団でさえこの有様なのだから、この国の男性の地位がどれほど低いかは推して知れるだろう。


フレデリックは慣れた様子で廊下を進み、執務室の前で立ち止まった。


「シンシア団長、フレデリックです。斥候任務から戻りました」

「入れ。」


扉の向こうから響いた声は美しく――それでいて背筋が伸びる凛とした女性の声だった。

フレデリックが扉を開けると、執務室の奥で一人の女性が書類に目を通していた。


静かに――しかし消えることなく燃え続ける炎のような女だった。

苛烈な深紅の長い髪が印象的だ。


道すがらフレデリックに聞いた話によれば、騎士団長の任に二十歳という若さで着任したのは彼女が初めてだったそうじゃないか。

他に適任者がいなかっただけかもしれないと当時は邪推したが、そうではない事はすぐに分かった。


長い赤髪を耳にかけ、一瞬顔を上げて訪問者を見据える。

彼女が瞬きをするその刹那、全てを曝け出したような気分になった。

自分自身ですら気づいていない深淵を覗かれている――異様なほどの洞察力。

現在の地位は実力で掴み取ったものだと、暗にそう言われている気がした。


彼女の机の上には山のような書類が積まれており、戦時下の多忙さを物語っている。

室内の空気は張り詰めており、セラは息をするのも憚られるような緊張感を覚えていた。

壁には歴代騎士団長の肖像画が掛けられているが、その中で彼女だけが異様に若く、同時に最も美化されて描かれていたのが印象的だった。


「...ご苦労だった、フレデリック。報告を聞こう」


シンシアは顔を上げることなく、淡々と言った。

感情の起伏や抑揚が無い、無機物のような一声。

瞳はせわしなく書類の文字を追い、時折手に持った羽根ペンを迷いなく動かす。


「はい。帝国軍の動向についてですが、確認出来ませんでした。ゴブリン数十匹の足跡が痕跡として残っておりましたので、恐らくは誤報かと思われます。」


フレデリックの報告を聞きながら、シンシアは地図に印をつけていく。

羊皮紙の上に記されたその印は既に数多く、この戦争がいかに複雑で長期化しているかを物語っていた。


「そのゴブリンは確認出来たのか」

「はい。すでに討伐まで完了しております」

「了解した。危険な任務ご苦労だったな。今日は休め―――――それで?」

端的な疑問の投げ掛けと共に、シンシアはようやく顔を上げる。


視線で、"射殺す"。


彼女の瞳はそれを可能にするような力があるように思えた。

相手の嘘を許さないと言ったほうが正しいだろうか。

この人間の前では、自ら真実を紡いでしまうような妙な雰囲気を纏っていたんだ。



どこから入ってきたのか、

いつの間にか彼女の肩に"白い梟"が一羽、大きな欠伸で自らの存在を誇示していた。



「フレデリック、そちらの少年はこの場に同席する必要があったのか」


彼女の問いには、僅かながら困惑の色が滲んでいた。

今は戦時中であり――ここは軍最高司令官の執務室。

この場に子供が立っているという状況自体が異常であり、彼女の日常に波紋を投げかけていたのかもしれない。


「...彼について相談があります」


フレデリックはセラの肩に手を置いた。

その手は実の父親のように温かく、セラにとって心強い支えとなっていたと思う。

何せ少年にとって人族の文化圏に於ける知人は、今まさに横に立つこの大男のみだったからだ。


「彼の名はセラ・ドゥルパと申します。獣人族の集落で育った人族の少年で、非常に優秀な戦闘技術を持っています。」

彼の報告は矢継ぎ早に続く。

「先ほど報告したゴブリンの群れを討伐したのは、彼です。群れにはゴブリンジェネラルも含まれていました。吾輩が一部始終を見ていたので、間違いありません。」

そして大きく、深く、息を吸う。


「彼を――騎士団に迎えたいと考えております。」






シンシアの表情に僅かな変化が現れた。

眉間に小さな皺が寄り、険しい顔つきになる。

彼女は書類から完全に目を離し、セラを真っすぐ見据えた。


恐ろしいほどに鋭いその視線には、驚きと、そして僅かな警戒心。

獣人族に育てられた人族の子供など、彼女の常識の範疇を超えていたのだろう。


「...獣人族の集落で育った、と。」


彼女の声には、信じ難いものを聞いたという困惑が込められていた。

それはそうだろう。

一般的に人族と獣人族の関係は決して良好ではない。

ましてや人族の子供を育てるなど考えられないことだろうからな。

ひと昔前は、獣人族は人族によって奴隷狩りに遭っていたはずだ。

野蛮で、下卑た風習だよ、まったく。


「はい。詳細は後ほど紙面にまとめますが、先ほど報告したゴブリンの群れを殲滅したのは、この少年なのです。ゴムリンジェネラルを含めた五十匹のゴブリンを相手に――子供が、一人で、です。」


フレデリックの証言に、シンシアの表情がさらに複雑になった。

十一歳の少年がゴブリンの大群を倒すなど、にわかには信じ難い話だ。

常軌を逸していると言っても過言ではない。

しかし、彼女にとってフレデリックという人物は信頼に足る人物なのだろう。

彼女の表情からは深い葛藤が見え隠れしていた。



長い沈黙が流れた。

視線をセラから離す事なく、指で机をトントンと叩く。

察するに彼女を最も悩ませていたのは、セラが男性であり、そして子供だということ。


「...フレデリック、お前の推薦は理解した。ドゥルパ、と言ったな。私は騎士団長のシンシア・ルーヴェンだ。」

「セラ・ドゥルパだ。」

セラの端的な返しにシンシアの眉が一瞬上がった気がした。


「騎士団には厳格な入団基準がある。年齢、性別に関わらず、全ての志願者は同じ試験を受けてもらう」


それは公平性への配慮ではなく、この試験で諦めてもらおうという意図も感じられた。

恐らく彼女の心の中では、セラが騎士団に馴染めるはずがないという確信があったのだろう。

フレデリックはセラの肩に手を置き、声を掛ける。

「...セラ、そういうわけだ。そんな難しい事ではない、落ち着いて挑むといい」


「ああ、分かったよ。で、オレは何すりゃいいんだよ、シンシア。」

「言葉に気をつけんか!馬鹿者!」


フレデリックの拳がセラの頭の上に落ちた。


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