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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第七章 -二人の罪人-
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064.遥か

「ドゥルパ、アリア・ヴェルディスから帝国に関する情報を何か聞いていないか?和平とは無関係な雑談の中でもいい。覚えている限り、全て話して欲しい。どんな些細なことでもだ」


その問いは、想定の範囲内だった。

むしろ、この場で聞かれないはずがない。

私は、ほんの一瞬だけ躊躇してから、ゆっくりと口を開いた。


梟の双眸が、かすかに細められた。

気のせいではない。

あの白い鳥は、確かに私を見ている。


「帝国の魔術体系の一部、特に複合属性魔法の理屈について、報告します」

「っ!?聞いたのか!?」

「はい」


シンシアの目が細くなる。

その意味を測りかねているようだった。

私は、ローレルの記憶から拾い上げた断片を、ひとつずつ言葉にしていった。

彼女の魂から教わった脅威の魔術――霆鳴風之綴<インパルス・ウィスパー>を始めとすることを。


単一の属性だけでなく、二つ以上の属性を同時に制御することで、既存の枠を超えた現象を起こすことが出来るということ。

ただし、それには常軌を逸した魔力量と、肉体と魂にかかる膨大な負荷が伴うこと。

アリアと双子の魔術師――ローレルとイェンスは、それを実現するために人間の魂を魔石に変換するという禁忌の研究にまで手を出したこと。

以前、王国軍に多くの犠牲者を出した竜巻と雹塊の重戦術級魔術、積陣雹嵐<レイジングストーム>もまた、その延長線上にあるということ。


一息ごとに、シンシアの表情から色が抜けていく。

フレデリックでさえ、もう口を挟もうとしなかった。


「なんと...なんということだ――人の魂を魔石にするなど狂人...いや、既に人ですらないぞ」

「しかし、ユークリッド皇帝も承認していたと」

「...くっ――何が、聡明にして慈愛ある皇帝か...」


団長の声は低く、掠れていた。

それでも、問いは続く。


「ドゥルパ。確認する。今の話は本当に――アリア・ヴェルディスが貴様に語ったことか?」


梟の目が、ぱたりと動く。

丸く、大きく見開かれた。

ほんの僅かな間、時間が止まったようだった。


(嘘を、つくのか?)


自分で自分に問う。


アリアは、そこまで話していない。

ほとんどはローレルの魂から得た情報だ。

そう正直に言えば、団長はどう動くだろうか。


私が、何者であるのか、きっと説明しなければならなくなる。

(それを団長に言うのは――危険な、気がする)


「……はい。全てアリア・ヴェルディスから聞きました」


長い沈黙のあとで、私は、肯定した。

嘘を、ついた―――いや、つくことが"出来た"。

(あ、れ...なんでオレ――)


心臓が、不規則に跳ねる。

喉の奥が、妙に渇いていた。

嘘をついた。

私自身の利益のために。

それが正しかったのかどうか、今の自分には分からない。

ただ――

その瞬間だった。









偽るな――

偽るな。

偽るな!!!!






白い梟が、ばさりと羽音を立てて翼を広げた。

目を見開き、これまでに聞いたことのないような甲高い鳴き声を上げる。


「キィィィィィィィッ!!」

「なっ――?」


梟は一直線にこちらへと飛びかかってきた。

団長は気づいていない。

白い塊が視界いっぱいに広がり、その嘴が、爪が、私の顔めがけて迫る。


相手に嘘をつかせない呪い。

今まで、誰も逆らえなかった呪い。

シンシア・ルーヴェンという人間を縛り続けてきた、見えない鎖。


それが今、私に牙を剥いている。


『貴様さえ、いなければ――』

――冷たい声が、私の内から湧き上がる。


『我が心に平穏を迎えることが出来ただろうに――』

それが"彼"ではなく、自分の声だと気づくのに時間は掛からなかった。


『下等な呪いの分際で我に歯向かうとは、頭の中は伽藍洞のようだな』

体の自由は奪われていない――これは、本心なのだ。


誰かを縛って、誰かを追い詰めて、誰かを殺してきた呪いだ。

シンシアの口から、何度も何度も真実を引きずり出させて。

場を壊して、関係を壊して。

何もかも、お前のせいだろうが―――











『煩わしい――爆ぜろ』


飛びかかってきた梟を、咄嗟に右手で払った。

ぐちゃり、と生々しい感触が掌に残る。


「ギィィィイイイィィィィィ――ッ!」


白い梟は、奇怪な悲鳴を上げながら宙を舞った。

その身体から、どす黒い靄がぶわりと噴き出す。

墨を溶かしたような色――黒よりも、なお黒い。


「――ドゥルパ?何をしている?」

「……何でもありません。羽虫が飛んでいたもので」


条件反射で、そう答えてしまっていた。

息が上がる。

心臓が早鐘を打つ。


黒い靄は、梟の身体を覆い尽くすと、その輪郭ごと溶かすように飲み込んでいった。

空気が、僅かに凍る。

次の瞬間――梟は、跡形もなく消えていた。


静寂。

誰も何も言わない。


「……まあいい。十分な成果だドゥルパ、よくやったな。ヴェルディスから聞き出せた情報は、これからの戦略に大いに役立つだろう」

「はっ」

「近々、家売りがお前を訪ねるだろう。使用人は騎士団が選ぶことになっている。私が見繕っておこう」

「承知致しました。ありがとうございます」


言葉通りに受け取っていいのかは分からない。

それでも敬礼をして部屋を出る以外に、私に出来ることはなかった。


---


執務室を出てから、どれくらい歩いたのだろうか。

気づけば私は、騎士団本部の中庭の片隅に座っていた。


秋の空は高く、雲は薄絹のように伸びている。

空を見上げると、胸の奥に渦巻く澱が、少しだけ空に溶けていくような気がした。


(呪いを触った、んだよな)


右手のひらを見つめる。

さっき払った時の感触が、まだ残っている気がする。

"呪い"を、触れて――消し去った。


それが良かったのかどうか、今の自分には判断がつかない。

ただ一つ言えるのは、あの黒い靄と同じ色を、私は知っているということだ。

――ローレルの魂を喰らった時の、あの闇。


「……やっぱり黒雷は、もう使わない方がいいかもな」


小さく呟く。

あの力を振るうたびに、自分の中の"何か"が擦り切れていく感覚がある。

このまま考えなしに使えば、きっとどこかで取り返しのつかないところまで行ってしまうだろう。

そして――その臨界点は、すぐそこまで来ている。


肌寒い風が、頬を撫でた。

ふと意識を向けると、そこには確かに"風"のマナの流れがあった。

ローレルの魂が寄り添っているのが分かる。


(――ごめんな。勝手に、使わせてもらうかもしれない)

意味をもたない謝罪の言葉は、胸の内に留めておこう。


黒雷を抑えて、風を使う。

中距離からの牽制や、味方の支援。

今までハイネやビューラに任せてきた役割を、自分も担えるようになれば――きっと戦い方の幅が広がる。

幸いなことに、私には"風神"と戦った経験があり、神童と呼ばれた魔術師の記憶がある。


問題は、どう説明するかだ。

今度は風魔法が使えるようになったなんて、簡単に言える話ではない。

魔力適正は生まれつきで、後から変わることはない、というのがこの世界の常識だ。

そんな常識を、自分の身体はあっさりと裏切っている。

それも、二度。


デミあたりに相談すれば、跳ねて喜ぶだろう。

喜びすぎて、また変な実験台にされかねないのが難点だが。


(誰に、どこまで話すべきか――考えないとな)










ふと、胸の奥底に沈んでいた重りが浮かび上がってきた。

カルラとラビ、そして生まれた赤子は、アリアが逃がしてくれたという。

その言葉だけを、私は信じている。

でも――どこに向かったのかまでは、聞いていなかった。

せめて、どの方角に走ったとか、どこの麓を目指していたとか――それだけでも聞いておけばよかった。


――今さら遅い。

アリアは敵になり、王城から逃げた。

帝国に戻ったのか、それともどこか別の場所に身を隠したのか。


風が、秋の空を渡っていく。

雲は高く、陽は少しずつ傾き始めていた。


「...母さん達、今どこにいるんだろうな」

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