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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第七章 -二人の罪人-
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059.辺境の会談

スマゴラの外れにある、納屋と見間違えられるほどの小さな家。

天井は低く、窓は一つ。

ベッドと机、それに椅子が二脚。

あとは食料棚と、壁に立てかけられた槍が一本――それだけだった。


集まったのは、

私、セラ・ドゥルパと――

フェナンブルク王国騎士団長シンシア・ルーヴェンと、その右腕フレデリック・アーケイン。

そして、ゴア帝国ヴァルキリー隊総隊長、"風神"アリア・ヴェルディス。


別に不満があるわけではないが、この家は決して広くない――本当に広くないのだ。

そこに四人、しかもその内の一人、フレデリックは身長二メートル近い大男ときた。

狭い、狭すぎる。


沈黙を破ったのは、シンシアだった。

「...フレデリック。男性騎士の住まいというのは、総じて――こうなのか?」

ちらり、と彼女の視線が部屋の隅々を巡っていく。

粗末なベッド、硬いパンが入った木箱。

哀れみの目がフレデリックに向けられた。


「概ね、その通りであります」「...そうか」

団長は、わずかに眉間に皺を寄せて、短い溜息を吐く。


「とにかく、腰を落ち着けて話そう。椅子は――二つか。」

フレデリックが椅子を引き、シンシアは慣れた所作で腰を掛ける。

自分も、と思った時には――時、既に遅し。

アリアは団長の対面に座っていた。

椅子、引いた方がよかっただろうか。


二人の視線が交叉した刹那、秋には似つかわしくない冷えた空気が首を絞める。

会談、と言っていいのかは分からないが――今日、歴史が動く気がする。


「では、改めて。アリア・ヴェルディス総隊長」

シンシアが、真正面からアリアを見据える。

視線には一切の色がない。

ただ、真偽を計ろうとする冷たい光だけがある。

肩に乗る白い梟も鋭い猛禽類の瞳をアリアに向けていた。


「ここにいる全員で、互いの立場と意図を確認しておきたい。貴女はゴア帝国の"風神"にして、ヴァルキリー隊総隊長。帝国より和平交渉の使者として派遣された、という認識で間違いないか?」

「はい。その通りです」


迷いなく、そして揺るぎない声。

その横顔を見ながら、私はふと思い出す。

劫火に照らされた彼女の――人形のように何かを失った顔を。

今そこにいるのは、


私と同じ人か、

意思を持たない傀儡か、

もしくは...殺戮者か。


「貴殿がドゥルパの故郷の近くで見たものについては、おおよそ彼から聞いている。獣人族の集落の異常、そしてその後の惨劇。貴女の口からも、改めて話して欲しい」

「分かりました。隠すことは、何もありませんから」


アリアは一度だけそっと息を吸うと、ぽつり、ぽつりと話し始めた。


山での迷走、フェンリルとの遭遇、母さん達との出会い、集落での半年。

あの穏やかな日々から、突然歯車が狂い始めたあの夜のこと。

獣人達が狂い、互いを食い破り始めた目を覆いたくなる惨劇。


彼女は一つ一つを淡々と、だが一切の誤魔化しなく語っていく。

自分の手でカルラたちを逃がしたことも、獣人族を皆殺しにしたことも、焚き上げたことも。

フードを被った得体の知れない誰かのことも。


――胃から、嫌なものが這い出ようと上がって来る。


団長は黙って聞き続けた。

しかし、私ですら分かる。

友好的な雰囲気ではない。

アリアが発する言葉の全てに、疑いを掛けているのを隠そうとしない。

フレデリックは腕を組んだまま、静かに目を閉じている。

何を考えているのか、表情からは読み取れなかった。


「――そして、そこにセラ君がやってきました」

アリアの話は、あの集落の炎の中で私と視線を交わしたところまで続いた。

自分の話を人の口から聞くのは不思議な感覚だ。

あの時の自分が、どう見えていたのか。

彼女の言葉には、責める色も、弁解もなかった。

ただ、事実だけが並べられている。


「以降のことは、セラ君から聞いて戴いた内容と相違ないと思います」

アリアが話を締めると、部屋の空気はさらに重く沈んだ。


「貴殿の言う通り、ドゥルパから事前に聞いていた話と相違は無いようだ」

団長の声は――静かな声なのに、妙に響く。


「では、本題に入らせてもらう」


「貴殿は、フェナンブルク王国との和平を成立させる意志がある。これはユークリッド皇帝...ゴア帝国としての公式な方針であると理解していいか?」


「はい。陛下は、戦争の長期化による民の疲弊を憂い、この戦を終わらせる道を模索しておられます。その一環として、私にフェナンブルク王国への和平交渉を命じました」


団長の目が、ほんの一瞬だけ私の方を掠める。

すぐにアリアへと戻るが、その刹那に何かを測るような鋭さが宿っていた。


「次だ。ドゥルパの保護の下、貴殿はここに滞在することを彼に希望したと聞いている。これは貴殿自身が"人質"として我が国に身を預ける、そう解釈していいのか?」


シンシアは淡々と、義務的に質問を重ねていく。

一切の感情が排除された声で。

アリアは一瞬だけ目を見開いた。

それから、真剣な顔で、ゆっくりと言葉を紡いだ。

その時―――見た。

白い梟が、動物とは思えない気色の悪い笑みを浮かべたのだ。


「そのような意味ではありません。私は大好きなセラ君と一緒にいたいだけです」

(......ん?)


言葉そのものは、静かで、当たり前のことを述べるような調子だった。

だがその意味が、頭の中に届き――理解されるまでに、妙に時間がかかった。


数拍の後、ようやく自分の耳が聞いた内容を処理し終えた瞬間――顔から火が出そうになった。

何を――言っているんだこの女。

アリアはアリアで、自分の口から出た言葉の意味を理解したと同時に目を見開いた。

「えっ――えっ!?い、今のはそのっ、あのっ......え?私、何を!?」


耳まで真っ赤になり、両手で自分の口を思い切り塞いでいる。

顔を上げようとしながらも、恥ずかしさに耐えきれず俯く姿は、いつも見ている冷静な"風神"とは別人だ。


自分の心臓がやかましい。

落ち着け。

落ち着け!


「だっ、大好きって……お前、その、何の……!」

まともな言葉が出てこない。

視界の端で、フレデリックだけが不自然なほどに笑顔だった。

微笑ましい日常を見守るような大らかさが、逆に現実を強く認識させる。


そんな中、団長は怪訝そうな顔で、私達のやり取りを見ていた。


「ちっ、違います!違――わなくはないか!?いえ、失礼致しました!続きを!!ルーヴェン殿!」


アリアは完全に自分で自分の言葉に絡まっていた。

膝の上で握りしめた拳が震えている。何故か、私の方まで恥ずかしさで死にそうだ。


「......仕切り直すぞ」


普段から感情が読み取りにくいシンシア団長だが、今なら分かる

額に薄く浮かんだ青筋が、明らかに増えている――正直、少し怖い。


「我々がこの家に到着した際、扉を開けるまでに少々時間がかかった――何をしていた?」

明確な疑念――アリアを試している。

僅かな綻びでも見せようものなら剣を抜く。

そんな気迫が伝わってくる。

しかし、"風神"は動じない。目を逸らさず堂々と答える。




「ベッドでセラくんの匂いを堪能していたのです。裸だったので服を着るのに時間を要しました」

「「「......うん?」」」

「あっ」



梟は人間のように笑っていた。

聞き間違いだろうか――その一言さえも口に出せない。

ここまではっきりと言い切られるとどうしようもない。

鳥でさえも鳴くのをやめ、顔をしかめたような気がした。


”匂いを堪能"という単語が、鈍器のように私の脳を揺さぶる――

今すぐ逃げ出したい...


「あっ!?あぁっ!!!!なんでっ!!!?」

彼女の目の奥に浮かぶ、こんなはずではなかったという絶望。

それが妙におかしい――いや、笑い事ではないのだが。

私はもう立っているのがやっとだった。

母さんの訓練でもここまで膝が笑ったことはない。


「シンシア・ルーヴェン!な、何かのアーティファクトを使っているのですかっ!?こんな...こんな屈辱は生まれて初めてです!」

涙目でシンシアを指差すアリア。

団長は心底困惑したような顔で首を傾げた。


「残念ながら、そのようなアーティファクトの存在は知らないが...」

「うそ...じゃあ、じゃあ何で私はさっきから……!」

「――で、どんな匂いだった?」


「彼の汗と...むぐ!?」「団長っ!もう勘弁してくださいっ!」

もう限界だ。咄嗟に私はアリアの口を手で塞いだ。

これ以上余計なことを言われてはたまったものではない。

いつまでその顔をしているつもりだ!フレデリック!


「脱線したな。最後の質問だ。我々は貴殿の痴態を知りたいわけではない」

「.........死にたい」


 耳まで真っ赤になっているアリアを綺麗に無視し、団長は淡々と続けた。


「和平交渉に関して、最後に一点だけ確認する。帝国の"風神"アリア・ヴェルディス。フェナンブルク王国との和平の意思に、偽りはないか?」


室内の空気が、一段と冷えた気がした。

この問いには、どんな茶化しも許されない。

アリアは、深く、息を吸う。

そして――きっぱりと答えた。


「はい。ユークリッド・フェアリーロック・ゴア陛下に誓って、偽りはありません」


先程までの混乱した響きは一切無い。

穏やかながら、強く、静かな火を秘めた声だった。

シンシアは長い間、沈黙していた。推し量っている。

両国の龍は目を逸らさぬまま、時間だけが経過していく。



やがて――ほんのわずかに頷く。


「......承知した」


一言だけで、何か大きなものが動いたような気がした。

団長は私の方を向いた。


「セラ・ドゥルパ一星騎士。先ほどの彼女の言葉に、違和感や矛盾は感じなかったな?」

「はい。少なくとも、私には嘘には聞こえませんでした」


本心に、期待が混ざってしまったのは致し方ないだろう。

まあ、あれだけ恥ずかしいことも正直に口にしてしまっているのに、今さら大事なところだけ嘘をつけるとは思えなかった。


「フレデリック。」

「吾輩にも、あの言葉に偽りはないように思えました」


 シンシアは小さな呼吸をひとつ置き、結論を口にした。


「よし。であれば――次は我々の番だ」


 彼女は椅子から立ち上がる。

 背筋を伸ばし、団長としての顔に戻っていた。


「アリア・ヴェルディス総隊長。貴殿の身柄については、暫くの間ドゥルパの監督下に置かせてもらう。その間に、私からヘンリエッタ国王陛下へ上申し、正式な謁見の場を設けられるよう調整しよう」


 アリアの目が、大きく見開かれる。


「ヘンリエッタ...王ですか?オーギュスト王は退位されていらしたのですね」

「...つい先日、崩御なされた」

「そう...でしたか」

「いつまでもこの狭い――失礼。辺境の一軒家で秘密裏に進められる話ではない。その時が来たら、王の前で、改めて話してもらう」



団長はゆっくりと手を差し伸べる。

「アリア・ヴェルディス殿。貴殿の勇敢な行動と、ユークリッド皇帝陛下の聡明な決断に――心から、感謝する。共に夜明けを目指そう」

「ええ、共に。」


二人は机の上で、しっかりと手を取り合った。

変わる。変わるんだ。

多分、いや確実に、今日この場に同席出来たことはきっと意味があった。


「ドゥルパ」

「はっ!」

「君には引き続き、彼女の監督という役目を頼みたい。出来るか?」


アリアがびくっと反応し、こちらを見た。

その目に映るのは、不安と期待と、少しの申し訳なさ。


「拝命致します」

「よし。では、今日はここまでにしよう。フレデリック副団長、行くぞ」


二人は扉の方へ向かう。

シンシアがふと振り返った。


「ドゥルパ――くれぐれも、問題を起こすなよ。お前は十二歳だろう。"そういうの"はまだ早い」

「......?団長、"そういうの"、とは何のことですか?」

「――ハイネにでも聞いておけ」


扉が閉まる音が響き、家の中に再び静寂が戻る。

隣を見ると、アリアは両手で顔を覆ったまま、小さくうずくまっていた。


「...アリア、ごめん。なんて言えばいいか分からない」

「で...すよね」


和平の道は、まだ遥か遠い。

だけど、確かに今、何かが動き始めた。

きっといつか、両国が肩を組んで朝日を迎える日が来ると――信じたい。

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