表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第五章 -シグヴァルド要塞攻略戦-
49/78

049.産声

「な、汝、見えざる刃の洗礼を受けよっ...烈風刃<ゲイルブレイド>!」

詠唱と共に、彼女の周囲に風の刃が生成される――しかし、私を打つ攻撃にはなりえなかった。

マナが乱れているのだろう、形を成せぬまま風は霧散していく。

魔力の枯渇が進んでいるのは明らかだった。


「もう...諦めろよ」

「くぅっ...そおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

それでも彼女は戦い続ける。

インペリエを守るために、自分の命を賭して。


「烈風刃<ゲイルブレイド>!烈風刃<ゲイルブレイド>!烈風刃<ゲイルブレイド>!」

彼女は戦い続ける。

やけくそとも言える程の連続詠唱を始めた。

呪文はない。

ただ魔法の名を叫ぶ。

赤子が、取り上げられた玩具を指さすように、哀れな小鳥は囀り続けた。


その時――私の胸の奥で何かが蠢き始める。

暗い感情が、泥のように私の心を覆い始めた。

それは憎悪か、怨念か。

確かなことがひとつ――間違いなくそれは負の感情。

私の中で渦巻き続ける千の魂が騒めく。


疲れ果て頭を垂れた女魔術師を見て、"誰か"が囁いた。








『――惨憺の一言だな。そうだろうセラ?寂寥の(こえ)では観客が喜ぶはずもない。』







「―――――え?」

『代われ。少しばかり魔術の深淵を見せてやろう』


理解が追い付かぬまま、それは起こった。


身体が後ろに引っ張られる感覚、そして浮遊感。

まるで――自分の身体から追い出されたような錯覚。

四肢に命令は届かない。

セラ・ドゥルパという人間を他人のように傍観する。

私はいつか、観客になっていた。

立ち上る禍々しくも神々しいマナの波が、波紋のように広がっていく。


『セラ、我を見て学べ。お前はまだまだ強くなれるぞ』

自分の口が紡ぎ始めた言葉に驚嘆を隠せなかった。


『魔の楔、古き理、咎人に今刻め。我が血、我が肉、喰らいて為さん...身蝕呪刻<インスクリプション>』

学術書には載っていない、聞いたこともない詠唱。

その時、落雷にも等しい黒雷が発生し、私の腕に集約していく。

(ぐあああああああああああああああああああ!!!!)

手甲の下で何かが起きた。

自分の腕が、魔物に食い破られていくような――苦痛。


『重畳、重畳。セラ、これはひとつ"貸し"だぞ。扨て...では始めようか。何分、こうして身体を動かすのは久しい故、加減は出来ん。だが――安心しろ。貴様が灰燼に帰そうとも、誰も気に留めはしないだろう』


そして"私"は、手をかざす。

かざしただけだ。

にも拘わらず、黒雷で練られた稲妻の矢が幾つも空中に生成される。

幾つも、幾つも、幾つも。

(やめろ!おい!そこまでしなくてもいいだろう!)

『今は気分が良いのだ、黙ってみていろ。それに、これくらい見せてやらねば失礼だろう?派手な見世物程、観客は喜ぶものだ』


空を覆う程の矢が見据えるのは、ただ一人の女魔術師。

そして矢と言うにはあまりにも大きく、鋭い――投擲を待つ槍の束となっていった。


「なっ...詠唱していないのにっ!?」

『カカ!良い顔をするではないか小娘。耐えて見せよ――天雷之宝弓<アークファランクス>』


かざした手を振り下ろした瞬間、抗いようのない圧倒的な暴力が彼女を襲った。

次から次へと、轟音を上げながら黒雷の槍は向かっていく。

土埃で見えなくなっても、まだ続く。


『カカカカカカカカカカ!!塵芥(ちりあくた)となって爆ぜてしまえ!』


何も出来なかった。

見ているしか、なかった。

自分の意思に反して動くこの身体は、殺戮を楽しんでいる。

傍観者の私を置き去りにして。


黒雷の嵐が止み、風が土埃をゆっくりと払った後―――女魔術師は、生きていた。


「え―――なん、なんで...」

『......なんだと?』


その場にいる誰もが今起きていることを理解出来ずにいた。

消し炭も残らないほどの威力だったはずだ。

"彼"は間違いなく致死の魔法を行使していた。


次の瞬間――彼女の胸に光るくすんだ魔石が、力尽きたように音もなく割れた。

その魔石からは、美しい黄金の粒子が空に昇っていった。

何故かその儚い光から...私は目が離せなかった。


「あ...ああああ...ああああああああああああぁぁぁぁ!いかないで!いかないでええええ!!!!」


彼女の悲痛なまでの叫びが鼓膜を揺るがす。


『ほう...中々楽しませるではないか』

漆黒の稲妻が蛇のように、黒曜石の槍に絡みついていく――



『教えろ――その理を』

――そして"彼"は投擲した。

黒雷を纏った槍は一直線に飛んでいく。


「我にっ!仇為す痴れ者を拒絶せよ!断絶風<エア・リジェクト>」


女魔術師が辛うじて発生させた風の盾は、槍に触れた途端大気に戻っていく。

霧散した風を傍目に、槍は彼女の胸に深々と突き刺さった。


「あ゛うっ!」

血を吐きながら、女はその場に膝をついた。

槍に貫かれた胸からは大量の血が流れ、もはや数刻の命なのは疑いようもない。

後ろを振り返った彼女はインペリエの姿が見えないことを確認し、目的を達成したという満足感を得たのだろう。

そのまま儚く後ろに倒れこんだ。

「かひゅ...あ.......あ....」


もう彼女に言葉を話す力は残っていなかった。


『"これ"を使うのも――久しぶりだな。古き友との再会といったところか』


いつしか私の右手に、夜陰のオーラがまとわりついていた。

色は暗く、底は深い。

黒よりも悍ましい墨色の闇――これはきっと良くないものだと、直感で分かる。


間違いない。

呪いだ―――


『カカ、懐かしいのう!」

(おい!やめろ!)


『光栄に思うがよいぞ、小娘』

(頼む!なあおい!)


『――――貴様の魂、そしてその記憶。我が継承し、未来に連れて行ってやろう』

(やめろおおおおおおおおおおおお!)


"彼"はゆっくりと、愛おしく、彼女の首に手を添える――

「や゛めっ!?がふっ...」

『暴れるな。手元が狂ってしまうぞ?』

「ぐっ!?かひゅっ――――」


これから何が起きるのか、私は"知っている"。

私の右手に宿った夜陰のオーラは、瞬時に彼女を包み込んだ。


しかし、墨色から受ける印象とは裏腹に、幼子を抱き上げる親のような――暖かさ。

慈悲。

そんな言葉がよぎった。

次の瞬間、女魔術師の胸から美しいエメラルドの光が立ち上がった。

彼女の魂は私の手に引き寄せられるように浮上し、ゆっくりと私の中に入っていく。

風のマナが自分の身体に宿ったことを感じる――




(温かい――――――これが、人の魂なのか...)




目の前に残ったのはただの肉の器だった。

しかし、その表情に苦しみは無い。

長い苦悩から解放、

彼女を救ったのだと、そう思う。

最期の想いが、彼女の記憶が、私の中に溶け込んでくる――



ゴア帝国ヴァルキリー隊所属、ローレル・パルミ。

それが彼女の名だった。



『なるほど...刹那の生でありながら、興味深い道を歩んできたらしいな―――素晴らしい。...む?なんだもう時間切れか。セラ、聞け。我はいつでも共に在る。』

(...いいから、早く返せ。オレの身体だぞ)

『そう邪険にするな。もう我々は運命共同体だ。永い付き合いになる、仲良くやろうではないか。名前は――いつか気が向いたら、お前がつけろ。今となっては、名があることも悪くない』

(お前...まさか――――っ!?)










「隊長!ハイネさん!ご無事ですか!?」

仲間の声が私を呼び戻した。

私が今、この女魔術師にしたことは、戦士として正しい行為だったのか。

(くそ...何がどうなってるんだよ)


幼い頃から学んだ教えに反するものではなかったか。

母さんの悲しい顔が浮かんだが、振り払うように私は首を振った。


要塞の門付近から聞こえたウィルの声に言葉を返す。

「ウィルか!?待たせてすまない!内側は終わっているが、ハイネが負傷して身動きが取れない!門を開けるのに人手が欲しい!」

「了解です!」


少し待つと、岩が隆起し大地が動く音。

外側から地形を操作し、フォウが門の上から顔を出した。

「隊長!無事でなによりだ!」


---


先行して入り込んだ王国軍を束ね、フォウは手早く開門した。

「隊長、今ですよ!坂上るの大変だったんですから!王国軍に檄を飛ばしてあげてください!」


ビューラの言う通りだ。

約千人の戦士達は、昨日まで戦いなどしたことのない者であり、望んで参加したわけではない。

私という人間を知っているわけでもない。

それでも信じて上って来てくれた。

男性であり子供である私を。




「門は開いた!要塞陥落まであと僅かだ!皆の力があれば、必ず為せる!」

槍を高く掲げ、私は叫ぶ。

「進めええええええええええええええええ!!!」


地鳴りのような王国軍の歓声が要塞内を震わせ、雪崩のように入り込んでいった。


---


内部には敵勢力も残っていたが、すでにインペリエが撤退したからか士気は低く、また人数も非常に少なかった。

数刻後、要塞の旗は帝国のそれではなく王国の旗が立っていた。


シグヴァルド要塞はこの日、落ちたのだ。


ハイドラに乗ったスカルドホルムが私の元に来たが、心底面白くなさそうな顔をしている。

こいつが何故不機嫌なのかまったく分からない。

勝利したのだからもっと喜べばいいものを。


「...ふん、感謝するぞ小僧。だがな、多くの犠牲の上にある勝利だということを忘れるな!」

「ええ、仰る通りです。最初からこうすればよかったと、心底悔いております。愚策によって散っていった者達には顔向けできませんね」






分からない。

理由は分からないが、その後小隊の仲間達に死ぬほど怒られた。

言い方が、とか配慮が、とかなんとか――人族の文化は本当に面倒だ。


ハイネは大きな怪我もなく救出されたが、黒雷の巻き添えになって戦闘不能になってしまった。

しかし彼女は、助けられてからずっと私を賞賛していた。

流石はウチの大将や!この言葉をすでに十回は聞いている。


そんな中、似合わない鎧を着た兵士が一人、私に近づいてきた。


「あ...セラ隊長!やりましたね!あの作戦が上手くいってよかったです!」

「君はあの時の...この勝利は君のお陰だ。本当にありがとう。名前を聞かせてもらえるか?」


女兵士は明らかに躊躇している。

似合わない鎧に、華奢な体――農民ではなく商人だろう。

別に名前くらい知ったところでどうということはないだろうに。

意を決したようにその女兵士は兜を脱ぎ――自らの名を口にした。


藤色の髪が兜からこぼれ出る。

長い前髪は右目を隠し、自信の無さを体現しているかのようだった。

年齢は、二十代後半だろうか。

少し頬を紅潮させた彼女は、己の名を口にした。


「私は――ヘンリエッタ。ヘンリエッタ・イクスピアリ・フェナンブルクです。一応その...第一王女です」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ