045.空を駆ける
天幕から出て小隊の元に戻った私は、すぐに状況を三人に説明した。
「すまん、そういうことになった。至急、作戦を立てたい」
「ええぇ...なんでそんなことになっちゃうんですか...」
報告を聞いたビューラは、げんなりして膝を折って座り込んでしまった。
それを傍目に、フォウは土属性魔法で地図を広げられる程度の盛り土を作り上げた。
「仕方ない。隊長が言うならやるしかないだろう」
フォウは優秀だ。
こういう時に状況を打破する道筋を見つけようとする胆力は、戦場では絶対に必要な場面がくる。
陰鬱な雰囲気の中でも光を掴もうと藻掻く背中に、兵士達もきっと何かを感じ取ってくれるだろう。
「徴兵された王国軍を率いてあの坂を登るのは...今の我々では力不足だ。要塞の門に辿り着くこと、門を内側から開けること、王国軍の兵士を門まで先導すること、これらは別々の作戦が必要だ。」
私たちの会話を聞いて、徐々に周囲の徴兵された兵士たちも集まり始めた。
彼女たちの表情には、希望と不安が入り混じっている。
「フォウ、要塞内の兵士はどの程度いると思う?」
「もし今回の作戦が帝国に伝わっていなければ、要塞の面積からして恐らく五百人程度が限度だろうが、地理的な条件が整っている以上、三百人でも十分足りる。ただ――」
「ただ?」
「私なら間違いなく絶対的な強者を配置する。一人で戦況を変えられるような将軍をな」
「...分かった。オレとハイネで何とか要塞内に入り込み、内部の兵士を倒して門を内側から開ける。ウィルは兵士の中から、同属性魔法の使い手を募れ。水属性魔法で凍った坂を水に戻しつつ、防御の要となってを上まで皆を先導しろ。」
「了解です、隊長!」ウィルの返事は力強かった。
「フォウは全体を見ながら適宜ウィルを支援しろ。地形操作が必要になった時に迷うな。ビューラは兵士たちの後ろについて、少しでも坂を上りやすくするために追い風を吹かせてほしい。あの大岩の攻撃に耐える手段はない。オレとハイネが要塞内に侵入したら、迅速に動け」
私の指示に、小隊だけでなく周囲の皆が頷く。
しかし、ハイネがすぐに質問した。
「なあセラくん。ウチらでもあの坂を上りきるのは援護無しじゃ厳しいで?何か考えてはるの?」
「要塞の横の崖を上っていくしかないだろうな...そんな嫌そうな顔するなハイネ。」
崖登りは非常に危険で、しかも敵に発見される可能性も高い。
しかし悩んでいるうちに兵士は次々と犠牲になる。
迷っている時間があるなら足を動かした方がいいだろう。
「あの、二人を素早く坂の上の方まで運べばいいんですよね?」
その時、話を聞いていた女性兵士の一人が、恐る恐る手を上げた。
慣れない鎧で動き辛そうにしている様子を見るに、徴兵された農民か、商人だろう。
大きすぎる兜で顔が全く見えない。
しかし――所作に違和感がある。
(なんというか、振舞が優雅な人だな)
「何かいい案があるか?遠慮なく教えてほしい」
崖を上らずに済むなら、それに越したことはない。
女性は少し躊躇したが、意を決して口を開いた。
「じゃあ……準備してほしいものがあります」
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もたつく私たちの頭上で、要塞から転がされた大岩が唸りを上げて滑り落ちていく。
坂の中腹より手前から、兵士達の血がゆっくりと下に向かって流れていった。
あまり迷っている時間はない。
「鉄の盾を十――いや二十欲しいです。幅広の板を数枚。水と氷を扱える者、それから雷を扱える者を。そうですね...百メートルほど手前から坂の下まで配置してください。あっ、それと土の中から砂鉄や金属質の岩を集められる土魔法使いもお願いします」
「正気か」「何言ってんだこいつ」「どういう意味なんだ?」
周囲の者が呟く。
だが、私たちが求めていたのはこの状況を打破できる手段だ。
常識など知ったことではない。
「えっと...説明しますね」彼女は地面に指で図を描き始めた。
「まず、土魔法で砂鉄を混ぜて発射台を作り、そこに雷を流します」
「雷を?そんなことをしてどうなるんだ」
「雷が流れた"道"が、磁石に変わるんです」
「磁石...? あの、砂鉄を吸い寄せる石のことか?」
「あ、そうです!よくご存じですね!雷そのものが鉄を引くのではありません。 強力な磁石となり、鉄の盾を猛烈な勢いで引っ張り上げるのです」
「ふむ...」
その女兵士とフォウの会話を聞いていた全員が、何が起ころうとしているのか想像出来ていない。
勿論私もだ。
「坂の下に長い発射台を用意して、雷を次々と走らせます。その雷を追いかけるように、鉄の盾が引っ張られていきます。"舟"とでも言っておきましょうか」
「ウィルさん、私全然意味が分からないんですが...」「い、いやあ...私もさっぱり」
ビューラとウィルの声が耳に入る。
うん、オレも良く分からない。
「ただし、舟が地面に触れていると摩擦で速度が殺されてしまいます。だからレールの間に氷を引き、さらに水の膜で舟を浮かせる。そうすれば、舟は雷のレールに導かれるまま、空を飛ぶような速さで駆け上がるはずです」
「なっ!?そんな―――いやっ...可能、なのかそんなことが?」
「はい。理論上は...問題ないかと」
この会話についていけるのはフォウだけみたいだ。
ものすごい速さで坂を上がるのが、私とハイネの仕事ってことだな。
「――よし、よく分からないがやってみよう。みんな、聞いてたか!準備を始めてくれ!」
私の号令で、皆が動き始めた。
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数刻も経たぬうちに、坂の裾から頂へ向かって、黒光りする二条のレールが現れた。
フォウの指揮下で土魔法使いたちが岩石から金属成分を必死に抽出し、一本の線に練り上げたのだ。
その間を埋めるように氷の薄皮が敷かれ、ウィルたちが作った塩水が撒かれる。
用意された一番大きな鉄の盾は、縁を布で巻かれている。
これが"舟"らしいだ。
「最後のひと押しは風魔法で。でも主な仕事は、雷と土が担ってくれます」
名もなき女性兵士は、整然と並んだ雷使いの兵士たちに何度も念を押す。
「タイミングが命です。常に舟の少し先、半歩先だけを狙って発射台に雷を走らせて。そうすれば、舟は磁石になった発射台を追いかけ続けます」
ここまで来ても、私にはこれから何が起こるのか想像もつかない。
ただ、目の前に敷かれた黒い道が、要塞の喉元まで伸びていることだけは確かだ。
「えっと...セラ隊長?で、いいですかね。準備出来ました」 「え、何の準備?」
間抜けな声を上げてしまった。
彼女に促されるまま、私とハイネは舟に乗り込み、盾の縁を掴む。
背後にはビューラが立ち、私たちの背中を風の膜で覆う準備をしていた。
「隊長!風の結界がないと、加速で首が折れちゃいますからね!しっかり捕まっててください!」
「お、おう...頼む」
「セラ隊長、ハイネ上級騎士、この布を噛んでください。舌を噛みますので」
「「むぐっ!」」
「ではお二方―――ご武運を」
兜の奥で、彼女が微かに笑った気がした。
そして――合図の手が振り下ろされる。
「照射ァ!!」
斜面の根元で雷使いが発射台に手を触れた瞬間――乾いた音が響き、黒い発射台の上を紫電が奔る。
その光を追うように、二人目が、さらに半歩先の発射台へ雷を流す。
三人目、四人目と、雷の道が坂の上へ向かって次々と繋がっていく。
そして予兆なく、背中を巨人に蹴り飛ばされたような衝撃。
「ぐおっ!?」 「ひゃあはははは!すごいやんかこれ!!」
"舟"は強烈に引き寄せられ、弾丸のように射出された。
景色が線になって視界の外に流れていく。
氷の上を滑っているのではない、浮いているのだ。
見えない大きな力は舟を空中に縫い留めながら、ただひたすらに前へと引っ張り上げる。
「うおおおおおおおっ!!」
風が、顔を叩くどころか、皮膚を剥がさんばかりに押し寄せる。
ビューラの風魔法が繭のように私たちを包んでいなければ、呼吸すら出来ずに意識を飛んでいただろう。
隣のハイネは狂ったように笑っている。
この速度を楽しんでいるのか。
要塞から転がり落ちてくる大岩が、止まっているかのように見えた。
一瞬で擦れ違い、置き去りにする。
「今――」風切り音の向こうから声が届く。「放して!!
雷の供給がふっと途切れ、最後の一閃だけが舟の背を蹴った。
発射台の終わりには角度がつけられ、視界は坂ではなく――空へ。
刹那の内に、舟は坂の縁で羽根を得たように軽くなり、地は解けた。
私たちは、空へ放り出された。
要塞の城壁を遥かに飛び越え、空中で世界が一望できる。
眼下には、驚愕に顔を引きつらせた帝国兵たちの姿。
そして、私たちが目指すべき中庭。
「ハイネ!着地するぞ!」 「任せとき!派手に行こうかあ!!」
私たちは空中で舟を蹴り、要塞のど真ん中へと落下を開始した。
ハイネの槍に、青白い雷が纏われる。
私は黒雷を右手に集中させる。
シグヴァルド要塞攻略戦――反撃の狼煙は、天から突き刺さる二つの雷によって上げられた。




