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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第五章 -シグヴァルド要塞攻略戦-
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044.買った喧嘩

前線から兵士たちの阿鼻叫喚が絶え間なく届く中、私とハイネは本陣の天幕に向かった。

スカルドホルムの指揮所は、戦場から少し離れた丘の上に設営されており、周囲には護衛の兵士たちが配置されている。

天幕の入口には、厳めしい顔をした女性兵士が二人立っていた。


「セラ・ドゥルパ中級騎士であります。スカルドホルム二星騎士に上申したいことがあり、参上致しました」


私が声をかけると、入口の兵士は怪訝な顔をした。

男性の子供、それも中級騎士が作戦の最中に大将に直接面会を求めるなど、異例中の異例なのだろう。

それくらいはもう分かるようになった。


「男が何の用だ?戦場で遊んでいる暇があるなら、荷物の整理でもしていろ」

兵士が発した侮蔑の言葉に辟易したが、ハイネがその女性を肩ポンとを叩く。


「ケチくさいこと言わんと、ちょっとだけやから、な?頼むわ」

ハイネの一言で、兵士の態度が一変し緊張した...いや、憧れの"雷神"を見るような顔になった。

兵士はしぶしぶといった様子で道を開けてくれた。

連れて来て正解だったな。


天幕の中では、相変わらず煌びやかな装いの指揮官殿が大きな地図を広げながら、非常にイライラした様子で何かをぶつぶつと呟いていた。

彼女の周りには副官らしき女性たちが数人控えているが、誰も口を開こうとしない。

空気が張り詰めており、近寄りがたい雰囲気が漂っていた。

しかし同調するつもりはない。

一人の機嫌と兵士の命、天秤に掛けるまでもない。


「セラ・ドゥルパ中級騎士であります。スカルドホルム二星騎士殿、今後の戦術についてお考えを伺いたく参上致しました」


私は正式な軍礼を取って挨拶した。

しかし、スカルドホルムはまったく聞く耳を持っておらず、地図から目を上げる様子はない。

彼女の指先は地図の上を忙しなく動き回り、何度も同じ場所を指でなぞっている。

その動作からは、明らかな焦燥感が読み取れた。

前線からの報告が思わしくないからだろう。

遠くから聞こえてくる兵士たちの悲鳴が、天幕の中にまで届いている。


「ああ。分かったから下がれ。忙しいのだ」

(何も分かってないだろうが。聞けよあんぽんたんめ)


彼女の返答は素っ気なく、まるで虫を追い払うような仕草だった。

私の存在など、彼女にとっては取るに足らないものでしかないのだろう。

さて、どうしたものか...

目の前で無謀な作戦によって多くの兵士が命を散らしているというのに、この女は聞く耳すら持とうとしない。

蝋燭の炎が微かに揺れ、影が壁の上で踊っている。

その光景が、まるで戦場で散った兵士たちの魂のように感じられた。


重苦しい雰囲気の中、ハイネの軽やかな足音が響く。

不思議とこの緊迫した空気を少しだけ和らげるような気がした。


「ハイネ・フォン・ガリレイ上級騎士であります。スカルドホルム二星騎士、少しだけでええからお時間いただけませんか?」


雰囲気が微妙に変わった。

せわしなく地図の上を駆けまわっていた手の動きが止まり、沈黙。

そして――深い溜息。

ようやく彼女が顔を上げる。

まだ帝国軍の衝突から一日と経っていないにも関わらず、すでに打つ手が尽きたような焦燥感。


フレデリックのように前線で指揮していなかったのは幸いだったかもしれない。

こんな表情の指揮官が居ても良い事はひとつとして無いだろう。


スカルドホルムの額には薄っすらと汗が浮かんでおり、この状況に対する苛立ちが隠しきれずに表れている。

両の瞳は明らかにこちらを警戒していた。

"雷神"ハイネ・フォン・ガリレイが口をはさむことが嫌なのだろう。

きっと前線の兵士はスカルドホルムより、私の仲間である上級騎士の話を聞いてしまう。

顔を潰されるのを恐れているのだ。


「...それで、何の用だ?」


ハイネはこちらを振り返り、片目をつぶって合図した。

落ち着け。

深呼吸をして、心を落ち着かせる。

ここで感情的になっては、何も変わらない。

冷静に、論理的に話すべきだ。


「このままでは兵士の士気が上がらぬまま犠牲だけが増え、勝利を掴むのは難しいと思われます。何か別の作戦をお考えでしょうか?」


私の質問に、スカルドホルムの表情が一瞬で険しくなる。

天幕の中の温度が下がったような気がした。

副官たちも一斉に身を硬くし、何かが起こることを予感している。

言葉遣いが良くなかったのだろうか。

いや、問題なかったハズ...なんだが。


彼女が機嫌を悪くする理由に心当たりがないまま、話は続く。


「セラ・ドゥルパ中級騎士、それは私が何も考えていないのか、と言っているのか?」

「そうです。」


端的な私の返答は天幕の中を雷鳴のように貫いた。

副官たちが息を呑む音が聞こえる。

何故ハイネは目を隠しているんだ。


沈黙が、揺れる蝋燭の火が、まるで嵐の前兆を告げているかのようだった。

スカルドホルムは固まっていたが、次の瞬間首から上が真っ赤に染まる。

全身が震え始め、拳が小刻みに痙攣している。

恐らくだが、怒っている。


「っ!!...ぶっ...ぶぶ無礼者!」

ああ、やっぱりな。

甲高い金切り声が発せられたが、何を怒ることがあるのか私には皆目見当もつかない。


「なん...なんだ貴様はっ!?崇高なる作戦を遂行しているにも関わらず、士気が上がらぬのは貴様のような男兵士がいるからだろう!我々の足を引っ張り、戦場の雰囲気を悪くしているのは明らかではないか!男の分際で、何を分かったような口を利いているのだ!」


彼女の言葉が矢継ぎ早に放たれる。

出発時の態度はどこへ行ってしまったのか、今となってはただの感情的な女性でしかなかった。

そうか――ハイネが言っていた意味が分かった。


「ならば貴様が皆を率いて坂を上ってこい!これは命令だぞ!男の分際で生意気な口を利くなら、その実力を見せてみろ!そうだ!それがいい!口だけではないということを証明してみせよ!」


羊肉の腸詰のようなスカルドホルムの指が私を指差した。

彼女の目には、明らかな悪意が宿っていた。

私を死地に送り込むことで、この屈辱を晴らそうとしているのだろう。

やってやろうじゃないか。

売られた喧嘩を買ってねじ伏せるのはいいものだと、母さんも言っていた――ような気がする。


「ちょっ!?スカルドホルム二星騎士!それは無いんとちゃいます!?」

ハイネが食って掛かろうとしたが、私はそれを手で制した。

もう覚悟は決まっていた。

このまま無能な指揮官の下で兵士たちが無駄死にするくらいなら、道は自ら切り拓く。


「分かりました。では私の小隊で門を開けましょう」

私の返答に、レイトッドは勝ち誇ったような表情を見せた。

下卑た笑いだ。

こいつ、本当に二星騎士なのか?


「貴公の武運を――祈っているぞ」

「ありがとうございます」


皮肉は受け取らないでおいた。

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