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継承のセラ  作者: 山久 駿太郎
第五章 -シグヴァルド要塞攻略戦-
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043.気配

<<セラ・ドゥルパ視点>>


坂を登らんとする私達王国軍五千の兵士たちは苦戦を強いられていた。


要塞へと続く急峻な坂道は、まるで天然の要害として立ちはだかり続ける。

遠目から、坂道は確かに厳しい傾斜であることは理解していたが、

接近した頃にはの魔法によって完全に凍りついており、

一歩足を踏み出すだけで滑り落ちてしまうほどの状態となっていた。

氷の表面は鏡のように滑らかで、上ろうとする王国軍の兵士達を嘲り笑うかのように、足を滑らせる。


「また来るぞ!散れ!」


誰かの叫び声と共に、要塞の上から巨大な岩石が転がり落ちてきた。

直径三メートルはあろうかという大岩が、凍った坂道を勢いよく滑り降りてくる。

王国の兵士たちは慌てて左右に散らばったが、逃げ遅れた数名が岩石に押し潰された。


鈍い音と共に、人の形をしていたものが肉塊に変わる瞬間を、私は何度も目の当たりにしていた。

血が氷の上に広がり、赤い筋を描いて流れていく。


不気味な――奇妙な、雰囲気が戦場を包んでいた。

既に同じことを三度繰り返しているが、未だ光は見えない。

自らの死の順番を待つ、亡者の列。

恐怖に当てられてか、狂ったように笑いながら要塞を目指す者。


ルクセン平原のそれとは、本質を異にする戦い。

覚悟無き者達が集ったこの軍に、いつ日は昇るのだろうか。


「貴様らはそれでも女かっ!情けないぞ!」

スカルドホルムの部下だろうか――ハイドラに乗った老体の女性が、掠れた怒号で檄を飛ばす。


彼女の声は甲高く、ヒステリックな響きを含んでいる。

当然その言葉に兵士たちの士気が上がることはなかった。

むしろ、徴兵された女性たちの表情はさらに暗くなっていく。


人を導くとは難しい。

暗がりの中に光を見据え、背中を押すことのどれだけ難しいことか。

―――そう思った時に、気付く。


自分ではない何者かが、私の中にいることを。


永らく寄り添った友と語らうかのような穏やかさと、

子を見守る親の如き愛情が胸の奥底にいる。

見据えるのは、目前の地獄――――人の死に、一種の安堵感すら覚えた。


"彼"が、まだ私の中にいるのだろうか。


---


「次は第七中隊!百名で突撃せよ!何としても坂を駆け上がり、門まで到達するのだ!」

我らが大将の作戦は単純明快だった。

百人程度の中隊で突撃を繰り返し、何とか坂の上まで到達するというもの。


敵の魔法部隊のマナが尽きるまで波状攻撃を続け、その隙に一気に攻め上がる算段らしい。

しかし、その作戦には致命的な欠陥があった。

敵の規模も戦力も正確に把握できていない状況で、ただ兵士を消耗させているだけなのだ。

私の隣に立つフォウは、呆れたような表情で首を振っていた。


「隊長、この作戦で我々が得られるのは、馬鹿に指揮をとらせてはいけないという教訓のみだ。敵の戦力を把握せずに突撃を繰り返すなど、愚策以外の何物でもない」


すでに三回の突撃が行われていたが、すべて失敗に終わっている。

坂の途中で滑り落ちる者、大岩に押し潰される者、要塞からの魔法攻撃で焼かれる者。

坂道は王国兵士たちの血と肉片で赤く染まり、まるで地獄の光景を呈していた。

すでにルクセン平原の戦い以上の戦死者が出ていながら、未だ坂の中腹まで辿り着いていないのだ。


「隊長、どうしますか?」ウィルが心配そうに私に問いかけた。


彼の表情には、仲間たちを案じる気持ちが色濃く表れている。

何度も戦場を経験した彼でも、この惨状を前にすると不安を隠せないようだった。


私は坂道を見上げながら考えていた。

あの凍った坂を正面から攻略するのは、まず不可能だろう。

同じ水属性魔法で、氷を水に戻すか...広範囲かつ強力な火属性魔法で一気に蒸発させれば――

しかし、王国内にそれほどの魔力適正がある人間はいなかった。


それに、私達が到着してからここまで準備を整えるのが異常に早すぎる。

まるで王国軍の襲撃を予期していたかのような完璧で迅速な迎撃体制。


「敵の手の内がまだ見えてないってのに...これ以上無駄な消耗はさせられないな――ハイネ、いるか!」

私は決断した。スカルドホルムと直接話をして、この愚かな作戦を止めさせる必要がある。

呼ばれたハイネが人込みをかき分け現れた。


「ハイネ、悪いが一緒に来い。スカルドホルムと話をしにいく」

私の要請に、ハイネは少し首をかしげながら話す。


「別にええけど、ウチがいてもあんまり意味あらへんよ?」

「オレの意見が通りにくいのは分かってる。だからハイネの名前を借りたいんだ」


私の正直な告白に、ハイネは目を細めてにやりと笑った。


「ウチの大将も悪い子になってもうたんやなあ。セラくんのお手並み、見せてくれはるんやろ?ええよええよ。付き合ったるわ」

私たちは前線を後にして、本陣に向かった。

途中、第四回目の突撃が始まったらしく、背後から兵士たちの雄叫びと、それに続く悲鳴が耳を鳴らす。

多くが男性を差別してきた連中だ。

私を始め、フレデリックやウィルも何かしらの苦労を抱えている。

家族や小隊の仲間、知り合いが無事ならあとはどうでもいいのだが――


いつのまにか自分の胸の内に、篝火のような何かが生まれていた。

その火のせいなのか、込み上げる想いが私の身体を突き動かす。

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