040.出兵
フェナンブルク王国の城門前に集結した光景は、私が想像していたものとは大きく異なっていた。
石畳の広場に整列する五千の人影は、確かに数としては圧巻だったが、その内実は騎士団らしからぬ者たちで溢れかえっていた。
私達の小隊も指定された位置に整列していたが、周囲を見回すたびに胸の内で違和感が膨らんでいく。
一体これはなんだというのだ。
まだ少し冷たい朝の空気がじんわりと肺を満たしていく。
右隣のフォウは眉間に深い皺を刻んでいた。
ウィルとビューラは少し後方に位置していたが、二人とも困惑の色が濃い。
ハイネでさえも怪訝な――――いや...怒って、いるみたいだ。
整列している人々の中には、明らかに戦士とは呼べない者が数多く混じっていた。
震える声で隣の者にすがりつく中年女性、
涙を流しながら立ち尽くす若い娘、
腰の曲がった老婆、
そして私と同じか、あるいはそれ以下に見える幼い少女たち。
覚悟を持てず、恐怖に体を支配されているように思えた。
とても戦場に向かう軍隊の顔ではない。
「なあ、この雰囲気、なんか変じゃないか?」
私は小声でフォウに問いかけた。
騎士団の一員として一年を過ごしてきた私でも、これほど士気の低い集団を見たことはなかった。
通常であれば、出陣前の兵士たちには緊張と共に戦意が満ちているものだが、今日の広場には重苦しい絶望感だけが漂っている。
雰囲気に飲まれそうでとても息苦しかった。
「徴兵された国民が大勢いるからだろう」
彼女の濃紺の髪が朝風に揺れる中、二つの瞳はどこか違う場所を見ているような気がした。
「チョウヘイ...?」
そういえばフレデリックも、そんなことを言っていた気がする。
獣人族の集落で育った私には、人族の軍事制度について詳しい知識はない。
困惑する私の様子を見て、ウィルが説明してくれた。
「国が強制的に民を軍へ召し上げる制度のことです。通常、騎士団に入るには志願が必要ですよね?ですが、戦況悪化を理由に発令されたこの制度で、騎士団ではない農民や商人までもが、戦場へ駆り出されるようになったんですよ」
そういうことだったのか。
ウィルの説明は分かり易くて助かる。
「つまり、戦いたくない人も無理やり連れてこられたってことか?」
「そうです。彼女たちの多くは昨日まで畑を耕していたり、市場で商売をしていた普通の女性たちです。剣を握ったことすらない人も、大勢いるでしょう」
ウィルの説明を聞いて、私は改めて周囲を見回した。
確かに、武器の持ち方すら分からずにおろおろしている女性や、支給された鎧のサイズが合わずに困っている老女の姿が目に入る。
これが戦争なのか。
こんなものが、戦いなのか。
私は胸の奥に重いものを感じた。
「おもんな。シンシアは何考えてんねん」と小さな声が聞こえてきた。
やはり彼女も思うところがあるらしい。
そんな会話をしていると、広場の中央に設置された演説台に一人の女性が現れた。
身長が低いのを気にしているのか、演説台の上にさらに踏み台を重ねている。
その風体は、一目見ただけで強烈な印象を刻むものだった。
黄緑色の短髪をつんつんと逆立て、ふくよかな体躯を包む華美な軍服には金糸の刺繍が踊っている。
胸元には数多くの勲章が輝いており、宝石箱を覗き込んだかのようだ。
日光が反射して眩しい。
「うーわ...スカルドホルムやんけ」
ハイネの、あからさまな嫌悪感。
他の小隊員たちも、演説台の女性を見て複雑な表情を浮かべていた。
演説台に立った女性は、大きく胸を張って声を張り上げた。
「我こそは二星騎士、レイトッド・スカルドホルムである!」
その声は広場全体に響き渡ったが、期待されるような歓声は上がらなかった。
むしろ、徴兵された女性たちの間からは小さなため息や不安そうな囁きが聞こえてくる。
スカルドホルムの表情には、この反応に対する苛立ちが浮かんでいた。
「諸君!今日我々は、ゴア帝国の北部拠点であるシグヴァルド要塞の攻略に向かう!この戦いは王国の命運を左右する重要な作戦である!」
スカルドホルムの演説は続いたが、その内容は型通りのものだった。
王国への忠誠、勝利への確信、敵への憎悪。
しかし、聞いている兵士たちの反応は冷ややかだった。
特に徴兵された女性たちは、明らかに話を聞いていない者も多い。
雰囲気は最悪のままだ。
「我が軍には志願した勇敢な騎士団員だけでなく、王国の危機に際して立ち上がってくれた尊い国民の皆様も参加している!騎士団員諸君は、彼女たちに対して十分な配慮を示すように!そして国で待つ男、子供の未来の為、命を賭して戦うのだ!」
なんだ、意外といいやつじゃないか。
徴兵された女性たちへの気遣いを示そうとする意図が伝わってくる。
私は、この人は悪い人ではないのかもしれないと思った。
少なくとも、弱い立場の人々を思いやる心はあるようだ。
「我々は必ずやシグヴァルド要塞を攻略し、ゴア帝国に王国の力を思い知らせてやるのだ!諸君の武運を祈る!」
演説の最後の部分で、スカルドホルムは拳を高く掲げた。
待っていたのは、不気味なほどの静寂。
広場には陰鬱な沈黙が流れ、時折聞こえるのは泣き声や不安そうな囁きだけだった。
またもやスカルドホルムの顔に苦い表情が浮かぶ。
明らかに期待していた反応とは程遠い結果に、彼女自身も困惑しているようだった。
彼女は短く出立の号令をかけると、足早に演説台から降りていった。
「出立!」
号令と共に、五千の軍勢がゆっくりと動き始めた。
その行進は統制が取れているとは言い難く、列は乱れ、足並みもバラバラだ。
徴兵された女性たちの多くは、重い装備を背負って歩くことすら困難そうだった。
これが本当に戦争に向かう軍隊なのだろうか。
私は心の中で疑問を抱きながら、荒地を進む。
王国の色である濃紺のハンカチを振りながら、多くの男が見送っていたのが印象的だった。
少し、寂しかった。




